第三十二話 反撃の一手
だが、男爵がそう簡単に尻尾を出すとは限らない。
もっとも、ここまでで男爵を追い詰められるとは限らない。
証拠が足りないと言い逃れされる可能性もあるし、貴族という立場を利用して審問そのものを有利に進めようとするかもしれない。
だからこそ、もう一つ手を打っておきたい。
ダルクが指を鳴らした。
「じゃあ俺たちはどうする?」
「ダルクさんたちには大事な役を頼みたいです」
「聞こう」
「一つは男爵の使いの動きを見張ること。誰が店の周りをうろついているのか、何を探っているのか。怪しい動きがあれば記録しておいてください」
「分かった。何人かに声をかけておく」
「もう一つは審問の日に傍聴席を埋めてほしいんです」
「傍聴席を?」
「はい。大勢の人に見届けてもらいたいんです。審問の結果がどうなったとしても何が起きたのかを知っている人が多ければ簡単には握り潰せませんから」
ダルクは豪快に笑った。
「任せろ。店の連中を全員連れていってやる。冒険者仲間にも声をかけておこう」
「ありがとうございます」
これで少しは道が開けた。
だが、最後の問題が残っている。
「男爵本人は来るでしょうか?」
ユウが首をかしげた。
「自分が関わっていると知られたくないなら代理人だけを出して逃げるかもしれません」
「そうですね。審問の場に男爵が現れなければ本人の関与を直接問いただすのは難しくなります」
ネリアも不安そうな顔をした。
「そこです」
俺はにやりと笑った。
「男爵は強欲で見栄っ張りです。何が欲しいかは分かっています」
「麺の秘密」
シオがぽつりと言った。
「そう。だから餌をまきます」
「餌?」
「営業許可を守る条件として、麺の製法を渡すと偽の手紙を出すんです」
「ええっ!?」
全員が目を丸くした。
「本当に渡すんですか!?」
ショーが身を乗り出す。
「渡すわけないだろ」
俺は笑った。
「男爵が欲しがっているのは、俺たちが苦労して作り上げた麺の製法です。それを手に入れられるとなれば、自分で確かめに来る可能性は高い。」
「でも、偽物の製法なんて用意できるんですか?」
「本物と見分けがつかないようにする必要はありません。渡すのは製法そのものではなく製法が書かれているように見える資料です。受け渡しの場を用意して男爵が自分から接触してきた証拠を押さえるんです。」
「なるほど……」
ダルクが腕を組んだ。
「だが、男爵が別の人間を寄越したらどうする?」
「そこは考える必要がありますね。手紙には、製法を渡す相手を本人に指定する条件をつけましょう。男爵ほど欲深い人間なら重要な秘密を他人任せにするのは嫌がるはずです。」
「……ラメルさん」
ショーが目を輝かせた。
「悪い顔してます」
「たまにはいいだろ」
店内に笑いが広がった。
さっきまで張り詰めていた空気が少しだけ和らいだ。
ネリアも口元に手を添えて小さく笑っている。
ここへ来たときの不安そうな顔に比べればずいぶん表情が柔らかくなっていた。
けれど、俺にはもう一つ気がかりなことがあった。
「ネリアさん。最後に一つだけいいですか」
「はい」
「ギルドマスターのことです。あの人を悪者にはしたくないんです」
ネリアは静かにうなずいた。
「私も同じ気持ちです。あの人は本当に優しい人ですから」
「なら、娘さんに一杯だけラーメンを届けさせてください」
「え……?」
ネリアが目を見開いた。
「お金はいりません。ただ食べてほしいんです」
「でも、そんなことをしていただくわけには……」
「気にしないでください。俺たちが作るラーメンは、誰かを喜ばせるためのものです。困っている人がいるなら、できることをしたいんです。」
病気の娘さんがどんな状態なのか、俺には分からない。ラーメンを食べられるかどうかも分からない。それでも、温かいものを口にして少しでも気持ちが安らぐなら、届ける意味はあると思った。
「もちろん、無理に食べさせるつもりはありません。食べられそうなら、一口でも味わってもらえれば十分です」
「……ラメルさん」
ネリアの目から涙がこぼれた。
「ありがとうございます。きっと喜びます」
彼女は何度も頭を下げた。俺は照れくさくなって、どういたしましてと笑うしかなかった。
その時だった。
ショーの母親が、申し訳なさそうに頭をかいた。
「いやぁ、こんな大事な話をしている最中に悪いね。でも一つだけ伝えておきたいことがあってさ」
「どうしたんですか?」
「来週の十一日はショーの誕生日なんだ。せっかくだから誕生会を開こうと思ってね。みんな予定を空けておいてくれないかい?」
「ああ、そういえばそうだったな」
俺がうなずくと、ショーが慌てて声を上げた。
「か、母ちゃん!今それ言う!?」
「大事なことだろう!みんなでお祝いしたいんだからね!」
「別にそんな大げさにしなくてもいいじゃん!」
「いいじゃないか。年に一度の誕生日だぞ」
「ラメルさんまで!」
ショーは顔を真っ赤にして俯いた。
店内にどっと笑いが起きた。
ショーは恥ずかしそうに顔を伏せたままだったが、その口元には隠しきれない笑みが浮かんでいた。
俺は笑いながら窓の外を見た。
夏の夜空には星がいっぱいに広がっていた。
男爵の陰謀。
ギルドマスターの苦悩。
これから始まる審問。
考えなければならないことは山ほどある。
それでも、今夜は不思議と胸が温かかった。
困ったときに力を貸してくれる仲間がいる。
店を大切に思ってくれる常連がいる。
そして、自分たちの料理を楽しみにしてくれる人たちがいる。
この店は俺一人のものじゃない。
みんなで作り上げてきた場所なのだ。
男爵なんかに負けない。
この店と仲間と街の人たちを守る。
そして、いつかまたネリアさんが何の心配もせずにウルフラーメンを食べられる日を取り戻すんだ。
俺は心の中でそう誓った。
お読みいただきありがとうございます!!
シリアスな展開の中でもショーの母ちゃんは息子の誕生日会のほうが大事です。
母ちゃんだもの。




