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前世で食べ損ねたラーメンを求めて ~追放された俺は『ラーメンWalker』で異世界を無双する~  作者: マトンさん


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第四十六話 麦穂の女神

 出発の朝は快晴だった。


 孤児院の門の前には村中の人が集まっていた。

「ラメルさんまた来てね!」

「次はもっと辛いやつ作ってくれよな!」

「ほら、土産に持ってきな!」

 男衆が洞窟の結晶の欠片を土産に持たせてくれた。


 子どもたちは泣いたり笑ったりしながら俺たちの足にしがみついている。

「にいちゃんいかないでー!」

「またごはんたべたいー!」

「ちゃんと帰ってくるからな」

 俺は一人ひとりの頭を撫でた。

 この数日間でずいぶん懐かれてしまったらしい。

 嬉しい反面どうにも胸が痛む。


 ミソラは少し離れたところにちょこんと立っていた。

 ミネさんの手をぎゅっと握っている。

 いつもなら真っ先に駆け寄ってくるのに今日は俯いたまま動こうとしなかった。

 小さな肩も心なしか震えている。

「ミソラ」

 俺はしゃがんで目線を合わせた。

「しばらくここで暮らすんだ。ミネおばあさんも子どもたちも優しいからな」

「うん」

 ミソラは小さく頷いた。でも握りしめたミネさんの手は離さない。

「ご飯もちゃんと食べるんだぞ」

「うん」

「好き嫌いせずにな。ちゃんと食べないと大きくなれないからな」

「ミソラ、ちゃんとたべるもん……」

 少しだけ頬を膨らませたもののすぐに表情が曇ってしまった。

「年に何回かは戻ってくる。そのときはまた美味しいラーメンを作るから」

「…………」

 ミソラの目に涙がたまった。

 小さな唇をきゅっと結び必死にこらえている。

 それでも大きな瞳から涙が一粒こぼれ落ちた。

「ほんとぉ?」

 か細い声だった。いつもの元気な返事とは違う頼りない響きに胸が締めつけられる。

「ああ。本当だ。約束する」

「……うん、わかった」

「本当だよ。今度はもっと美味しいラーメンを作ってやる。楽しみに待っててくれ」

 俺が笑いかけるとミソラは何度も小さく頷いた。けれど涙は止まらなかった。

「やくそく……」

 ミソラは小さな指を突き出した。

 俺はその指に自分の小指をからめる。

「ゆびきり」

「ゆびきり!!」

「約束を守るおまじない」

「うん!」

 ミソラは涙を浮かべたまま俺の小指をぎゅっと握った。

「ゆびきりげんまん。うそついたら……」

 そこまで言って俺は少し考えた。

「……そうだな。約束を破ったらラーメン百杯食べさせてあげるよ」

「……ひゃっぱい?」

 ミソラがぱちぱちと瞬きをした。

「ああ。百杯だ」

「ほんとに?」

「もちろん」

 するとミソラは涙の残る顔で小さく笑った。

「じゃあ、やぶっちゃだめだよ?」

「分かってる。絶対に破らない」

 小さな指がゆっくりと離れた。

 たった一本の指を結んだだけの約束。

 それでも今の俺にはどんな契約よりも重く感じられた。

 ミソラが安心して笑えるように。

 いつかまたこの子に美味しいラーメンを食べさせるために。

 俺はもう一度だけミソラの頭を優しく撫でた。


 するとミソラはポケットから何かを取り出した。

 小さな麦の穂だった。

「これあげる」

「麦?」

「おまもり」

 ミソラは俺の外套の胸元にそっと麦の穂を挿した。

「…………」

 麦の穂が一瞬だけ金色にきらりと光った気がした。

 朝日が反射しただけだろうか。

 目を凝らしてみたが麦の穂は何事もなかったかのように胸元で揺れていた。

「ありがとう。大切にするよ」

「うん。げんきでね」

 ミソラは笑顔で手を振った。


 けれど、その頬には涙の跡が残っていた。

 小さな手を振るたびに瞳が潤みそれでもミソラは一生懸命に笑っていた。

 泣き笑いの顔だった。

 俺だって本当は離れたくない。もう少しだけ一緒にいてやりたい。

 けれど、ここにはミソラが安心して暮らせる場所がある。

 だからこそ俺は笑って送り出さなければならなかった。


 ……よし。

 胸の奥に込み上げるものをぐっと飲み込んで俺は立ち上がった。

 俺はシオを見た。

 シオはミネさんに抱きついて泣いていた。

「おばあちゃん……また来ます」

「ええ。待っているわ」

 ミネさんはシオの背中を優しく撫でた。

「あなたの帰る場所はいつもここにあるからね」

「……はい」

 シオはミネさんの胸に顔を埋めたまま小さく頷いた。

 銀色の耳が悲しそうに伏せられている。

 いつもは誰よりも元気で食いしん坊なシオが今は子どものように泣いていた。

 どれほどこの村を大切に思っているのか。その姿を見れば痛いほど伝わってくる。

 やがてシオはゆっくりと顔を上げた。

 涙で濡れた目を何度もこすりそれからミネさんに向かって笑った。

「……また絶対に来ますから」

「ええ。何度でもいらっしゃい」

 ミネさんはシオの頬をそっと撫でた。

 その手つきはまるで幼い孫を送り出す母親のようだった。

 シオは涙を拭いて笑った。


 その笑顔を見て俺もようやく前を向くことができた。

 別れは寂しい。

 それでも帰りを待ってくれる人がいる。帰ってこられる場所がある。

 それはきっと何よりも心強いことなのだろう。

「みんな!また会おうな!」

 俺が声をかけると村人たちが一斉に手を振った。

「気をつけてな!」

 笑顔で送り出してくれる声がいくつも重なった。

 俺たちも手を振り返した。

 笑って応えながらも胸の奥には寂しさが広がっていく。

 俺たち四人は山道を下り始めた。


 一歩。

 また一歩。


 歩くたびに村が少しずつ遠ざかっていく。

 振り返ると村の人たちとミソラがずっと手を振っていた。

 ミソラは小さな体いっぱいに腕を伸ばし俺たちの姿が見えなくなるまで見送ろうとしている。

 俺も何度も振り返った。もう少しだけ。あと一度だけ。そう思うたびに足を止めたくなった。

 やがて木々が視界を遮り村の人たちの姿が見えなくなった。

 それでもしばらくは誰も口を開かなかった。

 聞こえるのは山道を踏みしめる足音と木々を揺らす風の音だけだった。

 さっきまであんなに賑やかだったのに。

 そう思うと急に寂しさが込み上げてきた。

 ……また来よう。

 ミソラに会いに。ミネさんに会いに。

 そして俺たちを笑顔で迎えてくれたみんなに会いに。

 そう心に決めて俺は前を向いた。


 胸元の麦の穂が風に揺れた。

 そっと手を伸ばして触れてみる。

 小さな麦の穂は何も語らない。

 それでもそこにミソラの想いが込められているような気がした。

 いつかまたこの村に帰ってこよう。

 今度はもっと美味しいラーメンを持って。

 そのときはきっと今日よりも笑顔で再会できるはずだ。

 俺は胸元の麦の穂を大切に押さえながら山道を下り続けた。


 その頃。地上の遥か高み。

 人の目には決して映らぬ場所に黄金色に輝く麦畑が広がっていた。

 地平線まで続く麦の穂が風に揺れ波のように光っている。その中央には白い石造りの神殿が立っていた。

 そこは地上の人々が知ることのない神々の住まう場所。

 神殿の奥にある広間には長い食卓が据えられていた。

 その一席。玉座のような椅子に一人の女神が座っている。

 金色の長い髪に麦穂の冠。柔らかな白い衣。そして深い慈愛をたたえた瞳。

 生命と慈愛と豊穣と食文化を司る女神ファリーナ。

 彼女は世界中の麦畑と食卓を見守り人々の暮らしに実りと恵みがもたらされることを願う存在だった。

 今もまた彼女の視線は地上へと向けられている。

 その目の前には水面のように揺らめく鏡が浮かんでいた。


「…………」

 女神ファリーナは目の前の水鏡をじっと見つめていた。

 水鏡の中では小さな少女が手を振っている。

 ミソラだ。

「ああ……行ってしまいましたわ……」

 女神は悲しげに息をついた。

「ラメルさんが、行ってしまいましたわぁ……」

「女神様」

 背後から侍女である眷属長が呆れ顔で声をかけた。

「ファリーナ様。ミソラ様の目を通して地上を覗くのはほどほどにしてくださいと何度も申し上げているではありませんか」

「だってぇ……」

 ファリーナは威厳ある美しい顔をむくれさせた。

「ラメルさんの新作ラーメンがもう一生食べられないかもしれないのですよ!?」

「一生ではありません。年に何回かは戻ると約束しておりました」

「数回!?たった数回ですのよ!?」

「十分ではございませんか?」

「十分ではありませんわ!」

 女神は玉座の肘掛けをばしばしと叩いた。

「だって、昨夜のみそカレー牛乳ラーメンのスープ……あれで試作ですのよ!?あのおいしさ……あれは神であろうと泣いてしまいますわ!」

 普段は万物の命を慈しみ世界の豊穣を見守る女神ファリーナ。その言葉には神々さえも聞き入るような気品があった。

 ただし今の彼女が語っているのは生命の神秘でも世界の理でもない。昨夜のラーメンの話である。

「確かに泣いておられましたね。ミソラ様の味覚を借りて」

「…………」

 ファリーナの表情がぴたりと固まった。

「それは……神としての感動ですわ」

「ええ。目元を潤ませておられました」

「魂を揺さぶる味わいでしたもの」

「鼻水も出ておられましたね」

「出ていませんわ!」

「よだれは垂れていました」

「こ、これは神の威厳の汗ですわ!」

「お顔から口元へ流れる汗ですか。ずいぶんと珍しい現象でございますね」

「あなた、最近少々わたくしへの敬意が足りないのではありませんこと!?」

 ファリーナが柳眉を吊り上げる。

 黄金の光が玉座の周囲に揺らめき神殿の空気がわずかに震えた。

 本気になれば天界の神々さえ畏れを抱く女神である。

 しかし侍女はまったく動じなかった。

「滅相もございません。主の威厳を損なわぬよう事実を整理しているだけでございます」

「整理しなくてよろしいですわ!」

 こほん、とファリーナは咳払いをした。


 乱れた麦穂の冠を整え背筋を伸ばす。

 慈愛に満ちた微笑を浮かべればそこにいるのはまさしく生命と豊穣を司る女神だった。

「そもそも、わたくしは偶然あの魂に気づいただけです」

「偶然、でございますか」

「ええ」

 ファリーナは堂々と頷いた。

「遠い世界から流れてきたラーメンのスープの香りが天界まで届いたのですわ」

「……スープの香りが」

「そうです。あれほど芳しい香りは神界でも滅多にありません。あの香りには魂を惹きつける何かがございました」

「なるほど。つまり匂いにつられて天界から覗き込まれたと」

「覗き込んだのではありません。神として世界の変化を察知したのです!」

「ラーメンの香りによって」

「ラーメンの香りによってですわ!!」

 言い切った直後ファリーナは一瞬だけ口をつぐんだ。どうやら自分でも少々言い過ぎたと思ったらしい。

 だが今さら引き下がるつもりはない。

 ファリーナは水鏡に映るミソラを見つめた。

「……あんなに温かくて懐かしい匂いは久しぶりでしたわ」

 その声からふざけた調子が消えた。

「遠い世界の記憶を持つ魂。見たこともない食材を組み合わせまだ誰も知らない料理を生み出そうとする心。あの者の作るラーメンには不思議な力がありますの」

 命を育み食卓に喜びをもたらす。それもまたファリーナが司るものの一つだった。

「だから気になってしまったのです。どんな人がどんな気持ちで作っているのかと」

「それでミソラ様を地上へ?」

「ええ。わたくしの分身を地上に降ろしましたの」


 ファリーナは水鏡にそっと手を伸ばす。

「分身を通せば味も匂いも感じられますから。あの子が食べたものは私にも伝わります。喜びも驚きも……もちろん味わいも」

「つまり、ご自身で食べに行く代わりに分身を派遣されたと……」

「言い方を考えなさいませ!」

「失礼いたしました。神聖なる食事調査でございましたね」

「そうですわ。食文化の発展を見守ることはわたくしの大切な務めですもの」

「昨夜はスープを一滴も残さず味わっておられましたが」

「それほど重要な調査だったのです!」

「器まで舐めたいと仰っていたのも?」

「…………あなた」

 ファリーナの背後で黄金の光が再び膨れ上がった。


 侍女は恭しく一礼した。口元には隠しきれない笑みが浮かんでいる。

「申し訳ございません。主の食文化への情熱に感服しておりました」

「絶対に思っていないでしょう!」

「とんでもございません。私は心より尊敬しております」

「その顔で言わないでください!」

 神殿に女神の声が響き渡る。

 しばらくしてファリーナは大きく息を吐き再び水鏡へと目を向けた。

 そこには仲間たちと歩くラメルたちの姿が映っている。

「……まったく。あの子が次にどんなラーメンを作るのか楽しみですわ」

「左様でございますか」

「ええ。次こそは完成した一杯を最初から最後まで味わいたいものです」

「ミソラ様が再びラメル様たちと旅をすることになればよろしいですね」

「そうですわね……」

 ファリーナは満足げに頷いた。

 そして数秒後。

「……ところで、あの子たちはいつ戻ってくるのでしょう?」

「つい先ほど旅立たれたばかりですが」

「分かっていますわ!分かっていますけれど!」

 ファリーナは水鏡へ身を乗り出した。

「せめて次に作るラーメンの予定くらい分からないのですか!?」

「女神の力をそのようなことにお使いになるおつもりですか?」

「食文化の発展を見守るためですのよ!」

「はいはい。崇高なお務めでございますね」

「はいは一回!」

 威厳ある女神の神殿に今日も賑やかな声が響いていた。


 その時だった。

 羽根の生えた使いの天使が慌てて飛び込んできた。

「ファ、ファリーナ様!緊急情報です!」

「何事ですか!?」

 女神が玉座から飛び上がった。

「ラメル様の新作料理の情報ですか!?」

「え、ええ……」

 使いは息を整えて報告する。

「ラメル様は孤児院の畑で香辛料を五種類発見し……」

「知っていますわ!」

「ヤギの乳を使ったみそカレー牛乳ラーメンを試作し……」

「それも昨夜食べましたわ!」

「さらにミヤンの街に戻った後も香辛料を使った料理に挑戦する計画を立てているようです!」

「何ですって!?」

 ファリーナの目が輝いた。

「どんな料理ですの!?」

「それが……ラーメンだけでなく、カレーライスなる料理も作るかもしれないとのことで」

「カレー……ライス……?」

 女神は両手で頬を押さえた。

「カレーとご飯を合わせるのですか!?そんな組み合わせが……!」

「女神様。威厳が」

「もうそんなこと知ったこっちゃありませんわ!!」

 ファリーナは玉座から立ち上がって叫んだ。

「ミソラ!!聞こえていますか!!ラメルさんたちについていきなさい!!」

 ファリーナは水鏡に向かって声を張り上げた。

「無理です女神様。ミソラ様は孤児院に預けられました」

 使いの天使が慌てて答える。

「ならば抜け出して追いかけなさい!!」

「女神様。ご安心くださいませ」

 侍女は落ち着いた声で告げると、水鏡を指さした。

「ミソラ様はすでにラメル様たちを追いかけております」

「何ですって!?」


 水鏡に映ったのは山道を駆ける小さな少女の姿だった。

「ラメルおにいちゃーん!待ってぇー!やっぱりいかないでぇー!」

 ミソラは涙の跡もそのままに小さな足を懸命に動かしていた。

 転びそうになりながらも立ち止まらず前を行く四人の背中を追いかけている。

「ミソラ!?」

 ラメルが驚いて振り返る。ミソラは両手をいっぱいに伸ばしながらさらに速度を上げた。

「ミソラもいっしょにいくーっ!!」

 そして勢いそのままにラメルへと飛びついた。

「うわっ!?ミソラ、どうしたんだ!?」

「やっぱりね、ミソラもいっしょにいきたいの!!」

 ラメルの外套をぎゅっとつかみミソラは顔を見上げた。

 瞳にはまだ涙が残っていたがその表情には強い決意が浮かんでいた。

「……もう。しょうがないな」

 ラメルが困ったように笑う。

「ふふっ……!」

 ファリーナは水鏡を見つめながら満面の笑みを浮かべた。

「よくやりましたわ、ミソラ!これで新作の味と香りを逃さずに済みますわ!」

「…………」

 侍女は深いため息をついた。

「女神様の食欲は世界を滅ぼしかねませんね……」

「失礼ですわね!私は慈愛と豊穣の女神ですわ!」

「慈愛と食欲は両立するのですか?」

「両立しますわ!!」

 ファリーナが握りしめた拳を振り上げた時。

 麦畑が風に揺れ金色の穂が一斉にざわめいた。

 まるで女神の食欲に応えるように。

 その風は天界を越え遥か地上へと吹き抜けていく。


 ラメルの胸元で小さな麦の穂が再びきらりと光ったことを知る者は誰もいなかった。


 天界の昼下がりは今日も賑やかだった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

今回は天界の女神ファリーナ様のお話でした!

食と命を司る偉大な女神様……のはずが、ラメルの作るラーメンに夢中になりすぎて、もはや完全に一人のラーメン好きと化しております。

そして、ラメルたちが旅立ってしまったことに大慌て!

使いの天使に「無理です!」と冷静に返されても、まったく諦めません。

一方で侍女は余裕の表情。

どうやら女神様には見えていない何かがあるようです。

ミソラがラメルたちと再び出会う日は来るのでしょうか?

そして、ラメルが次に生み出す料理は……カレーライス!?

食いしん坊な女神様の期待も膨らむばかりです。

次回もどうぞお楽しみに!

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