根回しが大事なようです
店の奥で早速船を漕いでいるじいさんを起こし、売上を手渡す。
じいさんは驚いたみたいだった。
「え、売れるなんて珍しいこともあるもんじゃのぉ」
…どんだけ売れてなかったんだろう、この店。
どうやって食ってんだ…と思わず心配になる。
「あ、ちょっと工夫してみたんです。よかったら見てもらえませんか?」
「おお、初日からなんだか頑張ってもらってすまんのぅ」
よろよろとついてくるじいさんに、短剣のディスプレイを見せる。
「あの、いきなり勝手なことをして申し訳ないです。でも、こうして見本を出して、買う人に使うイメージを持ってもらったら売れるんじゃないかなって」
さっき1本売れたのが幸いしたのか、店の外では数人のお客さんが短剣を覗き込んでいる。
人が集まれば、それが更に人を呼ぶ。
良い循環ができていた。
「ううっ…お客さんがこんなに…ありがたいことじゃ…」
じいさんがボロボロと涙をこぼした。
それから俺の手を握り、何度も頭を下げる。
「あ、いや、そんな大したことは…売れたのはまだ1本だけだし」
「いやいや…あんたは大事なことを思い出させてくれた。…諦めずに、色々挑戦することをワシはすっかり忘れていたよ」
「なんかこう、スキルっていうんですかね?勝手にいろんな考えが浮かぶんで、よかったらこれからも試してもいいですか?」
「もちろんじゃ!なんでも提案してみてくれ」
「わかりました。逆に、俺に間違いとかありそうなら、是非教えてください」
「うんうん、もちろんじゃ…というか、まだ何も教えていなくてすまんのぉ」
素直なじいさんで良かった。
コンサルティングの基本、根回しがとてもスムーズに済みそうだ。
「根回し」というと表現が悪いが、何かを変えようとするなら、変えられる側の人たちの気持ちに寄り添うことが大切なのだ。
俺の中のコンサルティングスキルがそう教えてくれている。
得意げに、外から「こうしたほうがいい」「どうしてこうしないのか?」と言うのは簡単だ。
でも、これまでのやり方にだって一定の理由はあるし、いきなり自分のやり方を否定されていい気分になる人はいない。
だから、「こういう理由で、こうしてみたいんだけど、どうでしょう?」という説明はとても大事だ。
もちろん説明したからと言ってすぐに賛同されるわけではないけれど、でも説明しないよりはずっといい。
幸いアレクじいさんも、潜在的に「このままではいけない」という意識があったのか、俺のコンサルティングに一も二もなく賛成してくれた。
今回は、短剣をただ並べるだけではなく、リンゴをそばにおいて、実際に試し切りもできるようにすることで、「買い手の生活の中で使うイメージ」を持ってもらうことで購買に繋げられるのではという試みだった。
今のところ、わりとうまくいくのではないかと思っている。
案の定、そこから昼の鐘がなるまでの1時間ほどで、もう2本短剣が売れた。
じいさんは飛び上がらんばかりに喜び、俺も嬉しくなる。
「あ、そろそろ昼飯の時間じゃな。奥で少し休みなさい、店はワシが見ておくでな」
「わかりました」
そうして俺は一旦店の奥にある古ぼけた小さな扉を開ける。
奥には小さな食堂兼居間があり、テーブルの上にパンと湯気を上げるスープ、そしてチーズのようなものの小さな塊が用意されている。
「うーん、うまそう…」
久方ぶりのタンパク質(多分)に思わず独り言をこぼすと、キッチンに人影があることに気づく。
独り言を聞かれたかと思うとちょっと恥ずかしい…けど、誰だろうか?奥さんとかかな?
「あの、こんにちは。今日からここで働くサコンといいます。ご飯…食べてもいいでしょうか」
そう呼びかけると、人影が恐る恐る出てきた。
…10代後半ぐらいの背の高い娘さんだった。…俺より、高い。
華やか、というわけではないものの、よく見ると整った顔立ちをしており、思わず一瞬だけ見惚れてしまう。
艶やかな髪を紺色の三角巾でまとめ上げている。ひょっとして食事を作ってくれたのはこの娘かもしれない。
娘さんは食事を指差して無言でコクコクと頷き、それから顔を真っ赤にして、更に奥のドアへと立ち去ろうとした。
「…たっ」
あ、ドアに頭ぶつけた…




