4日目
――ピピピピ……ピピピピ……。
手を伸ばしても、ギリギリ届かない距離。セットしておいた目覚ましが、朝を知らせた。
昨日に続いて、起きたら最初に窓を開ける。まだ、ぼんやりとした目を擦り、外を見れば、うっすらと霧雨が降っていた。
「兄ちゃんっ、おはよう!」
「陽太、おはよう。珍しく俺より早いんだな?」
大きく、無邪気にコクッと頷いた陽太。そんな陽太に朝から軽く癒されながら、学校の支度を始める。
2人で洗面所に行って、俺が顔を洗っているときに、陽太は歯を磨く。その反対も行なってから、再び部屋へ戻った。
「あ、そうだ。陽太!」
「ん? なぁに、兄ちゃん」
それぞれの制服に着替えながら、前々から考えていたことを提案した。
「今度の日曜日、水族館に行かないか?」
「えっ、本当に!?」
ボタンを留める手を止め、恐ろしいほど早く食い付いてきた。嬉々とした声を聞くだけで、考えていて良かった、と思ってしまう。
しかし、その食い付きの早さに、思わず笑ってしまった。別に我慢する気はないが、自然と笑みがこぼれる。
「本当は、先週の日曜日に行こうと思ってたんだけどな。陽太、友達と遊ぶ約束してたからさ」
「えぇー、言ってくれれば絶対水族館行ったのにー!」
「そうだったか、ごめん!」
別に謝らなくていいよぉー、なんて気の抜けた声で陽太が言ってくれた。念の為もう一度謝って、学校の支度を進めた。
支度といっても、勉強用具は基本的に高校に置いてある。着替えて、陽太の支度が終わるのを待つと、窓を閉める。
朝食を食べにリビングへ行くと、父はもう仕事へ向かった後だった。母から朝のパンを受け取り、椅子に腰掛けた。
陽太と一緒に食べていると、母が眉根を下げて、こちらを見つめていた。
「お母さん、何?」
「い、いえ……なんでもないのよ……」
「あっそ。陽太、今日は何時帰り?」
「えーっとねぇ……17時ぐらいかな!」
「そうか、分かった。気を付けて帰ってこいよ!」
慌てて視線を逸らしたくせに、眉根を下げて繰り返し見つめてくる母に嫌悪感を感じ、陽太より少し先に食べるのをやめた。
大したものの入っていない、シンプルな深緑のリュックを背負うと、急いで陽太も鞄を背負う。
母に愛想悪く「行ってきます」を言うと、陽太と共に家を出た。
「陽太、行ってらっしゃい! 頑張れよ!」
「うん、兄ちゃんもね!」
中学の弟と、高校の俺は学校の方向が違う。歩き出して数十メートル程で、お互いに挨拶を交わして別れる。
水族館の為に、今日の学校もバイトも、頑張れそうだ。日曜日に心を踊らせながら、俺は学校へと歩き出した。
*
「ただいまー……」
「兄ちゃん、おかえりっ!」
結局、疲れ切った俺は力無く家へと帰った。すぐに出迎えてくれた元気な弟のおかげで、その疲れも8割は吹っ飛んだが。
「兄ちゃん、夜ご飯食べよっ!」
「はは、着替えてからな!」
陽太に急かされながら、いそいそと着替えを済ませると、母がハンバーグを温めておいてくれた。ご飯をよそって、有り難く食べる。
「ん、あれ。陽太は食べないのか?」
「ごめん兄ちゃん、先に食べちゃった!」
陽太は肉類に目がないし、ハンバーグとなれば仕方ないか。そう笑い飛ばすと、陽太も小さく笑い声をあげた。
「陽太、聞いてくれ。今日の学校、つまらなかったんだ」
「なんで? 兄ちゃんがつまらない、って言うの珍しいね」
「なんかな、みんなして俺を避けてるようだった。朝は普通に挨拶してくれたのにな」
「そうなの? なんでだろーね。気にしないほうが良いよ!」
「そうだな。そうするわ!」
何気なく今日の学校のことを話した。もしかして苛めの前兆じゃないかと思っていた不安を、陽太は明るく流した。だが逆にそれが、案外楽だった。
俺は日曜日のことを考え、また、心を踊らせた。




