第六十九話 櫛刃と親方
ドルガンさんの工房は熱気と鉄の匂いに満ちていた。
広い土間の中央には大きな炉が据えられ、壁には見たこともない形の鎚やヤットコがずらりと掛けられている。
奥の作業台には組みかけの歯車や磨き上げられた鉄の棒が整然と並んでいた。
「……すごい」
ユウが思わず息を漏らした。
「おい。勝手に触るなよ。親方に鎚で殴られても知らねえぞ」
弟子らしい青年がぼそりと言った。
さっき覗き窓から顔を出していた髭の短い若いドワーフだ。
「俺はボルド。親方の弟子をしている」
「ラメルです。こちらはシオ、ショー、ユウ、ミソラです」
「……子ども連れか。変わった客だな」
ボルドさんは無愛想に言いながらも人数分のお茶を運んできてくれた。
湯気の立つお茶を一口飲むと冷えた体がじんわりと温まる。
一方、親方のドルガンさんはというと。
作業台の前にどっかりと腰を下ろし、ラメル酒の壺を大事そうに膝の上で抱えていた。
「……話くらいは聞くと言ったな」
「はい!」
「聞こう。……その前にもう一口だ」
「あ、はい。どうぞ」
ぐいっ。
親方が壺を傾けて酒をあおる。
そして満足そうに深く息を吐いた。
「……よし。聞こう」
よほど気に入ってくれたらしい。
だが、壺を脇に置いた瞬間、その目つきが変わった。
さっきまでの酒好きの親方ではない。
目の前の仕事を見極めようとする職人の目だった。
俺はシオが描き直してくれた製麺機の図面を作業台に広げた。
「これが製麺機です」
ドルガンさんは黙って図面を睨んだ。
ボルドさんも横から身を乗り出して覗き込む。
しばらく誰も口を開かなかった。
炉の中で薪がぱちりと爆ぜる。
「……何をする機械だ?」
「麺を作る機械です。小麦粉を練った生地を薄く伸ばして細く切ります」
「麺。お前が持ち込んだという変わった食い物のことか?」
「ラーメンといいます。まだ食べていただいていませんが、あとでぜひ」
「ふん。……この丸いのは?」
ドルガンさんが図面の中央に描かれた二つの円を指した。
「ローラーです。二本を向かい合わせに置いて、その間に生地を通します」
「なぜ二本だ。一本ではいかんのか」
「一本では生地を押さえる相手がいません。二本で挟むことで均一な厚みに伸ばせます」
俺が答えるとシオがすかさず図面を指さした。
「それにローラーの間隔を調整できるようにしたいんです。最初は広くして少しずつ狭くすれば生地を均一に薄く伸ばせます」
「間隔の調整……ネジか」
「はい。ネジを回してローラー同士の間隔を変えられるようにしたいんです」
「ふむ……」
ドルガンさんが顎の髭を撫でた。
「だが何度も伸ばすだけでは生地が弱くならんか?」
「そこで複合圧延という方法を使います」
「ふくごうあつえん?」
「はい。まず生地を二枚の帯状に伸ばします。それを重ねてローラーに通し一枚に圧着するんです」
「ほう。二枚を一枚にするのか」
「そうです。生地同士をしっかり結びつけることで麺にコシと強さを出せます。そのあと何度かローラーに通して少しずつ薄くしていくんです」
「なるほど……ただ薄く伸ばすだけではないというわけか」
ドルガンさんの目が鋭くなった。
「ならば最初に二枚を合わせるときはローラーの間隔を広く取らねばならんな。いきなり強く押し潰せば生地に無理がかかる」
「はい!そのためにも細かく間隔を調整できる仕組みが必要なんです」
「ふむ……面白い。なかなか考えられておるわい」
ドルガンさんは顎の髭を撫でた。
「歯車はなぜ要る?」
「二本のローラーを同じ速さで回すためです。回転がずれると生地が引っ張られてしまいますから」
「なるほど。道理だ」
親方は図面を指でなぞりながら小さく唸った。
悪くない反応だ。
少なくとも門前払いは免れている。
「で、ここは?」
ドルガンさんの指が図面の右端で止まった。
「……切る仕組みの部分です」
俺は少しだけ背筋を伸ばした。
ここが製麺機の肝だ。
「伸ばした生地を最後に切り刃へ通します。細かい刃が並んだ二本のローラーを噛み合わせて生地を細く切り分けるんです」
「刃のついたローラーか」
「はい。櫛の歯のような形をしているので櫛刃と呼んでいます」
俺は図面の櫛刃の部分を指でなぞった。
シオが描き直してくれた図には細かな刃の並びまで丁寧に描かれている。
「さらにこの櫛刃は交換できるようにしたいんです」
「交換だと?」
「刃の間隔が違うものを何種類か用意して麺の太さに合わせて差し替えます。細麺用、中細麺用、太麺用。まずは三種類です」
「…………」
ドルガンさんは何も言わなかった。
ただ図面をじっと見つめている。
その横顔はまるで岩のように動かなかった。
やがてぽつりと言った。
「……ここだけは並の鍛冶屋には作れん」
「はい。分かっています」
「刃の間隔はものによっては指の爪の厚みよりも狭い。それを端から端まで狂いなく刻む。二本の刃が噛み合う位置も正確に揃えねばならん」
「はい」
「しかも三種類だ。交換するたびに位置がずれていては話にならん」
ドルガンさんは顔を上げて俺をまっすぐに見た。
「……お前、何を頼んでいるのか分かっているのか?」
「普通の鍛冶仕事では難しい精度が必要なのは分かっています」
俺は図面の外枠を指さした。
「そこでローラーと切刃は頑丈な金属製のフレームで支えるつもりです。軸の位置をしっかり固定して回転中にずれないようにします」
「ほう。だがローラーの間隔は調整するんじゃろう?」
「はい。圧延ローラーは片方の軸を動かせる構造にします。ネジで間隔を調整しても左右が傾かないようにしたいんです」
「なるほど。切刃のほうはどうする?」
「切刃は二本一組で専用の枠に固定します。交換するときは枠ごと取り外す方式です。これなら刃の噛み合わせを保ったまま交換できます」
「……つまり刃の位置を毎回合わせ直す必要がないわけか」
「そうです。ただし枠を本体に取り付ける位置も正確に決まる仕組みが必要です」
ドルガンさんは図面をじっと見つめた。
「位置決めの溝と留め具を作ればよかろう。枠を差し込めば必ず同じ位置に収まるようにな」
「それです!ぜひお願いします!」
「ふん。そこまで考えておるなら話は早い。だが相当な精度が要るぞ?」
ドルガンさんの口元がわずかに緩んだ。
俺は迷わず答えた。
「ボノさんの工房にあった圧搾機です。あの歯車の噛み合わせにはほとんどがたつきがありませんでした。あれほど精巧な機械を作れる人ならお願いできると思ったんです」
ドルガンさんの眉がぴくりと動いた。
「……あの圧搾機を見たのか」
「はい。ハンドルを回すと重い圧搾機が滑らかに動いていました。本当に見事な造りでした」
「…………」
ドルガンさんはしばらく黙っていた。
それからふんと鼻を鳴らした。
「……あれは昔の仕事だ。今の俺ならもっとうまく作る」
「え?」
「あの頃はまだ歯の角度に甘さがあった。今ならあと一割は滑らかに回せるわい」
言葉は不機嫌そうなのに口元がわずかに緩んでいる。
どうやら褒められて悪い気はしないらしい。
横で聞いていたボルドさんが目を丸くした。
「親方が昔の仕事を褒められて怒らなかった……!」
「ボルド。聞こえておるぞ」
「す、すみません!」
「だが疑問がある」
ドルガンさんは図面の櫛刃をもう一度指した。
「生地が刃の間に詰まったらどうする? 粉を練った生地は粘るぞ。刃に張り付いて出てこなくなるんじゃないか?」
「その点は大丈夫だと思います」
俺は図面の切刃を指さした。
「この機械で作る麺は水分が少ないんです。生地が硬いので普通の状態なら刃にべったり張り付くことはほとんどありません」
「ほう。ずいぶん硬い生地を使うんだな」
「はい。ただ絶対に詰まらないとは言い切れません。そのときはハンドルを逆に回して生地を戻せばいいんです」
「なるほど。逆回転か……」
ドルガンさんは顎の髭を撫でながら図面を眺めた。
「ならば歯車も逆向きに回せるようにしておかねばならんな。途中で引っかかるような仕組みでは困る」
「そうですね。正転も逆転もできる構造でお願いします」
「ふむ。それなら難しくはない。だが詰まったときに無理やり回せば刃を傷めるぞ。そこは気をつけろよ」
「はい。詰まったら無理に回さず少しずつ戻すようにします」
ドルガンさんは満足そうに頷いた。
「よし。そこまで考えてあるなら問題なかろう」
「ありがとうございます。実際に作るとなると気をつけることが多いんですね」
「当然だ。図面の上で動くものと実際に使えるものは違う。そこを考えるのが職人の仕事よ」
ドルガンさんは図面を指で軽く叩いた。
「作る以上は使える物を作る。使えない物を作るのは鉄に失礼だ」
その言葉には長年鉄と向き合ってきた職人の誇りがにじんでいた。
シオが感心したように息を漏らした。
「親方さんはすごいですね。図面に足りない部分まで考えてくださるなんて……」
「足りんのはお前たちの図面だ。理屈は通っとる。だが使う人間の手をまだ想像できておらん」
「はい……ご指摘のとおりです」
俺は素直に頭を下げた。
前世の知識があっても実際に物を作る職人の知恵にはかなわない。
それが今の俺にはよく分かった。
「で、聞くが」
ドルガンさんが腕を組んだ。
「お前はこの機械で何を作る?」
「麺です」
「麺はさっきも聞いた。その麺がどれほどのものかを聞いておるんだ」
「…………」
俺は少し考えた。
言葉で説明するより実際に食べてもらうほうが早い。
「親方。少しだけ火をお借りできませんか?ラーメンを作って食べていただきたいんです」
「麺を?」
「はい。俺たちが作っているラーメンです」
ドルガンさんは一瞬眉を寄せた。
だがすぐに頷いた。
「ボルド。料理に使える火を用意してやれ。鍛冶の炉には近づけるなよ」
「はい、親方!」
ボルドさんは工房の隅にある小さな焚き口へ案内してくれた。職人たちが湯を沸かすために使っている場所らしい。
俺はラーメンボックスから寸胴と麺とスープの材料を取り出した。
麺はリウムさんが木灰かん水で打ったあの太麺だ。
スープはウルフの出汁に豚骨を合わせたもの。カエシにはラメル酒を使っている。
寸胴を火にかけて湯を沸かす。
湯が沸いたところで麺を投入した。
黄色い麺が湯の中でゆらゆらと踊る。
別の鍋で温めたスープをどんぶりに注ぎ、茹で上がった麺をしっかり湯切りして入れる。
具はチャーシューとメンマと刻みネギ。
工房の中に濃厚な豚骨の香りが広がっていく。
「…………」
ドルガンさんの鼻がひくひくと動いた。
「獣の匂いだな。だが……妙に腹が減る匂いだ」
「どうぞ。熱いうちに!」
俺はどんぶりを作業台の端に置いた。
ドルガンさんはじっとどんぶりを見下ろしていた。
そして渡されたフォークで麺をすくう。
ずるっ。
一口すすった。
「…………」
工房の中が静まり返る。
ボルドさんも息を呑んで見守っていた。
ドルガンさんの目がゆっくりと見開かれていく。
二口目。三口目。
そのまま一言も発しないまま麺をすすり続ける。
太い麺がぷりっと歯を押し返す。
濃厚なスープが麺に絡みつく。
気がつけばどんぶりの中の麺はほとんどなくなっていた。
最後にスープをぐいっと飲み干す。
「…………」
空になったどんぶりをとんと作業台に置いた。
ふわり。
ドルガンさんの体が淡い橙色に光った。
「む? これは……!」
「食事効果です。数時間で消えます」
「……なんじゃこれは。体が軽いぞ!」
ドルガンさんは自分の太い腕を見つめた。
「さっきまでの疲れが嘘のようだ。力が湧いてくる……!」
「お、親方!なんだかいつもより元気そうですよ!」
ボルドさんも驚いている。
ドルガンさんはしばらく自分の手を握ったり開いたりしていた。
それからゆっくりと口を開いた。
「……麺が強い」
「え?」
「噛んだときの押し返しが強い。ふにゃふにゃした頼りない麺ではない。しっかりとしたコシがある」
親方は空になったどんぶりを見つめていた。
「あれだけの麺を機械で作ろうというのか」
「はい!」
「手打ちであのコシを出すのも簡単ではあるまい。それを機械で同じ品質に揃えるというわけか?」
「そうです。だから機械の精度がとても大切なんです」
「…………」
ドルガンさんは深く息を吐いた。
「なるほどな。機械で作る価値のある麺だ」
その言葉が何よりうれしかった。
俺は胸の奥がじんと熱くなるのを感じた。
「よし!」
ドルガンさんが膝を叩いた。
「引き受けよう!」
「ほ、本当ですか!?」
「製麺機の本体と櫛刃三種類だ。細麺、中太麺、極太麺。こいつを最優先で作ってやる!」
「ありがとうございます!」
シオとショーとユウが思わず顔を見合わせた。
ミソラも嬉しそうに手を叩いている。
「やったあ! ラメルお兄ちゃん!」
「ただし!」
ドルガンさんが太い指を立てた。
「櫛刃だけは俺が自分で仕上げる。他の部品はボルドたちに任せるが刃だけは譲れん!」
「お願いします!」
「納期は十日だ。刃は俺が七日かけて仕上げる。その間にボルドたちが本体を作る。残り三日で組み上げと調整だ」
「十日ですか。そんなに早くできるんですか?」
「間に合わせる! 刃が命だ。刃さえ決まればあとは俺たちの腕の見せどころよ!」
ドルガンさんは自信たっぷりに胸を張った。
その言葉には職人としての揺るぎない自信があった。
「それと……」
俺はおずおずと口を開いた。
「実は製麺機のほかにもお願いしたいものがあるんです」
「ほう?」
「ラーメンを作るための道具です」
俺はラーメンボックスから実際に使っている道具をいくつか取り出して見せた。
大きな寸胴。長い柄のついた網。包丁。平たい木の板。
「寸胴はもっと大きなものが欲しいんです。今のものは使い込んでいて底も傷んできました」
「ふむ。底の厚みと蓋の形を指定してくれ」
「麺を茹でるための網も柄の長い深いものを。湯切りするときの重さの釣り合いが大事なんです」
「釣り合いか。握ってみせろ」
ドルガンさんは網を受け取ると柄を握って軽く振ってみた。
「……なるほど。重心が手元に寄りすぎておる。もう少し先に重みを持たせたほうが振りやすいな」
「そこまで分かるんですか!?」
「当たり前だ。道具は手で使うものだ」
シオとユウも横から口を出した。
「親方さん!チャーシューを薄く切るための細くて長い包丁もお願いできますか?」
「それと手打ち用の麺切り包丁も欲しいです。幅の広いものがいいんですけど……」
「ボルド。図を描け」
「はい、親方!」
ボルドさんが手早く紙に絵を描いていく。
その腕前は驚くほど正確だった。
寸胴。網。包丁。麺棒。湯切りの平ざる。
次々と図が出来上がっていく。
「……すごい。俺の説明だけでここまで描けるなんて」
「お前の説明が悪いわけではない」
ドルガンさんがぶっきらぼうに言った。
「足りんところは俺たちが補う。それが職人の仕事だ」
「で、代金の話だ」
親方が腕を組み直した。
「製麺機一式と櫛刃三種類。それに寸胴や網や包丁。まとめて金貨百五十枚だ」
「金貨百五十枚……」
日本円にして百五十万円。
安くはない。だがこれだけの仕事を考えれば決して高くもない。
俺はしっかりと頷いた。
「構いません。半金を今お支払いします」
俺はラーメンボックスから金貨の袋を取り出した。
七十五枚を作業台の上に積み上げる。
ドルガンさんは金貨をちらりと見ただけだった。
そして膝の上の壺をぽんと叩いた。
「金もいいが……俺が本当に欲しいのはこっちだ」
「ラメル酒ですか?」
「そうだ。この酒を代金の一部にしてくれんか?」
俺は少し考えた。
ラメル酒は十本持ってきた。一本はすでにドルガンさんに渡している。残りは九本だ。
「二本ならお渡しできます。それでよければ金貨の代わりに受け取っていただけますか?」
「二本か……」
「はい。ほかにもお世話になった方たちに渡したいので」
「……ふん。まあいいだろう」
ドルガンさんは少し残念そうに頷いた。
「酒二本で金貨十枚分としておこう。残りは金貨六十五枚だ。納品のときに払ってもらうぞ」
「分かりました!」
「ただし!納品のときにもラーメンを食わせろ。あの麺がどうなるのか確かめたい!」
「もちろんです!」
俺は残りの九本からさらに二本を取り出した。
作業台の上に壺が三本並ぶ。
ボルドさんがごくりと唾を飲み込んだ。
「……いいなあ」
「ボルド。お前はまだ駄目だ」
「ま、まだ何も言ってませんよ!」
「顔に書いてあるわい!」
親方と弟子のやり取りに俺たちは思わず笑ってしまった。
「それで一つ聞きたい」
ドルガンさんが図面の櫛刃をもう一度指した。
「この櫛刃だが交換できるというのが面白い。ほかの太さも作ってみたくなった」
「ほかの太さですか?」
「細麺と中太麺と極太麺。それ以外にももっと細いものや平たい麺だって作れるんじゃないか?」
「平たい……きしめんやほうとうみたいなものか」
「きしめん?」
「ああ、いえ。こっちの話です!」
俺は慌てて首を振った。
確かに櫛刃を替えられるならいろいろな麺が作れる。
極細麺、中細麺、太麺、平打ち麺。
さらに加工方法を工夫すれば縮れ麺だって夢ではない。
想像するだけで胸が躍った。
「もしよければ追加でお願いしたいです!」
「追加の注文か!いいぞ!俺は新しい刃を打つのが好きなんだ!」
ドルガンさんの目が少年のように輝いた。
「お前の持ち込む話は面白い。久しぶりに鎚を振るうのが楽しみになってきたわい!」
「ありがとうございます!」
俺は深く頭を下げた。
こうして製麺機の注文が決まった。
工房を出る頃には日が傾き始めていた。
ハンマー通りの鎚の音はまだ鳴り止まない。
鉄の扉の前ではドルガンさんが俺たちを見送ってくれた。
「では十日後に。受け取りに来い」
「よろしくお願いします。どうか無理はなさらないでくださいね」
「無理はせん!だが手も抜かん!」
ドルガンさんは壺を抱えたままぶっきらぼうに言った。
俺たちは頭を下げて歩き出した。
数歩進んだところで。
「……おい!」
背後から呼び止められた。
振り返るとドルガンさんが扉の前に立っていた。
「お前のあの酒だ!」
「はい?」
「米であれほどの酒を作る技をいつか教えろ!」
「……え?」
「俺の故郷の酒蔵にも似たような酒が昔あったんだ」
それだけ言うとドルガンさんはくるりと背を向けた。
鉄の扉がゆっくりと閉まる。
……故郷の酒蔵。
ドワーフの国には米の酒の文化があったのだろうか。
「ラメルさん、どうしました?」
シオが不思議そうに俺の顔を覗き込んだ。
「いや。何でもない」
宿場町の老人もドルガンさんも似たようなことを言っていた。
米の酒。遠い国。
この世界のどこかにはまだ見ぬ日本酒の源流があるのかもしれない。
俺は軽く頭を振って歩き出した。
今は製麺機が完成するまでの十日間を有意義に過ごすことが先だ。
「さあ宿に戻ろう! それから王都の市場を見て回ろうじゃないか!」
「やったー!」
ミソラが勢いよく跳ねた。
「ラメルさん。今度こそ走り出したりしませんよね?」
「……たぶん」
「たぶんじゃなくて!」
シオの突っ込みにみんなが声を上げて笑った。
夕焼けに染まる王都に鎚の音がいつまでも響いていた。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
第六十九話は製麺機の依頼とドルガン親方の職人魂が光る回でした。
難しい櫛刃の製作も引き受けてもらい、ついに製麺機の完成が見えてきました。ラメル酒とラーメンも親方の心を掴んだようです。
そしてドルガンの故郷には米の酒があったという気になる話も。
次回は製麺機の完成を待ちながら王都を探索します!
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