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前世で食べ損ねたラーメンを求めて ~追放された俺は『ラーメンWalker』で異世界を無双する~  作者: マトンさん


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第三十話 商業ギルド受付ネリアの迷い

 ミヤン商業ギルドの朝は早い。


 ネリアは窓口に座り帳簿を開いていた。

 二十代半ばで栗色の髪を後ろで結んでいる。

 この窓口に座って五年になる。


 朝から窓口は忙しかった。


 商品の登録に訪れる商人や取引先を探す者。新しい依頼を持ち込む冒険者。

 彼らの話を聞きながら書類を処理するのがネリアの日常だった。


 そんなネリアにも昼の楽しみが一つだけある。

 北門にある『銀の耳の食卓』のウルフラーメンだ。

 あのスープの香りと麺の食感を思い出すだけで自然と頬が緩む。

 どれだけ仕事が忙しくても、あの一杯を食べれば疲れが吹き飛ぶ気がした。

 最近では昼休みになると同僚と連れ立って食べに行くほどだ。


 ネリアはあの店の登録を受け付けた日のことを今でも覚えている。

 まだ屋台だった頃だ。

 見るからに貧相な少年が窓口にやってきて、金貨を五枚並べたのだった。


 あの時の少年が今や街の名物店の主人だ。

 そう思うと少しだけ嬉しくなる。

 あの少年が持ち込んだ料理はどれも見たことのないものばかりだった。

 最初は本当に商売になるのかと心配したものだが今では店の前に行列ができる。

 人の可能性というのは分からないものだ。


「ネリア君」

 奥の扉が開き背の曲がった男が顔を出した。

 ギルドマスターだった。

 四十代前半の温厚な人だ。

 いつも気弱に笑っている。けれど今朝は顔色が悪い。


「ネリア君、ちょっと……いいかな。少し話があるんだ」

 いつもなら窓口越しに用件を伝えてくる人だ。

 わざわざ部屋に呼ぶということは何か厄介な話なのだろうか。


 ギルドマスター室に入ると机の上に開封された手紙が置いてあった。

 金貨をくわえた豚の封蝋。


「…………」

 ギルドマスターが手紙を伏せるように手で隠した。


「ネリア君に……頼みたいことがあるんだ」

「はい。何でしょうか?」

「銀の耳の食卓の営業許可を公開審問で再審査してほしい」

 ネリアは目を瞬かせた。


「……公開審問で再審査、ですか?どうして急にそんな話が?」

「悪臭の苦情が多数寄せられている」

「苦情……?」

 おかしい。

「おかしいですよ。私は窓口でそんな苦情、一件も受けていません」

「記録は残っている」

 ギルドマスターは書類の束を差し出した。


 受け取って一枚ずつめくる。

『臭くて眠れない』

『営業を止めてほしい』

『店の前を通れない』

 署名は全部違う名前だった。

 けれど筆跡は全部同じだった。

 文字の大きさも癖も変わらない。

 普段から商人たちの書類を扱っているネリアには見間違えようがなかった。


「マスター……これ、どういうことですか?」

 声が震えた。

「こんなの偽物です!同じ人が書いています。それに日付も全部先週じゃないですか。こんなに一斉に苦情が来るなんて、おかしいです!」


「…………」

「マスター、何か知っているんですか?お願いですから、何か言ってください!」

 ギルドマスターは力なく目を閉じた。

「ネリア君……頼む。今は何も聞かないでくれ」

「そんな……聞かずにいられるわけないじゃないですか!」

「頼む……本当に、頼む」

 ギルドマスターの肩が小刻みに震えていた。

 その目に涙がにじんでいるのを、ネリアは見てしまった。

 ネリアは黙った。


 机の端に小さな絵が飾られていた。

 十歳くらいの少女の肖像画。

 ベッドの上で細い腕を毛布から出して笑っている。

「……娘さん、ですか?」

「ああ」

 ギルドマスターは絵に目を落とした。


「昔から病弱でな……。医者には高い薬を続けなければ命が危ないと言われている」

 ネリアは息を呑んだ。

「その薬代をずっと出してくれる方がいる」

「その方って……まさか」


 ギルドマスターは伏せていた手紙をゆっくりと開いた。

 ──娘の薬代はこれからも出してやる。

 最後の一文だけがネリアの目に飛び込んだ。

 豚の印章。ボッタ・クルードの名前。

 王都の男爵。


「断れば……薬代が止まるんだ」

 ギルドマスターは笑おうとして失敗した。

「情けない話だろう。ギルドのマスターともあろう者が……娘一人のために、正しいことを曲げようとしているんだ」

「マスター……そんな言い方をしないでください」

 ネリアは何も言えなかった。

 怒りはあった。けれど同じくらいの悲しさもあった。

 この人は悪い人じゃない。

 ずっと見てきた。冒険者の依頼でも職人の登録でも誰にでも丁寧に頭を下げるこの人を。


 困っている者がいれば自分の仕事を後回しにしてでも手を貸す。

 そんな人だからこそ娘を救うために男爵の援助を受け入れたのだろう。

 けれど、その優しさにつけ込むやり方はあまりにも卑怯だった。

「…………分かりました」

 ネリアは書類の束を受け取った。

「再審査の準備はします。でも、これだけは約束してください」

「……何だ?」

「私は嘘の書類を作る手伝いはしません。あくまで準備だけです。それ以上のことはできません」

「……ああ。それでいい。本当に……すまない」

 ギルドマスターは深く頭を下げた。


 その姿を見てネリアの胸が痛んだ。

 謝るべきなのはこの人なのだろうか。

 それともこんな状況を作り出した男爵なのだろうか。

 窓口に戻ってもネリアの手は震えていた。

 昼になっても食欲が湧かなかった。


 窓の外に北門の方角の細い煙が見えた。

 銀の耳の食卓の煙突の煙だ。

 あの店を潰すために偽物の苦情が書かれた。

 あの少年が。あの仲間たちが。毎日笑ってラーメンを作っている人たちが。

 告発すればギルドマスターは捕まる。娘さんの薬代も止まる。

 黙っていれば店が潰される。


 どちらも選べない。

 ネリアは唇を噛んだ。

 自分にできることはないのだろうか。

 誰かに相談すれば少しは道が開けるかもしれない。

 だが相手が王都の男爵となれば下手に動いた者まで巻き込まれかねない。


 夜。

 閉まったギルドの資料室で一人ネリアは蝋燭の火を灯した。

 机の上に昼間の苦情書の束を広げる。

 一枚ずつ丁寧に写しを取っていく。

 筆跡の特徴。日付。紙の種類。

 署名の順番や書類に使われたインクの色も記録した。


 今は些細な違いでも後になって重要な手がかりになるかもしれない。

 それから手紙の文面を記憶に残る限り書き出した。

 ──不備を見つけること。

 ──娘の薬代はこれからも出してやる。

 証拠。

 今はまだ使えない。使えば全部壊れる。

 けれど残しておかなければならない。


「ごめんなさい……」

 ネリアは小さく呟いた。

「でも、私は逃げません」

 蝋燭の火が揺れた。


 明日の昼、あの店へ行こう。

 いつものウルフラーメンを食べながら考えよう。


 あの少年にどう話せばいいのかを。

お読みいただきありがとうございます!!

王道の展開です。

でも、王道の中華そばってたまに食べると沁みるくらいおいしいですよね?

そういうことです。

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