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前世で食べ損ねたラーメンを求めて ~追放された俺は『ラーメンWalker』で異世界を無双する~  作者: マトンさん


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第五十八話 白濁の一杯と替え玉

 四日目の朝。


 庭の竈では、一晩中火を絶やさなかった寸胴鍋が、まだ静かに湯気を上げていた。

「……おはよう」

 鍋の中をのぞき込んだ俺は、思わず息を呑んだ。

 乳白色。

 昨夜よりもさらに白く、とろりと濃くなっている。


「ラメルさん、ちゃんと寝ましたか?」

 シオが湯呑みを差し出しながら、心配そうに顔をのぞき込んだ。

「少しは寝たよ」

「それって鍋の前で火の番をしながら、うとうとしていただけじゃないですか?」

「それでも寝たことにはなるだろ?」

「もう……少しは自分の体も大切にしてください!」

 シオに小言を言われながらも、俺の視線は鍋に釘付けだった。

 早く味を確かめたい。

「ラメルさん、聞いてます?」

「聞いてる、聞いてる」

 返事をしながらも、お玉に手を伸ばす。

 俺は、シオの小言を聞き流しながらお玉でスープをひとすくいした。

 ふうふうと少し冷ましてから、口に含む。

「…………」

 濃厚な旨味と脂の甘み。

 骨の髄まで溶け込んだような深いコク。

 昨夜の試作とはまるで別物だった。

「これなら、いける」

 小さく呟くと、後ろからショーとユウが顔を出した。

「ラメルさん、いい匂いです!」

「臭いけど、いい匂いです!」

「どっちなんだ」

 二人の返事に、思わず笑ってしまった。


「じゃあ、仕上げに入ろう」

 庭に作業台を並べて、みんなを集めた。

 豚骨ラーメンは、スープだけでは完成しない。

 博多風の一杯なら麺は極細。薬味は紅ショッカとカラチタカの葉に白ゴ草の種。

 具はチャーシューとミミ茸、刻みネギリ。

 雑誌のページには、そう書いてあった。

「麺は俺がやる。ちょっとだけ、扉を閉めさせてもらうぞ」

「はい。麺の秘密ですよね」

 借りた一軒家の台所に入り、扉を閉める。

 自分用に取っておいた麺の素を溶いて、小麦粉に混ぜていく。

 極細麺は水分を少なめにする。しっかりこねて薄く伸ばし、針のように細く切っていく。

「……よし」

 できあがった麺は、普段の麺よりずっと細く、やや白っぽかった。

 庭に戻ると、みんなが手際よく薬味を準備してくれていた。

「ラメルさん、ミミ茸を細切りにしました!」

「ありがとう、ユウ」

「紅ショッカは、こんな感じでいいですか?」

 シオが赤く染まったショッカの根を小皿に盛っていた。

 町で買った酢と塩で漬けたものだ。

「上出来だな」

「カラチタカの葉は少し味見してもいいですか?」

「ああ。でも辛いぞ?」

「大丈夫です。担々麺で鍛えましたから」

 タカの葉を塩漬けにして、カラチの実と菜種油で炒めたものだ。

 シオが箸の先をぺろりと舐めた。

「……からっ!でも、おいしい!」

「ミソラは、これは食べちゃだめだぞ」

「えー」

 ミソラは頬をふくらませながら、白ごまをぱらぱらと小皿に移し始めた。


 昼過ぎ。

 味見の準備が整った。

 カエシには醤油と酒と砂糖、そこに豚骨スープををほんの少し。

 小さなどんぶりにカエシを入れ、白濁したスープを注ぐ。

 極細麺は、ほんの数十秒で茹で上がる。

 湯切りして、どんぶりへ。

 薄切りにした豚のチャーシューを乗せる。

 キクラゲ。刻みネギ。白ごま。

 最後に辛子高菜と紅しょうがをそっと添えた。

「…………」

 湯気の向こうに、白く濁った一杯があった。

「できた」

 震える声で呟いた。

 前世で何度も食べた。

 旅先で。仕事帰りで。休日の昼下がりで。

 博多の屋台で食べた、あの一杯の湯気を思い出した。

「……いただきます」

 箸で麺を持ち上げる。

 ずるずるっ。

 細い麺に濃厚なスープが絡みつく。

 噛むと、ぷつんと歯切れがいい。

 小麦の香りと豚骨の旨味が、口の中で一つになった。

「…………うまい」

 目の奥が熱くなった。

「ラメルさん、また泣いてます」

「泣いてない」

「泣いてます」

「泣いてない!」

 シオとの、いつものやり取りだった。

 だが、今日ばかりは言い返す声が震えていた。


 全員分のどんぶりを庭の長机に並べた。


「「「「「いただきます!」」」」」


 五人が一斉に麺をすすった。

「……っ!」

 最初に声を上げたのはショーだった。

「なにこれ! 細いのに、ちゃんと麺の味がする!」

「スープがすごい……濃いのに、くどくない!」

 ユウも驚いたように目を丸くしている。

「脂の甘みがあって、とってもおいしいです!」

 シオも夢中で麺をすすっていた。

「くさいけど、おいしい!」

 ミソラが嬉しそうに叫ぶ。

「くさい! おいしい! くさおいしい!」

「ミソラ、それは褒め言葉か?」

「ほめてる!」

 ふわり、と五人の体が橙色に光った。


『食事効果:全員 全能力アップ』


 ふわり、と五人の体が橙色に光った。

『食事効果:全員 全能力アップ』

「おおっ! また強くなった!」

 ショーが自分の手を握ったり開いたりして、効果を確かめている。

「本当ですね。体の奥から力が湧いてくる感じがします!」

 ユウも嬉しそうに頷いた。

「こんなにおいしいラーメンを毎日食べられたら最高ですね!」

 ショーの言葉に、ユウも大きく頷く。

 俺も自分のステータスを確認してみた。

「……やっぱり+1か。もう慣れたけどな」

「ラメルさんだけ、ずっと+1ですね」

 ユウが俺の表情を見て、苦笑した。

「それは言うな!」


 そのとき、庭の入り口から陽気な声が響いた。

「おーい、兄ちゃんたち! いい匂いがするぞ!」

 ポルドさんだった。

 後ろには解体場の親方と近所の人たちが、ぞろぞろとついてきている。

「ポルドさん」

「いやあ、昨日から街中で噂になっとるぞ! 『庭付きの家から、変わった匂いがする』ってな!」

「ご迷惑でしたか?」

「迷惑なもんか! 豚の街だ。むしろ嬉しいくらいだ!」

 ポルドさんは鼻をひくひくさせて、長机をのぞき込んだ。

「それが、噂の……ラーメンか」

「はい。よければ、みなさんもどうぞ」

「いいのか!?」

「豚と骨を分けていただきましたから。そのお礼です」

 俺は追加の鍋を用意した。


 庭はあっという間にポルコの人たちでいっぱいになった。

「なんだ、この白いスープは!」

「豚の骨が、こんなに旨くなるのか!」

「毎日、捨ててた骨だぞ!」

 解体場の親方が、どんぶりを抱えたまま目を潤ませていた。

「……俺たちが、ずっと捨てとったもんが……」

「骨にも、ちゃんと価値があるんですよ」

「ああ。あんたの言うとおりだ」

 親方は麺を一本ずつ、大切そうにすすった。

「あっ、もう麺がない!」

 誰かがどんぶりをのぞいて叫んだ。

「ここで、替え玉です」

「かえだま?」

「麺だけ追加できるんです。スープはそのまま。茹でたての麺を、もう一度入れます」

「麺だけ追加? 面白えな!」

 ポルドさんが真っ先に手を挙げた。

「俺は三玉いくぞ!」

「私も、替え玉をお願いします!」

「わたしも!」

 ミソラが小さな手を挙げた。

「ミソラは、もう二回目だろう」

「だって、おいしいんだもん!」

 庭に笑い声が弾けた。

 極細麺はあっという間に茹で上がる。

 湯気と豚骨の香り。ポルコの人たちの歓声が秋の空に昇っていった。


 宴のあと、ポルドさんが俺の隣に腰を下ろした。

「兄ちゃん」

「はい」

「頼みがある」

 ポルドさんは空になったどんぶりを、そっと撫でた。

「あのスープの炊き方を、教えてくれんか?」

「スープ、ですか?」

「ああ。麺は秘密なんだろう? そっちは聞かん。だが、骨を炊いて白くするやり方なら、うちの女房も使えそうだ」

 ポルドさんはにやりと笑った。

「うちの『ぶひ亭』に、新しい名物を作りたくなってな」

 俺は少し考えた。

 麺の秘密は守る。それは変わらない。

 だが、スープの炊き方なら。

「分かりました。お教えします」

「本当か!」

「そのかわり、条件があります」

 俺は指を二本立てた。

「一つ。ポルコの豚と、ポルコの味を大切にしてください」

「当たり前だ」

「もう一つ。いつかミヤンで俺が豚骨を必要としたとき、また骨を分けてもらえませんか?」

「はっはっは、骨なんざいくらでも持っていけ!」

 ポルドさんが豪快に笑った。

「ゴミだったもんが、街の名物になるなんて、こんな嬉しいことはねえ!」


 翌朝。

 五泊六日の借家を片付けて、ポルドさんの牧場の前に立つと、街の人たちが見送りに来てくれていた。

「兄ちゃん! これ持っていけ!」

 ポルドさんの奥さんが、大きな包みを差し出した。

「鶏の塩煮込みの作り方と、うちの自慢の燻製だよ!」

「ありがとうございます」

「またおいで! 豚の丸焼き、ご馳走するからね!」

「ありがとうございます。今度はミヤンのラーメンも食べに来てください」

「ミヤン? 遠いなあ!」

「歩いて七日ですよ」

「七日かあ!」

 ポルドさんは腹を抱えて笑った。

「よし! そのうち、豚を連れて行ってやる!」

「生きた豚は連れてこなくていいです」

「なんでだ!」

 五人の旅立ちを、街の人たちが手を振って見送ってくれた。

 豚骨ラーメンは完成した。

 この旅の目的は果たした。

「帰ろう、ミヤンへ」

「はい!」

「おうち、かえる!」

 ミソラが元気に手を挙げた。

 帰り道にはホロ村がある。

 モロさんに約束した。

 十日後には必ず寄る、と。

 東の空に朝日が昇っていく。


 秋の風が、豚骨の香りを少しだけ運んでいった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

第五十八話は、ついに豚骨ラーメンが完成する回でした。

博多豚骨風の一杯は極細麺に白濁したスープ。紅しょうがと辛子高菜、白ごまが彩りを添えます。

そして、替え玉も登場!

ポルコの人たちも大喜びでした。

スープの炊き方はポルドさんに伝授。麺の秘密はもちろん守ります。

次回は帰り道。ホロ村で、モロさんと約束した再会です。

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