第六十話 木灰かん水とくさうまラーメン
ホロ村を出て、三日目の昼。
街道の先に、見慣れた城壁が見えてきた。
「ミヤンの街だ」
ショーが足を止めた。
「帰ってきたんですね」
ユウも隣で息をついた。
振り返れば、ずいぶん長い旅だった。
ミヤンを出た頃と比べると、街の景色もすっかり冬支度を始めている。
門の脇には薪の束が積まれ、街角では焼き栗の屋台から白い煙が上がっている。
「おーい!!兄ちゃん!帰ってきたか!」
門の手前で、聞き慣れた大声が響いた。
ダルクだった。
冒険者仲間を引き連れて、手を大きく振っている。
「ダルクさん、ただいま帰りました!」
「おかえりだ、この野郎!三週間も待ったぞ!」
ダルクは俺の肩をばしばしと叩いた。
「で、どうだ。豚はいたか!?」
「いました。しかも、★五つです」
「★五つ?何だか知らんがいたんだな!?」
「はい。それで、あるものを作りました。今夜、店でご披露します!」
「あるもの?」
ダルクの鼻が、ひくひくと動いた。
「……よし。今夜は、腹を空かせて行くぞ」
銀の耳の食卓の前では、家族たちが待っていた。
「ショー!ユウ!」
ロミさんとナトさんが、二人の姿を見つけるなり駆け寄ってきた。
「母ちゃん!」
ショーが笑顔で駆け寄る。ユウもその隣で大きく手を振った。
「おかえり、ショー!ユウ!」
ロミさんは二人をぎゅっと抱きしめた。何度も背中を撫でて、顔を覗き込む。
「元気そうでよかった。怪我はない?ちゃんと食べてた?」
「食べてたよ、母さん。ラーメンもいっぱい食べた!」
「そうかい。ならよかった」
ナトさんも二人の肩に手を置き、顔を見比べた。
「ずいぶん日に焼けたな。旅は楽しかったか?」
「うん!楽しかった!いろんな街に行ったよ!」
二人が口々に話し始めると、ナトさんは目を細めて頷いた。
「そうか、そうか。話はあとでゆっくり聞かせてくれ」
その間にも、弟妹たちが二人の周りに集まってきた。
「にいちゃん、おかえり!」
「おみやげは!」
「ずるい!わたしにもあるよね?」
「こらこら、順番だよ」
ショーが笑いながら背負い袋を下ろした。
「あるよ。みんなの分もある。でも……先にこれを渡したいんだ」
ショーは袋の中から小さな包みを二つ取り出した。
「父ちゃんからだよ。アイは髪飾り、ボルは……」
「ぼくの!?」
ボルが待ちきれない様子で包みを受け取る。中から現れたのは、少し不格好な木彫りの豚だった。
「ぶた!」
ボルの目がぱっと輝いた。
「とうちゃんの、ぶた!」
木彫りの豚を両手で持ち上げ、あちこちから眺めている。
少し歪んだ鼻も、短い足も、ボルにはたまらなく嬉しいらしい。
「見て!とうちゃんが作ったんだ!」
一方、アイは髪飾りを手に取ると、そっと髪に当ててみた。
「かわいい……。これ、父ちゃんが選んでくれたの?」
「うん。アイに似合うと思って」
アイは照れくさそうに笑い、髪飾りを大切そうに握りしめた。
「ありがとう。父ちゃんにお礼を言っておいてね」
「ちゃんと伝えるよ」
その様子を見ていたロミさんが、ふっと顔を伏せた。
「……あの人は、字も書かないくせに」
目元を拭いながら、困ったように笑う。
「こんなもの、ちゃっかり作って」
「父ちゃん、元気だったよ。畑も、ちゃんと守ってた」
ショーがそう伝えると、ロミさんは顔を上げた。
「そうかい。そうかい」
何度も頷く声が少し震えていた。
「ちゃんと畑を守ってるんだね。あの人らしいよ」
ナトさんも静かに頷いた。
「俺たちが心配することはなさそうだな」
「うん。父ちゃん、二人のことも気にしてたよ」
「そうか……」
ナトさんはショーとユウの頭を順番に撫でた。
「よく帰ってきたな。二人とも、頑張ったんだろう」
「うん!」
「僕たち、いっぱい頑張ったよ!」
胸を張る二人に、家族たちの笑い声が広がった。
その輪の中で、ロミさんはもう一度ショーとユウを抱きしめた。
「おかえり。二人が帰ってきてくれて、本当に嬉しいよ」
「ただいま、母ちゃん!」
「ただいま!」
二人の声が重なる。
その光景を眺めながら、俺は胸の奥が温かくなるのを感じていた。
離れて暮らしていても、家族のつながりは変わらない。
父親から届いた小さな贈り物が、そのことを何よりもよく伝えていた。
そのあと、俺は工房へ向かった。
リウムさんに帰還の挨拶をしなければならない。
それに、留守を任せていた麺の素の調合がどうなっているのかも気になっていた。
工房の扉を開けると、いつものように木と小麦粉の匂いが鼻をくすぐった。
作業場では職人たちが忙しそうに手を動かしている。
「リウムさん、ただいま戻りました」
声をかけると、作業場の奥から低い声が返ってきた。
「……おかえり」
大柄な影が立っていた。
麺の素を調合するための鍵付きの部屋。その扉の前に、リウムさんがいた。
「留守中、ありがとうございました。麺の製造は問題ありませんでしたか?」
「……ない。いつも通りだ」
短い返事だったが、それだけで十分だった。
俺がいない間も、工房は滞りなく動いていたらしい。
「それならよかったです。皆さんにもご迷惑をおかけしました」
頭を下げると、リウムさんは小さく頷いた。
だが、すぐには作業場へ戻ろうとしなかった。
代わりに、懐へ手を入れる。
そして取り出したのは、手のひらに収まるほどの小さな瓶だった。
「……見てくれ」
差し出された瓶を受け取る。
「これは?」
蓋を開けると、中には白い粉末が入っていた。
見た目は、重曹を焼いて作った粉によく似ている。
けれど、よく見ると少し違った。
粉の粒が細かく、さらさらとしている。
瓶を傾けても、重曹を焼いたときの粉とはわずかに手触りが違うように見えた。
「……灰だ」
「灰?」
「……男爵が持っていた粉。それを、洗い直した」
その言葉を聞いて、あの時の会話が頭をよぎった。
男爵の公開審問が終わったあと。
リウムさんは、男爵が持ち込んだ粉についてこう話していた。
『この粉。もう一度水に溶かして濾せば、不純物を取り除ける』
あのときは、可能性の一つとして聞いていた。
だが、リウムさんは本当に実行してくれたのだ。
「……毎晩、やった」
「毎晩ですか?」
「……店を閉めたあとだ」
リウムさんは瓶を見つめながら、淡々と説明を続けた。
「灰を水に溶かす。しばらく置いて、上澄みを取る。それを濾す。残った水を煮詰めて、粉を取り出す」
「その研究をずっとしててくれたんですか?」
「……足りなければ、もう一度やる。何度も繰り返した」
言葉は少ない。
けれど、その一つ一つから作業の大変さが伝わってきた。
灰を水に溶かす。
不純物を沈殿させ、上澄みを取り分ける。
目の細かい布で濾し、火にかけて水分を飛ばす。
一度でうまくいくとは限らない。
灰の種類や量によっても、得られるものは変わるはずだ。
それを毎晩、店を閉めたあとに続けていた。
「リウムさん……」
俺は改めて瓶の中を覗き込んだ。
この人は、ただ頼まれたから作業をしたわけではない。
俺が話した可能性を信じ、自分の手で確かめようとしてくれたのだ。
「少し、触ってもいいですか?」
「……ああ」
俺は指先にほんの少しだけ粉末を取った。
慎重に舌先につける。
「……っ」
苦い。
重曹を焼いて作った炭酸ナトリウムとは、明らかに違う強い苦味があった。
口の中に残る感覚も違う。
不純物の混じった、あの男爵の粉とは別物だ。
「これは……」
俺はもう一度、瓶の中の白い粉を見つめた。
「……炭酸カリウム」
思わず声が漏れた。
木灰から取り出したアルカリ性の成分。
その主成分の一つが、炭酸カリウムだ。
重曹を焼いて作る炭酸ナトリウムとは、成分が異なる。
どちらも麺作りに使えるアルカリ性の素材だが、同じものではない。
そして、成分が違えば麺に与える影響も変わる。
炭酸ナトリウムを使った麺は、独特の弾力とコシが生まれる。
一方で、炭酸カリウムを使えば、また違った食感や風味になる可能性がある。
俺の頭の中で、いくつもの麺の姿が浮かんだ。
細く、しなやかな麺。
太く、力強い麺。
噛むほどに小麦の旨味を感じられる麺。
今まで作ってきた麺とは違う、新しい一杯が生まれるかもしれない。
もちろん、まだ何も確かめていない。
粉の成分も、濃度も、実際に麺へ使ったときの変化も、これから検証する必要がある。
だが、可能性は十分にある。
「リウムさん。これは、すごい発見ですよ」
「……そうか」
「はい。今までのかん水とは違う麺が作れるかもしれません」
俺がそう告げると、リウムさんは瓶を見下ろした。
「……使えるのか」
「試してみないと分かりません。でも、試す価値はあります」
俺は瓶を両手で包むように持った。
この粉は、ただの新しい材料ではない。
リウムさんが長期間かけて、何度も手を動かしようやくたどり着いた成果だ。
そして、俺たちの麺作りに新しい道を開くかもしれないものだった。
「……試していいですか」
リウムさんは、黙って頷いた。
工房の台所で、木灰から取り出した粉を水に溶かす。
白い粉末が水に広がり、ゆっくりと溶けていく。
俺はその液体を少しずつ小麦粉に加えた。
「まずは、少量から試しましょう」
「……分かった」
リウムさんが隣で見守る中、俺は粉と水を混ぜ合わせていく。
最初はぼそぼそとしていた生地が、こねるうちにまとまり始めた。
手のひらに伝わる感触は、いつもの生地とは少し違う。
重曹を使ったときよりも、締まりが強い。
こねる。休ませる。
もう一度こねて、今度は麺棒で伸ばしていく。
生地に弾力があり、伸ばすにも少し力が必要だった。無理に引っ張れば切れてしまいそうだ。
厚みを確かめながら慎重に伸ばし、包丁で細く切り分けていく。
一本一本の麺が形になったところで、俺はようやく息をついた。
あとは茹でて確かめるだけだ。
鍋に湯を沸かし、麺を投入する。
湯の中で麺が踊る。茹で加減を見極め、一本すくい上げた。
そして、器に移して色を確かめた瞬間。
息が止まった。
鮮やかな黄金色。
重曹だけで作った麺より、ずっと濃く、深みのある黄色だった。
「これは……」
俺は麺を箸で持ち上げた。
表面には艶があり、湯気の向こうで黄金色が輝いている。
一本、すすってみる。
ぷりっとした弾力。
噛みしめると、歯を押し返すような強いコシがある。
小麦の香りが、ふわりと鼻に抜けた。
これは……。
「……ラーメンの麺だ」
声が震えた。
前世で食べた、あの麺にとても近い。
もちろん、まったく同じではない。けれど、この独特の色と弾力。口の中で跳ね返るような食感。
間違いなく、ラーメンの麺だった。
ただ、少し強すぎる。
コシが強く、歯ごたえがしっかりしている。
今まで作ってきた麺と比べても、かなり力強い仕上がりだ。
あの極細麺には向かない。
細麺には、重曹の軽い歯切れのほうがいい。
……だが、太い麺にしたらどうだ。
噛みごたえのある、ガッツリ系の太麺なら、この強さが武器になる。
スープに負けない存在感。噛むほどに小麦の旨味が広がる、力強い麺。
頭の中に、まだ形になっていない一杯が浮かび始めていた。
「リウムさん。これ、完成ですよ」
俺は興奮を抑えきれずに言った。
「……そうか」
リウムさんは、できあがった麺をじっと見つめていた。
何度も失敗を重ね、やっとたどり着いた粉。それが今、目の前で一本の麺になっている。
やがて、リウムさんの口元がほんの少しだけ緩んだ。
職人としての誇らしげな笑顔だった。
「……灰は、どこにでもある」
「しかも、タダですね」
木灰なら、特別な場所から仕入れる必要もない。街の中でも手に入るし、重曹の仕入れだけに頼る必要もなくなる。
これは、単に新しい麺を作れるようになったというだけではない。材料の調達という面でも、俺たちの麺作りを大きく変える発見だった。
「この製法は、俺とリウムさんだけの秘密です。工房の皆さんにも、絶対に伝えないでください」
「……承知」
リウムさんは、瓶を手に取ると静かに頷いた。
この粉の作り方が広まれば、誰でも同じ麺を作れるようになるかもしれない。
だが、今はまだ秘密にしておきたい。
俺たちのラーメンを支える、大切な技術なのだから。
俺は深く頭を下げた。
「ありがとうございます、リウムさん。あなたがいてくれて、本当によかった」
「……麺を守るのは、俺の仕事だ」
リウムさんは、そっぽを向いた。
耳の先が、少し赤かった。
夕方。
店の入口に、新しい木札を掛けた。
『くさうまラーメン 鉄貨七枚』
『一日限定三十食!』
木札を見上げたショーの母が、不思議そうに首を傾げた。
「くさうま……?」
「屋台の頃から、うちは『臭くてうまい屋台』って呼ばれていたからです。それと、ミソラの『くさおいしい』を掛け合わせてみました」
俺が説明すると、ショーの母は木札と俺の顔を交互に見た。
「なるほどねえ。あの臭い屋台が、今度はくさうまラーメンかい」
「くさおいしい!」
ミソラが得意げに頷いた。
まるで自分が名前を考えたかのように、胸を張っている。
「そうだな。ミソラの言葉も、ちゃんと入っているぞ」
「えへへ」
ミソラは嬉しそうに笑った。
その様子を見ていたショーとユウも、木札を見上げる。
「くさうまって、覚えやすいね!」
「うん。どんなラーメンなのか気になる名前だよ」
二人の言葉に、俺は小さく笑った。
限定三十食。
その数字を見つめていると、ふと前世の記憶が蘇った。
前世で、俺が最後に食べようとしていた塩ラーメン。
三年間通い続けた店は、一日三十食の限定営業だった。
開店前から店の前に行列ができる。
売り切れれば、その日の営業は終わり。
どれだけ食べたくても、間に合わなければ食べられない。
それでも、俺は何度も店に通った。
あの一杯が好きだった。店主が作るラーメンが好きだった。
そして、あの日。
俺はいつものように店へ向かい、十七番目の客として列に並んでいた。
結局、あの一杯を食べることはできなかった。
今思えば、店主もきっと、毎日こうして一杯一杯に向き合っていたのだろう。
三十食という限られた数だからこそ、手を抜かず、最後の一杯まで心を込めて作る。
俺も、そんな一杯を作りたい。
この世界で、ラーメンを待ってくれる人たちのために。
木札の文字をもう一度見上げる。
『くさうまラーメン』
よし。今日も、うまいラーメンを作ろう。
開店と同時に、店の前に行列ができた。
「くさうまってなんだ!」
「増えたのか!臭い奴が!」
先頭に並んでいたダルクたちが、木札を見上げながら声を上げる。
「まあ、食ってみりゃ分かるさ!」
誰かがそう言うと、周囲から笑い声が上がった。
冒険者たちは次々と店内へ入り、あっという間にカウンターを埋めていく。
店の中には、開店前から漂っていた豚骨スープの濃厚な匂いが満ちていた。
厨房では、シオとユウの父と俺が忙しく動いていた。
「麺、茹でてくれ。五十秒だけ」
「五十秒ですね。この細さだと、あっという間ですね」
シオの父が麺を鍋に入れ、タイマー代わりに砂時計を見つめる。
その隣では、リウムさんが黙々と湯切りをしていた。大きな手で平ザルを振るたび、湯が勢いよく飛び散る。
麺の茹で時間はわずか五十秒。少しでも長くなれば、せっかくの歯切れが失われてしまう。
細麺が、どんぶりの中で美しく泳いでいる。
そこへ、沸騰した白濁スープをたっぷりと注ぐ。
湯気とともに、豚骨の濃厚な香りが立ち上った。
チャーシューを乗せ、ミミ茸と刻みネギリを散らす。
「お待たせ!」
カウンターに、最初の一杯が置かれた。
ダルクが鼻をひくつかせて、どんぶりをのぞき込んだ。
「……くさい」
「ですよね」
「……だが、いい匂いだ!!」
ダルクは待ちきれない様子で箸を手に取った。
箸はこの世界ではまだ珍しい道具だ。けれど『銀の耳の食卓』では、すっかりおなじみになっている。今では常連客の多くが、当たり前のように箸を使っていた。
ダルクも慣れた手つきで麺をつまみ上げる。
ずるっ。
「……っ!」
一口すすった瞬間、ダルクの手が止まった。
舌に広がる濃厚な旨味。豚骨の風味は強いのに、後味は思いのほか軽い。細い麺がスープをしっかり持ち上げ、口の中へ運んでくる。
そして、麺を噛むたびに小麦の香りが広がった。
次の瞬間、ダルクはものすごい勢いですすり始めた。
ずるずるずるずるっ。
「うめえ。うめえ……。細い。濃い。それでいて、しつこくねえ……!」
夢中で麺をすすり、スープを飲む。
どんぶりに顔を近づけるようにして、最後の一滴まで味わっていた。
「こんなに濃厚なのに、口の中に嫌な重さが残らねえ。麺も細くて食いやすいし、スープがよく絡む……!」
ダルクはどんぶりを置くと、口元についたスープを手の甲で拭った。
「おい、ラメル。これ、いったい何で出汁を取ったんだ?」
「これは、豚の骨です。ポルコで見つけました」
「豚の、骨!?」
ダルクは目を丸くした。
これまで捨てられていた豚の骨から、こんなスープが生まれるとは思ってもいなかったのだろう。
「骨って、あの肉を取ったあとの骨だよな?あんなもん、煮込んで何かに使えるのか?」
「はい。時間をかけてじっくり煮込めば、骨の旨味がスープに溶け出すんです」
「へえ……。あの骨から、こんな味が出るのか」
ダルクは空になったどんぶりを覗き込み、底に残ったスープまで名残惜しそうに見つめた。
「ポルコじゃ、骨なんて邪魔者扱いだったぞ?肉を取ったら捨てるだけだって聞いたことがある」
「そうでしょうね。でも、使い方次第で立派な食材になります」
「もったいねえ話だな。こんなうまいもんが作れるのに今まで捨ててたのか」
ダルクは感心したように何度も頷いた。
ふわり、と体が橙色に光る。
「おっ、またこれか!食うたびに体が軽くなる気がするぜ」
「ラーメンの効果ですね」
「味がうまいだけじゃねえ。食えば食うほど力まで湧いてくる。まったく、とんでもねえ料理だな!」
ダルクはそう言って、空になったどんぶりを俺に差し出した。
「ラメル、さっきの話だが……」
その目は、もう次の一杯を求めていた。
「これ、豚の骨なのかよ。こんなに旨いのか」
「麺が細いところもいい。すぐに腹に落ちる」
隣で食べていた魔法使いの女性冒険者も、感心したように頷いた。
「このスープなら、いくらでも飲めそうだ。なのに、麺は軽い。組み合わせが面白いね」
周囲の冒険者たちも、我先にと麺をすすっている。
あちこちから「うめえ!」という声が上がり、店内は一気に賑やかになった。
しばらくすると、ダルクの手がすっと挙がった。
「……悪い。この麺のおかわりをくれ」
「ただいま、替え玉をお持ちします。鉄貨二枚です」
「替え玉!『麺だけ追加』のやつだな!俺は五玉いくぞ!硬めで頼む!」
「ご、五玉!?」
店内がどよめいた。
「俺も三玉!」
「わたしも!」
一人が注文すれば、ほかの冒険者たちも負けじと声を上げる。
「こっちも替え玉だ!」
「俺は二玉追加!」
「スープは残しておけよ!麺だけ追加だからな!」
どうやら、替え玉という仕組みまで気に入ってくれたらしい。
厨房の空気が一変した。
ショーとユウとシオが、すぐさま麺を茹で始める。
鍋に麺を入れ、茹で上がったものから順番に湯切りしていく。
リウムさんも休む間もなく平ザルを振り続けていた。
ミソラとアイも、負けじと水を運び始めた。
「こっちにも水をお願いします!」
「はーい!」
空になった水差しを受け取り、二人は何度も厨房と客席を往復する。
カウンターでは、替え玉を待つ冒険者たちがどんぶりを抱えていた。
「まだか!もう一玉食えるぞ!」
「こっちも頼む!」
次々と上がる注文に、厨房は大忙しだ。
「ラメルさん!スープ、あと十食です!」
シオの声が飛んできた。
「了解。ここからが正念場だ」
限定三十食。
木札に書いたその数字が、早くも現実味を帯びてきた。
俺たちは顔を見合わせる暇もなく、次の一杯へと取りかかった。
限定三十食は、一時間もかからずに完売した。
「あー、食い損ねた!」
「明日もあるか!?」
行列の後ろに並んでいた人たちが、悲鳴を上げている。
「申し訳ありません。本日は三十食限定です」
シオが丁寧に頭を下げる。
「店は明日もやります。毎日、限定三十食で」
「やったー!」
閉店後。
カウンターで、ダルクが最後の一杯を飲み干していた。
「……いや、うめえな。これは、本当にうめえ」
「ありがとうございます」
「……だがな、兄ちゃん」
ダルクはどんぶりを置いて、頬をかいた。
「これ、うまいんだが、ちょっと上品すぎねえか?俺たち冒険者は、もっとガツンと腹にたまるもんが食いたい気分にもなるんだ」
「ガッツリ、ですか」
「ああ。腹にドンと来るやつだ」
ダルクは拳でテーブルをどんと叩いてみせた。
「まあ、ただの独り言だがな」
ダルクを見送ったあと、俺は庭の竈の前で、しばらく立っていた。
ガッツリ。
腹にドンと来る。
……あ。
頭の中に、ある一杯が浮かんだ。
高く盛られた野菜。分厚い豚。ワシワシ食感の太い麺。
あちこちの店の前で、行列に並んで食べた、あの一杯。
「……野菜を、マシマシで用意しなきゃな」
俺は小さく笑った。
次の目標が決まったな。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
第六十話は、ミヤンへの帰還とリウムさんの木灰かん水完成の回でした。
男爵事件の「灰を濾したい」という話から、リウムさんが黙々と作業を続け、ついに新しいかん水を完成させました。
重曹を焼いて作る炭酸ナトリウムとは異なる、木灰由来の炭酸カリウム。
太くてコシの強い麺に向いた、新しい可能性が見えてきました。
博多風のパツっとした食感の細麺には、これまでどおり重曹を使った麺が合いそうです。
「くさうまラーメン」は限定三十食。あっという間に完売する人気ぶりでした。
そして最後は、ダルクの「ガッツリ」の一言から、ラメルの次の目標が決まりました。
高く盛られた『マシマシ』の野菜に、分厚い豚、そして太い麺。
次は、あの一杯に挑戦です!
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