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前世で食べ損ねたラーメンを求めて ~追放された俺は『ラーメンWalker』で異世界を無双する~  作者: マトンさん


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第二十八話 麺ばかり見る客

 

 帰郷から数日が経ち、銀の耳の食卓は海鮮ラーメンの評判で連日の大入りになっていた。

 客層も少しずつ変わってきた。

 獣の匂いが苦手だった街の人や、仕事帰りの職人。

 昼には商人風の客まで暖簾をくぐるようになった。


 七月に入って暑さが増し店内には煮炊きの熱気がこもる。

 ショーの母は汗だくで給仕に走り回り、弟妹たちは団扇で客席をあおいでいた。

「ラメルさん」

 厨房の隅でシオが小声で呼んだ。

 耳がぴくぴくと動いている。

「窓際のお客さん。変です」


 見ると窓際の席に痩せた男がひとり座っていた。

 歳は三十前後。

 質のいい外套を着ていて指先は荒れひとつなく白い。

 冒険者でも職人でもなさそうだ。


 男は丁寧にスープをすすっていた。

 けれど視線がおかしい。

 どんぶりの中の麺ばかりを見つめている。

 持ち上げては光にかざして色を確かめ、噛んで歯ごたえを確かめ、鼻を近づけて匂いまで嗅いでいる。


「味わってるっていうより調べてるみたいです」

 シオが眉をひそめた。

「それに匂いが変なんです。すごく甘い香水の匂い。この街の人はつけてません」

 獣人の鼻は優秀だ。

 俺は男の背中をじっと観察した。


 やがて男は食べ終えた。

 体がふわりと橙色に光り、男はぎょっとして自分の手を見つめた。

 けれどすぐに平静を装う。


「ご店主」

 会計の時に男が声をかけてきた。

「この麺を少し売ってもらえないか。生のままでいい」

「申し訳ありません。うちは出来立てしかお出ししていないんです」

 横からショーの母がにこやかに割り込んだ。

「金貨を一枚出そう」

「おいくら積まれても、だめなものはだめです」

 笑顔のままぴしゃりと言う。


 男は唇を引き結んで店を出ていった。

 ……金貨一枚。麺だけに。

 背筋に冷たいものが走った。

 この麺の秘密を盗もうとする連中が出てくるかもしれない。

 そう言ったのは俺だ。本当に来たのだ。


 男は翌日も来た。その次の日も。

 毎回窓際の席に座り麺ばかり凝視する。

 かと思えば厨房を覗き込もうと立ち上がったり便所を借りたいと言って奥へ入りかけたりした。


 その度に誰かが立ちはだかる。

 ショーの母だったりユウの父だったり、たまたま居合わせたダルクだったりした。


 三日目には仲間まで現れた。

「おかわり。麺だけ」

 男の隣の席に座った若い男が妙な注文をした。

 窓際の痩せた男と目配せまでしている。


「あの二人は仲間です」

 シオが小声で言った。

「同じ香水の匂いがします」


 運ばれた麺だけのどんぶりを前に若い男は周りを見回した。

誰も自分を気にしていないと確認すると懐紙をさっと広げて麺をつかんだ。

 そして懐にしまおうとする。


「あっつ!」

 茹でたての熱々の麺が懐の中で暴れた。

「あっつ!あつつつつ!」

 若い男が飛び上がり慌てて服の上から胸元を叩く。

麺はするりと服の中を滑り落ち床にべちゃりと落ちた。


 店内が静まり返った。

 床の麺と真っ赤な顔の男に全員の視線が集まる。

「麺泥棒か」

「何やってんだお前」

 冒険者たちが呆れた声を漏らす中、ダルクがにやりと笑って立ち上がった。


「おい兄ちゃん。うちの店の麺をそんなに気に入ってくれたのか」

ダルク、ここはお前の店じゃないぞ。


「ひっ……!」

 若い男は真っ青になって店を飛び出していった。

「まったく、食べ物を粗末にしやがって」

 ダルクは呆れたように床の麺を見下ろした。


 窓際の痩せた男は何も言わず、静かに匙を置いた。

口の端がわずかに引きつっている。


 その夜の閉店間際。

 客は痩せた男だけになっていた。

「すまない。厠を借りたいのだが」

「奥の突き当たりです」

 ショーの母が答えると男は礼を言って奥へ進んだ。


 けれどその足は突き当たりではなく厨房の裏へ向かった。

麺の素の小瓶をしまった鍵付きの箱がある棚だ。

 男が棚に手を伸ばしかけた時。

 暗がりに何かが立っていた。

 ユウの父だった。

「…………」

 息遣いも足音も気配もなかった。ただ腕を組んで無言で男を見つめている。


「あ……いや、厠を」

「…………」

 ユウの父がゆっくりと顎で反対側を示した。

 男の額に汗がにじんだ。

「……失礼した」

 男は後ずさり逃げるように店を出ていった。


 物陰から様子を見ていた俺は思わず息を吐いた。

「ユウのお父さん。いつからそこに」

「…………最初から」

 それだけ言ってユウの父は鍵付きの箱を確かめまた暗がりに戻った。

 頼もしすぎる。


 店を出ると路地の先に立派な馬車が止まっていた。

 痩せた男は逃げ込むように馬車に乗り込む。

その扉には紋章が描かれていた。

 金貨をくわえた豚の紋章。

「……趣味が悪いな」

 思わず呟いた。


「あの紋章、どこかの貴族でしょうか?」

 シオが鼻を鳴らす。

「香水の匂いが、さっきよりずっと強いです」

 馬車は夜の街を王都の方角へ走り去っていった。


 店に戻るとダルクたち常連が集まってきた。

「なあ兄ちゃん。あの野郎、ただの客じゃねえだろう」

「たぶん」

「怪しい奴が来たら俺たちが見張ってやる。この店の麺は俺たちの命綱みてえなもんだからな」

 ダルクが胸を叩くと周りの冒険者たちも頷いた。

「麺の秘密は企業秘密ですからね」

 ショーの母が胸を張る。


 ありがたかった。この街の人たちが、銀の耳の食卓を自分たちの店だと思ってくれている。

 けれど胸の奥のざわつきは消えなかった。

 麺を狙う誰かが動き出した。

 金貨をくわえた豚の紋章。

あの趣味の悪い紋章の持ち主が次にどう動くのか。


 俺は拳を握りしめた。

 麺と重曹の秘密は、何があっても守る。

お読みいただきありがとうございます!!

皆様お分かりですね。

異世界作品あるある展開『悪徳貴族が既得権益を狙っている』やつです。

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