↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
前世で食べ損ねたラーメンを求めて ~追放された俺は『ラーメンWalker』で異世界を無双する~  作者: マトンさん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
68/72

第六十七話 雪の街道と濃厚担々麺

 一月六日。


 ミヤンの北門の前に乗り合い馬車が止まっていた。

 幌をかぶせた大きな馬車。屋根には薄く雪が積もっている。

「王都行き。二日分で五名なら銀貨八枚だ」

 御者のゴードさんが手をこすり合わせながら言った。

「お願いします。荷物も少しだけです」

 と言っても、重い荷物はすべてラーメンボックスの中だ。

 ラメル酒の壺が十本。製麺機の図面。味噌、醤油、ごま油に担々麺の材料。

 手に持っているのは着替えと寝袋くらいだ。

「気をつけてな、兄ちゃん」

 ダルクが分厚い手で俺の肩を叩いた。

「王都は人も多いし、したたかな奴も多い。へこへこしすぎるなよ」

「気をつけます。ダルクさんたちも店をよろしくお願いします」

「任せろ。毎日通って経営の手伝いをしてやる」

「経営は、しないでください」

 ロミさんが笑いながら突っ込んだ。

 リウムさんは無言で一つだけ頷いた。

「……麺は、守る」

「頑張ってきます。製麺機を必ず持ち帰ります」

 そう約束したとき、ネリアさんが小走りに駆けてきた。

「ラメルさん!よかった、間に合いました」

 手に封筒を二通持っている。

「王都の商業ギルド本部にいる私の友人と、監察部の首席監察官さんへの手紙です。王都で困ったときはきっと力になってくれます」

「助かります。ありがとうございます」

 手紙を受け取ってしっかりとしまう。

「いってらっしゃい!」

 みんなの声を背に馬車に乗り込んだ。


 馬車の中は思ったより狭かった。

 先に乗っていたのは三人。

 ふっくらとした商人のバルトさんと息子のトム。

 そして羊毛の束を抱えた行商人の女性。ケイさんだ。

「お子さん連れかい。賑やかでいいね」

 バルトさんが人懐っこく笑った。

「この子はミソラです。社会見学です」

 シオがミソラの肩を抱き寄せた。

「しゃかいけんがく!」

 ミソラは窓に顔を貼り付けている。

 その目の前で馬車がゆっくりと動き始めた。

「うわあ。もう、街がちいさくなった!」

 ミヤンの街があっという間に雪の向こうへ消えていく。

「今日の歩数は馬車に座ってるだけだから、ほとんど増えない。三千歩ぐらいだ」

 俺が視界の端の数字を見て言うとユウがこっそり拳を握りしめた。

「やった……」

「ユウ、うれしそうだな。」

 ショーが肩を揺らして笑った。

 しばらく進むと街道は真っ白な原っぱになっていた。

 馬車の車輪がきゅっ、きゅっ、と雪を踏む。

「お前さんたち、王都は初めてかい?」

 バルトさんがお茶をすすりながら尋ねた。

「はい。製麺機という麺を作る機械を作ってもらいに行くんです」

「麺を作る機械?」

「麺を伸ばして細く切る機械です」

「面白いことを考えるね。じゃあ鉄を扱う職人に頼むんだな?」

 バルトさんは腕を組んでうんうんと頷いた。

「だとするとドワーフの鍛冶街だな」

「鍛冶街ですか?」

「王都の北側に『ハンマー通り』っていう街がある。腕のいいドワーフの工房がずらりと並んでいる」

 バルトさんは声を落とした。

「だがな。あいつらは頑固だ」

「頑固ですか……」

「気に入らない客には一切物を作らない。金をいくら積んでも追い返される。紹介状もないやつは門前払いさ」


「紹介状……」

 俺は懐の手紙をそっと押さえた。

 ネリアさんの手紙。首席監察官さんへの手紙。

 これが紹介状の代わりになるかもしれない。

「それにな」

 ケイさんが羊毛を撫でながら口を開いた。

「あそこの親方たちは物を見る目がすごくてね。にせものやうわべだけのやつは一目で見抜かれる。逆に本物を持ってきたやつには意外と優しいって話だよ」

「本物……」

 ラメル酒のことを思い出す。

 それから図面。丸と四角と線ばかりの原案ではなくシオが描き直した方だ。

「ありがとうございます。参考になります」

「いいよ。こちらこそ面白い話を聞かせてもらった」

 ケイさんは窓の外へ目をやった。

 雪がさらさらと降っている。

 夕方には雪が強くなっていた。

 馬車の速度が落ちて予定よりだいぶ遅れている。

「すまねえ。この雪じゃ今日はここまでだ」

 ゴードさんが暮れかけた空の下で馬車を止めた。

 長い道のりを走ってようやく小さな宿場町に着いた。

『ユキミ宿場』

 看板の名前を見てユウが首を傾げる。

「名前だけはすごくいいですね」

「雪見で熱いラーメンをすすりたくなる名前だな」

 ショーが言った。

 確かにそれは悪くない。

 宿の主人はがっちりとした中年の男だった。

「いらっしゃい。この雪ですか。大変でしたな」

「厨房を少しだけ借りられませんか。料理を作りたいんです」

「厨房?」

 宿の主人は一瞬だけ怖い顔をした。

「変な料理を作って厨房を汚されるのは勘弁してほしいんだが」

「絶対に綺麗に使います。それに宿の皆さんにも振る舞いますから」

「……振る舞う?」

 宿の主人の目がわずかに動いた。

「それなら好きに使ってくれ。この寒さだ。客も体が冷えている。温かいものがあるなら大歓迎だ」


 厨房に入って俺はラーメンボックスを開いた。

「今日は、これを作る」

 取り出したのはごま油の壺。

 そしてもう一つ。

 黒と白のゴ草の種の搾りかすだ。

「それ、菜種油の工房でもらった搾りかすですか……?」

 シオが思い出したように言った。

「何に使うんですか?」

「ゴマダレにする」

「ごまだれ……以前の担々麺ではゴマをすり潰して作っていましたよね」

「そうだ。だが、ごま油を搾ったあとのかすにも香りと旨味が残っている。これをしっかりとペースト状にする」

 まず搾りかすをフライパンで軽く炒る。

 ぱちぱちと音を立てながら香ばしい香りが立ち上った。

 それをすり鉢へ移す。

「ショー、ユウ。ここは腕の見せどころだ。すりこ木でひたすらすり潰すんだ」

「腕というか完全に力仕事ですね、これ」

「腕と根性だ」

 ゴリゴリ、ゴリゴリ。

 最初は粗かった搾りかすが少しずつ細かくなり、しっとりとしてくる。

 ごま油をちょろりと足す。

 さらにすり潰す。

 やがて黒茶色のとろりとしたペーストができた。

「……すごい香りです」

 シオが鼻をひくひくさせた。

「これに味噌とウルフ肉のそぼろ。すりおろしたニンニの根。それから黒砂糖を少し。これで濃厚なゴマダレになる」

 ラーメンボックスから味噌とニンニの根を取り出す。

 ニンニの根はミヤンの市場で山ほど買い込んできたものだ。

 俺は器の中でニンニの根のすりおろしと味噌、黒砂糖、ごまのペーストをゆっくりと混ぜ合わせた。

 色が深い。

 香りも濃い。

 小さなスプーンですくって舐める。

「…………」

 ゴマのどっしりとしたコク。

 味噌の甘さ。舌を包み込むような重厚な旨味。

 手を加える間もなくこれだけで完成している気がする。

 だがゴマダレだけでは終わらない。

 さらに豚骨の白濁スープを少しだけ加えてコクを重ねる。

 そこへごま油で作ったラー油を加える。


 座って待つ宿の客たちの鼻がひくひくと動いている。

「……なんだ。いい匂いだ」

「辛い匂いと香ばしい匂いがする」

「腹が鳴るな……」

 できあがったどんぶりに細めの麺を入れてスープを注ぐ。

 豚骨の白いスープに茶色いゴマダレが溶けて濃厚なクリーム色のスープになる。

 その上に肉味噌、メンマ、刻みネギ、真っ赤なラー油。

 とどめにすりごまをひとつまみ。

「できた。濃厚担々麺だ」

 宿の食堂に十人ほどの客が集まっていた。

 バルトさんとトム。ケイさん。ゴードさん。宿の主人。

 そして一人旅の老商人と雪に足止めされた職人たち。


 全員の前にどんぶりが並んだ。


「「「「「いただきます」」」」」


 皆がおそるおそる麺をすすった。

 ……静か。

「……うまい」

 最初に声をもらしたのは職人の一人だった。

「これはうまい。こんなに濃くてどっしりしているのに、しつこくない」

「辛さとゴマのコクと豚の旨味がどれもはっきり主張しているのに、ちゃんと一つにまとまっている」

 バルトさんが鋭い目でどんぶりを見つめた。

「……王都でも、こんな料理は食べたことがないぞ?」

「父さん、これ、おかわりできないかな?」

「やめなさい。でも、あとで聞いてみよう」

 ふわりと客たちの体が橙色に光った。

『食事効果:宿の客たち 全能力+10%(数時間)』

「……あれ?体が軽い」

「冷えていた手足があたたかい」

 ゴードさんが手のひらを開いて目を見張った。

「……今朝から手の感覚がなくなるほど冷えていたんだ。なのに今は熱いくらいだ」

「今日は大変でしたよね。ゆっくり休んでください」

 その言葉に御者は照れ臭そうに顔をそむけた。

「……恐れ入ります」

 銀の耳の食卓のメンバーの体も同じように光った。

『食事効果:銀の耳の食卓 全能力アップ』

 ごま油もゴマダレも自分たちの手で作った。

 俺は今日も+1だけだった。

「……ラメルさん、また悲しい顔してますね」

 ユウが小声で言った。

「気のせいだ」

 食後、宿の主人がしみじみと言った。

「あんた何者だい。こんな料理をこんな宿場町で、どうしてタダで振る舞うんだ?」

「たいしたことじゃありません。今日は厨房を貸していただいたお礼です」

「……やれやれ。変わった客だ」

 宿の主人は苦笑いをした。

「そうだ。お礼にとっておきの酒を飲ませてやろう」

「とっておきですか?」

「王都の酒蔵で今年だけ作られた、なんとかという高い酒だ。客には出さないが……」

 窓の外を見て主人は言った。

「こんな雪の日は強い酒でも飲まないと、やってられない」

 ことりとグラスが並べられる。

「ありがたいですが俺はまだ十五なので、酒は遠慮しておきます」

「そうか。では大人の呑み仲間たちと飲むか」

 バルトさんと主人。それに職人たちが子供のように目を輝かせた。


 そのときふと思いついた。

「……主人さん、俺もとっておきの酒を持っています。一杯だけ飲んでみてもらえませんか?」

 ラーメンボックスからラメル酒の壺を一本取り出した。

 蝋を割って栓を抜く。

 香りがふわりと広がった。

「……おや。これはきれいな香りだ」

 とっておきの酒を持っていた主人が手を止めた。

 グラスに注いで一口。

「…………」

 長い沈黙。

「……これは、どこで。誰が?」

「俺が作りました。米の酒です」

「……米。この甘さは米なのか。穀物とは違う。なんというか……澄んでいる」

 主人はもう一口飲んでゆっくりとグラスを置いた。

「……王都の酒蔵も、ここまでのものは作れんでしょうな」

「そうですか。これは王都の頑固な鍛冶屋さんへの手土産にしたいんですよ」

「鍛冶屋。ドワーフか?」

 主人はゆっくりと頷いた。

「だったらこれはきっと歓迎される。あいつらは米の酒をすごく好むと聞く」

「米の酒を……」

 この世界にも米の酒があるのだろうか。ふくら米も麹も見つけたが酒までは聞いたことがない。

 ドワーフが好むという米の酒は一体どんなものなのだろう。

 考えるのは王都に着いてからにしよう。


 翌日。

 宿場を出発して半日。

 ガクンと馬車が止まった。

「……こりゃあ、だめだ」

 御者のゴードさんが苦い声でつぶやいた。

 窓の外が真っ白だ。

 吹雪だ。

 うなるような風が馬車を揺さぶっている。

 馬たちも脚を止めてしまった。

「峰の真ん中で吹雪とは。このままじゃ馬も人も凍えちまう」

 バルトさんの顔がこわばった。

 トムが父親にしがみついている。

 ミソラもシオにぐっと抱きついた。

「……さむい。でも、こわくない」

「うん。大丈夫だよ、ミソラちゃん」

 シオの優しい声が吹雪の音に消されそうになる。

 俺は馬車の中を見回した。

 このままじゃ本当に危ない。

 だが手はある。

「ゴードさん。馬車を岩陰に寄せられますか?」

「岩陰か。あっちの崖の下なら多少は風を避けられるが」

「そこであたたかいものを作ります。ショー、ユウ。手伝ってくれ」

「はい!」

 馬車を崖の下へ寄せて風を避ける。

 馬車と岩の間に荷台を立て掛けて雪を取り除く。

 小さな空間の真ん中に石を積んで簡単な竈を作る。

 俺はラーメンボックスから大きな寸胴を取り出した。

「味噌ラーメンだ。体の芯からあたたまるやつを作る」

 ウルフの骨とあらかじめ作っておいた味噌ダレ。

 バターはあと少しだけ残っていた。

 すべて手順を省いた手早い作り方だ。

 野菜を強火で炒めて味噌ダレを溶かし、スープを注いでひと煮立ちさせる。

 凝ったトッピングは今日は省いた。

 とにかく熱い一杯を今すぐ。

「できた!馬車の中に運ぶぞ!」

「はい!」

 ショーとユウが器を持って馬車へ駆ける。

「……あ。あたたかい」

 トムがどんぶりを両手で抱きしめた。

「味噌っていうんです」

 俺が説明するとバルトさんは噛みしめるように頷いた。

「濃厚で甘くて力がある。吹雪の中でこんなものを食べられるなんて」

 バルトさんは目を潤ませて麺をすすっていた。

 ケイさんは羊毛の束を抱きしめながら静かに湯気に顔を寄せた。

「……この味、忘れないよ」

 御者のゴードさんは特別に大盛りをとった。

 手綱を握っていた手をゆっくりと開いて麺を口に運ぶ。

「……うめえ。この味は一生忘れねえ」

 今日は風の音と麺をすする音だけが馬車の中に響いていた。


 吹雪が止んだのは太陽が傾きかけた頃だった。

 重い雲が割れて橙色の光が真っ白な大地に差し込んでくる。

「……走れる。馬も元気を取り戻した」

 ゴードさんが手綱を振るう。

 馬車はゆっくりと雪道を進んだ。

 峰を越えて緩やかな坂を登り切ったとき、ケイさんが窓の外を指さした。

「見てごらん。王都だよ」

「……あ」

 ミソラが息をのんだ。

 丘の下に巨大な街が広がっていた。

 どこまでも続く高い城壁。

 その内側を埋める無数の屋根。

 黄金色に輝く大きな宮殿。

 あちこちの煙突から白い煙がゆらゆらと空へ昇っている。

 ミヤンの街はこの国の中でも大きな方だと思っていた。

 だが、この街と比べるとまるで豆粒のようだ。

「おっきい……」

 ミソラが言葉を失っている。

 ショーもユウも口を開けたままだ。

 シオは無意識に耳をぴんと立てていた。

 王都の街の音を聞こうとしているのだろう。

 俺は赤い夕焼けに染まった王都をじっと見つめた。

 ここに製麺機を作ってくれる職人がいる。

 頑固で酒好きのドワーフの親方が。

「……行こう」

 気づけば口からこぼれていた。


 馬車はゆっくりと王都へ向かっていく。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

第六十七話は馬車で王都へ向かう道中の回でした。

馬車の中で王都のドワーフの鍛冶街の噂を聞きました。紹介状なしでは門前払いになるという頑固な職人たちです。

宿場町ではごま油の搾りかすをペースト状にして濃厚担々麺を作りました。

ゴマのコクと豚骨のコクが重なる冬の旅にぴったりの一杯です。

そして吹雪の中では味噌ラーメンが馬車の中の人々を温めてくれました。

次回はいよいよ王都入りです。首席監察官との再会。そしてハンマー通りへ。

よろしければブックマークや評価、感想などで応援していただけるとうれしいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。