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前世で食べ損ねたラーメンを求めて ~追放された俺は『ラーメンWalker』で異世界を無双する~  作者: マトンさん


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第五十六話 畑荒らしと豚の街

 朝、ホロ村を散歩していると視界の端に表示が浮かんでいた。


『味噌:残り歩数 0歩』

『醸造が完了しました』


「……できた」

 思わず小さく呟いた。

 ホロ村の朝は静かだった。

 窓の外では霧が畑の上をゆっくりと流れている。

 昨夜の見張りは、結局空振りだった。

 モロさんと一緒に畑の端に立ち、夜明けまで待ったが、足跡の主は姿を見せなかった。

「昼間はあまり来ねえ。夜にしか来ねえんだ」

 モロさんはそう言っていた。

 それなら今日はゆっくりできる。


 俺は庭の隅で味噌の樽をひとつだけ取り出し、蓋を開けた。

 濃い茶色の塊から、深く甘い香りが立ち上る。

「いい匂いだな」

 背後から野太い声がした。

 畑仕事の支度を済ませたモロさんが鼻をひくつかせている。

「味噌といいます。ラーメンの味付けに使うんです」

「ほう。昨日の、あの黒いやつとは違うのか」

「はい。こっちはもっと濃厚です」

「そりゃあ、気になるな」

 モロさんがにやりと笑った。

「村の連中にも食わせてやってくれんか。ショーとユウが帰ってきたと聞いて、朝から皆そわそわしとる」

「もちろんです」


 村の広場に大鍋を出した。

 ウルフ出汁に新しい味噌ダレ。ニンニの根とシロネギリ草を刻み、炒めた山菜と芋を乗せる。

 湯気とともに味噌の香りが広場いっぱいに広がった。

「なんだ、この匂いは」

「いい匂いだねえ」

 家々から村人たちが顔を出す。

 十数人、二十人、三十人。

 あっという間に広場は人であふれた。

 その中に小さな影が駆けてくる。

「ショー兄ちゃん!」

「ユウ兄ちゃんもいる!」

 子どもたちだった。

 十人近くが一斉にショーとユウに飛びついた。

「うわっ!」

「みんな、久しぶり!」

 ショーが子どもたちにもみくちゃにされながら笑っている。

「ショー兄ちゃん、街に行ってたの?」

「兄ちゃんたち、ぼうけんしゃになったんでしょ?」

「つよい?つよい?」

「強いよ!木の剣は卒業したんだ!」

 ショーが腰の短剣をぽんと叩いてみせた。

「ユウ兄ちゃんの盾、おっきい!」

「ありがとう。冒険者の人たちが贈ってくれたんだ」

 ユウも照れくさそうに笑っている。

「ショー!ユウ!」

 人混みの向こうから少年が一人、駆け寄ってきた。

 茶色の短い髪に日に焼けた顔。ショーと同い年くらいだろう。

「ペコ!」

「帰ってきたのか!」

 二人はがしっと肩を組んだ。

「元気だったか?」

「元気も元気だ!ペコこそ、背が伸びたな!」

「ショーの方が伸びただろ!」

 幼なじみらしい。

 少し離れた場所では、白髪の老人が杖をついて目を細めていた。

「ショーとユウか。よう帰ってきたのう」

「村長さん!」

「ホルン爺さん、お元気でしたか」

「見ての通りじゃ。お前たちこそ、立派になったのう」

 ホルン爺さんが嬉しそうに何度も頷いた。

「ショーくん、ユウくん、おかえり」

「ロミさんは元気かい?ナトさんは?」

「みんな、元気だよ!」

「街で、お店で働いてるんだ」

 村の大人たちも次々と声をかける。

 不作で村を離れてから、もう半年と少し。

 二人が村を出たあとも、ここには二人を気にかけてくれる人たちが大勢いた。

「ラメルさん、麺の湯切り、手伝います!」

「ありがとう、ユウ。でも、もう少し話してこいよ」

「いえ、大丈夫です。こっちが仕事ですから」

「じゃあ、俺たちも手伝う!」

 ペコと村の子どもたちがぞろぞろと厨房役に加わった。

 ミソラとシオも器を並べたり、スプーンやフォークを配ったりしている。

 味噌ラーメンの鍋から湯気が立ちのぼる。

「いただきます!」

 村人たちが一斉に麺をすすった。

「うまい!」

「こりゃあ、濃いのう!」

「体があったまる!」

「なんだ?体が光ったぞ!」

「食事効果です。数時間で消えます」

 広場に笑い声が弾けた。


 そのときだった。

 カン、カン、カン、カン。

 村の入り口の方から、けたたましい鐘の音が響いた。

「畑だ!畑に何か出たぞ!」

 誰かが叫んだ。

 広場が一瞬で静まり返る。

「まさか、昼間に」

 モロさんが立ち上がった。

 村人たちがざわざわと畑の方へ走り出す。

 俺たちもあとを追った。

 畑の端に、それはいた。

 小さな山のような巨体。

 黒い毛並み。顎から突き出た湾曲した二本の牙。

 まだ収穫していない麦を、ばりばりと踏み荒らしている。

「タスクボア……!」

 ショーが息を呑んだ。


 視界の端に、見慣れた表示が灯った。


『ラーメン適性:★★★★タスクボア(骨・肉・脂)』


「ラーメン適性のある相手は、俺の領域だ」

 指を伸ばし、一歩前に出ようとした。

 そのとき、袖をぎゅっと掴まれた。

「ラメルさん」

 シオだった。

「ここは、ショーくんとユウくんに任せましょう」

「え?」

 俺は思わず聞き返した。

「いや、でも、あれは鉄札のパーティが手こずる魔獣だぞ?俺が指一本で」

「分かっています。でも」

 シオはまっすぐ前を見ていた。

「二人の故郷の畑です。二人に守らせてあげたいんです」


 ……はっとした。

 俺は二人の方を見た。

 ショーとユウは無言で畑の前に立っていた。

 背中の袋を下ろし、腰の短剣を抜き、盾を構える。

 震えてはいない。

 怖がってもいない。

「ユウ」

「うん」

「いけるか」

「うん。いける」

 短い会話だった。

 俺はゆっくりと手を下ろした。

「……分かった。シオ」

「はい」

「見守ろう」

 タスクボアがこちらに気づいた。

 鼻息を荒くして、地響きとともに突進してくる。

「ユウ、頼む!」

「任せて!」

 ユウが前に出た。

 鉄の盾が突進を真正面から受け止める。

 があん、と鈍い音が畑に響いた。

「ぐっ……!」

 ユウの足が地面にめり込む。

 それでも押し返す。

「ショー、今だ!」

「おう!」

 ショーが横から回り込んだ。

 短剣が閃く。

 タスクボアの脇腹に深々と刃が入った。

「ぶおおおっ!」

 巨体がのたうつ。

 牙がショーの方へ振り抜かれた。

「ショー、危ない!」

 村人たちの悲鳴が上がる。

 だが、ショーは紙一重でかわした。

「見えてる!」

 俺たちと一緒に何度も何度も森へ通った。

 角ウサギ、ウルフ、タスクボア。

 毎日のラーメンで力をつけながら、二人は少しずつ強くなってきた。

「ユウ、もう一回受け止めてくれ!」

「分かった!」

 タスクボアが再び突進する。

 盾がもう一度、それを受け止めた。

「今だ!」

 ショーが短剣を逆手に持ち替えた。

 跳ぶ。

 眉間に、まっすぐ突き立てた。

 どすん。

 巨体がゆっくりと傾いた。

 畑の麦をさらに数本なぎ倒して。

 タスクボアは動かなくなった。


 静寂。

 誰も声を出さなかった。

「……やった」

 ショーがぽつりと呟いた。

「やったよ、父ちゃん……!」

 次の瞬間、村中から歓声が弾けた。

「うおおおおお!」

「ショーとユウが、タスクボアを倒したぞ!」

「すげえ!」

「あの子たちが!」

 ペコがショーに飛びついた。

 子どもたちが二人を取り囲んで跳ね回る。

 モロさんは畑の端で、ただ立ち尽くしていた。

 太い腕で目を乱暴にこすっている。

「……立派になりおって」

 聞こえないくらいの小さな声だった。

 隣でシオがそっと微笑んだ。

「ね。任せて、よかったでしょう」

「……ああ」

 俺は深く頷いた。

 指を伸ばす必要は、どこにもなかった。


 タスクボアの解体は、シオが指揮を執った。

 孤児院で鍛えた手際に、村の男たちが目を丸くしている。

「すげえな、この嬢ちゃん」

「骨も肉も、きれいに分かれていく」

 夕方には、広場に巨大な肉の山と真っ白な骨の山ができていた。

 俺はごくりと唾を飲み込んだ。

 星四つ。

 タスクボアの骨だ。

 濃厚で、力強くて、深い味。

 ……骨だけでも持っていけたらなあ、と思わなかったと言えば嘘になる。

「ラメルさん」

 シオがじっとこちらを見ている。

「……分かってる」

 俺はモロさんとホルン爺さんの前に歩み出た。

「この獲物は村のものです。村の畑を守ったのは、ショーくんとユウくんです」

「いや、しかし」

 ホルン爺さんが目を丸くした。

「ラメルさんたちが仕留めた魔獣じゃろう?こんな上等な獲物、村の者だけで受け取るわけには」

「いいんです。ショーとユウの故郷へのお土産だと思ってください」

 俺は笑って言った。

「畑を荒らされた分は、少しでも取り返せるはずです」

 村人たちが顔を見合わせた。

 誰かがぐすりと鼻をすすった。

「……ありがてえ」

 モロさんが頭を深く下げた。

「ラメルさん。恩に着る」

「いえ。こちらこそ、泊めていただいて、ありがとうございました」

 村の人たちは、お礼にと小麦の袋と干した芋と手作りのチーズを持たせてくれた。

 小麦はありがたく頂戴した。ラーメンの麺にもパンにも使える。


 翌朝。

 村の入り口に、村人たちがずらりと並んでいた。

「気をつけてな!」

「また、帰ってこいよ!」

 子どもたちが泣きながら手を振っている。

 ペコがショーとユウに何かを握らせた。

 小さな木のお守りだった。

「次に帰ってくる時までに、俺ももっと強くなってるからな」

「うん。待ってる」

 ショーもユウも、目を赤くして頷いた。

「ショー」

 モロさんが息子の頭に大きな手を乗せた。

「母ちゃんと、アイと、ボルに伝えてくれ。俺は元気にやっとるとな」

「うん」

「それと」

 モロさんは少し言葉を詰まらせた。

「来年の収穫には、みんなで帰ってこい。腹いっぱい、食わせてやる」

「……うん!」

 ショーが父親の胸にもう一度顔を埋めた。

 俺はモロさんに頭を下げた。

「10日後くらいにまた戻ってきます。ミヤンへの帰り道に、もう一度寄らせてください」

「おう。待っとる」

 モロさんはにかっと笑った。

 俺たち五人は村人たちに見送られながら、西へ向かって歩き出した。


 村を出て、一日目。

 草原はさらに広く、どこまでも続いていた。

「ラメルおにいちゃん、あれ、なに?」

 ミソラが遠くを指差した。

 白い小さな塊が、草の上に点々と散らばっている。

「羊だな」

「ひつじ!」

 ミソラは目を輝かせて駆け出した。

 近づいてみると、ひとりのお爺さんが杖にもたれかかっていた。

 日に焼けた皺だらけの顔。長い白い髭。

「おや、旅の人かい」

「はい。ポルコの街へ向かっています」

「ポルコか。あそこは、ええ街じゃぞ」

 お爺さんは首を傾げた。

「この草原で羊を飼って五十年じゃ」

「ラメルといいます」

「毎月のように商人が羊を買い付けに来てくれてのう。羊も牛も豚も、みんなええ肉になるんじゃ」

「豚も、いるんですか?」

「ああ。街の外の牧場で、わんさか育てとる。丸焼きも絶品じゃぞ」

 豚の丸焼きは、やはり名物らしい。

「んめええぇぇぇ」

 ミソラの足元に、子羊が一匹すり寄ってきた。

「かわいい!」

「そいつは人懐っこいのでな」

「めえ」

 ミソラがぎゅっと抱きしめる。

 お爺さんは目を細めて笑った。

「良ければ、羊の乳を飲んでいきなされ」

 温かい羊の乳はほんのり甘く、少しだけ獣臭かった。

 ……ラーメンのスープにも使えるかもしれない。

 そんなことを考えて、一杯おかわりしてしまった。


 二日目は雨だった。

 草原の真ん中で、いきなり土砂降りになった。

 俺たちは荷物を頭にかぶって、近くの小さな岩の影に駆け込んだ。

「冷たい!」

「ミソラちゃん、こっちに入って」

 シオが自分の外套を広げ、ミソラを包み込む。

 岩陰は狭く、五人でぎゅうぎゅうだった。

「このまま、一晩降り続けるかもしれないな」

「歩けませんね」

 雨音だけが草原に響いている。

 ミソラはシオの腕の中で空を見上げていた。

「……やんで」

 小さな声だった。

 そのとき、雲がすうっと割れた。

 雨が嘘のように止んだ。

 雲の隙間から金色の光が草原に降り注ぐ。

「あ……」

「止んだ!」

 ショーが目を丸くした。

「ミソラ、運がいいなあ!」

「えへへ」

 ミソラは照れたように笑った。

 ……偶然、だよな。

 胸元の麦の穂が、ほんの一瞬、金色にきらりと光った気がした。

 気のせいだ。

 俺はそう思うことにした。

 草の上には、うっすらと虹が架かっていた。


 三日目の夕方。

 草原が少しずつ、なだらかな丘へと変わっていった。

「見えてきたな」

 丘の頂に立ったとき、視界が一気に開けた。

 遠くの地平線に、小さな街の影があった。

 石壁に囲まれた、ミヤンよりひと回り小さな街だ。

 夕日に焼かれた赤瓦の屋根がきらきらと光っている。

「あれが、ポルコの街……」

「豚の丸焼きの街ですね!」

 ショーが嬉しそうに声を弾ませた。

「行ってみよう」

 俺はラーメンマップを開いた。

 街の方角に、いくつかの星が瞬いている。

 遠くて、まだ内容までは読み取れない。

 だが、確かに、そこには何かがある。

「……あれ?」

 そのとき、シオがふと足を止めた。

 銀色の耳がぴくぴくと動いている。

「どうした、シオ?」

「にぎやかです!」

「にぎやか?」

「はい。街の方から、家畜の鳴き声がたくさん聞こえます」

「羊の声も、牛の声も……豚の声も、聞こえます!それに、お肉を焼く音も」

 シオは嬉しそうに耳をぴんと立てた。

 風が丘を吹き抜けた。


 ポルコの街は遠くで、夕日を浴びてにぎやかに輝いていた。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

第五十六話はホロ村での再会とポルコへ向かう草原の旅でした。

ショーとユウが故郷の畑を守るためにタスクボアに挑みました。

ラメルは手を出さず、シオと一緒に見守ります。二人の成長が、少しでも伝わっていたら嬉しいです。

タスクボアは村に寄贈。ラメルは骨が欲しくてたまらないようでしたが、ぐっとこらえました。

草原では羊飼いのお爺さんからポルコの街の評判を聞きました。

次回、ポルコの街へ。

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