第九話 屋台を出そう
翌朝。
宿屋の一階にある食堂で俺とシオは向かい合って朝食をとっていた。
固いパンと薄味のスープ。
一人鉄貨二枚。
この世界の食事は鉄貨二枚で一食分が済む。
俺はスープをすすりながら頭の中で貨幣の換算をしていた。
この世界の貨幣は一般的に使われるのが四種類。
銅貨。
鉄貨。
銀貨。
金貨。
銅貨十枚で鉄貨一枚、鉄貨十枚で銀貨一枚、銀貨十枚で金貨一枚。
前世の感覚に直すと、ざっくり銅貨が十円、鉄貨が百円、銀貨が千円、金貨が一万円といったところか。
金貨百枚に相当する大金貨というものもあるらしいが、そんなものは普通の買い物ではまず使わないそうだ。
つまり、この朝食は二百円。
食材は安いが、その分、加工品やサービスには高い値段がつく。
前世の感覚で考えると、何に金がかかるのか少しずつ見えてくる。
そんな世界だ。
「ラメルさん!」
シオがスプーンを置いて真剣な顔で俺を見た。
「昨日の重曹のお代ありがとうございました。でも、あれだけだと村への仕送りには全然足りなくて……私、お金を稼ぎたいんです!」
重曹は全部で銀貨五枚で買い取っていた。五千円。
シオにとっては大金だが村の人たちを支えるにはあまりに少ない。
「うん。俺もまだアテがないんだよな。手持ちの金貨も道具と宿で減っちゃったし」
「どうしましょう……」
二人でうーんと唸る。
シオはうつむき、俺も腕を組んで考え込んだ。
このままじゃ、俺たち二人が食べていくのも難しくなる。ましてや村への仕送りなんて夢のまた夢だ。
その時俺の頭に一つの言葉が浮かんだ。
「……屋台とか」
「やたい?」
「ラーメンの屋台。外でスープを炊いてラーメンを売るんだ。外なら臭いも文句を言われないだろ?」
「ラーメンを……売る?」
シオは目をぱちぱちとさせた。
「でも、この街の人はラーメンを知りません。売れるんでしょうか?」
「だからこそだよ」
俺はにやりと笑った。
「誰も知らないものは誰とも競合しない。それに——」
昨夜のシオの食べっぷりを思い出す。
どんぶりをぺろりと空にして三杯もおかわりしたあの勢い。
あれだけ夢中で食べてくれたんだ。味には自信がある。
「一度食べれば絶対に虜になる。俺はそう思う」
「……私もそう思います!」
シオがきらきらと目を輝かせた。尻尾もぱたぱたと動いている。
よし。方針は決まった。
ただし、屋台を出すにも先立つものがいる。
食材を集めるだけでなく、街の外で活動するための準備も必要だ。
まずは、身分と武器。それから食材の確保だ。
街の中心にある冒険者ギルドは昼間から荒くれ者たちの熱気で満ちていた。
大きな木の扉を押し開けると酒と汗と鉄の匂いが鼻を突く。
壁には依頼の紙がびっしりと貼られ屈強な男たちがざわざわと話し込んでいる。
「新規登録ですか?」
受付の女性がにこやかに声をかけてくれた。
「はい。二人分お願いします」
「では、こちらにお名前を。それと、ご家名があればそちらも」
ペンを持った手が一瞬止まった。
「……家名はありません」
「あらそうですか。ではラメル様とシオ様ですね。登録料はお一人銀貨一枚です」
ギルドの登録はあっさりしたものだった。
登録用紙に名前を書き、簡単な手続きを済ませる。
ランクは下から見習い、木札、鉄札、銀札、金札。実績を積めば昇格できるらしい。
俺たちは当然見習いからのスタートだ。
首から下げる小さな木札を受け取るとシオは嬉しそうにそれを胸元でぎゅっと握りしめた。
「冒険者って初めてです」
「俺もだよ」
……本当は冒険者になりたいわけじゃない。
街の外で堂々と狩りをして、獲物や素材を売る。そのための肩書きが欲しいだけだ。
とはいえ、いざという時に自分の身を守れるだけの準備はしておかなければならない。
次に武器防具屋だ。
店主は俺の貧相な体つきを見てあからさまに首をかしげた。
「あんた本当に冒険者か?武器は?」
「えっと……これから買おうかと……」
「そのひょろひょろじゃ剣は持てんだろう。短剣でも持っとけ」
ぐうの音も出ない。俺だって自分の体格で大剣を振り回せるとは思っていない。
結局、俺は一番安い短剣と革の胸当てを買った。
シオは自分の体に合う短剣と軽い革鎧を選んだ。
二人分で銀貨八枚。
……痛い。
母が持たせてくれた金貨も、ずいぶん減ってきた。
「ラメルさん、本当に大丈夫ですか……?」
シオが心配そうに俺の顔をのぞき込む。
「大丈夫。ここから稼ぐんだ」
口に出した以上、何とかするしかない。
俺たちは買ったばかりの装備を身につけ、街の門をくぐった。
目指すは、街の外。
まずはラーメンの材料になる獲物や食材を探すところからだ。
お読みいただきありがとうございます!!
深夜のラーメンは健康にいい。なぜならば、我慢するほうが健康に悪いからです。
さて、ラメルとシオは新たな一歩を踏み出しました。
まずは冒険者ギルドに登録し、武器と防具も購入。
残り少なくなった手持ちのお金を増やすためいよいよ街の外へと向かいます。
果たして、異世界初のラーメン屋台は成功するのか!?
次回もお楽しみに!




