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前世で食べ損ねたラーメンを求めて ~追放された俺は『ラーメンWalker』で異世界を無双する~  作者: マトンさん


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第五十五話 豚を探して西へ

 十月の八日。


 昼の営業が終わった店の客席で、俺たちは賄いのウルフラーメンをすすっていた。

 味噌の樽はまだラーメンボックスの中で眠っている。あと三十万歩ほどで完成するはずだ。

 俺は箸を置いて切り出した。

「みんな、聞いてくれ。豚が欲しい」

「ぶた、ですか」

 シオがきょとんと首をかしげた。

「ああ。豚骨ラーメンを作りたいんだ。白く濁った濃厚なスープのやつだ」

「オークじゃだめなんですか?」

「オークは適性なしだった。あの鉄と泥の味はまだ忘れてない」

「ああ……」

 ショーがあからさまに顔をしかめた。

「実は昨日、ミヤンの市場の肉屋を全部回ってみた。ウルフ、角ウサギ、タスクボア。豚は一軒もなかった」

「この辺りは魔獣の肉が食べられるので豚肉は一般的ではないですね」

 ユウが静かに言った。

「わざわざ家畜を育てなくても森に行けば肉が手に入りますから」

「やっぱり、そういうことか」

 魔獣が多い土地では、肉は狩って手に入れるもの。

 家畜を育てるよりも手軽で、わざわざ豚を飼う必要もないのだろう。

 一方で、魔獣の少ない土地なら狩りだけでは肉を十分に確保できない。だからこそ、家畜を育てる文化が発達したのかもしれない。

 だとすれば、豚を探すなら魔獣の少ない土地へ行くしかない。


「あっ、でも」

 ショーがはっと顔を上げた。

「行商のおじさんが言ってました。西の草原を越えた先の街は魔獣が少ないって」

「魔獣が少ないから家畜を育てて肉にするんだって」

「ポルコの街ですね」

 ユウが頷いた。

「羊や牛や豚もたくさん育てていると聞いたことがあります」

「ポルコか。行ったことがあるぞ」

 背後から野太い声が割り込んだ。

 常連席で一杯やっていたダルクだった。

「依頼で護衛をしたことがある。魔獣はほとんど出ねえが、そのぶん冒険者の仕事も少ねえ街だ。名物は豚の丸焼きだな」

「豚の丸焼き!」

 思わず身を乗り出した。

「どのくらいかかりますか」

「草原を越えて歩いて七日ってとこだ。途中にホロ村がある。ショーとユウの生まれ故郷だろ?」

「えっ」

 ショーとユウが顔を見合わせた。

「寄れるんですか、村に!!」

「道の真ん中にあるからな。寄らねえほうが難しいぞ?」

 二人はしばらく黙っていた。


 不作で村を出てから、もう半年と少しだ。

「……行きたいです!」

 先に口を開いたのはユウだった。

「俺も!!」

 ショーも弾かれたように顔を上げた。

 二人の気持ちは決まった。

「よし。じゃあホロ村にも寄っていこう」

「やったー!たびだー!」

 ミソラが椅子の上でぴょんぴょん跳ねた。


 旅の支度はその日の夕方から始まった。

 店の留守は前回と同じ体制でいく。

 接客と会計はショーの母とユウの母。麺は工房のリウムさんだ。

 問題は旅の間の連絡と、いざというときの頼み先だった。

 夕方の閉店後、店の前にみんなに集まってもらった。

 ショーの家族とユウの家族。総勢でちょうど十人ほどになる。

「今回は豚を探しに西へ行きます。往復で三週間くらいになると思います」

「また三週間かい」

 ショーの母が腕を組んで笑った。

「ダルクさんたちが、また寂しがるねえ」

「今度はちゃんと帰る日を伝えておきます」

 そう答えてから俺は少し言いよどんだ。

「あの、その前に一つ。お願いがありまして」

「なんですか?」

「……全員の名前をちゃんと教えてください」

 沈黙。

 全員がリウムさんを見た。

「…………」

 リウムさんがほんの少しだけ気まずそうに視線をそらした。

「ラメルさん、まだ気にしてたんですか」

 ユウが苦笑いする。

「気にします。三ヶ月以上、名前を知らなかったんですから。同じことは二度としたくありません」

「あははは!」

 ショーの母が腹を抱えて笑った。

「いいよいいよ!じゃあ、うちからいこうか!」

 ショーの母が胸をどんと叩いた。

「あたしはロミ。ショーの母親だよ。三十八になる」

「ロミさん」

「で、こっちが下の子たち」

 ロミさんが背中に隠れていた二人の子を前に出した。

「妹のアイ。八つだよ」

「アイです。よろしくお願いします」

 八歳の少女がぺこりと頭を下げた。しっかり者らしい。

「それから弟のボル。五つ」

「ぼるです!らーめん、すき!」

 灰汁で麺を作ろうとした、あの子だ。

「ボルくんか。よろしくな」

「うん!」

 続いてユウの母が一歩前に出た。

「私はナトと申します。三十五になります」

 おっとりとした柔らかい声だった。

「ナトさん。いつも洗い場を助けてもらってます」

「いえいえ。こちらこそお世話になっていますから」

 ナトさんの手を小さな女の子がぎゅっと握っている。

「この子がリル。九つです」

「……リルです」

 おとなしい声だった。ユウによく似ている。

「こっちがミル。六つです」

「ミルだよ!」

 元気のいい少女がぴょこんと手を挙げた。

「それと、一番下のポロ。三つになります」

 ナトさんが抱っこしていた男の子をそっと揺らした。

「ぽろ!」

 男の子がにこにこと手を振った。

「ありがとうございます。リルちゃん、ミルちゃん、ポロくん」

 俺は一人ずつ名前を繰り返した。

「で、あとは」

 全員の視線が奥の壁際に立つ大柄な男へ向かう。

「…………リウムだ。三十八」

「存じてます!」

 店先に笑い声が広がった。

「全員、覚えました。ロミさん、ナトさん、リウムさん。アイちゃん、ボルくん、リルちゃん、ミルちゃん、ポロくん」

「ラメルさんが、ちゃんと言えた」

 シオがくすくす笑った。

「ラメルおにいちゃん、えらい!」

 ミソラが拍手した。

 ……なんだか、やたらと恥ずかしい。

「あ、それと」

 ロミさんがふと思い出したように言った。

「ホロ村に寄るなら、うちの旦那にもよろしく伝えておくれ」

「旦那さん、ですか」

「ああ。モロってんだ。四十二になる。畑を守るって言って村に残ったのさ」

「父ちゃん、元気にしてるかな」

 ショーがぽつりと呟いた。

「手紙は出してるんだけどね。返事はたまにしか来ないんだよ。字を書くのが苦手な人でねえ」

 ロミさんは笑いながら言った。

 その横顔はほんの少しだけ寂しそうだった。

「……必ず、会ってきます」

 俺が答えると、ロミさんは「頼んだよ」とにかっと笑った。


 翌朝。

 ミヤンの西門の前にはダルクたち冒険者が見送りに来てくれていた。

「豚の丸焼きの店は広場の東だ。『骨付き亭』って看板が出てる」

「ありがとうございます、ダルクさん」

「土産は豚の骨でいいぞ」

「ダルクさんも、くさうまの仲間ですね」

「当たり前だろ」

 ダルクが豪快に笑った。

 俺たち五人は背負い袋を担いで西の街道へ歩き出した。

『味噌:残り歩数 298400歩』

 視界の端の数字がゆっくりと減り始める。

 味噌の完成も、この旅のうちに間に合いそうだった。

 街道はすぐに草原へと続いた。

 見渡す限りの草が風に揺れている。夏の緑は色を落とし、黄金色や銀色に変わった穂が波のようにうねっていた。

「うわあ……」

 ミソラが足を止めて見とれた。

「ひろーい!くさがいっぱい!」

「ここはほとんど手つかずの草原です。昔から羊が放牧されているんですよ」

 ユウが懐かしそうに目を細めた。

「ミソラちゃん、迷子にならないでくださいね」

「だいじょうぶ!シオおねえちゃんの耳、みえるから!」

「私の耳は目印じゃありません」

 シオが苦笑した。

 だが、その尻尾はぱたぱたと揺れている。

 ……銀の耳の食卓の名前は、案外こういうところから来ているのかもしれない。


 三日間、俺たちは草原を歩いた。

 夜は風を避けて小さな窪地で野営した。

 焚き火を囲んで味噌ダレを溶かしたスープを飲む。星がきれいだった。


 三日目の昼過ぎ。

 街道の先に小さな屋根の連なりが見えてきた。

 畑と低い石垣と、煙突から上る細い煙。

「……あ」

 ショーが足を止めた。

「村だ」

 ユウも隣で立ち止まる。

 二人の声が少しだけ震えていた。


 ホロ村は小さな村だった。

 石積みの家が緩やかな丘に沿って二十軒ほど並んでいる。

 丘のふもとには収穫を終えかけた畑が広がっていた。

 黄色くなった麦の切り株と掘り返された土。畑の隅には藁を積み上げた山がいくつもある。

 秋の収穫の時期だった。

「去年は、ここも大変だったんだよな」

 ショーがぽつりと呟いた。

「うん。今年は、どうなんだろう」


 畑の向こうで誰かが動いていた。

 大きな熊手を肩に担いだ日焼けした大柄な男だった。

 短く刈った茶色の髪。

 太い腕。

 畑の端に立ってじっと空を見上げている。

「……父ちゃん」

 ショーがかすれた声で呟いた。

「え、あの人が」

「うん。あれが俺の父ちゃんだ」

 男がこちらに気づいた。

 熊手がごとりと地面に落ちる。

「…………ショー?」

 低く、よく響く声だった。

「父ちゃん!」

 ショーが走り出した。

 背負い袋が揺れるのも構わず、一直線に畑の畝を駆けていく。

 モロさんは一瞬だけ呆然としたあと、両腕を大きく広げた。

 次の瞬間、ショーは父親の胸に飛び込んでいた。

「うおっ!」

 モロさんはのけぞりながらもショーを受け止め、ぐるりと一回転した。

「でかくなったな、お前!」

「父ちゃん、元気だった?ご飯、ちゃんと食べてる?」

「食べとるさ!お前こそ痩せとらんか!」

「痩せてないよ!毎日ラーメン食べてるから!」

「ラーメン?」

「あとで説明する!」

 ショーは泣き笑いの顔をしていた。

 ユウも遅れて駆けてきた。

「モロおじさん」

「おお、ユウか!お前も大きくなったな!」

 モロさんは片腕でユウの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

「父さんも母さんも元気にしてます。父さんは街で工房長をしています」

「ほう、あの無口な男が工房長か!そりゃたいしたもんだ!」

 モロさんは豪快に笑った。

 それから、ふと畑の端に立つ俺たちに気づいて目を細めた。

「ところで、あちらは」

「あ、紹介するね!」

 ショーが涙を拭って振り返った。

「ラメルさんだよ。俺たちを仲間にしてくれた人で、ラーメンの店の店主で」

「ほう」

 モロさんが俺をまっすぐに見た。


 俺は慌てて頭を下げる。

「初めまして。ラメルと申します。ショーくんとユウくんにはいつも助けてもらっています」

「いやいや」

 モロさんが大きな手を俺の前に差し出した。

「モロだ。ショーの父親をやっとる。あいつらのことはロミからの手紙で聞いとります。随分と世話になっとるようで」

「こちらこそ。ロミさんにもお店で毎日助けてもらっています。『旦那さんによろしく』と、言付かってきました」

「そうか」

 モロさんは握った手にぐっと力を込めた。

「ありがとう、ラメルさん。あいつらはあんたの店に出会えて幸せ者だ」

 言葉は少なかった。

 だが、そのひとことには本物の重みがあった。

「ええと」

 シオが遠慮がちに口を挟んだ。

「私はシオといいます。ラメルさんの仲間で」

「ほう、犬獣人のお嬢さんだな。よろしく頼む」

「はい!」

「ミソラです!」

 ミソラがぴょこんと前に出た。

「おお、小さな嬢ちゃんだ。おじさんはショーのお父さんだぞ」

「ショーくんのおとうさん!おっきい!」

「がははは!そうだろう!」

 モロさんはミソラをひょいと持ち上げた。

 ミソラがきゃあきゃあと笑う。

「とにかく、今夜は泊まっていけ。大したもてなしはできんが新しい芋はたっぷりある」

「ありがとうございます。お言葉に甘えます」

 畑の向こうでは夕日が丘の稜線に沈みかけていた。


 モロさんの家は丘の中腹にある小さな石造りの家だった。

 囲炉裏の火がぱちぱちと音を立てている。

 夕食には蒸した芋と山菜の煮物、それに固いパンが出た。

 俺は台所を借りてウルフ出汁と醤油でラーメンを一杯だけ作った。

 モロさんの前にどんぶりを置く。

「これが、ラーメンです」

「ほう……」

 モロさんは慎重にスープをすすった。

 それから麺を口に運ぶ。

「……うまい」

 短い言葉だった。

 モロさんの体がふわりと淡い橙色に光る。

「む?これは……」

「食事の効果です。数時間で消えます」

「なるほど。子どもたちが強くなるわけだ」

 モロさんは大きな手でどんぶりを抱えるようにして最後の一滴まで飲み干した。

「ショー」

「なに、父ちゃん」

「お前、いい仲間に出会えたな」

「……うん」

 ショーは鼻をすすった。

「母ちゃんも元気にしてるよ。ボルもアイも。みんなでミヤンの街で暮らしてる」

「そうか。それが何より聞きたかった」

 モロさんは天井を見上げてほっと息をついた。

「畑のほうは、どうなんですか」

 俺が尋ねるとモロさんは苦笑いした。

「今年は、まあまあだ。去年ほどひどくはない。ただな、最近、畑荒らしの獣が出てな」

「畑荒らし?」

「夜に来るんだ。足跡は大きい。何の獣かはまだ分からん。それで毎晩、見回っとる」

「大丈夫なんですか」

「大丈夫だ。村の連中と交代でやっとる。お前たちが気にすることはない」

 モロさんはそう言って笑った。

 だが、その目の下にうっすらと隈があるのを俺は見逃さなかった。

「……今夜は、俺たちも手伝いましょうか」

「ラメルさん?」

「泊めてもらうんです。そのくらいはさせてください」

 モロさんは少し驚いたあと、にやりと笑った。

「無理はせんでいいが、助かる」

 ショーとユウが顔を見合わせて同時に頷いた。


 夜。

 丘の上に星がびっしりと瞬いていた。

 畑の見回りに出る前、モロさんがふと思い出したように言った。

「そういえば、あんたたち、ポルコに行くんだったな」

「はい。豚を探しに」

「豚か。行商の連中が言うには、あの街は豚がうまいそうだ。草原の西の端まで行けば街の灯りが見える」

「ありがとうございます」

「それとな」

 モロさんはにやりと笑った。

「ポルコの街は飯がうまいと行商の連中が言っとった。豚だけじゃなく羊も牛も絶品だそうだ」

「そうなんですか!」

「ああ。腹をすかせて行け」

 思わず腹が鳴りそうになった。

 丘の下では畑が月明かりに白く浮かんでいる。

 俺はふと視界の端に光を感じた。

 ラーメンマップだ。

 遠い西の彼方。地平線の向こうに薄い星のマークがひとつ、ちかりと瞬いた。

 まだ何の食材かは読み取れない。

 だが確かに、そこには何かがある。

「……待ってろよ!まだ見ぬ食材たち!」

 俺が呟くと隣でシオがそっと微笑んだ。


 豚を探す旅はまだ始まったばかりだった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

第五十五話は豚骨ラーメンのために豚を探す旅の始まりでした。

魔獣の肉が食べられる地域では豚は一般的ではありません。魔獣の少ない西の街ポルコでは家畜を育てて肉にしているようです。

旅の前に、ようやくショーとユウの家族の名前が判明しました。前回リウムさんの名前を知らなかったラメルが、今回は全員の名前を聞いて回ります。

ホロ村で再会したショーとモロさん。ポルコの街は豚の丸焼きが名物とのこと。次回もお楽しみに!

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