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兄は弟を追いかけた  作者: 流美
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7日目

「陽太、おはよう! 水族館、行こうな!」

「うん! 俺、超楽しみにしてた!」


 日曜日の朝。いつもよりも早く起き、いつもと同じ時間に家を出た。

 徒歩で駅に向かい、きちんと予定通りの電車に乗り込んだ。ここから約2時間、揺られることになる。

 最初は互いに盛り上がっていたが、どんどんとトーンが下がり、大人しくなっていった。流石に2時間も話し続けるのは、話題が足りない。

 目で追っていた景色も、酔ってきてしまって見るのをやめた。


 それから陽太も途中で酔い、2人して気分が悪くなったものの、無事に目的の水族館へと到着する。圧倒される程の水族館の大きさに、感嘆の声を上げた。


「兄ちゃん、凄いねぇー! 都内の水族館は大きいんだねー!」

「そうだな! いっぱい楽しもうな!」


 駆け足で入場券を買うと、色とりどりの小魚が密集して泳ぐ、四角い水槽が目に入った。

 水の中に、軽々と小さく渦を巻いていく。誰も道を外れることなく泳ぐ姿が、どうしてか羨ましいと感じた。


「陽太、見てみろ! サメがいるぞ!」


 水槽に張り付いている陽太の腕を引っ張り、少し進んだ先のサメのコーナーに立ち入る。俺の言葉に、陽太も嬉しそうに着いてきた。


「陽太の好きなノコギリザメいたぞ!」

「本当だ! かっこいいなぁ〜……!」


 またも水槽に張り付く陽太。表情を輝かせ、優雅に泳ぐサメを必死に見つめていた。

 その姿が愛おしくて、俺はつい、頭をそっと撫でた。


「兄ちゃん? 人前だよー」


 照れ臭そうにしながらも、手を払わずに笑ってくれる。数秒で撫でるのはやめたが、陽太のこと、久々に撫でた。


「陽太! あと5分でイルカショーが始まる!」

「大変だ! 見なきゃ、兄ちゃん!」

「周りに気をつけてな! 急ぐぞ!」


 何気なく目を落としたパンフレット。今いる場所から大分離れたところの会場で、もうすぐイルカショーが始まろうとしていた。

 折角来たからには、イルカショーを見ていきたい。

 これは電車の中から話していたことだった。時間に余裕が無いのは、迂闊だったけれど。


「イルカショー、開幕致します!」


 会場の中心に立つ、スタッフの張り切った掛け声が聞こえた。なんとかギリギリ間に合う。ショーを見るなら最初から、だ。

 イルカが泳ぎ、跳ね、踊る。開幕した瞬間から、観客を喜ばせるパフォーマンスを盛り込まれ、それは最後まで続いた。ショーの時間、20分なんてあっという間に過ぎていった。


「イルカショー、面白かったな」

「うんうん!」


 あれが凄かった、あれが可愛かった、あれが綺麗だった。イルカショーが終わってから、しばらくの間、その場で沢山の会話をした。


 そんな中、時の流れは、やはり早いものだ。まだ水族館の入り口付近と、イルカショーしか見ていないというのに、時間は12時を迎えようとしていた。


「もう昼食の時間か。腹減っただろ、何か食べるか」

「うん! 俺ねー、うどん食べたい!」

「うどんか。フードコートにあったかな」


 水族館内にある、広々としたフードコートに足を運ぶ。フードコート入り口に、見やすく、料理の画像が貼られたメニュー看板があった。それを2人で覗き込む。

 メニューの種類は、水族館としては充分過ぎる量の種類だった。陽太の望む、うどんもある。


「やった、うどんある! 兄ちゃんは何食べるの?」

「俺は……。いや、俺もうどんで良いかな」


 結構な人が並んでいたが、店員の手際が良いのか、あっさりとレジ前まで進む。うどん2人分と、メロンソーダ2人分を頼んでお金を払う。

 少し隣で待つだけで、すぐに手渡された。窓側の席に座ると、熱いうちに早速、と2人で同時に食べ始めた。するっと入っていくうどんと、具沢山で美味しいのが嬉しかった。


「ごちそうさまでしたっ!」

「ごちそうさまでした」


 同時に食べ始めて、ほぼ同時に食べ終わった。お互いに、最後まで一気に食べてしまった。


「食器返してくるよ」

「ありがとう兄ちゃん!」


 陽太の分の食器をトレーに乗せて、返却口へ返しに立つ。すると側にいた店員さんが「片付けますよ」と微笑んで受け取ってくれた。


「ありがとうございます」


 お礼を言って会釈をする。しかしもう一度店員さんの顔を見たとき、食器を見て嫌そうにしていた。

 片付けが本当は面倒だったのか知らないが、その態度はないだろう。と心の中で悪態をつく。


「お客さんの前で嫌そうな顔しちゃダメだよねー」

「あぁ、本当にな」


 陽太が苦笑いをしながら、同意をしてくれた。口には出していないのだが、どうやら分かったらしい。


「次、どこ見たい?」

「次はー……クラゲ見に行こう!」


 意外とクラゲとか見たがるんだな、と多少驚きつつも、クラゲコーナーの方へ歩き出す。まだサメを見足りない、なんて言いだすかと思っていた。


「クラゲ、好きだったのか?」


 イルカショーを見に行くときとは違い、ゆったりと道を歩く。心なしか、入場したときよりも人が増えた気がした。


「好きだよー。兄ちゃんは嫌い?」

「いや、そんなことはない。陽太が見たいって言い出すのが、少し意外に感じただけだ」


 陽太がケラケラ笑う。俺も釣られて、ふっと笑ってしまった。


「好きなクラゲとか、いるのか?」


 定番のような聞き方をしたが、陽太は立ち止まって深く悩み始めた。そこじゃ邪魔になるから、と隅に移動する。

 数分も考えた後に、あっ、と顔を上げた。


「タコクラゲ! 模様が可愛い!」

「なるほど! タコクラゲならではの模様だよな」


 好きなクラゲが浮かんだことに満足したのか、うんうん、と頷く陽太。相変わらず、犬みたいな弟だ。


「じゃ、ほら、向かうぞ」


 そうして、再び歩き始めようとした時だった。


「君、ちょっと良いかな」


 肩を叩かれ、振り向いた目の前には、鋭い眼つきをした警備員が立っていた。


「着いてきてもらえる?」


 どうして警備員に声を掛けられなければならないのか。全くその理由が分からなかった。

 不安そうに俺を見つめる陽太を見て、ここで俺が無駄に暴れたら、更に陽太が不安になるだけだと気付いた。大人しく警備員の横を歩いて着いていく。


「君、何人かから不審者だって疑われてるんだよね。ちょーっと話聞かせてね」


 殺風景な事務室へ連れられ、対面するように椅子に座らされる。陽太も着いてきてはいるが、無関係らしい。何も言われない陽太は、少し後ろの椅子に座った。


「なんで俺が不審者だって疑われてるんですか」

「それくらい分からないかなぁ。ってか、本当は分かってるでしょ?」

「分かりません」


 この警備員は、何か別の人の罪と間違ってるんじゃないか。

 そんな考えが過ぎるほどに、理由が分からない。何も人の迷惑になるようなことはしていないし、不審な行動もしていないはずだ。


「あ、そうそう。君、名前は? どこから来たの? あと年齢」

「塚崎蒼。静岡からです。年齢は17」

「ってことは、高校2年生かな?」


 聞いた情報を、目の前で紙に書いていく。電話番号も聞かれ、個人情報をとことん絞り出された。


「個人情報聞くだけなら俺、出ますよ。陽太とクラゲ見にいくんで」

「陽太って誰? 友達?」

「弟ですよ。今日一緒に来たんです」

「……一緒に?」


 まだ、陽太と水族館を満喫しきっていない。個人情報を聞かれるだけで本題に入らないなら、早く終わらせてしまいたかった。


「その陽太君は今、どこに?」

「俺の後ろで座ってる、一緒に着いてきてた子ですよ」


「やっぱり君、おかしいね。俺と君以外、ここには誰もいないけど?」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。 

 もしかして今、トイレか何かで部屋を出てるのか?

 そう思って後ろを見たけど、陽太はそこにいる。座って、不思議そうに俺を見ている。大きな目を丸くして、俺を。陽太は、いる。


「何言ってるんですか? そこに陽太いるじゃないですか。警備員さんの目は節穴なんですか?」


 思考が追いつかない。というより、警備員の言ってる事が理解出来ない。思わずキツイことを吐いてしまったら、投げやりに溜息をつかれた。


「あのねぇ。目が節穴なのか、はたまた何か見えてるのか知らないけれど、そこに誰もいないんだよ。君が不審者って言われた理由分かってる?」


 警備員は容赦なく俺に物事を告げて、一呼吸置くと、俺を蔑むように見た。


「ずっと独りで、誰かに話しかけているからだよ」


 俺の心が、空っぽになってしまう気がした。スッと冷えて、何かが流れ出ていく。それを止めたくて。戻したくて。


「何言ってるんですか? 陽太いるじゃないですか! 変なこと言わないで下さい、俺は今日ずっと陽太と居ました!!」

「君は何、幽霊でも見えてるの? 高校2年生でしょ? そういうのはやめたほうが良いよ」

「ふざけるな!! 幽霊なんかじゃない! 陽太はいる、ここにいる! ここにいるだろ!!」

「ちょっと落ち着いたらどう?」


 無駄だった。警備員に叫び散らしても、適当にほいほいとかわされる。

 けど陽太の存在を否定されて、黙るのは兄じゃない。俺じゃない。陽太はいるだろ。なんで信じないんだ。なんでこの警備員には陽太が見えないんだ。陽太はここに、ちゃんといるじゃないか。


「兄ちゃん」


 陽太が俺を呼んだ。振り向いたら、陽太は俺の名前を呼ぶだけ呼んで、何処かに行こうとしていた。


「あ、こら! 待ちなさい。待て!!」


 部屋を出ていく。その後ろを追いかける。警備員が俺を捕まえようとする。俺は陽太に手を伸ばす。陽太は俺に追い付かれないように、走っていた。


 どうして。どうして逃げるんだ、陽太。俺を呼んだのは、何か理由があるんだろう。陽太、待って。待ってくれ。陽太っ!


「置いていかないでっ……!!」


 途端、陽太が振り返った。無邪気な笑顔を浮かべて、両手を広げて「兄ちゃん」って。


「陽太ぁ……!!」


「止まりなさい! 止まれ、止まれぇぇぇえ!!」


 あぁ、煩い警備員だ。

 陽太。兄ちゃんはいつでも、いつまでも陽太が大好きだ。大事な、弟だから、な。

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