2日目
彼に異変を感じたのは、朝早くだった。
「お母さん、何寝てるの。早く朝食の準備してよ」
葬式も一通り終えて、帰ってきた翌日。疲れ果てた体が重く、朝早くに起こされることに苛立ちを感じた。
「蒼、今日くらい自分で用意して……」
「……分かった」
何故こんな朝早くから起きているのだろうと、ふと思う。けれど、もう習慣なんだろうと、深く考えることはしなかった。
疲れているはずなのに、すぐには寝付けず、目を閉じたり開いたりを繰り返す。トーストの香りが、鼻を通っていく。
「陽太、食欲無いの?」
僅かに聞こえた言葉を、私は聞き間違いかと疑った。
一瞬、陽太が帰ってきたのかと勘違いもした。そんな筈は無い、陽太は死んだんだと、無理矢理そんな現実を見て、速攻で打ち消した。
「でも、食べなきゃ元気に学校行けないよ!」
しかし彼は、誰かに話しかけていた。それに学校は明後日からだ。相当なショックの受け方を見て、彼の学校に休みを取ってある。
じゃあ、彼は何の話を、誰と?
飛び起きようにも、そこまでの体力は無かった。焦る気持ちに、追い付かない体。もたもたと起き上がると、リビングを覗いた。
そこには、テーブルに2皿のトーストを用意して、誰かに話しかける彼の姿しか無かった。
おそらく、その誰かというのは彼の中で陽太なのだろう。私には、陽太の姿は見えなかった。でも彼は、笑顔で延々と会話を広げていく。
気付いたら足が震えていた。どうしたらいいのか、全く理解できなかった。目の前のことを、受け止める自身も無かった。
私は寝室に戻ると、一先ず夫に連絡をした。まだ時間的に、夫は仕事へ向かったばかりだった。
「助けて。私、もうどうしたらいいの」
「どうしたんだ、落ち着きなさい。俺に事情を説明しろ、何かあったのか?」
夫自身も、陽太が亡くなったことで辛かった筈だ。それでも仕事に向かったというのに、優しい声色で対応してくれる夫が、本当にたくましかった。
今見たこと、聞いたことを伝える。夫は聞くだけで精一杯のように思えた。互いに急すぎて、受け止めるには時間が足りなかった。
「とりあえず、適当に理由をつけて病院へ連れていきなさい。そしたら……そしたらきっと、解決策があるはずだから。な?」
「えぇ、分かったわ……そうする。ありがとう、お仕事頑張ってね……」
頭が真っ白になって、それでも病院へ連れ出す理由を一生懸命考えて。最終的には、本当に適当な理由で病院へと連れ出した。
「蒼君と少し会話をしてみましたが、日常会話に異常は無いようですね」
はぁ、と気の無い返事をする。医師にしては若そうな青年が、言葉を並べた。
「大好きな弟を失って、疲労とショックに侵されてるのでしょう。無理に現実を突き付けても、更に悪化する可能性があります。そっとしておいてみて下さい」
もう一つ、はぁ、と気の無い返事をした。医師は口角を上げて、柔い声色で私を慰める。私はまた、はぁ、と気の無い返事をして、そこを出た。
「ねぇ、俺、本当に悪いところあんの? 医者とも、軽く会話しただけなんだけど」
「そうね、あるわよ……」
彼は、いささか不機嫌そうだった。だが、それを気に留めるほど私の心に余裕は無かった。
これから彼と、どう接していけば良いのか考えるだけで、胸が張り裂けそうだった。
陽太のコロコロとした表情に会いたいと、思ってしまうくらいに。
次の兄弟の生前のお話で最後となります!




