第十一話 獣臭い屋台、開店
翌日の夕方。
北門の近くの空き地に俺たちの屋台がぽつんと立っていた。
屋台の上には俺が板きれに書いた看板。
『ラーメン』
この世界の人には読めても意味が分からない。
だが、いつか世界中の人々がこの文字を見るだけでよだれを垂らす日が来るはずだ。
竈の上では道具屋で買った大きな寸胴がぐつぐつと音を立てている。
街の外れにあるうえ、風下に屋台を置いた。これなら臭いで苦情が出ることもないだろう。
……たぶん。
値段は一杯鉄貨五枚。
「鉄貨五枚……ですか。ほかのお店二倍以上ですね……」
シオが少し不安そうに言った。
「高い。それは分かってる。でも……」
俺は頭の中で計算した。
ウルフの骨も肉も脂も自分で狩ったからほぼ原価ゼロ。野草もタダ。
塩は安い。重曹は買い取り済み。
唯一お金がかかるのは小麦粉くらい。一杯あたり銅貨数枚だ。
「一杯売れれば十分利益が出る」
「でも売れればですよね」
「そうだ。売れればな」
自分で言っておいてなんだが、そこが一番の問題だった。
そして、開店初日。
誰も来なかった。
通りかかる人はいた。
けれど、屋台の前を通りかかった瞬間全員が顔をしかめて鼻をつまんで足早に通り過ぎていく。
「うわっ、臭っ」
「何だあれ獣でも煮てるのか?」
子どもが指を指して叫んだ。
「くさーい!」
……そう。獣臭いのだ。
宿屋の台所で煮込んだ時よりはマシだ。
屋外だし風も通る。それでもウルフの骨を使っている以上どうしても独特の臭いが残ってしまう。
しかも、初めて見る料理だ。
臭いを我慢してまで食べようと思う人がいないのも無理はない。
二日目も三日目も同じだった。
「…………」
「…………」
三日間一杯も売れなかった。
夕暮れの屋台の前で俺とシオは膝を抱えて座り込んでいた。
「ラメルさん……」
「うん。まあ、予想はしてた」
「予想してたんですか?」
「……半分は」
残り半分はもう少しくらい売れると思っていた。
売れなくても材料費がほぼゼロなのは救いだった。
余ったラーメンは毎晩俺とシオで食べている。
おかげでシオのステータスは日に日に上がっていた。
「でも宿代は毎日銀貨四枚です。このままだと……」
「分かってる」
財布を覗く。
ラーメンには使わない角ウサギやウルフの素材を売って、どうにか金貨一枚と銀貨数枚を残している。
だが、このままではよくて三日しか持たない。
焦りが胸の奥にじわりと広がる。
けれど諦めるつもりはなかった。
「臭いを何とかするんだ。ウルフの下処理をもっと工夫して……それと、スープの作り方も見直さないとな」
味には自信がある。
だが、どれだけおいしい料理でも、食べてもらえなければ意味がない。
四日目の夕刻。
日は西の空に完全に沈んでいた。
今日も客は来ていない。
「……今日はもう閉めようか」
俺がそう言ったその時だった。
北門の方から重い足音が近づいてきた。
鎧を着込んだ四人組の男女。全員傷だらけで泥だらけ。
肩を落として疲れ切った様子でふらふらと歩いている。
冒険者のパーティだ。
「……疲れた……」
「くそ、討伐依頼しんどかったな……」
「腹減ったぁ……」
彼らは北門をくぐり、街へ戻ってくるところだった。
先頭を歩いていた髭面の大柄な男が俺たちの屋台に目を留めた。
「お、屋台か?こんな時間にまだやってる店が……」
彼は鼻をひくひくとさせた。
「……臭えな。何を煮てるんだこれは」
「ウルフです」
「ウルフ…?」
「ウルフラーメンです」
「らーめん…?」
男は聞いたことのない名前に眉をひそめた。
「おい、他に店はやってないのか?酒場も飯屋もこの時間はもう閉まってるだろ」
「ええ、ほとんどが閉まってるわ」
仲間の魔法使いの女性が疲れた声で答えた。
「でもよぉ、温かい飯が食いたいんだよな……」
四人は顔を見合わせた。
臭いが気になる。でも腹が減っている。
だが、腹は減っている。しかも、目の前には温かい料理を出してくれそうな屋台がある。
「……いくらだ?」
「一杯五鉄貨です」
「高っ!」
男が思わず声を上げた。
「でもおいしいですよ」
俺はにっこりと笑った。
髭面の男――ダルクと名乗った――
しばらく悩んだあと深いため息をついた。
「……まあいい。四つくれ」
シオが嬉しそうに麺を茹で始めた。
湯気が立ちのぼる。スープの香りが広がる。
寸胴からスープをすくい、茹で上がった麺と一緒にどんぶりへ。
最後に具材を盛りつける。
四つのどんぶりが並べられた。
ダルクたちはおそるおそるスープを一口すすった。
「…………」
無言。
俺は思わず息をのんだ。
次の瞬間彼は麺をずるずるとものすごい勢いですすり始めた。
「ななんだこれは!?」
「うまい……!」
「あったかい……!」
四人は無我夢中で食べ続けた。
どんぶりがあっという間に空になっていく。
最後にスープの一滴まで飲み干してダルクは深く息をついた。
「……生き返った」
その時だった。
四人の体がふわりと淡い橙色に光った。
『食事効果:ダルク一行 全能力+10%(数時間)』
「……ん?」
ダルクが自分の腕を見つめた。
「なんだ?体が軽い。さっきまで鉛みたいに重かったのに……力が湧いてくる!」
「私も魔力が満ちてきたわ」
「傷の痛みまで和らいでる……」
彼らは驚いた顔で俺とシオを見つめた。
それもそのはずだ。
ラーメンを食べた者は全ステータスが10%上がっているのだから。
「兄ちゃん、あんた何を食わせたんだ?こいつはただの飯じゃねえよな」
「いえ、ただのラーメンですよ」
俺はちょっと照れくさく答えた。
ダルクは豪快に笑った。
「ははは!気に入った!臭いはきついがうまくて元気が出る。礼を言うぜ。明日他の連中にも勧めとくぜ!」
彼は鉄貨二十枚をカウンターに置いて仲間たちと一緒に街へ戻っていった。
屋台に静けさが戻る。
俺とシオはカウンターに残された銀貨二枚分の鉄貨をじっと見つめていた。
「……ラメルさん」
「……うん」
「初めて売れました!」
「やった……!」
俺たちは思わず手を取り合って飛び跳ねた。
三日間、一杯も売れなかった。
それが、ようやく売れたのだ。
しかも、客は四人とも満足して帰ってくれた。
この一杯がきっとこの世界の新しい歴史の始まりになる。
……大げさかな?
でも、そう思わずにはいられなかった。
翌日の夕方。
北門の近くの屋台の前に昨日のダルク一行がやってきた。
「よう兄ちゃん!今日も頼むぜ!」
「いらっしゃいませ!」
それだけではなかった。
彼らの後ろに見慣れない冒険者の姿がいくつもあった。
「ダルクのやつが言ってたんだ。『北門に臭くてうまくて元気が出る屋台がある』ってな!」
「どんな料理なのか気になってよ」
「臭いが逆に気になってな」
臭いは相変わらずだ。
だが、昨日までは客を遠ざけていたその臭いが今日は屋台の場所を知らせる目印になっていた。
「ラーメン五つ!」
「こっち三つ!」
あっという間に屋台の前に行列ができた。
「ラメルさん麺が足りません!」
「分かった、すぐ作る!」
俺とシオは目の回るような忙しさで麺を打ち麺を茹でスープを注ぎ続けた。
その夜、屋台の売り上げは銀貨二十枚を超えた。
金貨二枚分。ついに宿代を軽々と上回った。
食材を確保して麺を打つ手間はかかる。
それでもこの商売には十分な価値がある。
「……よし」
俺は空になったどんぶりを洗いながら小さく拳を握った。
ラーメン屋台の開業。
ここから本当の異世界ラーメン無双が始まるのだった。
お読みいただきありがとうございます!!
三日間まったく売れなかったラメルたちの屋台ですが、ようやく初めてのお客さんが来てくれました!
しかも、ラーメンのおいしさだけでなく食べることで能力まで上がるという思わぬ効果も発覚。
臭いという欠点はあるものの、冒険者たちの口コミによって屋台は一気に大繁盛!
果たしてラメルは、この勢いに乗って異世界にラーメン文化を広めることができるのでしょうか?
次回もお楽しみに!




