第三話 ラーメンとは何だ
街の中央にそびえる神殿は石の匂いがした。
高い天井。磨き上げられた大理石の床。
壁には神々を描いた荘厳な壁画が並び、天井近くの窓から差し込む光が床に幾何学模様を描いていた。
その中央に背丈ほどもある黒い石板が据えられている。
「鑑定の石板」だ。
成人を迎える貴族の子が一人ずつ手を触れ、神から授かった能力を明らかにするためのものだった。
「次、アルヴェン家のご子息」
神官の呼び声に同い年の少年が胸を張って石板へ進んだ。
石板が青く光る。
浮かび上がった文字に神殿中がどよめいた。
『剣聖の卵 攻撃:C+』
「おお剣聖の系譜か!」「これは将来が楽しみだ」
父親らしき男が満面の笑みで拍手する。
少年は誇らしげに振り返り周囲の貴族たちから祝福を浴びた。
この世界の貴族にとって能力は全てだ。
剣に優れた者は将軍に。
魔法に優れた者は宮廷魔術師に。
優れた能力を持つ者ほど一族の期待を背負い、家を継ぐ者として大切にされる。
逆に、目立った能力を持たない者は冷遇される。貴族社会とはそういう場所だった。
俺は列の後ろからその光景を見ながら拳を握りしめていた。
隣では父が腕を組んで冷ややかに石板を見つめている。
母は扇で口元を隠したまま一言も喋らない。
弟と妹は控えの席から心配そうに俺を見ていた。
二人はまだ成人前だが兄の儀式だからと特別に同席を許されたのだ。
二人の視線が気になった。
俺だって、できることなら胸を張って結果を報告したい。
……大丈夫。
俺には頭の中の雑誌がある。
二歳の頃からずっと一緒だった相棒だ。
たとえ他人に理解されなくても俺にとっては大切なものだった。
それに、これまで読めなかったページが読めるようになるかもしれない。
もし本当にスキルなら、ラーメン作りの役に立つ能力だってあるはずだ。
「ラメル殿。こちらへ」
名前を呼ばれた。
俺は石板の前に立った。
大きく息を吸い、冷たい黒い表面にゆっくりと手を置く。
その瞬間。
頭の中の雑誌がばさりと勢いよくページをめくった。
石板が光った。
青ではない。白でもない。
橙色に近い柔らかな光。
まるでラーメン屋の看板を照らす電球のような、あたたかなどこか懐かしい色だった。
……いや、なぜラーメン屋の看板を思い出すんだ。
神官が眉をひそめて浮かび上がった文字を読み上げる。
「……スキル『ラーメンWalker』」
ざわりと空気が揺れた。
「ラーメン……?」「何だそれは?」「聞いたことがないぞ?」
祝福の声はない。感嘆の声もない。
代わりに、困惑だけが広がっていく。
石板の文字が続けて浮かび上がっていく。
『一 雑誌・ラーメンWalkerを読む』
『二 ラーメン適性を知る』
『三 ラーメンマップ』
『四 ラーメンボックス』
『五 Walker』
俺にはその全てがはっきりと読めた。
けれど神官たちの顔には困惑しか浮かんでいなかった。
「説明欄が……これは、文字なのでしょうか……」
年配の神官が石板をのぞき込み、首を振った。
どうやら、見慣れない文字に戸惑っているらしい。
俺の目には各項目、丁寧な説明文がちゃんと並んで見えている。
そう。【日本語】で。
だが、彼らには意味を成さない記号の羅列にしか見えないらしい。
俺はその理由に思い当たった。
この世界にはラーメンという言葉も概念も存在しない。
だから「ラーメン」を前提にした説明はこの世界の人間には読めないのだ。
読めるのは前世でラーメンを知っていた俺だけ。
なるほど。これは俺専用の説明欄というわけか。
俺は説明欄に目を走らせた。
『ラーメン適性:対象がラーメンの材料になるかを星の数で表示する』
『ラーメンマップ:周囲の食材、魔物素材の産地を星評価付きで表示する』
『ラーメンボックス:ラーメンに関する食材・道具を無限に収納できる』
『Walker:歩く』
……最後の一つだけやけに短い。
歩く。それだけ。
ほかには何の説明も注釈もない。
いや、待て。
ほかの項目はラーメン作りに直結しているのに、なぜ最後だけ歩くなんだ?
ラーメンWalkerのWalkerだからか?
まさか、ただ歩くだけの能力じゃないだろうな。
疑問は残ったが、それ以上に俺は震えていた。
無限の収納。
食材と魔物素材の位置が見える地図。
ラーメンの適性まで分かる。
頭の中の雑誌はどうやらこの全ての能力のほんの一部に過ぎなかったのだ。
これはとんでもないスキルだ。
戦闘には使えないかもしれない。
だが、ラーメンを作るという一点においては、これ以上ない能力なのではないか。
少なくとも俺にとってはどんな伝説の剣よりも価値がある。
次にステータス欄が浮かんだ。
『体力:10 魔力:10 攻撃:10 防御:10 敏捷:10』
全部初期値。それきりぴくりとも動かない。
神殿が静まり返った。
「ウォーカー……歩く人?」
誰かが呟いた。
直後に押し殺した笑いが広がった。
「ラーメンウォーカー。歩く人ということか」
「攻撃も防御もなく歩くだけのスキルとは」
「貴族の嫡男がこれでは……」
嘲笑が耳に刺さる。
俺は唇を引き結んだ。
お前らに何が分かる。
無限収納だぞ?食材の適性が分かるんだぞ?
ラーメン作りにおいてこれほど頼もしい能力があるか!
……と、叫びたかった。
だが、ここで反論しても仕方がない。
そもそも、ラーメンの存在すら知らない人間にその価値を説明するのは難しい。
十五年間、俺はラーメンのことだけを考えて生きてきた。
このスキルがあればいつか必ず理想の一杯を作れる。
俺にとっては何よりも価値のあるスキルだ。
だが、この場にいる誰一人としてその価値を理解してはいない。
神官が咳払いをして、記録板に何かを書き込んだ。
「ラメル様のスキルは『ラーメンWalker』。能力は意味不明なものばかり。攻撃、防御、補助、いずれの適性も確認できず。ステータスは全項目が初期値」
そして淡々と告げた。
「判定、無価値。いわゆるクズスキルでございますな」
お読みいただきありがとうございます!!
十五年間、ラーメンのことだけを考えてきたラメル。
そんな彼が手に入れたスキルはまさかの『ラーメンWalker』!
周囲からはクズスキル扱いされてしまいましたが、本人にとっては夢への第一歩です。
果たしてラメルはこのスキルで念願のラーメンを作ることができるのか!?




