第二十六話 銀の耳の食卓
温泉をあとにしたの夜、俺たちは街道沿いの空き地で野営をすることにした。
焚き火を囲んで鍋を火にかける。
今夜のラーメンには温泉卵をのせることにした。
どんぶりの真ん中にとろりとした卵を落とすと湯気の中で黄身がふるふると揺れた。
「これです。これがやりたかったんです」
「ラメルさん嬉しそうですね」
ユウが苦笑いする。
俺はそんな視線も気にせず満足げに頷いた。
「やっぱりラーメンには温泉卵だよな!」
「……ふうん」
隣から小さな声が聞こえた。
シオは黙ってどんぶりを受け取ったがまだ少しだけ口をとがらせていた。耳も心なしか横に倒れている。
「シオ。どうした?」
「別に何でもありません」
「いや、絶対何かあるだろ」
「ありません。ラメルさんは卵があれば幸せなんですから」
「いやいや、そんなことは……」
「温泉卵を見つけた時はすごく嬉しそうでしたよね」
「それはまあ……」
言い返せない。
シオはじとっとした目で俺を見たあと麺をひと口すすった。
「……おいしいですね」
「だろ?」
「卵が」
「ラーメンもだろ?」
「…………ラーメンもです」
ぷいっと顔を背けるシオ。
けれど箸は止まらない。
もうひと口すすってから温泉卵を崩すととろりとした黄身が麺に絡んだ。
シオの耳がぴくりと動く。
「……それもおいしそうですね」
「食べるか?」
「いりません。自分のがありますから」
「そっか」
俺が自分のどんぶりに向き直るとシオはちらりとこちらを見た。
ぷいっと顔を背けて麺をすするシオ。
けれどちらちらと俺の顔を窺っている。
「シオ。まだ怒ってる?」
「怒ってません。ただ……」
「ただ?」
「さっきはせっかくいい雰囲気だったのに……」
シオは頬を赤くして俯いた。
「……もう少し私のことも気にしてほしかったです」
「……あ」
ようやく自分の失態を理解した。
「ごめん」
「……分かればいいんです」
シオの耳がゆっくりと立ち上がる。
尻尾がぱたりと一度だけ揺れた。
一応、許されたらしい。
四人でずるずると麺をすする。
素材は全部自分たちで集めたものだから食べるたびに体の奥に力が染み込んでいく。
食べ終わって焚き火の番をしている時だった。
ユウが木の枝で地面をつつきながらぽつりと言った。
「あの、ちょっと相談があるんですけど」
「どうした?」
「ギルドの受付で『パーティー名は?』って毎回聞かれるんです。いつも空欄にして出してて」
「あ、それ俺も言われた」
ショーが身を乗り出す。
「ダルクさんたちも他の冒険者もパーティーの名前があるのに俺たちだけないじゃないですか」
言われてみればそうだった。
ミヤンの街でも冒険者たちは「ダルク隊」だの「鉄の三兄弟」だのと呼び合っている。
俺たちはずっと「あのラーメンの人たち」で通してきた。
「そろそろパーティー名決めませんか?」
ユウが真剣な顔で切り出した。
「いいな。決めよう!」
俺が賛成するとショーが勢いよく手を挙げた。
「やった!じゃあ俺から!『ラメルとゆかいな仲間たち』!」
「却下」
俺は即答した。
「早い!」
「そもそも俺が主役みたいになってるだろ。それにゆかいな仲間たちってなんだよ」
「いい名前だと思ったのに……」
ショーが肩を落とす。
「じゃあ『ウルフラーメン団』はどうですか?」
ユウが新しい案を出した。
「ウルフラーメン以外もあるだろ」
「確かに……」
ユウはすぐに引き下がった。
「じゃあ、ラーメンウォーカーズとかは?」
今度はショーが提案した。
「ラーメンを食べ歩く集団みたいだな」
「いいじゃないですか!」
ユウが目を輝かせる。
「いや、俺たちはラーメンを食べ歩くために旅してるわけじゃないだろ。魔物と戦ったり依頼をこなしたりもするんだぞ」
「でも、ラーメンは食べますよね?」
「そりゃ食べるけど……」
ユウの妙に真剣な反論に俺は言葉を詰まらせた。
「じゃあ、ラーメンを食べながら魔物を倒す集団ってことで!」
「余計に意味が分からなくなったぞ!」
ショーが胸を張る一方でユウはうんうんと頷いている。
……こいつら本当にパーティー名を決める気があるのか?
あれもこれも決め手に欠ける。
焚き火がぱちりと爆ぜた。
「……私は」
ずっと黙っていたシオが口を開いた。
「名前は何でもいいんですけど。みんなでごはんを食べる時間がいちばん好きです」
「ごはんか」
「はい。同じ鍋のものを囲んで食べて強くなって。それが私たちっぽいなって」
食卓。
その言葉が胸にすとんと落ちた。
「そうなると、食卓だな。」
「食卓ですか?」
俺が焚き火の向こうを見た時だった。
揺れる炎の光が三角の耳の縁を撫でてシオの耳が銀色にきらりと光った。
「……銀の耳」
思わず声が出ていた。
「え?」
「シオの耳だ。暗い森でも遠くの街道でも一番先に見つかる。はぐれたって銀色の耳がぴんと立っていればそこが俺たちの集合場所だ」
「わ、私の耳ですか」
シオが両手で耳を押さえた。
「それに銀の耳と書いて銀耳っていうのは白きくらげのことなんだ。ラーメンや中華に使う食材でもある」
「しろきくらげ……???」
「ラーメン屋にぴったりだろ」
「そ、そうなんでしょうか……?私の耳は食べられませんよ?」
「いや、シオの耳を食べるって意味じゃないからな?」
慌てて否定する俺に、ユウがくすりと笑った。
「銀の耳の食卓。いいと思いますよ」
「だろ?いい名前だよな!」
俺が胸を張るとシオも笑い、俺たち四人は賑やかに笑い合った。
俺は改めて口にしてみた。
「銀の耳の食卓……。うん、しっくりくるな」
「そうですね!」
ユウが頷き、ショーも拳を突き上げた。
「かっこいいです!銀の耳の食卓!」
シオは耳を押さえたまま真っ赤になって固まっていた。
けれど尻尾だけは正直にぶんぶんと左右に振れている。
「……みんながそれでいいなら。私の耳がパーティーの名前になるなんて……」
「よし、決まりだな!」
こうして、俺たちのパーティー名は『銀の耳の食卓』名前に決まった。
ひととおり盛り上がったあとでショーが急に手を挙げた。
「あの!この名前そのまま店の名前にしちゃだめですか?」
「店の?」
「店もまだ名前がないじゃないですか。ラメルさんも帰ってきてから決めるって言ってたし」
そうだった。あのボロ屋の看板は『ラーメン』とだけ書かれたままだ。
「パーティーと店が同じ名前なら覚えやすいと思うんです。冒険者の人たちも『銀の耳の食卓に行こう』って言えるし」
「僕もいいと思います。ここは僕たち全員の居場所ですから」
ユウも頷く。
銀の耳の食卓。
ラーメン屋の名前としてはちょっと変わっている。
けれど不思議と悪くなかった。
ここに来れば同じ卓を囲んで強くなれる。
そんな店になれば最高だ。
「シオはどうだ?」
「……はい」
シオが小さく頷いた。
「私の耳が看板になるなんて。ちょっと恥ずかしいですけど」
焚き火に照らされた顔は耳まで真っ赤で口元は嬉しそうにゆるんでいた。
「よし決まりだ。店の名前は銀の耳の食卓。看板には小さくラーメンって添えよう」
「「「おおーっ!」」」
夜空に四人の声が響いた。
街に帰ったら看板を書き換えよう。
そうしたらダルクたちはどんな顔をするだろう。
想像すると眠れそうになかった。
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パーティー名及び店名は「銀の耳の食卓」になりました!




