腹が減っては戦はできぬようです
「うぅっ…」
「か、かわいい…」
涙目になっておでこをさする娘さんがあまりにも可愛かったので、思わず声に出ていた。
「はぇっ?!」
「あ、いや…その、おでこ大丈夫ですか?」
「…(こくり)」
「そ、それなら良かった…じゃ、じゃあご飯いただきますね」
「(こくこく)」
どうやら大変人見知りのようなので、娘さんはそっとしておこうと思って俺は食卓に座る。
何だかんだでもうお腹がペコペコで、漂ってくるいい香りに腹の虫が暴れていた。
「はぐっ…もぐもぐ…う、うまひ…うますぎる…」
すっかり娘さんのことは忘れ、パンをちぎっては温かいスープに浸し、その合間にチーズっぽいものにかじりつく。
元いた世界のチーズほど柔らかくはないが、ほんのりと塩気があり、パンと一緒に食べると素朴な旨さがある。
スープには丁寧にカットされた色とりどりの野菜が入っており、作り手の細やかな性格が伝わってくる。
体だけでなく心も温まる気がした。
久方ぶりの人間らしい食事に、しばしの間無我夢中になっていたと思う。
「…(じっ)」
ガツガツ貪り食う背後に視線を感じて振り返ると、まだ娘さんが嬉しそうに俺を見ていた。
「ご飯すげーうまいっす!!」
「(びくっ)」
「あ、いや、感動のあまり大声出してすいません。これ、あなたが作ったんですか?」
「(こくこく)」
頷く娘さんは、心なしか表情も先程よりは少し柔らかくなった気がする。
元いた世界では、女の子の手料理なんか食べたこと無かったから、転生もなかなか悪くないかもしれない、なんてことを少しだけ思った。
「ごちそうさまでした」
あっという間に平らげてしまった。
食器を流しに片付けながら、娘さんにぺこり、と頭を下げる。
大げさでなく、生き返ったような思いだった。
まさに衣食足りて礼節を知る…というやつである。
「…(にこっ)」
「…(か、かわいい…)」
嬉しそうに微笑んでくれた娘さんの笑顔に、かろうじて今度は心の声に留めることに成功した。
いやいや、いかんいかん。
ここは大事な勤め先だ。余計なことを考えるのはやめよう。
もう一度娘さんに一礼し、店の様子を見に戻ることにする。
店の外へ足を運ぶと、じいさんが明るい様子で顔見知りの客と話しているようだった。
「いや、こう言っちゃなんだけど随分見違えたよ。ずいぶん綺麗に商品が並んでるからさ」
髭面の戦士らしき男が、短剣を嬉しそうに弄びながら話す。
どうやらこの人も買ってくれたらしい。
「いや、このサコンががんばってくれたんじゃ。恥ずかしながらワシはただ見ていただけで」
「お、兄ちゃんが噂の新人か」
「はい、今後もどうぞご贔屓にお願いします!」
「うんうん、がんばってくれよな。俺たちもじいさんには世話になったからな、できるだけ応援はしたいんだ」
髭の戦士と話しながら、アレク武器店がかろうじて潰れなかった理由に推測がついた。
じいさんも昔からやる気がなかったわけではなく、加齢による体力、気力の低下もあって少しずつ衰えてしまったのだろう。
昔からの常連客が気の毒に思って支えてくれたから、今日まで持ちこたえた、ということだ。
そう思うと、俄然希望が湧いてくる。
アレク武器店は忘れさられている、もしくは認知されていないだけで、悪評などがたっているわけではない。
ことに、応援してくれる常連客の存在は大きい。
お店を盛り上げようと努力すれば、彼らもきっと力になってくれるはずだ。
となれば、マーケティング次第で盛り返すチャンスもある。
…しかし、待てよ。
俺はこの世界の武器屋について何も知らない。
たまたま目についた短剣を数本売りさばいたところで、お店の状況が劇的に改善するわけではない。
もっと根本的な対策が必要なはずだ。
だが、その前提としての知識が決定的に不足していては、作戦の立てようもない。
いろいろとじいさんに聞くことも大事だが、まずは自分の目と耳で調べたい。
よし、まずはマーケティングの基本、競合店の調査だ。
じいさんがもう少し休んでいてもいいと言うので、その時間で王都にある他の武器屋を見に行くことにする。




