第六十一話 もやしとミヤン大球
翌朝、新居の台所で、俺はみんなに切り出した。
「ガッツリ系のラーメンを、作りたい」
「がっつり、ですか?」
シオがパンをかじりながら首を傾げた。
「ああ。昨夜ダルクさんが言ってただろ。腹にドンと来るやつだ」
「豚骨とは、違うんですか?」
「違う。野菜をどっさり乗せる。それから、太い麺。背脂の浮いた濃いスープ。大きな豚の塊肉」
「塊にく……?」
「塊だ」
ミソラが目をきらきらと輝かせた。
「それ、おいしいの?」
「ああ、おいしいぞ!」
思わず力を込めて答える。
「でも、野菜ってどんな野菜ですか?」
ユウが不思議そうに首を傾げた。
俺は指を二本立てる。
「使うのは二つ。もやしと、キャベツという野菜だ」
「もやし?きゃべつ?」
ショーが聞き慣れない言葉にぽかんと口を開けた。
「どちらも、聞いたことがありませんね」
「そうだろうな。どちらも、こっちのでは一般的じゃない」
俺は二人の顔を見回した。
「まずは、もやしから作ってみようと思う。材料になる豆なら手元にあるし、特別な道具も必要ない。うまくいけば、短い期間で収穫できるはずだ」
「豆から野菜を作るんですか?」
ユウが目を丸くする。
「ああ。豆を発芽させて育てるんだ。手間もそれほどかからないし、ラーメンの具材にもぴったりだ」
「どんな味がするんでしょう?」
ショーも興味を持ったようだ。
「シャキシャキしていて、ほのかな甘みがある。豚骨スープとも相性抜群だぞ」
「シャキシャキ……!」
ミソラが口の中で言葉を確かめるように繰り返した。
よし。みんな興味を持ってくれたようだ。
「じゃあ、さっそく始めよう。まずはもやし作りからだ!」
もやしの作り方は、実はとても簡単だ。
豆を水に浸して、暖かくて暗い場所に置く。あとは毎日、定期的に水を与える。
たったそれだけで、豆は芽を出し、シャキシャキとした野菜に育つ。
重要なのは、「暗いこと」と「乾燥させないこと」だ。
「新居の離れに、窓のない小さな部屋があるよな」
「物置として使ってる部屋ですね」
「ああ。あそこを栽培用の部屋にしよう。光が入らないようにして、適度に暖かい状態を保つんだ」
まずは部屋の中を片付け、使っていない道具を外へ運び出した。
それから棚を並べ、壁には光を遮る黒い布を垂らす。
そこに、木の桶をいくつも置いた。
桶の底には、小さな穴を開けておく。水を与えたとき、余分な水が流れ出るようにするためだ。水が溜まったままだと、豆が傷んでしまう。
「豆は、ズンダ豆を使う」
「あの、牛のエサの豆ですね!」
「ああ。前に見つけたズンダ豆は、ラーメンの具にも使えるかもしれない」
俺はラーメンボックスからズンダ豆を取り出し、みんなで丁寧に洗った。
傷んだ豆やゴミを取り除き、たっぷりの水に浸しておく。
一晩、水を吸わせれば準備完了だ。
翌朝、豆は水を吸ってふっくらと膨らんでいた。
「よし。これを桶に移して、黒い布をかぶせよう」
「はーい!」
ミソラが張り切って桶を押さえる。
「これを、毎日、朝と昼と晩に水をかける。ただし、光は絶対に入れない」
「ひかり、だめなの?」
「明るいと、緑色になって、苦くなるんだ」
「わかった!ひかり、だめ!」
ミソラは真剣な顔で何度も頷いた。
その横で、ショーとユウも黒い布の隙間がないか確認している。
「これなら、光は入らなそうですね」
「うん。あとは毎日水をかけるだけだ」
こうして、俺たちのもやし作りが始まった。
三日目。
黒い布の下を、そっとのぞく。
「……おお。芽が出てる」
豆から、白い小さな芽がちょこんと顔を出していた。
「すごいです!本当に、豆が動いてる!」
ユウとショーも、おっかなびっくりで覗き込んでいる。
「これが、もやしの始まりだ」
小さな芽は、まだ頼りない。けれど、確かに成長している。
毎日水をかけてきた成果が、少しずつ目に見える形になっていた。
ところが、その晩。
「……あれ?」
ミソラが暗室の扉をこっそり開けていた。
「ミソラ、開けたらだめだと言ったろう」
「でも、もやしちゃん、さびしくないかなって……」
どうやら、暗い部屋に閉じ込められているもやしを心配して、様子を見に来たらしい。
暗室に、廊下の灯りがすうっと差し込んでいた。
一番外側の桶のもやしが、うっすらと緑色に変わっている。
「……あ。緑になってる」
「ごめんなさい……」
ミソラがしょんぼりと耳を伏せる。
「いや。気持ちはありがたい。だけど、もやしは暗いほうが落ち着くんだ」
「……わかった。もう、開けない」
ミソラは真剣に反省していた。
俺はミソラの頭をそっと撫でた。
「心配してくれたんだよな。でも、あと少しだけ我慢してくれ」
「うん。もやしちゃん、がんばってね!」
ミソラは黒い布の向こうに向かって、小さく声をかけた。
七日目の朝。
黒い布を、ゆっくりとめくる。
「…………」
白くて、太くて、シャキシャキとしたもやしが、桶いっぱいに育っていた。
『ズンダ豆もやし(★★★)具向き』
視界の端に、表示が立ち上がった。
「……名前が、ついたな」
「ズンダ豆もやし、ですね」
ユウが満足そうに頷いた。
豆だったものが、今では立派な野菜になっている。
これならラーメンに使える。
一本、つまんで、そのままかじる。
しゃきっ。
「うめえ!しゃきしゃきする!」
ショーが口いっぱいにもやしを頬張っている。
「生でもいける。でも、ラーメンに乗せるなら、さっと茹でたほうがいい」
もやしは火を通しすぎると、せっかくの歯ごたえが失われてしまう。
ラーメンの上にたっぷり乗せるなら、食感を残す茹で加減を見つけなければならない。
まだ試していなかった、もやしの茹で加減を、まず一つ確かめる。
さっと、三十秒。
顔を見合わせて、それぞれに一口。
「……あ、さっきより、ちょっと柔らかい」
「これもいいな。シャキシャキのままで、生臭さもない」
俺も一本つまんで食べてみる。
豆特有の青臭さは抜けているのに、歯ごたえはしっかり残っていた。
これなら、大盛りにする野菜の主役の一つになる。
もやしの見通しが立ったところで、もう一つの野菜を探しに市場へ向かった。
キャベツのような葉もの野菜だ。
豚骨スープに合わせる甘くてシャキシャキした野菜が欲しい。
「このあたりで葉っぱの野菜を売っているお店ってありますか?」
市場の屋台や露店を回りながら野菜を扱う人たちに尋ねていく。
しかし、俺の知っているキャベツに似た野菜はなかなか見つからなかった。
やがて市場の端にある人通りの少ない場所で俺は足を止めた。
「……でかい」
荷車の荷台には緑色の巨大な玉が山積みになっていた。
『ミヤン大球(★★★)具材向き』
大きさは五十センチほどもある。
抱えても両腕に収まりそうにない。
重さも十キロ近くありそうだ。
「これは……キャベツだ」
「きゃべつ?」
シオが目を丸くしている。
「ですが、これ、大きすぎませんか?」
ミソラが大きなキャベツの隣に立ってぶんぶんと首を振った。
「でっかい!」
確かにミソラがひとりでは持てないほどの大きさだ。
これだけ大きければ一玉から相当な量の野菜が取れそうだ。
荷車の主は日焼けした気さくなおじさんだった。
「おう、それはミヤン大球っていうんだ」
「どこで育てているんですか?」
「ミヤンの街から南に行ったところにある小さな村だよ」
「これって街でもよく売っているんですか?」
「いや、今はあまり売れないな。昔は街でもよく売れたんだがな。大きいから一玉あれば家族みんなで食べられるって喜ばれていたんだが、今じゃこんな大きな野菜は使い切れないって敬遠されちまう。飲食店ももっと扱いやすい野菜を仕入れるようになってな」
おじさんは荷車に積まれたミヤン大球を見上げた。
「家畜の餌にもなるんだが、ミヤンの街じゃ家畜を飼っているところが少ない。畜産が盛んな地域なら喜んで買ってくれるんだろうが、ここじゃなかなか買い手がつかなくてよ」
「それなら、どうして作り続けているんですか?」
「うちの村じゃ昔からこれを育ててきたんだ。畑もあるし種も代々受け継いできた。育てるのも難しくないからな。今さら別の作物に切り替えるのも簡単じゃない。それに村じゃ食べるし家畜の餌にも使える。だから今年も作ったんだが……街で売る分は正直なところ売り先に困っていてな」
おじさんは苦笑いを浮かべた。
「一玉、銀貨二枚だ。安いと思うだろ?」
銀貨二枚。前世の感覚なら二千円だ。
十キロのキャベツが二千円なら確かに安い。
しかもラーメンに使うならこれほど都合のいい野菜はない。
「今あるだけ買います!」
「おっ、買ってくれるのか?しかも全部か?」
おじさんは驚いたようにミヤン大球と俺を見比べた。
「本当にいいのか?持って帰るだけでも大変だぞ」
「大丈夫です。うちには便利な収納箱がありますから」
俺は荷車に積まれていたミヤン大球を一つずつラーメンボックスに収納していった。
全部で十個。あっという間に荷台が空になった。
おじさんは目の前で消えていくミヤン大球を見てぽかんと口を開けていた。
「いやはや……こりゃ驚いた。まさか本当に全部持っていくとはな」
「ところで、村にはまだミヤン大球は残っていますか?」
「もちろんだ。畑にはまだまだあるぞ」
「もしよければ、そちらも買い取らせてもらってもいいですか?」
「本当か!?そりゃありがたいが……かなりの数があるぞ?」
「構いません。村まで買い付けに行きたいので場所を教えてほしいのですが、よろしいですか?」
「おう!ミヤンの街から南へ半日ほど行ったところだ。街道沿いに進めば、村の入口に大きな水車が見える。そこが目印だ」
「ありがとうございます。それでは、近いうちに伺いますね!」
「待ってるぞ!村の連中も喜ぶだろうよ!」
おじさんは満面の笑みで何度も頷いた。
市場から戻ると、さっそく新居の台所でミヤン大球を切ってみた。
大きな包丁をぐっと入れると、しゃくっ、と気持ちのいい音が響いた。
断面はきめ細かく、みずみずしい。葉の一枚を剥がして、そのまま口に運んでみる。
「……甘い」
しゃきっとした歯ごたえがあり、噛むほどにほんのりとした甘みが広がる。
えぐみもほとんどない。これなら生でも食べやすそうだ。
次は鍋で茹でてみることにした。
たっぷりのお湯を沸かして大球の葉を茹でてみる。
鍋に葉を沈めると鮮やかな緑色が少し濃くなり、やがて全体がしんなりとしてきた。箸で持ち上げると生のときにはなかった柔らかさがある。
一口食べてみると、驚くほど甘みが増していた。生のときに感じたほんのりとした甘さが茹でることで引き立っている。しかも柔らかくなりすぎず、葉にはほどよい歯ごたえが残っていた。
これならいける。
豚骨スープとの相性もよさそうだ。濃厚なスープをたっぷり吸った葉が豚骨の脂を上品に受け止めてくれるはず。
茹でたもやしと一緒に丼へ山のように盛り付ける。そこへ熱々の豚骨スープを注ぎ、背脂をたっぷりと散らす。仕上げに厚切りのチャーシューを乗せれば……。
「これは、いける」
思わず頬が緩んだ。頭の中ではすでに完成した一杯ができあがっている。
「でもラメルさん。この野菜どれくらい使うんですか?」
シオが真面目な顔で尋ねた。
「そうだな、ラーメンの上に野菜をドンと盛るんだ。それはもう大量にだ!」
「大量にですか!?」
「そうだ!丼からこぼれそうなくらい盛るんだ!」
ラーメンを食べに来た客が目の前の山盛り野菜を見て驚く。そんな光景が目に浮かぶ。
「だから相当な量が要る。五百球ぐらいは欲しいな」
「ご、ごひゃく!」
ショーとユウが同時に声を上げた。
無理もない。ミヤン大球は一玉だけでもかなりの大きさだ。
それが五百球ともなれば相当な量になる。
ラーメン一杯に大量のもやしとミヤン《たいきゅう》。
二種類の野菜を惜しみなく盛り付けるのが今回の狙いだ。
少し添える程度では意味がない。丼の上にそびえる野菜の山を作りたい。
しかも一度きりの特別メニューではない。
店で毎日提供するとなれば一玉や二玉ではまったく足りない。
客の入りによっては一日に何玉も使うことになるだろう。
店で使う分だけでなく、しばらくの間は安定して使えるだけの量を確保しておきたい。
途中で野菜が足りなくなって販売を止めるようなことにはしたくない。せっかく新しいラーメンを出すのだから、いつ来ても腹いっぱい食べてもらえるようにしたい。
俺は頭の中で必要な数を計算した。
一杯あたりに使う量を考えても、仕入れには余裕を持たせておく必要がある。
やはり、五百球は欲しい。
後日。
ミヤンの街から南へ、半日。
小さな村の畑に、緑色の巨大な玉が、ころころと並んでいた。
「うわあ……」
ミソラが口を開けたまま、固まっている。
視界の限り、ミヤン大球、ミヤン大球、ミヤン大球。
畑のあちこちに、巨大な緑色の玉が転がっていた。
収穫を待つミヤン大球が、地面を埋め尽くしている。
「あんた、本当に来たのか」
畑の真ん中で、近所のいいおじさんが目を丸くしていた。
「はい。今日は、買い付けに来ました」
「買い付け?」
「五百球、お願いできますか」
「………………」
おじさんの顔がゆっくりと上を向いた。
「ごひゃく。というのは」
「五百です。銀貨二枚ですから、銀貨一千枚。金貨百枚ですね」
シオが静かに計算した。
「……金貨百枚」
おじさんは、ふわっとよろけた。
「村の連中を、呼んでくる!これは、一大事だ!」
おじさんは大声を上げると、畑を飛び出していった。
あっという間に、村中の人たちが畑に集まってきた。
「このでかすぎるミヤン大球を、そんなに買う奴がいるのか!」
「今年のミヤン大球は、めっちゃ豊作でよ……捨てるしかないと思っとったのに!」
村人たちは、最初こそ半信半疑だった。
だが、五百球を買い取ると聞くと次第に歓声が上がり始めた。
売れ残って畑に残すしかないと思っていた野菜が一度に五百球も売れる。
しかも、金貨百枚という大金になるのだ。
村人たちが、泣き笑いしながらミヤン大球を収穫し始めた。
ショーとユウも、シオも、緑の巨大な玉を抱えては、列を作って運ぶ。
大人たちが収穫したミヤン大球を、子どもたちが荷車の近くまで運ぶ。
一球が大きくて重いので、抱え上げるのも一苦労だ。
ミソラも、小さな体で一球を転がしている。
「ころころころころ!」
「ミソラ、転ばないようにな」
「だいじょうぶ!ころころするの、たのしい!」
ミヤン大球は、ミソラひとりでは持てない重さだ。
それでも、両手で押しながら一生懸命に転がしていた。
荷車を埋めたミヤン大球を、順番にラーメンボックスへ収納していく。
『ミヤン大球を収納しますか?』
「はい」
緑の玉が、光の粒になって、次々と吸い込まれる。
五百球。
十キロが五百で、五トン。
普通なら何台もの荷車が必要になる量だが、ラーメンボックスなら問題ない。
次々と収納されていくミヤン大球を見て、村人たちは何度も目を丸くしていた。
「……じゃ、金貨百枚です」
俺が金貨の袋を差し出すと、おじさんは両手で震えながら受け取った。
「……こんなにでかくて売れ残る野菜を、金貨百枚で買うバカがいるなんて……」
「ただの売れ残りじゃありませんよ。これは、宝です」
俺は本心からそう言った。
おじさんは金貨の袋を抱えたまま、何度も頭を下げた。
周りの村人たちも、嬉しそうにミヤン大球を見つめている。
これで、ラーメン屋の貯えは、ほぼ底をついた。
だが、後悔はしない。
帰り道。
俺たちは買い付けを終え、ミヤンの街へ戻ることにした。
五百球ものミヤン大球はすべてラーメンボックスの中だ。
あれだけの量を持ち運んでいるとは思えないほど帰り道は身軽だった。
シオが懐から財布を取り出し中を確かめている。
「ラメルさんといると、お金がいつも飛んでいきますね」
「その分、帰ってくるものも大きいだろう」
「またそうやって。でも、そういうところ好きですよ!」
シオは呆れたように笑った。けれど、その表情はどこか嬉しそうだった。
「ラメルさんって、いつも自分の好きなことになると真っすぐですよね。周りが驚くようなことでも、こうしたいって決めたら迷わず進んでいく。大変なことも多いですけど……私は、そんなラメルさんと一緒にいるのが楽しいんです」
そう言ってから、シオは少しだけ頬を赤くして、すっと目をそらした。
耳が、ぴくぴくと動いている。
「……ありがとう。これからもよろしくな。」
俺が礼を言うと、シオは小さく笑って前を向いた。
これで、野菜は揃った。
暗室では、もやしもしっかり育っている。
五トンのミヤン大球がラーメンボックスで眠っている。
あとは、これらを使って最高の一杯を作るだけだ。
次は、あの太い麺と背脂、そして塊肉だ。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
第六十一話は、ガッツリ系ラーメンに向けた野菜開発でした!
新居の離れの暗室で育てた「ズンダ豆もやし」。
ミソラのうっかりで緑になってしまうアクシデントも。
そして、市場で見つけた巨大キャベツ「ミヤン大球」。
五十センチ、十キロの、南の村の名物です。
銀貨二枚を五百球で金貨百枚。
ラーメン屋の貯えはほぼ底をつきました。
と言っても、売り上げは好調です!
次回、いよいよマシマシラーメンを完成です。
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