↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
前世で食べ損ねたラーメンを求めて ~追放された俺は『ラーメンWalker』で異世界を無双する~  作者: マトンさん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
66/72

第六十五話 年の瀬とラメル酒

 十二月二十九日。


 ミヤンの街に年末の気配が漂い始めていた。

 通りでは商店主たちが大掃除をしている。

 店先に積もった雪を掃き出したり、窓を磨いたりと、どの店も新年を迎える準備に忙しそうだ。

 空気は冷たいのにどこかそわそわしていた。

「どぶろくの残り歩数は三万歩だ」

 朝食の席で俺は視界の端に表示された数字を見て言った。

「三万……ですか」

 ユウがパンをかじったまま固まる。

「この一ヶ月かなり歩きましたね」

「でも、今日で終わりですね!」

 ショーが目を輝かせた。

「ああ。五人で歩けば、昼前には終わるな」

「ミソラもあるく!」

「そうだな。ミソラの歩数もちゃんと入る」

 シオがくすくすと笑った。

 あれだけ長かった醸造も、ようやく終わりが見えてきた。最後の三万歩くらい気持ちよく歩いてやろう。

 こうして、俺たちは最後の散歩に出かけた。

 行き先は街の外れの丘だ。

 雪がうっすら積もっていて足跡がくっきりと残る。

「さむい……でも、空がきれいですね」

 ユウが白い息を吐きながら言った。

「歩くって、最初は『何の役にも立たない』って言われたんですよね?」

 ショーが前を歩きながら笑う。

「今じゃ、お酒まで作ってるんだもんな」

「歩く力は、思ったよりずっと意外なところで効くんだ」

 神殿で「無価値」と笑われたあの日が遠い昔のように思える。

 あのときは歩くことがこんな形で役に立つなんて考えもしなかった。

「もう一万歩歩いたぞ。残りは二万歩だ!」

「順調ですね!」

 シオが耳をぴくぴくさせる。

「やった~!」

 ミソラが雪の上でぴょんと跳ねた。

 踏み固めた雪が、きゅっと鳴る。

 冷たい空気の中に響くその音が妙に心地よかった。


 翌朝、十二月三十日。

 視界に表示が浮かんだ。


『どぶろく:残り歩数 0歩』

『醸造が完了しました』


「残り歩数、ゼロだ!できたぞみんな!」

「やっとですか!」

 ユウが起き抜けに拳を突き上げた。

 その顔には、喜びと安堵が入り混じっている。

 長い道のりだっただけに、俺も思わず笑みがこぼれた。

 新居の庭に樽を取り出す。

 途端に、甘酸っぱい米のような匂いが広がった。

「うわ。ちょっと発酵してる匂いがしますね」

「それがいい匂いなんだ」

 蓋を開ける。

 樽の中にあったのは白く濁ったとろりとした液体だった。

 米粒がところどころに浮いている。

「これがどぶろくだ!」

「どぶ……ろく?」

「米と麹と水が発酵してできる白いお酒だ。これを濾して搾ると、清酒と酒粕に分かれる」

 ミソラが樽の縁にしがみついて覗き込んだ。

「あまいにおい。でも、つんとする」

「鼻で嗅ぐだけにしておけよ。子どもが飲んじゃいけないやつだ」

「はーい。……でも、いいにおい」

 ミソラの鼻がひくひくと動いた。

 そのとき、胸元の麦の穂がふわりと黄金色に光った気がした。

 気のせいだ。

 そういうことにしておこう。

 搾りの作業は、庭の真ん中で始めた。

「この木綿の袋にどぶろくを入れて手で静かに搾るんだ」

「こ、こうですか?」

 ユウがおそるおそる袋を握る。

「もう少し、加減をして」

「わっ、出ました!」

 袋の目から液体がしたたり落ちた。

 最初はまだ白く濁っている。

 だが、器に溜めてしばらく置くと濁りが底に沈んでいく。

 上澄みはうっすら金色がかった透明な液体になった。

「……きれい」

 シオが思わずこぼした。

「これが清酒だ」

「さっきまで、白くてどろどろだったのに……」

 ショーが器を覗き込む。

「不思議だな。同じものがこんなに違う見た目になるなんて」

 袋の中には白くて重い塊が残っていた。

 酒粕だ。

 手に取ると、こってりとした米の甘い香りがする。

「これが、さけかす?」

 ミソラが手のひらをじっと見つめた。

「これ、たべられる?」

「そのままじゃダメだな」

「えー」

「でも、あとで甘い飲み物にしてあげるぞ。子どもでも飲めるやつだ」

「やった!」

 ミソラの顔がぱっと明るくなった。

 酒粕は涼しい場所に置いて蓋つきの鉢で保管した。

 年始のうちに使うつもりだ。


 清酒は、市場で買った陶器の壺に詰める。

 木の栓を上からしっかりはめて蝋で封をする。

 壺は十本。

 大きさもちょうどいい。

「これは王都の親方への手土産だ。大事に扱うぞ」

「ちょっとだけ味見をしないと手土産にできないですよね」

 シオがさらりと言った。

「……そうだな。だが、俺はこの体だ」

 十五歳の身体に、ことさら飲む気は起こらない。

 前世の俺もあまり飲んでいなかった。

 ラーメンを食べ歩くには、胃袋の余裕が必要だったからだ。

 酒を飲むくらいならその分ラーメンを食べたい。前世から変わらない俺の考えだった。

 だから、味見はほんの少しだけ。小さな匙にひとしずく。

 舐めてみる。

「…………」

 ふわっと、米の甘い香りが鼻に抜けた。

 その後に、微かな熱とすっきりした酸味。

 濃い。でも、雑味がない。

「……うまい。ちゃんと、お酒になってる」

「どうですか?」

「味は確かだ」

 続きは、大人に任せることにした。

 その昼過ぎ。

 店の裏口から豪快な声がした。

「おう、兄ちゃん!酒の匂いがして来ちまったぞ!」

 ダルクだ。

 後ろには、いつもの仲間たちもいる。

「鼻が利きすぎですよ、ダルクさん」

「酒の匂いだけは絶対に逃さないんだよ、俺は!」

 ダルクは庭に並んだ壺を見て、目を見開いた。

「……これ、すべて酒か?」

「手土産用に詰めたところです。味見をお願いできますか」

「任せろ。この仕事だけは命を賭けてやる」

「命は賭けないでください」

 小さなコップに清酒を注いで渡す。

 ダルクはゆっくりと鼻を近づけ、一口含んだ。

 しばらく、何も言わなかった。

「…………」

「ダルクさん?」

「……うめえ。この酒、うめえ。エールとは違う。米の味がする。甘いのに後味がスッと切れる」

 ダルクは夢中でもう一口飲んだ。

 魔法使いの女性も、斥候の若者も、盾役の大男も、順番に口をつけて、ぶんぶんと首を振った。

「香りがいい。高い酒よりこっちのほうがうまい!」

「これ、街で売れば絶対に大評判になりますよ?」

「売り物にはしません。これは、料理用と手土産用です」

「もったいねえ!」

 ダルクはなおも残念そうにコップを見つめた。

「で、この酒、名前はあるのか?」

「名前ですか?」

「ラーメンにも、店にも、パーティーにも名前がある。酒にこそ名前がいるだろ?」

 確かに、考えていなかった。

「ラメル酒でどうだ!」

 ダルクが得意げに胸を張った。

「……は?」

「ラメル酒だ。兄ちゃんが作った酒だからな。いい名前だろう」

「俺の名前を、ラーメン以外にも付けるんですか?」

「いいじゃねえか。『ラメル』って、ラーメンにも似てるしな」

 その理屈は、なぜか前にも聞いた気がする。

「ラメル酒、いい響きですね」

 シオがくすくす笑って同意した。

「シオまでやめてくれ」

 ショーとユウも同じ顔で頷いている。

「……わかった。でも、売るものじゃない。この酒は料理のために作ったんだ」

 俺は諦めて認めることにした。

 こうして、ラメル酒が誕生した。


 その夜。

 新居の台所で俺はカエシの試作を始めた。

 醤油に砂糖。

 そこに、今日できたばかりのラメル酒をたっぷりと注ぐ。

 まずは、酒のアルコールを飛ばす。

「お酒を煮るんですか?」

「煮きる。熱で酒精を飛ばして、旨味だけを残す」

 コトコトと煮ていく。

 やがて、ツンとする香りが消え代わりに米の甘い香りとふくらんだ味の厚みが残った。

 これに鰹節と干しヌメリ草を加えて弱火でまとめていく。

 できあがったカエシを小さな器に注いで味見をした。

「…………」


 これだ。

 たとえるなら「角が取れて、丸くなった」味だ。

 醤油の鮮烈な塩味が和らいで、甘さと旨味が二枚の羽のように重なっている。

「みりんがなかった世界でようやく近づいた」

 つい、独り言がこぼれた。

 そのとき、名前を思いついた。

 年越しの一杯の名前だ。

「ショーユウラーメン改」

 ショーとユウの名前をいただいたあの一杯を、今の俺が作れる最高の味に近づけてみよう。

 分かりやすくて、そしてちょっとワクワクする。

 それが、年越しにしてはちょうどいい。


 大晦日。

 店は昼で営業を終え、夜は年越しラーメンの特別営業にした。

 店の入口に新しい木札を掛ける。

『年越しラーメン 鉄貨六枚』

『今年もありがとう!』

「としこし……らーめん?」

 ダルクが木札を見上げて首を傾げた。

「そうです。年の最後の夜に食べる特別な一杯です」

「特別?」

「俺の故郷では年越しに麺を食べる習慣があったんです」

 前世では、そばだった。

 だが、この世界にそばはない。

 だから、ラーメンだ。

「細く、長く。途中で切らずに。『今年の苦労を断ち切って、来年も細く長く元気で生きられますように』という願いを込めて食べるんです」

「へえ。良い習慣だな」

 ダルクが感心したように頷いた。

「だが、切れないように食うってのは難しいんじゃねえか?」

「そこは気持ちですよ。すすりながら近づいてくる新しい年を心で迎える」

「……なるほどな」

 黙って麺を茹でていたリウムさんが小さく首を振った。

「…………細麺は、茹ですぎると切れる。ちょうどいい。気を引き締めて茹でる」

「そういう意味でもちょうどいいですね」

 その夜。

 店の中は普段の常連たちに加えて、ロミさんやナトさん、子どもたち、ネリアさんまで集まっていた。

 リウムさんは工房を早めに閉めて麺を茹でる係になってくれた。

 麺は、重曹を使ったいつもの極細麺だ。

 スープは、ウルフの骨と鰹節と干しヌメリ草。

 そこに、ラメル酒入りのカエシを合わせる。

 大量の器を並べて、細麺を茹でて、どんぶりに盛る。

 骨から取った濃厚なスープの上に薄く切ったウルフのチャーシュー、細いメンマ、刻みネギリ、そして半分に切った黄身が黄金色の卵。

 大量の湯気が店中にこもる。

「できた。ショーユウラーメン改。ラメル酒入りだ」

「『改』って、格好いいですね」

 ショーが感嘆するように器を高く持ち上げた。


「「「「「いただきます!」」」」」


 全員が手を合わせて麺をすすった。

 まずは、スープの香り。

 骨のうまみ。鰹節の燻製香。ヌメリ草のまろやかさ。

 そして、その奥でたおやかな米の甘さがふんわりと広がる。

「……うわ。今までで優しい味かもしれないです」

 ユウが目を見開いた。

「醤油の味がする。でも、角がない。何だろう、この違い」

「ラメル酒が、役に立ってるんだよ」

 ダルクが偉そうに言った。

「酒を飲んだ時と同じだ。角が取れて丸くなる」

「そうです。それです、それ。ダルクさん表現が上手ですね」

「言うじゃねえか。何年酒を飲んでると思ってんだ」

 黙ってすすっていたガロ爺さんが、さらに深く頷いた。

「この静かな旨味で、一年頑張った誰かの、疲れをそっと落としてくれるんだ」

 と、ちょっと違うレビューをしていた。

 ……まあ、言いたいことは分からなくもない。

 ふわりと、全員の体が橙色に光った。

『食事効果:銀の耳の食卓 全能力アップ』

『食事効果:ダルク一行 全能力+10%(数時間)』

 酒を作ったのは、俺たちの歩数だ。

 カエシに必要なヌメリ草や鰹節も、自分たちで買ってきたり作ったりした。

 だから、メンバーは全能力アップだった。

 客にとっては一時的な効果だ。

 でも、それでいい。

 年の最後の夜をみんなで麺をすするだけで十分にあたたかい。

 夜もなかば。

 店の窓の外では雪がさらさらと降っている。


 気づけば遠くの神殿から鐘の音が聴こえてきた。

 この街では年が明ける瞬間に神殿の鐘を十二回鳴らす。

 一年の最後を告げる鐘であり十二回目の音が新しい年の始まりを知らせるのだ。

「……あと何回でしょう」

 シオの耳が鐘の音を拾っている。

「八回目だな。あと四回だ」

「もうそろそろで年が明けますね」

 皆が麺をすする手を止めて鐘に耳を傾けた。


 九回目。

 十回目。

 十一回目。


 そして十二回目の鐘が鳴り響いた。

 その瞬間さっと店の扉が開かれた。

 冷たい空気と一緒に雪がふわりと舞い込んでくる。

「あけまして、おめでとう!」

 ダルクが真っ先に大声を上げた。

 店中から拍手と笑い声。

「『あけまして』って、なーに?」

 ミソラがぷくっと頬を膨らませて首を傾げる。

「新しい年が明けたときの挨拶だ。『明けまして、おめでとう』って」

「あけまして、おめでとう!」

 ミソラが大きな声で返した。

 店じゅうが、どっと沸いた。

 これが、ミヤンの街で迎える初めての新年だった。

 バタバタと片付けをしている間に、ミソラは先に寝かせてあげた。

 店の隣の庭に俺はひとりで出た。

「今年はよく歩いたな……」

 マフラーに顔を埋めて空を見上げる。

 星がびっしりと空を埋めていた。

 前世の俺は、十五年もラーメンを食べ歩いて最後の一杯にあと三人で届かなかった。

 味を知る前に車にはねられたのだ。

 その悔しさを、この世界ですべて取り戻す。

 そう決めた。

 そして今はその道の途中だ。

 醤油や味噌や豚骨を手に入れ街に店を構え酒まで作った。

 でも、まだたどり着いていない。

「次は、製麺機だ!」

 自分に言い聞かせるように、小さく呟く。

「王都の頑固なドワーフの親方にあの図面を見せて、ラメル酒を飲ませて、製麺機を作ってもらう」

 無理な注文だと思う。

 だが、俺には今の仲間がいる。

「ラメルさん、風邪をひきますよ?」

 背後からシオが毛布をかけてくれた。

 耳がしっかりとこちらを向いている。

「ありがとう。あけましておめでとう」

「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」

 シオがぶんと尻尾を振った。

 雪と星と、黙って立ち上るラーメンの湯気。


 一年を締めくくる夜は、あたたかく更けていった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

第六十五話は、日本酒こと「ラメル酒」の完成と、年越しラーメンの回でした。

百万歩の醸造を終えて出てきたのは白く濁ったどぶろく。これを濾して搾ると清酒と酒粕に分かれます。清酒は王都の親方への手土産に、酒粕は次回の甘酒に使います。

「ラメル酒」という名前は、ダルクが勝手に命名してしまいました。ラメルは飲むためではなく料理のために作ったと主張していますが、メンバーはすっかり気に入った様子です。

年越しには細麺とウルフ・鰹節・ヌメリ草の出汁に、ラメル酒入りのカエシを合わせた「ショーユウラーメン改」を食べました。

次回は、正月と甘酒です。酒粕がどんな飲み物に変身するのかお楽しみに!

よろしければブックマークや評価、感想などで応援していただけるとうれしいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。