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前世で食べ損ねたラーメンを求めて ~追放された俺は『ラーメンWalker』で異世界を無双する~  作者: マトンさん


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第七十話 王都の十日間と櫛刃の完成

 王都での十日間は思っていた以上に慌ただしく始まった。


 朝は市場。昼も市場。夕方になっても市場。

「ラメルさん。そろそろ宿に戻りませんか?」

「もう少しだけだ。あの店の棚の一番奥に星があるんだよ」

「それ、さっきも聞きましたよ?」

 シオがじとっとした目で俺の袖を引いた。

 王都の市場はミヤンの市場とは桁が違った。

 通りの両側には屋台と店がびっしりと並び、売っている食材も見たことのないものばかりだ。

 燻製肉の店。香辛料を山積みにした店。見たことのない形の果物。

 ラーメンマップは朝から大騒ぎをしている。


 星。星。星。


「……あの赤い実の山。星がいくつあるんだ?」

「ラメルさん?」

「分かってる。分かってるんだが……」

「今日の目的は道具の完成を待つ間の下見ですよね?買い込むのは帰る前にしましょう」

「……はい」

 反論の余地がない。

 シオに正論で止められるのももう何度目だろう。

 とはいえ目の前に未知の食材が山ほどあるのだ。ラーメン好きとして素通りできるわけがない。

 俺が名残惜しく棚を振り返るとシオは呆れたようにため息をついた。

「帰る前にはちゃんと付き合いますから。今日はここまでです」

「……約束だからな?」

「はいはい。約束です」

 どうやら俺はすっかり子供扱いされているらしい。


 その間、ミソラとショーとユウは王都見物を楽しんでいた。

 噴水広場の大道芸。川沿いの屋台。城壁の上から眺める街の景色。

 夕方に宿へ戻ってくると三人とも話したいことで頭がいっぱいらしい。

「ラメルおにいちゃん!あのね!お口からぼわーって火を出す人がいたの!」

「火を吹く大道芸ですよね。ミソラちゃんずっと目を丸くしてました」

 ユウが笑いながら補足する。

「僕は武具屋の通りがすごかったです!盾だけで一軒の店が埋まってるんですよ!」

「おいおいユウ。目が輝いてるぞ」

 ショーが肘でユウをつついた。

「ショーは?」

「俺は川沿いの串焼きを制覇しました!」

「制覇って……どれだけ食べたんだ?」

「五軒です!」

「五軒!?腹は大丈夫なのか?」

「もちろんです!全部うまかったので!」

「いや、うまかったかどうかと腹が大丈夫かは別だろ……」

 ショーは満足そうに腹をさすった。


 その横ではミソラが小さな両手を広げて火吹き芸の真似をしている。

「それでね!ぼわーって!こーんなにおっきな火だったの!」

「分かった分かった。すごかったんだな」

「うん!すっごかった!」

 三人の楽しそうな顔を見ていると王都まで来た甲斐があったと思う。

 製麺機の完成を待つだけの十日間にするつもりはなかったが、こうして仲間たちが楽しんでいるのを見るのも悪くない。


 三日目の午後。

 俺は市場の端にある香辛料の店で足を止めた。

 店先には見慣れた袋が山のように積まれている。

「……これって」

 袋に押された印は獅子の紋章。

 見間違えるはずがない。

 レオさんの商会の印だった。

「おやお客さん!お目が高いねえ!」

 店の主人が愛想よく声をかけてきた。

「うちで一番の人気商品ですよ!ミヤン発のカレー粉です!」

「ミヤン発……」

「ご存じですか?バナチャスの獅子の商人がミヤンの料理人から製法を買い取ったそうでしてね。これがまた香辛料の配合が絶妙なんですよ!王都の食堂でもカレーを出す店が増えてるんです!」

「……そうですか」

 俺は思わず笑みをこぼした。

 まさか王都の市場で自分の作ったカレー粉の評判を聞くことになるとは。

「いやあ。そのミヤンの料理人ってのはきっと変わった人なんでしょうねえ!」

「はは……そうかもしれませんね」

 隣でシオが肩を震わせている。今日は一緒に市場へ来ていたユウまで口元を押さえていた。

「ラメルさん。変わった料理人さんですって」

「……聞こえてるぞ」

「僕は何も言ってませんよ!」

 ユウはそう言いながらも笑いをこらえきれていない。

 店主は不思議そうな顔をしていたが気にしないことにした。

 獣人の国で手に入れた香辛料が王都の食卓にまで広がっている。

 俺が考えた配合をレオさんが商品にして、それを知らない誰かが料理に使っている。

 ラーメンとは違う形だけど、自分の作った味が遠くまで届いているのは嬉しいものだ。

 なんだか胸の奥が温かくなった。


 五日目。

 俺はハンマー通りの一番奥にある工房へ様子を見に行った。

 鉄の扉を叩くと覗き窓からボルドさんが顔を出した。

「……ラメルか」

「こんにちは。進み具合はどうですか?」

「親方が……」

 ボルドさんは困ったような顔で声を落とした。

「昨日からほとんど寝ずに櫛刃を仕上げてるんだ」

「えっ!?大丈夫なんですか?」

「大丈夫なわけないだろ。でも止めても聞かないんだよ。『刃だけは納得いくまで仕上げる』って言ってな……」

 ボルドさんは深いため息をついた。

 工房の奥からカン、カンと規則正しい鎚の音が聞こえてくる。

 少し間を置いてはまた響く。

 あの頑固な親方が今も一つの刃に向き合っているのだろう。

「……あの。これを差し入れに持ってきたんです」

 俺はラーメンボックスから大きな蓋付きの鍋と器を取り出した。

 鍋の中には温かい味噌ラーメンのスープ。別の容器には茹でる前の麺と炒めた野菜を用意してある。

「麺を茹でてスープを注げばすぐ食べられます。よかったら皆さんで食べてください」

「……おお。あのラーメンか!」

「はい。食べればしばらく体も軽くなると思います。ただ食事だけじゃ疲れは取れませんから、親方にはちゃんと休んでもらってくださいね」

「それができりゃ苦労しねえんだけどな……」

 ボルドさんは苦笑いしながら鍋を受け取った。

「でも助かる。親方もあの味は気に入ってたからな。絶対に食わせてやるよ」

「お願いします」

 扉が閉まる直前に工房の奥から怒鳴り声が聞こえた。

「ボルド!誰と話しとる!手が止まっとるぞ!」

「親方!ラメルが飯を持ってきたんです!」

「……何?ラーメンか?」

 鎚の音がぴたりと止まった。

 ……食べてくれそうだな。

 俺は小さく笑って工房を後にした。


 翌日。

 宿の受付にボルドさんから預かったという空の器と小さな木札が置かれていた。

 木札には炭で不揃いな大きさの文字が殴り書きされている。

『うまかった』

「……ふふっ」

 シオが思わず笑った。

「ドルガンさん。字まで豪快ですね」

「ああ。でもちゃんと食べてくれたみたいだ」

 木札を裏返してみたが何も書かれていない。

 たった五文字。

 だけどあの親方らしい返事だった。

 俺は木札を大事にしまった。


 十日目の朝。

 俺たちは全員でハンマー通りの一番奥へ向かった。

 通りには今日も朝から鎚の音が響いている。

 だがあの工房の前に立った瞬間に気づいた。

 鎚の音がしない。

 鉄の扉はすでに開かれていた。

「おお、来たか」

 中から低い声がした。

 ドルガンさんは作業台の前に立っていた。

 目の下には深い隈が刻まれている。髭にも煤がついたままだ。

 だがその目は燃えるように輝いていた。

「見ろ」

 作業台の上には布をかけられた大きなものが置かれていた。

 ドルガンさんがばさりと布を取り去る。

「……!」

 息が止まった。

 鈍く光る鉄と磨き込まれた樫の木。

 頑丈なフレームに支えられた二本の圧延ローラー。回転を伝える歯車と大きなハンドル。ローラーの間隔を調整するネジまで付いている。

 その下には切刃を取り付けるための機構が組み込まれていた。

 図面の中でしか見たことのなかった製麺機がそこにあった。

「……すごい」

 言葉がそれしか出てこなかった。

「こっちも見ろ」

 親方は隣の布も取り去った。

 三つの木箱が並んでいる。

 蓋を開けるとそれぞれに二本一組の櫛刃が専用の金属枠に収められていた。

 細い溝がびっしりと刻まれた二本のローラー。その歯が互いに噛み合うように組み付けられている。

 俺は一つの枠をそっと持ち上げて光にかざした。

 端から端まで整然と並ぶ細かな溝。どこを見ても幅が揃っている。

「……信じられない」

 思わず声が漏れた。

「細麺用。中太麺用。極太麺用。それぞれ溝の幅が違う」

 ドルガンさんが淡々と説明する。

「切刃は二本一組で枠に固定してある。交換するときはこの留め具を外して枠ごと引き抜け。新しい枠を溝に合わせて差し込めば同じ位置に収まる仕組みじゃ」

「……つまり刃の噛み合わせを毎回調整しなくてもいいんですね!」

「そういうことだ。もっとも使い込めば点検は必要になるがな」

 ドルガンさんは切刃の枠を指先で軽く叩いた。

「交換するたびに一から調整していては使い物にならん。お前が頼んだのはそういう機械じゃろう?」

「はい!まさにこれです!」

 ドルガンさんはぶっきらぼうに鼻を鳴らした。

 だがその口元にはわずかに誇らしげな色がにじんでいた。

「それと逆回転もできる。生地が詰まったら無理に押し込まず少しずつ戻せ。ただし刃を傷めんようにな」

「分かりました!」

 図面で話し合ったことが一つ残らず形になっている。

「ありがとうございます……!」

 俺は深く頭を下げた。

 頭を下げたまましばらく顔を上げられなかった。


 前世で何度も食べてきたラーメン。

 毎週末に行列へ並んで食べたあの一杯。

 追放されてからは麺を作るだけでも苦労の連続だった。

 かん水を探して生地をこねて包丁で切る。リウムさんたちの力を借りてようやく安定して作れるようになった。

 そして今。

 この世界でも機械で麺を作れる日が来たのだ。

「ラメルさん。……泣いてます?」

「……泣いてない」

「ふふっ。そういうことにしておきますね」

 シオが小さく笑った。

「試運転だ」

 ドルガンさんが作業台の端を指した。

「生地を持ってこい。実際に通してみるぞ」

「はい!試運転用に生地を用意してあります!」


 俺はラーメンボックスから仕込んでおいた生地を取り出した。

 今回は小麦粉と水だけで練った試運転用の生地だ。

 本来ならかん水を使うところだが、今日は食べるための麺を作るわけではない。せっかく作った木灰かん水を使うのはもったいないし、重曹から作ったかん水だって無駄にしたくない。

 何より完成したばかりの製麺機には加工に使った油や細かな金属粉が残っている可能性がある。最初は捨ててもいい生地を通してローラーや切刃の汚れを取り除くのが基本だ。

 もちろん事前に拭き掃除はしてもらっているが、それだけで十分とは限らない。

「ほう。ずいぶん硬そうな生地じゃな」

「はい。実際に作る麺に近い硬さにしてあります。でも今回は食べません」

「食べんのか?せっかく麺を作るというのに」

「新品の機械には油や汚れが残っているかもしれませんので、最初に通した生地は捨てるんです」

「なるほど。機械の中を生地で掃除するわけか」

「そういうことです。それにローラーや切刃がちゃんと動くかも確認できます」

「ふむ。理にかなっておるな。では通してみろ。ボルド!」

「はい親方!」

 ボルドさんが製麺機のハンドルを握った。


 俺は生地を二つに分けて軽く平たくすると片方をローラーの入口へ差し込んだ。

「ゆっくりお願いします!」

「おう!」

 ボルドさんがハンドルを回す。

 ごとり、ごとり。

 二本のローラーが歯車に連動して回り始めた。

 硬い生地がローラーの間に引き込まれ、少しずつ平たい帯状になって出てくる。

「……すごい!」

 ユウが息をのんだ。

 続けてもう一つの生地も通す。

 二枚の厚い麺帯ができあがった。

「ここからが大事なんです」

 俺は二枚の麺帯を重ね合わせた。

「これをもう一度ローラーに通します。二枚を一枚にする複合圧延です」

「おお!この前言っていたやつか!」

 ドルガンさんが身を乗り出した。

「はい。生地を重ねて圧着することでしっかりした麺帯にするんです」

 重ねた麺帯をローラーへ差し込む。

 ボルドさんがハンドルを回すと二枚の生地が押し合わされて一枚の厚い麺帯になって出てきた。

「くっついた!」

 ショーが目を丸くした。

「すごいですね!二枚だったのに一枚になりました!」

「これで終わりじゃないぞ。ここから少しずつ薄くしていくんだ」

 俺はローラーの間隔を調整するネジに手を伸ばした。

「少し狭くしますね」

「うむ。左右を同じだけ動かせ。片側だけ狭めると麺帯が斜めになるぞ」

「はい!」

 ネジを回して間隔を調整する。

 もう一度通す。

 麺帯が少し薄くなった。

 さらに間隔を狭めてもう一度。

 何度か繰り返すうちに厚みの揃った滑らかな麺帯ができあがっていく。

「……きれいだ」

 思わず呟いた。

 手作業ではどうしても厚みにばらつきが出る。それが端から端までほとんど同じ厚さになっている。

 これなら茹で時間も揃えやすい。


「次は切るぞ。中太の刃を持ってこい」

 ドルガンさんが自ら切刃ユニットを取り付けた。

 金属枠を所定の溝に差し込んで留め具を締める。

 カチリと小さな音が鳴った。

「通せ」

 ボルドさんがハンドルを回す。

 伸ばした麺帯が櫛刃の間へ吸い込まれていく。

 するすると。

 切り分けられた麺が下へ伸びてきた。

 俺は両手でそっと受け止める。

 細く長く均一な麺が次々と生まれていった。

「……できた」

 俺は目を見開いた。

 手打ちで切った麺とはまるで違う。

 一本一本が驚くほど揃っている。

 太さが均一で切り口もきれいだ。

「すごい!」

 ショーが叫んだ。

「麺が!麺が勝手にできてる!」

「勝手にではないわい!ボルドが必死に回しておるじゃろうが!」

「あっ!そうでした!」

「おいショー!俺の腕も見てくれよ!」

 ボルドさんが笑いながらハンドルを回す。

 工房に笑い声が広がった。

 ドルガンさんも口元を緩めている。


「極太麺も通してみろ」

「はい!」

 俺は中太麺用の枠を取り外し、極太麺用の切刃ユニットに交換した。

 位置決めの溝に合わせて差し込むとぴたりと収まった。

「おお……本当にそのまま交換できるんですね」

「当然じゃ。そこが一番苦労したところだからな」

 ドルガンさんが得意げに髭を撫でた。

 もう一度麺帯を通す。

 今度は極太で力強い麺が揃って出てきた。

「…………」

 俺は言葉を失っていた。

 細麺も中太麺も極太麺も。

 刃を交換するだけで作れる。


 出来上がった麺は食べられない。試運転を終えたらすべて処分するつもりだ。

 それでも目の前に並んだ麺を見ていると胸が熱くなる。

 ローラーは滑らかに回り、切刃も問題なく生地を切り分けている。交換機構もきちんと動いた。

 初めての試運転は大成功だ。

 これならリウムさんは麺の改良にもっと時間を使える。

 店がどれだけ忙しくなっても麺の質を落とさずに済む。

 それどころかこれまで作れなかった麺だって作れるようになる。

 次にこの機械から出てくるのは本物の中華麺だ。

 その日が今から楽しみで仕方なかった。


「ありがとうございます。ドルガンさん!」

「礼はいらん」

 ドルガンさんはふんと鼻を鳴らした。

「礼を言うなら酒で言え」

「ははっ。もちろんです!」

 俺はラーメンボックスからラメル酒の壺を取り出した。

 ドルガンさんの顔が一瞬でほころんだ。

「おお!待っておったぞ!」

「製麺機が完成したら一緒に味わおうと思っていたんです」

 壺の栓を抜く。

 米の甘い香りが工房に広がった。

 ドルガンさんは木のコップに酒を注ぎ、ゆっくりと口に運んだ。

 一口。

 目を閉じて味わう。

「……うまい」

 低い声だった。

「やはりこの酒は素晴らしい。何度飲んでも飽きん」

「ありがとうございます」

「ふむ……これがあれば次の仕事も頑張れそうじゃな」

「その前にちゃんと寝てくださいよ!」

 思わず突っ込むとボルドさんが大きく頷いた。

「本当にそうですよ親方!俺たちがどれだけ心配したと思ってるんですか!」

「うるさいわい!わしの体はわしが一番よく分かっとる!」

「分かってるなら休んでください!」

 ……どうやらこの師弟のやり取りは当分続きそうだ。


「代金だが」

 ドルガンさんはコップを置いた。

「金貨百五十枚。前金で七十五枚もらっておる。残りは七十五枚だが……酒を二本もらう約束じゃったな」

「はい」

「酒二本で金貨十枚分。残りは金貨六十五枚じゃ」

「承知しました」

 俺はラーメンボックスから金貨の袋を取り出し六十五枚を作業台に並べた。

 さらに約束のラメル酒を二壺取り出して隣に置く。

 ドルガンさんは金貨をちらりと見た。

「たしかに受け取った」

 そしてすぐに酒の壺へ視線を戻した。

「……こっちのほうが楽しみじゃがな」

「親方!ちゃんと金貨も数えてくださいよ!」

「分かっとるわい!」

 ボルドさんが呆れた顔で金貨を数え始めた。

「こちらこそありがとうございました!」

「追加の注文はまたいつでも受けるぞ」

 ドルガンさんは腕を組んだ。

「平たい麺を作るための切刃も面白そうじゃ。縮れ麺を作るなら切った後に麺を波打たせる仕組みも必要になるな」

「そこまで考えてくれてるんですか!?」

「ふん。こんな面白い機械を一度作っただけで終わらせるのは惜しいからな」

 ドルガンさんは製麺機を見つめながら楽しそうに髭を撫でた。

「次に来るまでに何か考えておいてやる!」

「楽しみにしています!」

「それと」

 ドルガンさんがふいに真面目な顔になった。

「その機械は使い込めば必ず刃が傷む。傷んだらすぐ俺に持ってこい。研ぎ直しも調整もしてやる」

「はい。必ず」

「機械は道具だ。道具は手入れをしてこそ育つ」


 その言葉に俺は深く頷いた。

 俺がラーメンを作るときに包丁や鍋を大切にするのと同じだ。

 この人は鉄で作った道具にそれだけの愛情を注いでいる。

 だからこそ図面だけだった製麺機をここまで仕上げてくれたのだろう。

 製麺機と櫛刃三種。

 それに大きな寸胴鍋や麺茹で用の深い網、チャーシュー用の包丁、手打ち用の麺切り包丁、麺棒、湯切り用の平ざる。

 頼んだ道具はすべて揃っていた。

「それじゃあ収納しますね」

 俺はラーメンボックスを開いた。


『製麺機を収納しますか?』


「はい」

 大きな製麺機が一瞬でラーメンボックスへ収まった。

 続けて切刃ユニットと調理道具も一つずつ収納していく。

「……消えたな」

 ドルガンさんが目を細めた。

「便利な箱だ。鍛冶屋としては羨ましい限りじゃ」

「おかげで重たい機械も安全に運べます」

「まったく。そんなものがあれば鉄の運搬も楽になるんじゃがなあ」

 ドルガンさんは少し羨ましそうに笑った。

「大切に使わせてもらいます」

「うむ。では気をつけて帰れ」

 鉄の扉の前でドルガンさんとボルドさんが見送ってくれた。

「ボルドさん。いろいろありがとうございました!」

「……ああ。また来い」

 ボルドさんは不愛想に言いながらも小さく頷いた。

「次は俺にもラメル酒を飲ませてくれよな」

「ボルド!お前はまだ駄目じゃ!」

「親方!なんで親方が決めるんですか!」

「十年早いわ!」

「十年も待てるか!」

 最後まで賑やかな師弟だった。

 俺たちは笑いながら工房を後にした。


 ハンマー通りを歩いていると見覚えのある小柄な老人が通りの角から声をかけてきた。

「おお若いの。あの頑固者の客か!」

 煙管をくゆらせたあの老ドワーフだった。

「はい!おかげさまで無事に製麺機が完成しました!」

「ほほう。やはり通ったか!」

 老人はくつくつと笑った。

「あいつがあれほど夢中になって仕事をするのは久しぶりじゃ。ここ数日は工房の明かりが遅くまで消えんかったからのう」

「……そんなにですか?」

「ああ。いい顔をしておったぞ。昔のあいつを思い出したわい」

 俺は思わず振り返った。

 通りの奥にある工房からはもう鎚の音が聞こえている。

 ……もう次の仕事を始めたのか。

「大事に使え。あいつの機械は孫の代まで使える」

「はい!大切にします!」

 老人はそれだけ言ってひらひらと手を振った。


 帰りの乗り合い馬車の手配はセナさんがしてくれた。

「ネリアによろしくね。それとミヤンの店の評判は王都でもそのうち広まると思うわ」

「ありがとうございます。いろいろお世話になりました!」

「こちらこそ。また王都に来たら顔を見せてね」

 セナさんは俺たち一人一人に視線を向けた。

「みんなも王都は楽しめた?」

「はい!武具屋がすごかったです!」

 ユウが元気よく答える。

「俺は串焼きが最高でした!」

「ふふっ。ショーくんは食べ物なのね」

「ミソラも!火をぼわーってする人がいたの!」

「あら。そんな大道芸も見たの?」

「うん!また見たい!」

 ミソラが両手をいっぱいに広げるとセナさんは楽しそうに笑った。

「また遊びにいらっしゃい。今度はもっとゆっくり案内してあげるわ」

「ありがとうございます!」

 北門の前でセナさんが手を振って見送ってくれた。


 馬車がゆっくりと動き出す。

 窓から見える王都の城壁が少しずつ遠ざかっていく。

「……楽しかったですね」

 ユウがぽつりと言った。

「うん!王都また来たい!」

 ショーが頷く。

「ミソラもまた来たい!火を吹く人また見たい!」

「ミソラはそればっかりだな」

 俺は笑って馬車の座席に深く腰を下ろした。

「ラメルさんも市場を満喫できましたか?」

 シオが隣から声をかけてきた。

「ああ。まだ見たい店は山ほどあったけどな」

「ふふっ。やっぱりそう言うと思いました」

「次に来たときは全部回るぞ」

「……そのときは先に日数を決めましょうね」

「えっ?」

「ラメルさんを放っておいたら市場だけで十日間が終わっちゃいますから」

 ……否定できない。

 ショーとユウが声を上げて笑った。

 ミソラまで何が面白いのか分からないまま一緒になって笑っている。

 俺もつられて笑ってしまった。


 ラーメンボックスの中には完成した製麺機が眠っている。

 製麺機。櫛刃。そしてラーメンの道具たち。

 ドルガンさんたちが十日間かけて作り上げてくれた大切な道具だ。

 これからミヤンの製麺工房が大きく変わる。

 リウムさんはどんな顔をするだろう。

 ショーとユウの家族もきっと驚くに違いない。

 そして銀の耳の食卓で出すラーメンも今まで以上に進化させられるはずだ。

「帰ろう。ミヤンへ」

 仲間たちが笑顔で頷いた。


 窓の外では冬の空がどこまでも高く澄んでいた。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

今回は王都での十日間と製麺機の完成のお話でした。

市場ではレオ商会のカレー粉が王都にまで広まっていることが判明。そしてドルガン親方の職人魂によってついに製麺機が完成しました!

細麺・中太麺・極太麺の三種類に対応した交換式の櫛刃も無事完成。これでラーメン作りが大きく変わりそうです。

次回はミヤンへ帰還!リウムさんたちの待つ製麺工房にいよいよ新しい機械がやってきます。

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