第四十三話 光る洞窟
翌朝。
夜明け前に目が覚めた。
孤児院の屋根裏部屋。
窓から薄い朝の光が差し込んでいる。ショーとユウは隣の寝台でまだ寝息を立てていた。
俺は二人を起こさないよう静かに起き上がり意識を集中させた。
頭の中にラーメンWalkerを開く。
味噌ラーメンのページ。
ここ数日何度も確かめてきたけれど、最初から最後まで通して読むのは初めてだ。
一行ずつゆっくりと読み進める。
味噌の種類。
味噌ダレの香り付け。
野菜は強火で一気に炒めること。
バターを落とせば最高だとも書いてある。
バターは今のところないが。
それでも新しい知識が次々と頭に入ってくる。
知れば知るほど味噌ラーメンの奥深さがわかってくる。
最後の行を読み終えた時。
ふわり。
全身が橙色に光った。
『ラーメンWalker 味噌ラーメン 読了』
『全能力アップ』
『新しいページが解放されました』
「……来た」
息を呑み、頭の中でページが勢いよくめくられていくのを見つめた。
灰色だったページが色を取り戻す。
そこに現れた新しい見出し。
『辛味 ラー油と担々麺』
「辛味か」
思わず小さく呟いた。
さっそく読み進める。
ラー油は唐辛子をゴマ油で熱して香りを引き出すもの。
担々麺はゴマをすり潰したタレに肉味噌とラー油を合わせたスープ。
「材料は……あるな」
カラチの実。黒ゴ草の種。ニンニの根。ウルフ肉。味噌。
今までの旅で手に入れた食材が揃っている。
これならラー油も担々麺も作れそうだ。
ただ、もう少し何か欲しい気がする。
そう思ったところでページの端に小さな注釈があるのに気づいた。
『香辛料を揃えるとさらに奥深い味に』
香辛料。
この世界ではほとんど手に入らない貴重品だ。
せっかくなら香辛料も揃えて最高の一杯を作りたい。
だが今は焦る必要もない。旅を続けていればいずれ手に入るだろう。
俺はページを閉じた。
窓の外では山の端から朝日が昇り始めていた。
朝食のあと。
孤児院の前に全員が集まった。
「それではみなさん。洞窟へ行きましょうか」
ミネさんがふわりと笑った。
「みんなで行くんですか?」
「村の子どもたちは小さい頃から洞窟を見て育つの。社会見学よ」
「おでかけ!」
「どうくつ!」
「ひかるやつ!」
子どもたちが大はしゃぎで跳ね回る。
「走るんじゃないよ。転ぶからね」
「「「はーい!」」」
返事だけは立派だった。
ミネさんは苦笑しながらも子どもたちを急かすことなく歩き始めた。
村の一番上から山道を少し登る。
昨日遠くに見えた岩の裂け目。
近づいてみると、想像していた以上に大きな口を開けていた。
洞窟の入口には太い縄が張られ、村の男衆が数人立っている。
「ミネ婆さん。おはよう。今日は客人かい?」
「ええ。シオの大切なお友達よ。通してあげて」
「シオか!帰ってきたんだってな!」
熊のような大男が嬉しそうに手を振った。
「ありがとうございます!」
シオが頭を下げる。
男たちは懐かしそうにシオを見ていた。
彼女がこの村でどれだけ大切にされていたのかが伝わってくる。
俺たちは洞窟に足を踏み入れた。
ひんやりとした空気。湿った石の匂い。
松明を持った男衆が先導し暗い通路を進んでいく。
「足元に気をつけて。濡れているから」
「はい」
岩肌はところどころ濡れていて足を滑らせそうになる。
しばらく曲がりくねった道を歩くと、前方にぼんやりとした白い光が見えてきた。
「あれは……」
「もうすぐです」
シオがそっと囁いた。
最後の曲がり角を抜けた瞬間。
俺は息を呑んだ。
視界が一気に開けた。
そこには巨大な空洞が広がっていた。
天井は見上げるほど高く、壁も床も一面が白い結晶に覆われている。
松明の光を受けて無数の結晶がきらきらと瞬いていた。
光を反射するたびに白い輝きがあちこちで弾ける。
まるで夜空の星をすべて閉じ込めたような光景だった。
「……すげえ」
ショーが口を開けたまま呟いた。
「きれい……」
ユウも目を丸くしている。
空洞の中央からは巨大な白い柱が天井に向かって伸びていた。柱の表面にも細かな結晶がびっしりと生えている。
「これが重曹の洞窟よ」
ミネさんが静かに言った。
「何百年も前からこの村を支えてきた場所。昔の人たちは神様の涙が結晶になったと言い伝えているの」
「神様の涙……」
砂漠で聞いたあの話と同じだ。
遠い土地で聞いた言い伝えがここでも語り継がれている。そのことに不思議な縁を感じた。
俺は無意識に胸の奥が温かくなるのを感じた。
「ラメルさん」
シオが俺の袖を引いた。
「子どもの頃よくここで遊んでミネおばあちゃんに怒られたんです」
「そうなのか」
「はい。結晶を舐めてしまって」
「舐めた!?」
「しょっぱくて苦くて大泣きしました」
それは当然の反応だ。
今となっては笑い話なのだろう。シオは少し恥ずかしそうに笑っていた。
周囲を見回していると視界にラーメンマップの表示が浮かんだ。
『重曹の結晶(★★★)炭酸水素ナトリウム』
洞窟中の結晶がすべて星で輝いている。
「これは凄いな」
どこを見ても最高評価。これだけの重曹があれば麺作りに困ることはないだろう。
洞窟の隅では村の男衆が小さな鎚で結晶を丁寧に削っていた。
「採掘は朝のうちだけと決まっているの」
ミネさんが言う。
「削った分だけ翌年にはまた育つのよ。採りすぎないのがこの村の掟」
「大事にしてるんですね」
「ええ。この洞窟のおかげで生きてこられたから」
俺は深く頷いた。
ただの資源ではない。
この村の暮らしを何百年も支えてきた大切な場所なのだ。
その時。
「わあ」
ミソラが小さな声を上げた。
空洞の中央にある白い柱に向かってふらふらと歩いていく。
「ミソラ?」
止める間もなかった。
ミソラは小さな手のひらを柱にそっと当てた。
次の瞬間。
ふわあ……。
洞窟中の結晶が一斉に光った。
松明の橙色の光とは違う。
やわらかく澄んだ青白い光だった。
柱から壁へ。壁から天井へ。
まるで波が広がるように光が伝わっていく。
「な……」
「結晶が……!」
村の男衆が目を見開いて手を止めた。
「光ってる!結晶が光ってるぞ!」
「こんなの初めて見た!」
子どもたちが歓声を上げる。
「ひかったー!」
「きれいー!」
ショーもユウも口を開けて見上げていた。
青白い光は空洞の隅々まで満ちていく。白い結晶がまるで自ら光を放っているかのようだった。
大空洞が幻想的な光に包まれた。
まるで本物の星空の下にいるようだった。
「ミソラ……」
「…………」
ミソラは何も言わず目を閉じていた。
頬に青白い光が映っている。
その姿はまるで光の中に溶け込んでしまいそうなほど静かだった。
やがて光はゆっくりと静まっていった。
柱から壁へ。壁から天井へ。
広がっていた光が少しずつ薄れ、やがて結晶は元の白い輝きを取り戻した。
ミソラが目を開けた。
「……あれ?」
きょとんとした顔でこちらを振り返る。
「いま、わたし、なにかした?」
「いや……」
俺は言葉に詰まった。
何かしたのは間違いない。
けれど本人には自覚がないようだ。
「ミソラちゃんは特別なのかもしれないね」
ミネさんが静かに言った。
その目が一瞬遠くを見たように見えた。
何かを知っているのだろうか。
そう尋ねる前にミネさんはいつもの優しい笑顔に戻った。
「さあ。気を取り直して仕事の話をしましょうか」
「あ、はい」
我に返った。
洞窟の隅には麻袋がずらりと積み上げられていた。
数えるとちょうど二百袋。
「これが手紙に書いた分よ。村のみんなで毎日少しずつ削って集めたの」
「ありがとうございます。すごい量だ」
「ラメルさんの力で運べるのよね」
「はい」
俺は袋の山に手を向けた。
念じる。
『重曹を収納しますか?』
『はい』
袋が光の粒になって次々と吸い込まれていく。
あっという間に洞窟の隅の山が消えた。
「まあ」
ミネさんが目を丸くした。
「本当に消えちゃったわ」
「大丈夫です。全部ここにあります」
俺は笑った。
「それで代金ですが」
懐から金貨の袋を取り出す。
「一袋銀貨二枚。二百袋で金貨四十枚です」
「ええっ!?」
ミネさんが慌てて両手を振った。
「多すぎるわ!前に銀貨五枚で買ってもらった時もこんなに驚いたのに!」
「あれは安すぎました」
俺は首を振った。
「この粉は麺の命です。きちんとした値で買わせてください」
「…………」
「それに毎月の寄付もします。村の皆さんがこの洞窟を守ってくれているからこそ俺たちの麺があるんです」
「ラメルさん……」
ミネさんの目に涙が浮かんだ。
村の男衆も目を潤ませて頭を下げた。
「ありがとうございます……!」
「ありがてえ……!」
洞窟の中に温かな空気が流れた。
俺にとっては必要な材料を買うための取引だ。
けれど村の人たちにとっては暮らしを守るための大切な収入になる。
そのことが少しでも伝わったのなら嬉しい。
そんな中でシオだけが少し赤い目で俺を見上げていた。
「ラメルさん」
「ん?」
「ありがとうございます」
小さく微笑む。
「みんなを守ってくれて」
「守ってなんかないさ。取引だ」
「それでもです」
シオはまっすぐに言った。
俺は照れて頭をかいた。
帰りの道すがら子どもたちが俺の周りを取り囲んだ。
「ラメルにいちゃん!またおいしいごはんつくって!」
「にいちゃんのらーめんがたべたい!」
「あしたもつくる!?」
「ああ。毎日作ってやる」
「「「やったー!」」」
大騒ぎの中、ミソラだけが静かに後ろを歩いていた。
時折足を止めては山の斜面を振り返っている。
石積みの家々と遠くの煙突から立ち上る煙。
その向こうには、さっきまで俺たちがいた洞窟がある。
白い結晶が静かに輝いているような気がした。
あの光は何だったのだろう。
ミソラは何も覚えていない。
けれど、あの光景は俺の目に焼きついていた。
ラーメンの材料を手に入れるために訪れた村で、俺はまた一つ不思議なものを目にしたのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
今回はシオの故郷にある重曹の洞窟へ!
無数の白い結晶に覆われた幻想的な洞窟でラメルは大量の重曹を手に入れました。これで今後のラーメン作りも安泰ですね!
そして今回の最大の謎はミソラ。
ミソラが白い柱に触れた瞬間、洞窟中の結晶が青白く光り始めました。
本人には何の自覚もないようですが……いったい何が起きたのでしょうか?
ラーメンの旅とともに少しずつ明らかになっていくミソラの秘密にもご注目ください!
次回もお楽しみに!
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