第二十三話 鰹節
翌朝。俺たちは港の桟橋に立っていた。
漁船が次々と戻ってくる。
甲板には獲れたばかりの魚が山積みだ。
漁師たちが威勢のいい掛け声とともに木箱を運び港は朝から活気に満ちていた。
「兄ちゃんたち、見ない顔だな。観光かい?」
日焼けした白髪の漁師が、網を繕いながら声をかけてきた。
「はい。食材を探しに来たんです」
「食材ねえ。この町の魚はうまいぞ。……ただ、そいつはあんまり人気がねえがな」
漁師が顎で示した先。
船から降ろされた木箱の中に銀青色の魚がぎっしりと詰まっていた。
紡錘形の体にくっきりと入った縞模様。力強い尾びれがまだぴくぴくと動いている。
その魚の上に。
『シマウオ(★★★★)』
「…………!!」
俺は息を呑んだ。
星が四つ。タスクボアと同格だ。
「……カツオ」
間違いない。前世でいうカツオによく似た魚だ。
「おじさん、その魚は何ですか?」
「ああ、シマウオってやつだ。足が早くてな、すぐ傷んじまう。身も硬くて血生臭くてなあ。安いぞ。一匹銅貨五枚だ」
「ど、銅貨五枚!?」
日本円にして五十円ほど。
この世界の食材は安いが、これは破格だ。
「全部ください!」
「全部!?おいおい、この箱だけで五十匹はあるぞ……」
「大丈夫です!」
漁師は首をかしげながらも嬉しそうに売ってくれた。
俺はシマウオを次々とラーメンボックスに収納していく。
ずっしりとした重みがこれから始まる挑戦への期待を膨らませた。
「ラメルさん、その魚そんなにすごいんですか?」
「ああ。これはただの魚じゃない」
俺は拳を握りしめた。
「これでアレが作れるかもしれない」
「アレ?」
「鰹節だ」
鰹節。
和食の出汁の王様。
そしてラーメンの世界でも魚介系スープを支える重要な存在だ。
作り方は手間がかかる。
魚を三枚におろして節にする。
茹でて骨を抜き表面の水分を拭き取る。
薪で何度も燻して水分を飛ばす。
さらに乾燥させ、カビをつけては日に当てまたカビをつける。
それを何度も繰り返す。
完成まで本来は数ヶ月。
ものによってはそれ以上の時間がかかる。
「本当に数ヶ月もかかるんですか?」
「ああ。普通ならな」
俺はにやりと笑った。
「でも俺にはラーメンWalkerがある」
まずは下準備だ。
砂浜に作業場所を確保し火をおこす。
シオが短剣でシマウオを手際よく三枚におろす。
ショーとユウが大鍋で身を茹で、俺は燻すための木のチップを集めた。
茹で上がった身から骨を丁寧に取り除き表面の水分を拭き取る。
それから燻製用の台に並べ煙を当てていく。
煙がゆっくりと立ち上り魚の身を包み込んだ。
最初は生臭さの残っていた身が燻されるにつれて香ばしい匂いへと変わっていく。
余分な水分が抜け表面が少しずつ硬くなっていく。
煙を絶やさないように気を配りながらじっくりと燻していった。
「すごい匂いですね……」
「この煙の香りが大事なんだ。しっかり水分を抜いて、旨味を凝縮させる」
十分に燻し終えた身をラーメンボックスに収納する。
『熟成しますか?はい/いいえ』
「出た!」
迷わず『はい』を選択した。
『熟成を開始します。残り歩数:200000歩』
「二十万歩か。大丈夫だ。四人で歩けば二日くらいだ。ちょうどいい。この町の周りを歩き回ろう」
ユウがまた遠い目をした。
「また歩くんですね……」
「歩くのも立派な仕事だ。しかも今回はうまいものを作るためだからな!」
「ラメルさん、そう言えば何でも許されると思ってません?」
ショーの鋭い指摘は聞かなかったことにした。
鰹節の熟成を進めるには歩く必要がある。ならば、その間に別の仕込みも済ませてしまおう。
翌日とその次の日、俺たちはひたすら歩いた。
海岸沿いを歩き、岬を越え、小さな漁村を訪ね、町の裏山にも登った。
途中で珍しい魚や海藻を見つけるたびにラーメンマップを確認して素材を集めていく。
その途中だった。
「ラメルさん、また新しい食材ですか?」
「魚醤の原料になる小魚だ。これも使えるぞ」
俺はそれを見てにやりと笑った。
魚醤だ。
魚を塩漬けにして発酵させた調味料。
前世では東南アジアの料理などにも使われていたし、日本にも古くから魚醤の文化がある。
作り方は意外と単純だ。
小魚を容器に詰め塩を加えて熟成させる。
もちろん、実際には塩分濃度や温度、衛生管理が重要になる。
だが基本的な材料は魚と塩。それだけで作れるのだ。
「まずは容器だな」
俺たちは町の市場に戻り口の広い陶器の壺をいくつか購入した。
壺をきれいに洗って十分に乾かし小魚を詰めていく。
そこへ塩を加え魚全体に行き渡るように混ぜ合わせた。
「これだけでいいんですか?」
ショーが不思議そうに壺を覗き込む。
「基本はな。魚の中に含まれる酵素がタンパク質を分解して旨味の強い液体になっていくんだ」
「魚が溶けるってことですか?」
「そういうこと。時間をかけて魚の旨味を液体に移していくんだ」
壺に蓋をしてラーメンボックスに収納する。
『熟成しますか?はい/いいえ』
「もちろん『はい』だ!」
『熟成を開始します。残り歩数:100000歩』
「十万歩。鰹節の半分。楽勝だな!」
ユウがため息をついた。
「基準がおかしいんですよ、ラメルさん……」
まあ、確かにそうかもしれない。
だが、これで魚醤まで手に入ればラーメン作りの幅は一気に広がる。
魚介出汁に魚醤を合わせれば旨味の相乗効果が期待できる。
俺たちは引き続き町の周辺を歩き回った。
海岸沿いを歩き、漁村を訪ね、裏山を越える。
四人で歩数を稼ぎながらほかの食材も集めていく。
こうして歩数を稼ぎながら俺たちはソルタ周辺の食材を次々と手に入れていった。
三日目の朝。
『残り歩数:0歩』
「……できた」
俺は震える手でラーメンボックスからそれを取り出した。
手のひらにずしりと重い。
黒褐色の棒状の塊。
表面にはうっすらと白い粉が浮かび木のように硬くなっている。
軽く叩くとかんかんと乾いた高い音がした。
「…………鰹節だ」
「えっ!?これが!?」
「ただの石みたいですけど……」
「まあ、見てろ」
長い時間をかけて作るはずの鰹節が俺の手の中にある。
この世界の便利な仕組みには本当に感謝しかない。
鰹節はそのままでは出汁を取りにくい。薄く削って使うのが基本だ。
前世では専用の削り器を使ったがこの世界にはそんなものはない。
「大工さんが使うカンナを買ってきた」
木工屋で買ったカンナ。
もちろん、木材用なので刃の状態を確認しきれいに洗ってから使う。
鰹節の塊をカンナに押し当て慎重に動かす。
すっ。
薄く半透明のひらひらとした削り節がふわりと舞い落ちた。
桜色の薄い削り節。
その瞬間、あたりにえも言われぬ香りが広がった。
燻した煙の香り。
魚の濃い旨味を感じさせる匂い。
鼻を抜ける芳醇な香りに思わず頬が緩む。
「うわあ……いい匂い……」
シオが鼻をひくひくさせながら、削り節に顔を近づけた。
「ちょっと待て。まず出汁を取ろう」
鍋に水を張り干しヌメリ草を入れて弱火にかける。
沸騰する直前で干しヌメリ草を取り出しそこへ鰹節の削り節をぱっとひと掴み入れた。
数十秒。
火を止める。
削り節がゆっくりと沈んでいくのを待ち、布で丁寧に濾した。
鍋に満ちたのは透き通った黄金色の出汁だった。
「……飲んでみろ」
四人分の小さな椀に注ぎ全員で一口すすった。
「「「…………」」」
静寂。
「……なにこれ」
シオが目を見開いた。
「すごい……味が深い……」
「口の中に海が広がる……」
「優しいのに力強い……」
干しヌメリ草のまろやかな旨味。
そこへ鰹節の鋭く香ばしい旨味が重なる。
それぞれの旨味が合わさり味わいが何倍にも膨らんでいた。
昆布と鰹節。出汁の最強コンビだ。
俺は静かに目を閉じた。
前世で食べたあの店の丁寧に取られた魚介出汁の味。
それに確かに近い。
……いや、近いどころじゃない。
「ラメルさん、また泣いてます」
「うるさい」
笑いながら涙を拭った。
この世界で鰹節を作れた。
そして、魚醤まで手に入れた。
ウルフの出汁。タスクボアの出汁。
海老とカニとホタガイの出汁。
干しヌメリ草と鰹節の出汁。
そこに魚醤を合わせれば。
「海鮮ラーメンができるぞ!」
「「「おおおおお!!」」」
三人が歓声を上げた。
鰹節の塊をそっと撫でる。
これからが本番だ。
この町でとびきりの海鮮ラーメンを作る。
そして街に持ち帰る。
ダルクたちにこれを食べさせたらどんな顔をするだろうか。
想像するだけでワクワクした。
お読みいただきありがとうございます!!
昆布出汁効いてるよ「カツオ」と「昆布」の合わせ技。
鰹節を手に入れたラメルたち。次はいよいよ海鮮ラーメン作りです!
魚介の旨味を重ねた一杯はどんな味になるのか。
引き続きよろしくお願いします!




