↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
前世で食べ損ねたラーメンを求めて ~追放された俺は『ラーメンWalker』で異世界を無双する~  作者: マトンさん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
53/72

第五十二話 獅子の商人

 獅子獣人のレオは、カウンターの端の席に腰を下ろした。


 護衛の二人は入口の脇に控えたまま、一歩も動かない。

「ウルフラーメンを一杯、いただけるかな」

「はい。少々お待ちください」

 俺が麺を茹でている間、レオと名乗った男は静かに店内を眺めていた。

 壁の黒板。使い込まれたカウンターの傷。厨房で皿を洗うユウの父。

 特別に飾り立てたものは何もない。ごく普通のラーメン屋だ。


 それなのに、レオが座っているだけで店内の空気が自然と引き締まっている。

 身なりのよさだけではない。

 周囲を観察する視線や、無駄のない身のこなしからも、ただ者ではないことが伝わってきた。

 やがて、茹で上がった麺をどんぶりに盛り、熱々のスープを注ぐ。

 俺は仕上げたウルフラーメンを、レオの前に置いた。

「お待たせしました。ウルフラーメンです」

「ありがとう」

 レオは丁寧に両手を合わせた。

「いただきます」

 まずはスープをひと口。

 次に麺をすすり、もうひと口スープを飲む。

 その後も、余計なことは一切口にせず、黙々と食べ進めていった。

 気づけば、どんぶりは空になっていた。

「……見事だ」

 短い言葉だった。けれど、その声には本物の重みがあった。

 ふわり、とレオの体が橙色に光る。

「む?」

 獅子の男は、自分の手を不思議そうに見つめた。

「体が軽い。これは……」

「食事効果です。数時間で消えます」

「なるほど。この店の冒険者たちが毎日通う理由が分かった」

 レオは納得したように頷き、満足げに笑った。

 その様子を見て、俺も少しだけ肩の力を抜いた。どうやら、ラーメンの味には満足してもらえたらしい。


 そこへ、扉が勢いよく開いた。

「兄ちゃん!今、獅子の旦那が入ったって聞いたが!」

 ダルクだった。どうやら、店の外で誰かから聞きつけ、わざわざ駆けつけてきたらしい。

「ダルクさん」

「おお、やっぱりレオ殿か!」

 ダルクはレオの前に立つと、珍しく背筋を伸ばした。

「兄ちゃん、この人は信用していい。バナチャス獣王国王家お抱えの商人だ。国境の向こうでも、こっちでも、悪い噂を聞いたことがねえ」

「過分な評価だ」

 レオは苦笑した。

「それに、商人として当然のことをしているだけだよ」

 謙遜するような口ぶりだったが、ダルクがわざわざ駆けつけてまで保証する相手だ。相当に信頼されているのだろう。

「あの……」

 シオが、おずおずと前へ出た。

「レオ様、ですよね。山の孤児院に、毎年寄付をしてくださっている」

「おや。君は……」

「ミネおばあちゃんのところで育ちました。シオです」

 レオの目が、ふっと和らいだ。

「そうか。あの孤児院の子か。ミネ殿はお元気か」

「はい。毎日、子どもたちを叱っています」

「それは何よりだ」

 レオは懐かしそうに目を細めた。シオの話し方からしても、二人の間には少なからぬ縁があるようだ。

 そのやり取りを聞きながら、俺は少し肩の力を抜いた。

 少なくとも、悪い人ではなさそうだ。


「さて、本題に入ろう」

 レオは姿勢を正した。

「私は今日、この街で四軒の店を回った。どの店でも『カレー』という料理が出てきた。そして、その材料がどれも我が国では雑草扱いされているものだった」

「やはり、そうですか」

「ああ。バナチャスでは、畑の隅や道端にいくらでも生えている。薬草として茶にする者はいるが、料理に使おうという者はいない」

 レオは指を一本立てた。

「だが、君は違った。五種類の香辛料を、実に見事な比率で組み合わせている」

「香りだけで分かるんですか?」

「獅子獣人は鼻が利くのでね」

 レオは、余裕のある笑みを浮かべた。

「それに、四軒も回れば、店ごとの違いも分かる。どの店も同じ香りをまとっていた。香辛料の組み合わせにも、共通点があったからね」

 レオは、店頭に並んでいたカレー粉の小袋へ視線を向けた。

「しかも、小麦粉を油で練って溶かし、米にかけて食べる。この食べ方は、我が国のどこにもない」

 俺は黙って頷いた。

「雑草が行列のできる料理に化けた。ならば、同じ雑草が生える我が国では、どうなる?」

「……売れる、と」

「売れるだけではない。農民の副収入になる。道端の草が金になるのだ」

 レオの琥珀色の瞳が、まっすぐ俺を射抜いた。

「カレー粉の調合と、食べ方。その製法を、私に売ってもらえないだろうか」

 俺は、少しだけ考えた。

 カレーは広めると決めている。相手がバナチャスの商人なら、むしろ好都合だ。シオの故郷の人々に、仕事が生まれるかもしれない。

 今まで雑草として見過ごされていたものが、誰かの暮らしを支える商品になる。そう考えれば、悪い話ではない。

「条件があります」

「聞こう」

「一つ。ラーメンの麺と、その材料には、一切触れないでください」

「承知した。そもそも、私が欲しいのはカレーだけだ」

「二つ。雑草を集める人たちに、きちんと対価が届くようにしてください。安く買い叩くのはなしです」

 レオは、ほんの少し目を細めた。

「それは、私からお願いしようと思っていたことだ」

「……え?」

「国の民が潤わなければ、商売は長続きしない。王家の方針でもある」

 言葉だけなら、いくらでも立派なことは言える。だが、レオの目には、こちらを丸め込もうとするような狡さは感じられなかった。

「では、条件は成立だ。対価だが」

 レオは懐から、小さな革の袋を取り出した。

 カウンターに置く。

 ずしり、と鈍い音がした。

「大金貨五十枚」

 ……。

 ……五十?

「えっと、すみません。金貨、ですよね」

「大金貨だ」

「大金貨、ですよね」

「ああ、大金貨だ」

 聞き間違いではないらしい。

 俺の頭の中で、数字が回り始めた。

 大金貨一枚は金貨百枚。金貨一枚は前世の感覚で一万円。つまり一枚が百万円で、五十枚だと。

「ごせんまん……」

 声が裏返った。

 後ろで、ダルクが盛大にむせた。

「ごほっ!ごほごほっ!」

「シ、シオ」

「は、はい」

「数字、合ってるか?大金貨五十枚って、本当にそういう意味か?」

 シオは指を折りながら、ぶつぶつと計算した。

「大金貨一枚が、金貨百枚で……鉄貨にすると……ウルフラーメンが……」

「どうなる」

「……十万杯、分です」

 十万杯。

 屋台を始めた頃、一杯も売れなかった俺たちが。

 あの頃は、一杯売ることさえ難しかった。それが今では、十万杯分もの金が目の前にある。

「もう一回、計算し直してくれ」

「はい」

 シオは真剣な顔で、もう一度数えた。

「十万杯です」

「もう一回」

「ラメルさん、三回目です」

「頼む」

「十万杯です!」

 レオが、堪えきれずに吹き出した。

「はっはっは。君は、金に疎い料理人だな」

「す、すみません。慣れていなくて」

「いや、好ましい。大金に目が眩む商人は、いくらでも見てきた」

 レオは笑いながら、羊皮紙を取り出した。

「ただし、取引は取引だ。契約書を交わそう。カレー粉の調合と食べ方を、バナチャスの商人レオに譲渡する。麺には一切触れない。雑草を採る民には、正当な対価を払う」

 レオは一度言葉を切り、琥珀色の瞳で俺を見据えた。

「そして、この契約に偽りがないことを、我らが信仰する戦勝の女神ティガオラ様に誓おう。獅子の誇りにかけて、約束は必ず守る」

 その言葉には、商人としての自信だけでなく、揺るぎない信念が感じられた。

 ティガオラ様か……。獣王国では、戦いと勝利、そして誇りを司る女神として信仰されていると聞いたことがある。レオにとって、この誓いは単なる口約束ではないのだろう。

「……分かりました。俺も、この契約を守ります」

 俺が答えると、レオは満足げに頷いた。

 金額の大きさに驚いている場合ではない。俺は気を引き締め、差し出された羊皮紙に目を通した。

 俺が条項を読み終えるのを、レオは辛抱強く待ってくれた。

 男爵の件で、契約書の文面にはすっかり敏感になっている。

 何度も読み返したが、おかしなところはなかった。

 署名を交わす。

 レオは羊皮紙に獅子の紋章の印章を押した。

 こうして、ティガオラ様への誓いとともに、俺たちの契約は成立した。


 調合の実演は、翌日の朝に行った。

 レオは書記も護衛も下がらせ、自分の手で石臼を回した。ウッコ、クミー、コリア、カルダ、シナ。分量を量り、鼻を寄せ、真剣な目で頷く。

「なるほど。この比率か」

「少し変えれば、辛口にも甘口にもなります」

「それは良い。国の者たちは辛さの好みがうるさい」

 レオは調合の手順を一つずつ確かめ、香りの変化まで丁寧に覚えていった。さすがは商人というべきか。金を払って終わりではなく、自分の目と手で確かめようという姿勢が伝わってくる。

 ふくら米の炊き方も、水加減から丁寧に伝えた。

 小さな鍋でカレーを煮込み、白いライスにかける。

 一口食べたレオは、長い間、何も言わなかった。

「……故郷の草が、これほど化けるとは」

 その声には、商人というより、一人の獣人としての感慨がにじんでいた。

「ありがとう、ラメル殿。この料理は、必ず我が国の民を幸せにする」

「こちらこそ。どうか、広めてください」

「ああ。そして、いつか君のラーメンも、バナチャスで食べさせてもらいたい」

「それは、ぜひ」

 握手を交わした手は、大きくて、温かかった。


 レオが街を発った夜。

 店の奥の机には、大金貨の袋が置かれていた。

 俺は、その前で正座していた。

「ラメルさん、いつまで見てるんですか」

「いや、まだ現実味がなくて」

「ラメルおにいちゃん」

 ミソラが袋の前にちょこんと座り、首をかしげる。

「これ、らーめん、なんはいぶん?」

「十万杯、らしい」

「じゅうまん……!」

 ミソラの目がまんまるになった。

「いっぱいだ~!」

「ああ。いっぱいだな!」

 十万杯。ラーメンを十万杯売らなければ手に入らない金が、今はここにある。

 窓辺の麦の穂が、ほんのりと金色に光った気がした。

 気のせいだろう。

 俺は袋を持ち上げ、ラーメンボックスにそっと収納した。

 金貨は、眠らせておくものじゃない。

 カレー粉の次は、ラーメンだ。

 この金で、あれを作ろう。

 麺を、安定して作れる場所。

 俺たちがいなくても、麺を守れる場所。

「みんな。少し相談したいことがある」

「何ですか?」

「工房を、作りたいんだ」

 仲間たちの目が、一斉にこちらを向いた。

 大金貨五十枚。

 これは、ただの大金じゃない。

 俺たちのラーメンを、もっと先へ進めるための資金だ。


 その第一歩が始まろうとしていた。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

獅子の商人レオとの出会いでした。

バナチャス獣王国では雑草扱いされていた香辛料。それがミヤンの街では大人気のカレーになっていると知り、レオは商人としての目を光らせます。

そして成立した取引の対価は、なんと大金貨五十枚!

ウルフラーメン十万杯分という金額に、ラメルもシオもびっくり。三回も数え直してしまうラメルの気持ちも分かりますね。

契約の場では、獣王国で信仰される戦勝の女神ティガオラ様も登場。レオの誇り高い一面が垣間見えました。

そして、手に入れた大金を前に、ラメルが決意したのは「工房」を作ること。

次回、ユウのお父さん、ついに名前が発覚……!

よろしければブックマークや評価、感想などで応援していただけるとうれしいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。