第十八話 ショーとユウの家族
その夜。
屋台の営業を終えた俺たちは新しい店のことを話し合っていた。
「店はできる。でも問題が一つある」
ボロ屋の前で俺は腕を組んだ。
「俺たちは海へ行く。その間誰が店を切り盛りするんだ?」
「あ……」
シオがはっとした。
店を持つ。昼も夜も営業する。
そのためには人手が必要だ。
しかも、俺たちが留守の間もずっと。
「俺たちじゃダメですか?」
ショーが首をかしげた。
「ダメじゃない。でもお前たちには海へ一緒に来てほしい。仲間だからな」
「ラメルさん……!」
「それにお前たちには家族がいるだろ?」
二人の表情が少し変わった。
ショーとユウが見習い冒険者になったのは家計を助けるためだ。
二人の家族は数ヶ月前に村を離れこの街へやってきた。
きっかけは不作だった。
作物が思うように育たず村全体が苦しい生活を強いられた。
食べていくだけなら何とかなっても来年の種や生活に必要な道具まで揃える余裕はない。
二人の家族はこのまま村に残るよりも仕事のある街へ出たほうがいいと考えたのだ。
とはいえ、街に来ればすぐに暮らしが楽になるわけではない。
二人の家族は街の外れにある安い長屋で暮らしながら日々の生活をやりくりしていた。
二人が見習い冒険者になったのも家計を助けるためだ。
「……うちの母ちゃんと弟と妹ですか?」
ショーが遠慮がちに尋ねた。
「ユウのお父さんとお母さんと妹もな」
俺が頷くと二人は顔を見合わせた。
「は、働けるでしょうか?」
「それは本人たちに聞いてみないとな。明日会わせてくれ」
「分かりました!」
ショーが元気よく返事をした。
ユウも小さく頷く。
二人にとって家族の仕事が見つかることは大きな意味を持つはずだ。
俺たちが海へ出ている間も収入を得られる。
それに店が軌道に乗ればこの先の暮らしも安定するかもしれない。
もちろん本人たちの希望が第一だ。俺は二人の家族に無理をさせるつもりはなかった。
翌日。
ボロ屋の前にショーとユウの家族が集まった。
俺はまず全員の顔を見渡した。
初対面の相手に仕事を頼むのだからこちらもきちんと説明しなければならない。
ショーの母は恰幅のいい女性だった。
腕も肩もしっかりしていていかにも肝っ玉母さんという雰囲気だ。
まとめた髪に飾り気はなく動きやすそうな服を着ている。
少しくたびれた服ではあったが身なりはきちんと整えられていた。
その後ろにはショーの弟と妹が隠れるように立っていた。
弟は母の服の裾を握り妹は兄の背中からそっとこちらを覗いている。
二人ともまだ幼く見知らぬ大人たちに囲まれて緊張しているようだった。
それでもショーが振り返って笑いかけると二人は少しだけ顔を上げた。
兄のことを頼りにしているのだろう。
一方ユウの家族は対照的だった。
ユウの父は無口で体格の大きな男性だった。
日に焼けた腕は太く手のひらには職人らしい硬いまめがある。
言葉数は少なそうだが立ち姿にはどっしりとした頼もしさがあった。
その隣に立つユウの母はおっとりとした柔らかな雰囲気の女性だった。
緊張しているのか少し遠慮がちに微笑んでいる。
母の手には小さな娘がしっかりとしがみついていた。
妹はユウと同じようにおとなしい子なのだろう。
俺と目が合うと慌てて母の後ろに隠れてしまった。
「ラメルさん。うちのショーがいつもお世話になってます」
ショーの母が深々と頭を下げた。
「いえいえこちらこそいつも助けてもらってます」
深々と頭を下げ合った。
「話は息子から聞きました」
顔を上げたショーの母は真剣な表情をしていた。
「うちの子たちがこんなに元気に笑うようになったのはラメルさんのラーメンのおかげです。それだけでもう一生分の恩があるのに……」
「お母さん、そんな大げさですって」
「大げさなものですか!」
そう言ってからショーの母は俺に向き直った。
「前は家のことを気にしてばかりで好きなことも我慢していたでしょう。それが今では毎日楽しそうに冒険者の話をしてくれる。ユウくんと一緒に新しいことを覚えて自分から進んで動くようにもなった。この子たちが前向きになれたのはラメルさんが居場所を作ってくれたからです。親として本当にありがたく思っています」
「母ちゃん……」
ショーが俯いた。
母親の言葉が照れくさいのだろう。けれどその耳は少し赤くなっていた。
「本当ですよ。それにこのお仕事ありがたい話です。全力でやらせてください」
ショーの母は迷いなくそう言った。
「わ、私も……!」
ユウの母も一歩前に出た。
「うちも街に来てから仕事を探していました。家族で暮らしていくにはお金も必要ですし……。でも小さな子もいるのでなかなか条件の合う仕事が見つからなくて」
母親は手を握りしめながら少しだけ視線を落とした。
「だからこんなお話をいただけて本当に助かります。私にできることなら何でも頑張ります」
その言葉にユウが母親の顔を見上げた。母の手を握っていた小さな妹も不思議そうに二人の顔を見比べている。
「…………」
ユウの父は無言で深く頭を下げた。
言葉こそ少なかったがその姿からは家族のために働く覚悟が伝わってきた。
「お父さんは厨房をお願いしたいと思っています。大きな鍋を扱ったり食材を切ったりする仕事です。経験がなければ最初は俺が教えます」
ユウの父は顔を上げて俺を見た。
「料理の経験は多くありません。ですが力仕事ならできます。教えていただけるなら精一杯やらせてもらいます」
低く落ち着いた声だった。
「ありがとうございます。俺も助かります」
俺は家族全員を見渡した。
こちらの都合だけで仕事を割り振るのではなくそれぞれの得意なことを生かせるようにしたい。
「じゃあ仕事の内容を説明しますね。店はラーメン屋です。俺たちが海へ行っている間も営業できるようにしたいんです」
店の営業時間や仕事の分担を説明するとショーの母は真剣な顔で何度も頷いた。
ユウの父も厨房の設備やかまどの位置を確認している。
ユウの母は接客や洗い物について質問してくれた。
家族全員がすぐに仕事を覚えられるわけではないだろう。
それでもやる気は十分に伝わってきた。
こうして店の人員が決まった。
ショーの母が店長代理。
ユウの父が厨房の責任者。
母たちが接客と洗い物。
ショーとユウの弟妹たちは皿運びや掃除などできることを手伝う。
もちろん幼い子たちに無理はさせない。
できる範囲で店の手伝いをしながら家族と一緒に過ごしてもらうつもりだ。
二人の家族がこの街で新しい生活を築く。
その手助けができるのなら俺にとっても嬉しいことだった。
それから数日間。
ボロ屋の改装が始まった。
屋根の瓦を冒険者たちが直す。
剥がれた壁を塗り直す。
歪んだ窓の枠は新しい板で補強する。
「うおおお!この屋根重てえな!」
「こっちの壁あと少しだ!」
「今日の討伐よりもよっぽどきついぞ!」
冒険者たちは文句を言いながらも楽しそうに働いている。
普段は魔物を相手にしている連中が今日は木材を担ぎ釘を打ち壁を塗っている。
戦うときとはまた違う真剣な顔つきだ。
作業の合間には誰が一番早く壁を塗れるか競争まで始まった。
「おい! そこは塗り残しがあるぞ!」
「うるせえ! そっちだって曲がってるじゃねえか!」
「何だと!?」
そんなやり取りを聞きながら俺は思わず笑った。
みんなラーメン屋が完成する日を待ちわびているのだ。
厨房には大きな寸胴がいくつも運び込まれた。
かまどの煙突は掃除されてぐんぐん煙を吸い込んでいく。
店内にはカウンター席と小さなテーブル席が並んだ。
カウンターの向こうにはラーメンを作るための作業台を設け鍋や調理道具を使いやすい場所に配置した。
食器を置く棚も作り、洗い場も整える。
まだ古い建物の面影は残っているが最初に見たときとは見違えるほどになっていた。
そして、看板は『ラーメン』とだけ書いてある。
「店の名前は決めないんですか?」
シオが聞いた。
「うーん帰ってきてから決めよう。ちゃんとした名前をつけたいし」
せっかくの店だ。急いで適当な名前をつけるよりは納得のいくものを考えたい。
材料の調達方法もきちんと考えた。
ラーメンの材料は街の店で買えるものを中心にする。
小麦粉は粉屋。
塩と干し魚は乾物屋。
干しヌメリ草は燃料屋。
ウルフの骨は肉屋と冒険者ギルドから。
野菜は八百屋。
薬味は街のすぐ外の野原に雑草として生えている。
「全部この街で手に入る。つまり俺たちがいなくても店は回る」
「それは心強いですね」
シオが店内を見回した。
材料の仕入れ先も決まった。厨房を任せられる人もいる。接客や片付けを手伝ってくれる人もいる。これなら俺たちが海辺の町へ行っている間も営業を続けられるはずだ。
ただし街の店では手に入らないものが二つある。
一つは醤油。
もう一つは麺を作る秘密の粉。
この二つだけは俺が用意する必要がある。
逆に言えばそれさえ何とかすれば店は動き出せる。
海辺の町への出発は少し遅れることになったがそれも悪くない。
新しい店がこの街の人たちの居場所になってくれればそれでいい。
俺は生まれ変わって初めて持つ自分の店を見渡した。
ここからまた新しいラーメンの物語が始まる。
お読みいただきありがとうございます!!
新店オープンに向けて準備が進んでいます!
今回はショーとユウの家族も仲間入り。
ラーメン屋を通じて家族みんなの暮らしも少しずつ変わっていきそうです。
お店の改装に人員の確保に仕入れ先の準備……ラーメン屋を始めるのも大変ですね!
次回もよろしくお願いします!!




