もう一つの世界
それから数日が経った。
あれっきり、ジャックナイフからの奇襲攻撃はない。
その間に、蓮と花音はある作戦を思い付いていた。
それは、ジャックナイフの一員が襲ってきた時、生け捕りにし空間の狭間へ案内させ、そこからあっちの世界に潜入するというものだ。
うまくいくかはわからないが、とにかく今は打開策が必要だと感じていた。
「花音、じっとしていても、時間が過ぎていくだけだ。一度、俺達が出会ったあの場所に行ってみよう」
蓮がシビレをきらし、そう言うと、
「私も今そう思っていた。さすがお兄様~、以心伝心てやつね。うん、行こう」
と、笑顔で答えた。
蓮は嬉しかった。
今まで生きてきて、ここまで自分を必要とし、頼りにされたことがなかったからだ。
そして、二人は出会ったあの場所に辿り着いた。
空間に切れ間はなく静まり返り、何の変化もそこにはなかった。
「やっぱり何もないか……」
蓮は肩を落とし、花音に『帰ろう』と言おうとした時、後方より叫び声が聞こえた。
「キャァァ、お兄様~、助けて!」
空間の狭間から、鋭い爪を持った腕が花音を抱え込み、飲み込もうとしていた。
瞬く間に、花音は空間の狭間に姿を消した。
「しまった! ジャックナイフか?」
――くそ……こうなりゃ、俺があっちの世界に助けに行くしかないだろ……やけくそだ――
蓮は一瞬は躊躇したものの、閉じかけた空間の狭間に身を投げ出した。
◇◇◇◇◇◇
ここは、類似した花音の世界にある、ジャックナイフ総本部。
「放しやがれ!」
「まだ、元気があるようだな。蓮よ、今頃使いの者が花音を捕らえに行く頃。こうなりゃ、お前達も終わりだな。フハハハ」
「ジル、その辺にしておけ。人質に死なれては困るからな」
「ははっ、ライパン総帥。蓮よ、ライパン総帥が寛大なお方で良かったな! これで、大人しく眠れ!」
ジルは、拳に力を込め、鎖に繋がれ身動きの出来ない蓮の鳩尾に殴りかかった。
「ぐはっ……花音……」
◇◇◇◇◇◇
一方、こっちの世界の蓮は、無事類似した世界へとやって来ていた。
「ここまで、来たはいいけど、花音は何処行ったんだろう……しかし、ここは本当に類似する世界なのか? 何もかもが、俺の住んでる街と一緒だ。強いて言うと……人が居ないということか?」
花音の言葉を信じていなかった訳ではないが、これだけ人を見つけられなければ信じるしかない。
人が誰もいないことと、花音を見つけられないことに、蓮は後悔さえ抱き始めていた。
「勢いで飛び込んだのは、まずかったかな……」
蓮はとりあえず、こっちの世界の自分の家を目指した。
類似するならば、この角を曲がれば自宅があるはずだ。
蓮は意を決して、角を曲がる。
「あった……まったく同じだ」
蓮は勝手知ったる自宅に入り込み、両親を探した。
しかし、そこには両親の姿もなく、生物と言えば水槽に泳ぐ熱帯魚くらいだ。
熱帯魚に見とれていると、急に睡魔が訪れ蓮はその場に眠ってしまった。
「……て……起きて……ねぇ、起きて……」
何者かが、蓮の眠りを妨げる。
「ん~、俺に話し掛けたのは、誰だ?」
蓮は眠たい目を擦りつつ、慌て周囲を確認するが、声の主は見つからない。
「空耳か?」
蓮はそう言うと、
「ここよ、ここ!」
と、水槽のガラスを叩く音がする。
なんと、熱帯魚が話し掛けてきたのだ。
「君が、話し掛けてきたのかい?」
半信半疑で、ガラスを叩きながら言うと、熱帯魚はヒラヒラと泳ぎながら返事をする。
「そうよ、ジャックナイフに熱帯魚にされたのよ。もとは人間よ」
「人間だったの?」
蓮は不思議そうに、水槽に顔を近付けた。
熱帯魚は、凝視する蓮に照れながら言った。
「見たところ、妄想に長けているみたいね。ねぇ、妄想して人間に戻してくれたら嬉しいなぁ」
熱帯魚は、蓮が妄想をすれば人間に戻れると言い添えた。
「妄想なら、任せとけ。俺の十八番だ」
そう言うと蓮は、目を閉じ妄想を始めた。
――熱帯魚が実は人間……可愛い、女の子なんだろうなぁ――
蓮の妄想が、水槽の熱帯魚に届き、熱帯魚は女の子に姿を変えた。
「やった~! って裸じゃん。もう、えっち」
「ご、ごめん」
慌て蓮は妄想して、女の子に服を着せてあげた。
花音が、普段着ていたものと同じ制服だ。
女の子は自分なりに、崩して制服を着こなすと、話し始めた。
「名前まだ言ってなかったね。舞です。中三でぇす。宜しくね」
舞は赤い髪のショートカットが印象的で、何処となく幼さが残っていた。
「あ、俺の名前は蓮。高三だ、宜しくな。ところで舞ちゃんは……」
「舞でいいよ。蓮君は舞より年上だから『お兄ちゃん』って呼んでいい?」
――お兄ちゃん? 花音のお兄様もいいけど、お兄ちゃんって呼ばれ方もたまらんなぁ――
「いいけど……」
蓮は吹き出そうになる鼻血を抑え、更なる妄想力と、またしても可愛い妹を手に入れたのであった。




