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前世で食べ損ねたラーメンを求めて ~追放された俺は『ラーメンWalker』で異世界を無双する~  作者: マトンさん


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第二話 産声と白い湯気

生まれ変わってもラーメンが食べたい!

そんなラーメン好きの夢と希望が詰まった異世界ラーメンファンタジー!

果たして異世界で夢の一杯にたどり着けるのか!?

それではどうぞご賞味くださいませ!

 次に目を開けた時世界は真っ白だった。


 湯気だと思った。

 ラーメンのどんぶりから立ちのぼるあの白い湯気。

 そうだ。俺はまだ店の前にいる。

 さっきのは悪い夢だったのだ。これから暖簾をくぐり、念願の塩ラーメンを食べる。

 そうに違いない。そうであってくれ。


 けれど声が出ない。

 いや出た。

「あー」とか「うー」とか言葉にならない音が。


 手を見る。

 小さい。

 ぷくぷくしている。指が短い。

 ……赤ん坊の手だった。


「まあ見て。目を開けているわ!なんて賢そうな子」


 知らない女性の声が降ってきた。

 金色の髪を結い上げた美しい人が俺を覗き込んでいる。

 身にまとっているのは、映画でしか見たことのないような刺繍入りのドレスだった。


 周囲を見回して、俺は状況を理解した。

 天蓋つきのベッド。石造りの壁。

 燭台の火。窓の外には見たこともない二つの月。


 異世界。


 しかも、どうやら貴族の家らしい。

 前世でアニメや小説も楽しんでいた俺にとって、異世界転生そのものは珍しい話ではなかった。

 まさか、自分の身に起こるとは思っていなかったが。

 ただ、神様からの説明もチュートリアルもなかった。

 気づいたら赤ん坊になっていて気づいたら貴族の長男になっていた。

 なんとも雑な転生である。


 転生後の人生で最初の食事はほんのり甘くて温かい乳だった。

 栄養としては満点だろう。

 だが、俺の魂は叫んでいた。

 塩分が足りない!


 そんな俺に付けられた名前は、ラメル。

 ……ラメル。ラーメンにちょっと似ている。

 偶然だろう。

 たぶん。

 そう思うことにした。


 そして、不思議なことに気づいたのは言葉を覚え始めた二歳の頃だ。

 目を閉じると、頭の中に一冊の雑誌が浮かぶ。


 見慣れた表紙。


『ラーメンWalker』


 前世で死ぬ前に俺が握りしめていたあの雑誌の最新号だ。

 最初は前世の未練が見せる幻だと思った。

 死んでも雑誌への愛だけは残ったのか。

 我ながら重症である。


 だがページをめくる感覚ははっきりしている。

 紙の質感まである。

 ただし読めるのはほんの一部だった。

 大半のページは灰色にかすんで文字が読めない。

 かろうじて読めるのは、巻頭の見開きとラーメンの基本構造を図解した数ページだけ。


「麺」「スープ」「タレ」「油」「具」

 ラーメンはこの五つで出来ている。

 当たり前のことだが、改めて考えると奥が深い。


 麺が変われば食感が変わる。

 スープが変われば味わいが変わる。

 タレや油、具材の組み合わせによっても一杯の個性は大きく変わる。

 ラーメンとは、実に奥深い料理なのだ。


 ごくまれに地図のようなものが視界の端に浮かぶこともあった。

 屋敷の庭が薄く光る線で描かれるだけの役に立たない代物だ。

 当時の俺はこれを「ただの記憶の産物」としか考えていなかった。


 雑誌を読むことしかできない。

 それが俺の「能力」なのだと。

 異世界転生のお約束であるチート能力にしてはずいぶん地味だ。

 せめて全ページ読ませてくれ。


 それでも、じゅうぶんだった。

 だって、ラーメンの作り方のヒントが頭の中に載っているのだから。

 この世界でラーメンを作れるかもしれない。

 その可能性だけで、俺の胸は躍っていた。


 五歳になった俺は台所に忍び込んだ。

 狙いはもちろんラーメンだ。

 この世界に来て五年俺はずっと我慢してきた。


 食卓に並ぶのは、固いパンと薄いスープ。それに塩気の強い干し肉がメインだ。

 決して食べられないわけではない。

 むしろ、貴族の食事だけあって十分に恵まれているのだろう。


 だが、俺の舌はあの黄金色のスープを求めて悲鳴を上げていた。

 もう我慢の限界だ。

 ないのなら、作ればいい。


 まずは麺。

 小麦粉と水と塩を練って細く切る。

 簡単だ。


 ……のはずだった。

 茹でてみるとぶよぶよの紐になった。

 コシがない。

 色が白い。


 かん水がないのだ。

 中華麺特有のコシや風味を生み出すには、アルカリ性の水が必要になる。

 そこで俺は、かん水の代わりに灰を水に溶かした液体を使ってみた。


 灰汁だ。


 アルカリ性なら何でもいい。そんな安易な考えだった。

 結果は散々だった。

 苦い。渋い。

 おまけに、緑がかった灰色の麺が誕生した。


「坊ちゃま、それは……食べ物ですか?」


 料理長が青い顔で俺の手元を覗き込んだ。

 俺だって聞きたい。


 どうしてこうなった。


 次はスープだ。

 厨房の裏に捨てられていた鶏ガラを拝借して鍋で煮てみる。


 三時間。


 俺は鍋の前で、夢にまで見たラーメンの完成を待ち続けた。

 そして、立ちのぼったのは黄金色のスープの香りではなかった。

 鼻が曲がりそうな獣臭さだった。

 どうやら、下処理も血抜きも必要だったらしい。


 前世の俺は食べる専門だった。

 ラーメンについての知識はあっても実際に作った経験などほとんどない。

 雑誌を読んだだけで一流の料理人になれるなら誰も苦労はしない。


 最後の砦は味付けだ。


 醤油がない。

 味噌もない。


 あるのは岩塩と数種類のハーブだけ。

 仕方なく塩で味を整えて完成したどんぶりを前に俺は肩を落とした。


 灰色の麺。

 濁ったスープ。

 浮かぶのは焦げた肉の欠片。


 どう見てもラーメンではなかった。


 ラーメンっぽい何か。

 いや、ラーメンと呼ぶのもラーメンに失礼かもしれない。


「ラメル、あなたまた厨房で何をしているの」


 母が呆れ顔で現れ、父には「貴族が食べ物で遊ぶな」と叱られた。


 屋敷の料理人たちは俺を「変な料理を作る坊ちゃま」と呼んで遠巻きにした。


 それでも懲りなかった。

 失敗して反省してまた失敗する。


 八歳の時には骨を一度茹でこぼせば臭みが減ると気づいた。

 十歳の時には干し魚を使えば香りが立つと知った。

 雑誌のかろうじて読めるページを何度も読み返し、少しずつ少しずつ理想の一杯近づいていった。


 十歳の冬。

 とうとう料理長が父に直訴した。

「旦那様!坊ちゃまが厨房の野菜と小麦粉を無駄になさいます。どうかお止めください」

 料理長の悲痛な訴えに、父は深いため息をついた。

「ラメル。貴族の嫡男が料理人の真似事とは何事だ」


 父の言葉に俺は頭を下げた。

 確かに、貴族の嫡男が厨房に入り浸るのは褒められたことではないのだろう。

 だが、俺にも譲れないものがある。


 けれど、翌日の夜にはまた台所に立っていた。


 我ながら始末に負えない。

 でも俺には譲れないものがあった。

 前世であと三人のところで食べ損ねたあの一杯。


 あれをこの手でこの世界に再現するのだ。

 たとえ何年かかろうとも。

 たとえ料理長に何度ため息をつかれようとも。

 いつか必ずあの一杯にたどり着いてみせる。

 それでも理想の味には届かなかった。


 そんな俺を笑わなかった人間が二人いる。

 一人は三つ下の弟。

 もう一人は五つ下の妹だ。

「にいさま、またへんなのつくってる!」

「でもいいにおい!」


 二人は俺の失敗作を顔をしかめながら全部食べた。

 ぶよぶよの麺も、苦い灰汁の麺も。

 そして妹は毎回涙目で言うのだ。

「……おいしくない。でもまたたべたい」

 その言葉がどれだけ俺を救ったことか。


 前世の俺にはラーメンを分かち合う相手なんていなかった。

 並んで食べて一人で帰る。

 それが当たり前だった。

 けれどこの世界ではまずいラーメンもどきを一緒に食べてくれる家族がいる。

 どんなに失敗しても、俺の作ったものを食べてくれる。

 それが、たまらなく嬉しかった。


 ……完成させよう。

 ちゃんとした一杯を。

 この二人に本物を食べさせるんだ。


 そう心に決めた俺は、ますます台所に通い詰めた。

 おかげで「変な坊ちゃま」という評判も、ますます不動のものになっていった。


 月日は流れた。

 麺はまだぶよぶよのままだった。

 スープは前より少しだけマシになった程度。

 醤油も味噌も見つからない。

 けれど俺は諦めなかった。


 頭の中の雑誌は相変わらず大半が灰色で、読めるページは一向に増えなかった。


 そして十五歳の誕生日の朝。

「ラメル様。本日は成人の儀でございます」

 執事の声に俺は布団の中で目を開けた。


 成人の儀。この世界の貴族は十五歳になると神殿でステータスを確認する。

 どんな才能を授かったのか。

 どんなスキルを持って生まれたのか。

 それで家での立場さえ決まると言われている。


「……スキルか」


 俺は頭の中の雑誌を思い浮かべた。

 もしかすると、これもスキルの一種なのだろうか。

 だとしたら、いったいどんな能力として判定されるのか。

 表紙がいつもより少しだけ光っている気がした。

 ただの記憶の産物だと思っていたあの雑誌。

 まさかそれが俺の人生をいやこの世界の食文化を根こそぎひっくり返すことになるなんて。

 この時の俺はまだ知らなかった。


 ――あと三人だったあの日の悔しさがここから全部取り戻されることになる。

お読みいただきありがとうございます!!

ところで、皆様の好きなラーメンは何ですか?

私は北海道の中太ちぢれ麺のラーメンが大好きです!

あのスープによく絡む麺がたまりません!

よろしければ、皆様の好きなラーメンも教えてください!

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