第114話 雉の草隠れ
白樺の問いにイヴールは毅然と答える
「私は存じてませんね 四季園と四ノ海の代表とは友好的な関係にあります」
「四季園春義と四ノ海額蔵で間違いありませんね?」
「えぇ二組の来訪理由はあくまでバカンスだと聞いています」
「……しかし不思議な商売ですねぇ 国をレンタルとは実に面白い」
「ハハ……!! ここだけの話 土地も財産も国外にまで行き渡っていますからね
ちょっとやそっと好き勝手されても構わないんですよ 道楽も思いっ切りが無ければ冷めますからね」
「…………」
ここで側近の来迎が白樺に耳打ちする
「そうですか 妻良さんお手柄ですね」
「えっあぁはぁ……」
「イヴールさん うちの政財界の重鎮達はどうやらこの国で戦争をするらしいですよ?」
「それはそれは…… では〝国際問題〟になりますね?」
白樺達が懸念していたのは寧ろそこにあった
彼等の知らないところで進められる宣戦布告にも捉えられる旧財団の暴挙
自分達が勝手にやってますじゃ済まされず 日本政府も無視出来ない悪い状況
「始めに申し上げておきますが 我々に戦争の意思はありません ……なんですが」
溜息を吐く白樺は鞄からとある調査資料を取り出す 妻良も目を通させて貰う
「アメリカの戦争省……? 防衛総省以外にそんな行政機関ありましたっけ?」
「まだ公にはなっていないが近々変更するらしいよ妻良君
1949年まではこちらの名前だったから元に戻ったって感じだね」
「……ロシアと中国が本格的に日本に攻める共謀案ですか?」
「正確には台湾有事の後の計画だね
三年くらい前の話かな…… FBIの調査ではバランタイン公国からロシアに謎の封筒が渡ったらしい
こちらの本格的な調査の末に最近やっと明確になりました
因みにイヴールさん これに思い当たる節は?」
「ただの外交活動の一端に過ぎないのではないでしょうか?
三年前と言いますと…… そういえばロシアで懇意にされてる大臣が来訪された時期だった筈ですね
満足頂いたと広く口コミして貰いましたので その感謝を述べた内容が記された封筒では?」
事実かシラを切られているか
「因みにそのFBI捜査官は消息不明のようでして……
頼りになるのが この送られて来たメールだけだったようです」
「人が悪いな白樺は…… まぁ事実確認の為の今回の来侯と聞いてましたからね」
「確認と弁明が目的ですね ご老体には堪えますがこういう事態に動かなければなりません」
「……して? 二つのグループがアメリカに何を唆されたのか検討はついたんですか?」
「いいえ…… 見返りが金だとしてもトップ連中が自ら進んで現地に足を運ぶ……
正直に言えば金の上での話では成り立たない状況ですね
大金のやりとり・新しい海外事業の譲歩・借金緩和…… どう考えても当て嵌まらない
こういう状況になってしまったバランタインの地に
本人が身を置く理由にしてはしっくり来ないんです」
「なら全てが杞憂…… ということではないでしょうか?
大切なお客人が金持ちらしく大枚叩いて 我が国でバカンスに来てらっしゃる
私共としても相手方としてもWin-Winではないでしょうか?」
「……ですかねぇ」
「白樺もこの辺で仕事を切り上げた方が楽で良いのでは?
もし暇を持て余すなら今夜にでも国営カジノへご案内しますが?」
扉が開かれて タワーのスタッフ達がご馳走を運んでやって来る
氷で冷やされた高級ワインがテーブルの上に置かれると
「さぁ財閥連中だけでなく我々も楽しまないと!! そちらの妻良さんも召し上がって下さい」
「……ハァ」
グラスに濁流の如く注がれるワイン
妻良が申し訳程度にゆっくり唇を縁に付けようとすると
それを手の平で妨害したのは白樺だった そして彼は立ち上がり
「〝アルメシュランゲ症候群〟」
「…………」
「知る者も限られているこの特殊な病名 専攻研究の中核はこの国でしたよね?」
「……それが何だい?」
「研究対象は佐田光子…… 今は芽神咲彩と名乗っていたな
現在日本では指名手配になっていますが彼女は今この国いるらしいんです
近々国際指名手配になるでしょうから十分お気を付け下さい」
「それは豪華な食事の前で言う事ですかな?
私も貴族社会で生きているので 立ち上がっての大声は遠慮願いたい」
「……研究は何処まで進んだのですかな?」
「詳しくは分からないな 何せ13年前に全焼してしまったもので……」
白樺は妻良に合図し 荷物をまとめて出て行こうとした
「毒を有した女がいる中 ワインは選ばなければならないもので 今日は失礼する」
「不躾にも程があるぞ?」
「ならもっと本気になるべきではないでしょうか? この状況は悪化しますよ?」
「何だと?」
「こちらから排出した犯罪者だった為に後ろめたさもあります
ですがそちらの観光事業が招いた分 もう少し慎重になった方が懸命かと?」
「…………」
来迎と甘城を引き連れて四人はエレベーターに乗る
妻良は恐る恐る白樺に質問した
「アルメシュランゲ症候群…… 名前だけは聞いたことありましたが……」
「年始に始まったある高校の集団毒殺事件
情報筋から入手した死の妖精が使われたその周辺には
必ず佐田光子が関係している 落胤と言われる四ノ海系の愛人の子達二人も佐田によって殺害
自分の中に死に至らしめる毒を生成する人間がこの世にいるとなれば
核ミサイルが強い脅しならデッドスプライトは静かな脅しになるだろうな」
「それって…… バランタインが意図して生物兵器を作っていたって事ですか?!」
「製造元はこの国だ だが13年前に火に包まれてデータは焼失
原因はその時に襲撃した〝アジア系のテロリスト〟が放火の主犯らしいが
現在は方々に散っている そのメンバーの誰かが実験体だった佐田光子を連れ出したんだろう」




