第四十二話 孤児院の大宴会
夕暮れの孤児院は戦場だった。
石造りの建物の中を子どもたちが走り回っている。
数えてみると全部で十三人。犬の耳。猫の尻尾。兎の長い耳。
年齢もばらばらで、一番上は十二歳くらい、一番下はまだよちよち歩きだ。
「こらあ!廊下を走らない!」
ミネさんの声が響く。
けれど誰も聞いていない。
「あはは。いつもこうなんです」
シオが笑いながら言った。
さっきから子どもたちに髪を引っ張られたり耳を触られたりしている。
「ラメルさん、台所はこちらです」
案内された台所は、大きな竈がひとつあるだけの質素な部屋だった。
鍋もあちこち欠けている。
「ここで十三人分のごはんを毎日作ってるのか」
「はい。ミネおばあちゃんが全部」
……頭が下がる。
「よし。今日は俺たちに任せてもらおう」
袖をまくった。
「ショーとユウも手伝ってくれ。シオはみんなを集めて」
「はい!」
まずはウルフの骨でスープを取る。
ラーメンボックスから大鍋を出して火にかけた。
麺は焼いた重曹で打つ。
ここだけは見せるわけにいかないので、台所の隅で手早く済ませた。
「その粉なあに?」
小さな猫耳の女の子が覗き込んできた。
「ひみつの粉だ」
「ひみつ!」
「ひみつだからな」
「わかった!ひみつ!」
……素直で助かる。
麺の生地をのばす係は子どもたちに任せることにした。
「ふみふみしていいぞ」
「ふみふみ!」
布で包んだ生地を何人もの子どもが足で踏む。きゃあきゃあと大騒ぎだ。
具は村の畑で採れた山菜と芋。
炒めて香ばしい焦げ目をつける。
ニンニの根とシロネギリ草を刻んで加えると、台所中にいい匂いが広がった。
ボックスから熟成済みのメマ竹も出してのせることにした。
こりこりと歯ごたえのあるトッピングだ。
最後に味噌ダレ。
ズンダ豆とカビ米で仕込んだ味噌に、酒と黒ゴ草の種と香味野菜を合わせたタレをスープに溶かした瞬間。
ふわあっ。
濃厚な香りが台所を満たした。
「いいにおい……」
「おなかなった」
「なにこれ!すごい!」
子どもたちの目がきらきらと輝く。
「できたぞ。みんな並べ」
大きな木の長机にどんぶりがずらりと並んだ。
十三人の子どもたち。シオとショーとユウ。ミネさん。そしてミソラ。
全部で十九人。
湯気が立ちのぼる。
「いただきます!」
「「「いただきまーす!!!」」」
元気な声が部屋中に響いた。
子どもたちが一斉に麺をすすった。
次の瞬間。
「おいしい!」
「おいしいいいい!」
「なにこれ!しあわせ!」
「からだがぽかぽかする!」
ふわっと全員の体が橙色に光った。
「わあ!光った!」
「ぼくも光った!」
「きれい!」
光る自分たちを見て子どもたちが大騒ぎしている。
一時効果だ。けれど食卓には幸せな光があふれていた。
「おかわり!」
「ぼくも!」
「わたしも!」
あっという間に行列ができた。
「待て待て!順番だ!ラーメンはまだある!」
俺は汗だくでどんぶりを渡し続けた。
その行列の最後尾にミソラが並んでいた。
小さな両手でどんぶりを差し出す。
「おかわり」
「ミソラも食べるか」
「うん。おいしいから」
ふんわりと笑う。
子どもたちに囲まれて笑うミソラの姿は、どこにでもいる普通の子どもに見えた。
けれど一口目を食べた時の一瞬の静止を、俺は見逃さなかった。
……やっぱりちょっと不思議な子だな。
まあそれはいいか。
賑やかな夕食はにぎやかなまま続いた。
夜が更けて子どもたちが寝静まった頃。
俺はミネさんに呼ばれて孤児院の縁側に座った。
満天の星空。山の夜は驚くほど静かだった。
「今日は本当にありがとうございます」
ミネさんは湯気の立つお茶を差し出してくれた。
「子どもたちがあんな顔で食べたのは久しぶりよ」
「こちらこそ。台所を貸していただいてありがとうございました」
「いいのよ」
ミネさんはお茶を啜って空を見上げた。
「ラメルさん」
「はい」
「重曹のことだけど」
来た。
「手紙にも書いたけど、村のみんなが大騒ぎでね。長い間ただの掃除の粉だと思っていたものが銀貨で買ってもらえるなんて」
「実は……」
俺は声を落とした。
「ミネさんだけにお伝えしたい秘密があります」
「あら。何かしら」
「重曹の本当の使い道です」
お茶を啜っていた手が止まった。
俺は少しずつ話した。
重曹を焼いたものを麺に使うこと。
それを小麦粉に混ぜることで麺に独特の黄色みとコシが生まれること。
これが麺の秘密の正体であること。
「……まあ」
ミネさんの目が丸くなった。
「そんなことが」
「この秘密を知っているのは、俺たちの仲間と店の人たちだけです。村の他の人には伏せておきたいのです。狙う人間が出てくるかもしれないので」
「分かったわ」
ミネさんは静かに頷いた。
「誰にも言いません。あなたがどれだけ大切にしているか分かるもの」
「ありがとうございます」
「それにしても」
ミネさんはふふっと笑った。
「あの子たちが毎日掃除に使っていた粉が、あんなに美味しいものの素になるなんて。世の中分からないわね」
「本当に」
二人で笑った。
「取引のことですが……」
俺は居住まいを正した。
「年に数回取りに来ます。ラーメンボックスという力があるので、一度にまとめて運べます。そして利益の一部を、毎月孤児院に寄付させてください」
「まあ」
ミネさんが口に手を当てた。
「そんな。そこまでしてもらうわけには」
「いえ。ここで育ったシオが、俺の一番大事な仲間ですから」
きっぱりと言った。
「孤児院は俺たちの家族みたいなものです」
「…………」
ミネさんの目にじわりと涙が浮かんだ。
「ありがとう……本当にありがとう」
小さな肩が震える。
俺は黙ってお茶を啜った。
「それとお願いがあります」
「何かしら」
「ミソラのことです」
ミネさんの手が止まった。
「あの子をここで預かっていただけないでしょうか。砂漠の街で見つけた身寄りのない子なんです」
「…………」
ミネはしばらく黙って夜空を見上げていた。
「いいわ。喜んで預かりましょう」
「ありがとうございます」
「ただね」
さんは少し間を置いた。
「長く生きていると、時々不思議な子に会うものよ」
「不思議な?」
「ええ。まるで空から降りてきたような」
ふわりと笑ってお茶を飲み干した。
「でも悪い子ではないわ。むしろとてもいい子」
「そうですね」
俺は頷いた。
「大事にしてあげてください」
「もちろんよ」
夜空に星が瞬いている。
その時、ふと気づいた。
孤児院の窓から小さな顔がこちらを覗いていた。
ミソラだ。
星空をじっと見上げている。
その横顔が、ほんの一瞬だけとても大人びて見えた。
けれど次の瞬間こちらに気づいて、手をぶんぶんと振った。
「ラメルー!」
「こら!寝なさい!」
ミネと俺が同時に叫んで、二人で吹き出した。
山の夜は優しく更けていった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
今回はシオの故郷にある孤児院で大宴会!
子どもたちに大人気の味噌ラーメン。おかわりの行列にラメルも大忙しでした。
そして、重曹の秘密をミネおばあちゃんに打ち明けたラメル。
重曹の取引で村を豊かにしながら孤児院を支援することになりました。
これでシオの故郷にもラーメンの輪が広がっていきそうですね!
一方で、ミネさんが口にした「まるで空から降りてきたような子」という言葉。
ミソラには、やはり何か秘密があるのでしょうか……?
次回もお楽しみに!




