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前世で食べ損ねたラーメンを求めて ~追放された俺は『ラーメンWalker』で異世界を無双する~  作者: マトンさん


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第三十七話 断罪と薄灰色の粉

 誰もが音のした方を振り返った。


 会議室の一番後ろで初老の男がゆっくりと立ち上がる。


 地味な旅商人の外套を脱ぎ捨てるとその下から王国商業ギルド本部の紋章をつけた黒い制服が現れた。

「失礼」

 低く落ち着いた声が会議室に響いた。

「その契約書。我々にも拝見させていただけますかな」


 男爵の顔から血の気が引いた。

「な、何者じゃ!」

「王国商業ギルド本部監察部首席監察官です」

 初老の男は身分証を掲げた。

「本部はミヤン商業ギルドにおける営業許可の審査手続きについて以前から調査を進めておりました」

 首席監察官は男爵を見据えた。

「そして、ミヤン商業ギルド職員ネリア氏から提出された資料に加え苦情の提出経路と再審査に至るまでの指示系統についても確認しております」

 男爵の頬が引きつった。


「こここからは我々が話を聞かせていただきます」

「そそ……それがわしと何の関係がある!」

「関係がないとおっしゃるのであればこちらの契約書に記された内容についてご説明いただきましょう」

 首席監察官は俺から受け取った契約書に目を落とした。


「第二条。ボッタ・クルード男爵は自らが命じてミヤン商業ギルドに営業許可の再審査を行わせた。間違いありませんな」

「そそれは……書面の言い回しじゃ!わしは何も!」

「男爵ご自身の署名と印章がありますが」

「ここの小僧に騙されたのじゃ!偽造じゃ偽造!」

「その契約書の文面は私がラメルさんと相談して作成したものです」

 ネリアが一歩前に出た。

「ただし署名の場には立ち会っていません。契約書が作成された経緯と文面については私から説明できます」


 傍聴席でシオが小さく手を挙げた。

「聞こえました。男爵様が契約書に署名する音も印章を押す音も」

 シオは男爵をまっすぐ見つめた。

「男爵様の声もはっきり聞こえていました。契約の内容について話し合って、ご自身で納得して署名なさったはずです」


「なっ……!」


「それに、署名したあと印章を押す前に、男爵様は契約書をもう一度読み返していました。もし騙されていたのなら、どうしてあんなに念入りに確認なさったんですか?」

 シオの問いに男爵は口を開きかけたが、言葉が出てこなかった。


「なるほど」

 首席監察官は頷いた。

「シオさんですね。音を聞いたのはいつどこでですか?」

「一昨日の夜です。男爵様が泊まっている宿の裏手に回り、男爵様の部屋の窓の下に隠れていました。窓越しに部屋の中からペンを走らせる音と印章を押す音が聞こえたんです」

「分かりました。あなたの証言も記録しておきましょう。ただし音だけで署名した人物や書面の内容まで確認できるわけではありません。ほかの証拠とも照らし合わせる必要があります」

「はい」


 首席監察官はシオに頷きかけるとネリアへ視線を戻した。

「ではネリア氏。他にも証拠があると伺っていますが」

「はい」

 ネリアは鞄から紙の束を取り出した。

「こちらは銀の耳の食卓に寄せられた苦情書の写しです。署名はすべて異なりますが複数の書類に共通する筆跡の特徴が確認できます。提出された時期も先週に集中していました」


 首席監察官は一枚ずつ書類に目を通した。

「こちらの筆跡は男爵家の使いが作成した書類の筆跡とよく似ています。苦情書の提出時期も再審査の指示が出された時期と重なっていますな」

 ネリアの視線がガリに向いた。

「ガリさん…でよろしいでしょうか。こちらの字に見覚えはありませんか?」

「……っ」

 ガリの顔が引きつった。


 その時ギルドマスターが震える足で立ち上がった。

「首席監察官殿。私からも申し上げたいことがあります」

 声がかすれていた。

 ギルドマスターは懐から一通の手紙を取り出した。

 封蝋には金貨をくわえた豚の印章が押されている。

「これは男爵様から私に届いた手紙の原本です」


 首席監察官が手紙を受け取り封蝋と文面を確かめる。

「再審査で不備を見つけよ。娘の薬代はこれからも出してやる……そう書かれています」

 会議室がざわめいた。


 ギルドマスターは深く頭を下げた。

「私は娘の薬代を失うことが怖くて男爵様の言いなりになりました。苦情の提出者を十分に確認せず偽物の苦情書を正式なものとして受理しました」


「ギルドマスター……」

 ネリアが唇を噛み締めた。

「本部への報告では苦情の提出者を確認済みとしていましたね?」

「……はい」

「それも事実と異なる報告だったと?」

「はい……」

 ギルドマスターの肩が震えた。

「私は自分の立場を守るためにやってはいけないことをしました。どのような処分でも受け入れます」


 首席監察官は隣の部下に目配せした。

「今の発言を記録してください。ギルドマスター本人にも記録内容を確認していただきます」

 部下が書記に指示を出す。

 これで男爵の契約書だけでは証明しきれなかった部分にも当事者の証言が加わった。


 もちろんこれだけで事件のすべてが確定したわけではない。

 だが男爵家から届いた指示書苦情の受付記録そしてギルドマスターの証言が一致すれば調査は大きく進むはずだ。


「さて、ボッタ・クルード男爵」

 首席監察官が男爵に向き直った。

「あなたは苦情を用意したのはギルド側だとおっしゃいました。しかしギルドマスターは男爵家から苦情の文面を渡されたと証言しています」

「そそんなものは嘘じゃ!こいつは自分の罪をわしになすりつけようとしておる!」

「では男爵家の印章がある再審査の指示書についてはどう説明されますか?」

「それは……」

「さらにあなたご自身が署名した契約書には営業許可の再審査を自ら命じたと記されています」


 首席監察官は淡々と続けた。

「あなたが再審査を求めたこと。ギルドマスターがその指示を受けて手続きを進めたこと。そして苦情の提出経路に不審な点があること。これらについて詳しい調査が必要です」

「わしは男爵じゃぞ!このような場所で恥をかかせおって!」

「身分にかかわらず調査は行われます」

 首席監察官の声に揺らぎはなかった。

「ギルドマスター。あなたにも本部で事情を説明していただきます。今回の審査手続きに関する書類はすべて提出してください」

「……承知しました」

「調査が終わるまで審査に関する職務は停止していただきます。関係書類の持ち出しも禁止します」

「そんな……」

 ギルドマスターは椅子に崩れ落ちた。


 男爵はその様子を見てさらに顔を赤くした。

「役立たずめ!貴様が余計なことをしゃべるから!」

「男爵様……!」

「黙れ!わしは再審査を命じただけじゃ!苦情を集めたのも審査を進めたのも貴様だろう!」

 その怒声にギルドマスターが顔を上げた。

「……苦情の文面を持ってきたのは男爵家の方ではありませんか」

「何じゃと?」


「提出者の名前も苦情の内容も私は自分で確認していませんでした。男爵様から渡された文面をそのまま受け付けたのです!」

 ギルドマスターの声が裏返った。

「私は確かに罪を犯しました。しかし男爵様の指示がなければこんなことはしなかった!」

「貴様……!」

 男爵が机を叩いた。


 だがもうギルドマスターは口を閉ざさなかった。

「首席監察官殿。苦情の文面を実際に書いた者もこの場におります」

 ギルドマスターの視線がガリに向いた。

 会議室にいた全員の目がガリに集まった。

「ガリ殿。あなたの供述も聞かせていただけますか」


「…………」

 ガリは震えていた。

 しばらく男爵を見つめていたがやがて諦めたように目を閉じた。

「……男爵様の命令です。苦情書を書いたのは私です」

「ガリ!貴様裏切る気か!」

「申し訳ありません」

 ガリは深く息をついた。

「ですがもう無理です。私は長年お仕えしてきました。それでも男爵様は私の名前すら覚えてくださらなかった」

「何を……!」

「それでも私は仕えてきました。ですがギルドマスターの娘さんの薬代を盾にして不正を命じたときは……もう耐えられませんでした」


 男爵の口がわなわなと震えた。

「ううう……!」

 首席監察官はガリの証言も記録するよう部下に指示した。

「これで苦情の作成経緯についても調査すべき具体的な証言が得られました。関係者には本部で改めて事情を説明していただきます」

「ま待て!わしは悪くない!」

 男爵が叫んだ。

「こいつらが勝手にやったことじゃ!わしは何も知らん!」

「その説明についても本部で詳しく伺います」

 首席監察官は男爵を見据えた。


「ボッタ・クルード男爵。証拠の隠滅や関係者への圧力を防ぐため本部までご同行願います。正式な処分については王都での調査と裁定を経て決定されます」

「わ、わしに触れるな! ガリ! 何をしておる!」

 しかしガリは動かなかった。

 ただ青ざめた顔で男爵を見つめていた。


「男爵様……もう無理です」

「き……貴様ァ!」


 男爵が立ち上がろうとした瞬間、監察官たちが左右から近づいた。

「離せ! わしは男爵じゃぞ!」

 男爵の叫び声が会議室に響く。

 だが誰も助けようとはしなかった。

 金ピカの椅子だけが主を失い、会議室に取り残されていた。


 その時だった。

 男爵の視線が机の上に残された木箱に吸い寄せられた。

 中には小瓶が三十本。

 男爵は監察官たちの手を振り払い震える手で小瓶をつかんだ。

「こ、これじゃ!この麺の素があればわしは立ち直れる!王都で麺を作り金を稼げば……!」

 最後の希望にすがるように男爵は小瓶の蝋を割った。

 中の粉を指につけそのまま舐める。

「ぐえっ!」

 男爵の顔がみるみる青ざめた。

「に、苦い!渋い!なんじゃこれは!」


「それは灰です」

 俺は静かに告げた。

「灰汁を煮詰めて粉にしただけの粗悪品です。食べ物の素ではありません」

「は……灰じゃと!?」

「男爵様がお持ちになったのは、最初から偽物でした」

「な……なな……」

 男爵の口が金魚のようにぱくぱくと動いた。


 傍聴席から爆笑が巻き起こった。

「ざまあみろ!」

「灰だってよ!」

「ふははは!」

「兄ちゃん最高だ!」

 ダルクなど、涙を流して笑っている。


 首席監察官がこほんと咳払いをした。

「静粛に!」

 会場が静まり返る。


 首席監察官は男爵を見据え、書類を広げた。

「事情は理解した。ボッタ・クルード男爵」

「ひっ……!」

「王国商業法違反により、王国監察部の権限をもって財産の保全措置を命じる。全財産を差し押さえ、関係者への賠償と商業ギルドの再建に充てるものとする。爵位の剥奪を含む正式な処分については、王都の法廷にて決定される」

「ひ……ひいい……!」

 男爵はその場に崩れ落ちた。

「また、ギルドマスターの娘の治療についても、被害者救済の一環として支援の基金を設ける」

 ギルドマスターが顔を上げた。

「……え?」


「ガリ殿とヤケド殿」

「は、はい!」

「共犯として罰金と三十日の無償奉仕を命じる。街の清掃に従事するように」

「は、はい……!」

 二人は深々と頭を下げた。どこかほっとした顔だった。


「ミヤン商業ギルドマスター」

「はい」

「減俸三か月と公開謝罪を命じる。地位は継続とする。ただし、今後はギルドの不正防止に全力で協力すること」

「……ありがとうございます」

 ギルドマスターの目から涙が溢れた。

「娘のことは我々もできる限り支援する。命を盾に取られた者を責めるのは本意ではない」

「ありがとうございます……ありがとうございます……」

 ネリアも目頭を押さえていた。


「そしてネリア君」

「は、はい!」

「内部告発の勇気を称え、副ギルドマスターへの推薦を本部に出しておく」

「ええっ!?」

 ネリアが目を丸くした。


 次の瞬間、割れるような拍手が会議室を包んだ。

 その喧騒の中、男爵は衛兵に両脇を抱えられ今度こそ会議室から連れ出されていった。

「余は……余は貴族じゃぞ……金貨が……金ピカの噴水が……」

 うわごとのように呟きながら、男爵は引きずられていく。

 金貨をくわえた豚は、闇の中に消えていった。


 こうして審問は幕を閉じた。


 やがて会議室が静まり返った頃。

 首席監察官は会議室を見渡した。

「本日の審問を受け銀の耳の食卓に対する営業許可の再審査は本部の調査が終わるまで停止します。現時点で営業停止を命じる根拠は確認されていません」

 その言葉に傍聴席から歓声が上がった。


 俺はシオたちの方を見た。

 シオは両手を胸の前で握りしめ目を潤ませている。

「ラメルさん……これでお店は……」

「ああ。もう大丈夫だ」

 俺は笑って答えた。

「これでようやく、安心して店を続けられるな」

 シオの目から涙がこぼれ落ちた。

「よかった……本当によかったです……」

 ネリアもほっと息を吐いた。

 やがて会議室全体が拍手に包まれた。


 銀の耳の食卓を守るための戦いはようやく大きな一歩を踏み出したのだった。

 審問が終わり会議室が少しずつ落ち着きを取り戻した頃。

 男爵がに渡すはずだった木箱が机の上に残されていた。

 中には小瓶が三十本。

 薄灰色の粉末が詰まった『偽物』の麺の素だ。


 首席監察官が小瓶を一本手に取った。

「ラメル殿。この粉はどう処分しますか?」

「男爵との契約は調査の結果を踏まえて扱いを決める必要があります。ただ、こちらの粉については私が引き取ってもよろしいでしょうか?」

「理由を聞いても?」

「灰を煮出したものですからね。食材としては使えませんが灰の成分によっては畑の土壌改良に使える場合もあります」

「なるほど。では取り扱いには気をつけてください」

「ありがとうございます」

 首席監察官は小瓶を木箱に戻した。


 そのとき傍聴席から戻ってきたユウの父が箱をじっと見つめていることに気づいた。

「どうしましたか?」

「…………濾したい」

「え?」

「…………この粉。もう一度水に溶かして濾せば不純物を取り除けるかもしれない。そこから煮詰めれば今より純度を上げられる」


 俺は目を見開いた。

「やっぱり気づきましたか」

「…………職人だから」

 ユウの父は珍しくにやりと笑った。


 そうだ。

 『偽物』の麺の素は灰を煮出して煮詰めただけの粗悪品だ。

 灰にはさまざまな成分が含まれている。だからただ煮詰めただけでは麺に使えるものにはならない。

 けれど、水に溶ける成分を取り出し溶け残った不純物を濾し取る。

 さらに煮詰めて濃縮すればアルカリ性の成分を多く含む液を得られる可能性がある。


 もちろん灰の種類によって成分は変わる。何度か試作して配合も確かめなければならない。

 それでもこれは大きな一歩だった。

 これまで俺たちが頼ってきたのは重曹を加熱して作る炭酸ナトリウムだった。

 だがこれがうまくいけば別の道も開ける。


 俺は薄灰色の小瓶を手に取った。

 男爵に渡したのは麺作りに使えない粗悪品とわざと間違えた配合だった。

 まさかその偽物が新しい材料を見つけるきっかけになるとは。

「……男爵には感謝しなければならないな」

 俺は思わず笑みをこぼした。


 もっとも本人には絶対に言ってやるつもりは無いのだが。

お読みいただきありがとうございます!!

めっちゃ長くなっちゃいましたがボッタ・クルード男爵の断罪完了です!やったね!

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