第十二話 行列の端の小さな二人
屋台を始めて十日が過ぎた。
北門の屋台はすっかり冒険者たちの名物になっていた。
夕方になると討伐帰りの男女が行列を作る。
「臭い屋台」という呼び名はいつの間にか「臭くてうまい屋台」に変わり「ラーメン」という言葉も少しずつ冒険者たちの間に広まりつつあった。
相変わらず獣臭さは残っているがそれも含めてこの屋台の名物になってしまったらしい。
その日も行列は長かった。
ふと俺は行列の最後尾に小さな影が二つあるのに気づいた。
二人の少年だった。
一人は短い茶髪の活発そうな子。腰に木の剣をぶら下げている。
もう一人は少し小柄で大きな丸い盾を両手で抱きしめているおとなしそうな子。
どちらもまだ十歳くらいの子供に見える。
首には見習い冒険者の木札。
「ショー本当に食べるの……?」
「当たり前だろユウ!みんながうまいって言ってるんだ!」
茶髪の少年が胸を張った。
……けれど順番が順番が近づくにつれて二人の顔がどんどん曇っていく。
値段の札を見てショーがごくりと唾を飲み込んだ。
「鉄貨五枚……」
「ショー、僕たち全部で鉄貨三枚と銅貨がちょっとしかないよ……」
「…………」
二人は顔を見合わせてしゅんとうなだれてしまった。
この世界の食事は一食鉄貨二枚。
見習い冒険者の少ない稼ぎで鉄貨五枚のラーメンはあまりにも高い。
食べたい気持ちだけではどうにもならない。二人の手持ちでは一杯にすら届かなかった。
「……ラメルさん」
シオが俺の袖をそっと引っ張った。
「あの子たち……」
「うん見てた」
俺はカウンターの向こうから声をかけた。
「そこのお二人さん、順番回ってきたよ」
「あ、あの……!」
ショーが慌てて顔を上げた。
「俺たちお金が足りなくて……その見てるだけでいいんです!」
「見てるだけ?」
「はい!こんなにいい匂いなのですごく気になって……」
その言葉に俺は思わず耳を疑った。
開店当初は臭いと罵られ続けたこの屋台でそんなことを言ってくれる客がいるとは。
ショーの目は真剣だった。
ユウも盾に顔を半分埋めながらこくこくと頷いている。
俺はふっと笑った。
「じゃあ一つ提案がある」
「え?」
「今人手が足りなくてさ。皿洗いと薪運びを手伝ってくれないか?終わったらまかないでラーメンを一杯ずつご馳走するからさ」
「え……っ!?」
二人の目がまん丸に見開かれた。
「いいんですか!?」
「やります!やらせてください!」
「ぼ、僕も!がんばります!」
ショーとユウがぱあっと顔を輝かせた。
さっきまでうなだれていた二人が嘘のようだった。
それからの二人の働きぶりはすごかった。
ショーは薪を両手いっぱいに抱えてちょこちょこと運ぶ。
ユウは丁寧に一枚一枚どんぶりを洗う。
「ショー、そこ危ないよ!」
「大丈夫だってユウ!」
ショーが勢いよく走ればユウが心配そうに追いかける。ユウが慎重に作業していればショーが「もっと急いで!」と急かす。
元気いっぱいの掛け合い。
見ていて微笑ましい。
シオも弟みたいな年頃の子と話せるのが嬉しいらしい。
「ショーくんユウくん。お水足りてますか?」
「大丈夫ですシオ姉さん!」
「ね、姉さん……」
シオは嬉しそうに頬を染めた。尻尾まで嬉しそうに揺れている。
やがて行列がさばけ、屋台が落ち着いた頃。
「お疲れさま。さあ、まかないだ」
俺は二つのどんぶりをカウンターに置いた。
ショーとユウは並んでどんぶりの前に座る。
「「いただきます……!」」
二人とも声が少し震えていた。ずっと食べたかったラーメンが目の前にあるのだ。
ユウがおそるおそるスープを一口すする。
その瞬間ユウの大きな目からぽろりと涙がこぼれた。
「ユ、ユウ!?どうした!?」
「……おいしい……!」
ユウは泣きながら麺をすすった。
「おいしいよぉ……」
小さな手でどんぶりを支えながら一生懸命に麺をすすり続ける。
まるで一口も無駄にしたくないとでもいうように。
ショーも慌てて麺をすする。
「ううめええええっ!」
ショーの声が夜の空に響き渡った。
「なんだこれ!なんだこれ!こんなの食ったことない!」
「ショー、うるさいよ……おいしいけど、おいしいけど……!」
二人は夢中になってラーメンを食べ続けた。
やがて二人の体がふわりと橙色に光った。
『食事効果:ショーとユウ 全能力+10%(数時間)』
「……あれ?」
ショーが自分の手をまじまじと見つめた。
「体が熱い。いつもより力が出る気がする!」
「僕も……なんだか盾が軽い!」
二人は驚いたように顔を見合わせた。
もともとの能力が低い二人にとって上昇した数値そのものはわずかかもしれない。だが、まだ幼い二人がその変化を実感するには十分だった。
食べ終わった後も二人は屋台の前から動かなかった。
ショーがぽつりと口を開いた。
「……俺たち冒険者になって有名になりたいんです」
「有名に?」
「はい。村でいつも弱いって馬鹿にされてて。でも俺たち絶対に強くなってみんなを見返したい」
「ショーは剣で。僕は盾で。二人で一緒に金札の冒険者になるんだ」
ユウも静かにでも力強く言った。
「でも依頼を受けてもゴブリン一匹倒せなくて……いつもお腹が空いてふらふらで……」
ショーは悔しそうに唇を噛んだ。ユウも盾を抱きしめたままうつむいている。
二人の幼い横顔。
俺はその姿にふと弟と妹を重ねていた。
あの二人も今頃何をしているだろう。
「……ラメルさん」
ショーがまっすぐに俺を見つめた。
「俺今日のラーメン一生忘れません。いつか立派な冒険者になってこのラーメンを世界中に広めます!」
「世界中にって……大きく出たな」
「ほ、本気です!」
「僕も!」
ショーとユウは隣り合って拳をぐっと握った。
俺はしばらく二人を見つめていた。
ラーメンを広めたい。
それは俺自身の夢でもある。
その夢をこんなにも真っすぐな目で応援してくれる子たちがいる。
それが、なんだか無性に嬉しかった。
「……分かった」
俺はにっと笑った。
「じゃあ約束だ。強くなったらまたここに食べに来い!それまでここで待ってる」
「はい!」
「は、はいっ!」
ショーとユウは元気よく返事をした。
そして帰り際二人は深々と頭を下げた。
「ごちそうさまでした!また明日も手伝いに来ます!」
「え、毎日来る気か?」
「だめですか?」
「……いいや。歓迎するよ」
二人の背中が夕闇の中に小さくなっていく。
シオが隣でくすくすと笑った。
「ラメルさんまた仲間が増えそうですね」
「……そうかもな」
俺は屋台の火を落としながら二人が去っていった方を見つめた。
ラーメンは人と人を結びつける。
腹を満たすだけじゃない。
誰かの夢を支えたり新しい出会いを生んだりすることだってある。
そんな予感が胸の奥に静かに灯っていた。
お読みいただきありがとうございます!!
今回はショーとユウが初登場!
お金が足りずラーメンを食べられなかった二人ですが皿洗いと薪運びを頑張って念願の一杯にありつけました。
いつか二人が立派な冒険者になりラーメンを世界中に広めてくれる日が来るのでしょうか?
ラーメンがつないだ小さな縁。
これからの二人の成長にもご期待ください!
次回もお楽しみに!




