34.『王太子殿下に婚約破棄されたので、華麗にざまあいたしますわ!』
フリッツのことなど、好きではない。
フレンの言葉に、目を見開いたフリッツが食い下がってくる。
「だって、俺の補佐をするように、貴族たちに弱点を伝えてくれたし、飛躍を願うドラゴン刺繍をしてくれたじゃないか。心を込めたプレゼントだって寄越してきただろう」
「ですから、それは小説の内容に沿っただけです」
「小説がなんなのかは知らんが、お前は謀反のときに身を挺して、俺を守った。あんなの、好きな男に対してしか、できないことだろ?」
「確かに、最後の最後のざまあは想定外でした。でも、自分から婚約破棄をした女の子に守られたら、情けなくて最高のざまあになるかと思ったのです」
――フリッツさまの言い方からして、ざまあにはならなかったみたいだけれど。
それどころか、フレンがフリッツのことを好きだと、勘違いさせてしまったなんて。
「わたしが王家の方々を守ろうとしたのは、ノアのためでもあったのです。ノアは命を懸けて、騎士たちと戦っていました。そんな彼の想いに報いるために、わたしは覚悟を決めたのです」
「なんだよ、それ……」
フリッツがわなわなと、唇を震わせる。
フレンはこの日のために、大きめに仕立てておいた懐から、一冊の本を取り出した。
「フリッツさま、この本をどうぞ。差し上げます」
その小説はもちろん、『王太子殿下に婚約破棄されたので、華麗にざまあいたしますわ!』だ。
「これでわたしは、子どもの頃にフリッツさまと交わした約束を果たしました。フリッツさま――、いいえ、王太子殿下。わたしはもう、あなたと関わることはありません」
「嘘だろ。なにが起きているんだ……?」
フリッツは、まるでフレンの言動の答えを探すように、小説のページをめくり始めた。
彼は、ざまあをやり遂げた令嬢が、王太子と対峙する場面の挿絵を指でなぞる。
「そうだ、思い出した……。俺は、もしも道を間違えたら、ざまあして正気に戻してもらいたいほどに、フレンのことが好きだったんだ……」
呟いたフリッツは、フレンに手を伸ばした。
「フレン、俺を選ぶんだ。これからは、俺の傍にいろ。お前は、俺のものだ」
「ごめんなさい。わたし、好きな人がいるんです」
フレンは、きっぱりと告げた。
すると、ノアが感心したようにほう、とため息をついた。
「婚約破棄された令嬢の魅力に、やっと気づいた王太子が再度婚約を申し込むが、すげなく断られる。見事、小説の結末とぴったりかみ合いましたね」
ノアは、フレンに差し出されたままの、フリッツの手をぺしっと払った。
フレンに向き合う。
「フレン、どうか私を選んで。私を生涯、あなたの傍に置いてください。私は、あなたのものです」
はい、とフレンは答えると、自分からノアの手を取った。
「わたし、ノアと一緒に生きたいです。ノア、大好きよ」
「ありがとう……。フレン、愛しています」
ノアは、さらりとフレンの髪をかき上げると、耳にキスをしてくる。
途端に、貴族女性たちから黄色い悲鳴が上がった。
「王弟殿下に愛されるなんて……!」
「令嬢と、騎士の恋。ロマンチックだわ!」
恥ずかしさのあまり、フレンが頬を抑えていると、貴族たちの列が割れた。
やってきたのは、国王だ。
「ノアレス、フレン嬢。改めて、謀反の際の働きに感謝する。……ノアレス、今まで辛く当たってすまなかった」
「私は気にしていませんよ。幼い頃の境遇のおかげで、フレンと出会えたのですから」
「そうか……。実は、フリッツの王太子の座を剝奪しようと思っている」
「父上、どういうことですかっ」
フリッツが国王に縋る。
しかし国王は、フリッツを見もしなかった。
「フリッツを除く余の子どもたちは、まだ幼い。余は、もう五十を迎える。もしも余になにかあったら、ノアレス、お前に王子の中継ぎとして、王座についてもらいたい」
現王と、その弟であるノアは、二十六も年が離れている。二人は、先王の正妃と側妃の子だからだ。妃はどちらも、既に亡い。
「お断りします。私にとって大切なのは、フレンのみ。権力などに興味はありません」
「フレン嬢と別れろと言っているわけではない。お前が正式に、王室へ戻ればいいだけの話だ」
ノアはかぶりを振ると、国王ではなく、フレンの父である公爵へと向き直った。
「リース公爵閣下。私とフレン嬢の婚約を認めていただけませんか」
「先ほどから黙って聞いておれば……。貴殿が王弟だと周囲に明かしたからとて、それがなんだというのか。フリッツとの婚約で、フレンはさんざん傷ついた。そんな王室に、フレンを嫁がせろと? 絶対に許さんぞ」
「いいえ。フレンに、お嫁に来てもらうわけではありません。私を、公爵家の婿にしていただきたいのです」
公爵の表情が、さらに険しくなる。
「王位は望まずとも、公爵家の跡目を狙っているのか」
「そうではありません。願わくば夫として、女公爵となったフレン嬢の補佐をしたく存じます」
「フレンを公爵に……? それは面白いな」
先ほどまでむすっとしていたくせに、公爵は目を輝かせた。
公爵は国王に尋ねる。
「女性が爵位を継ぐのは、アーデル王国では一般的ではありません。フレンが将来、女公爵となることをお許しいただけますかな? 陛下」
「むう……。フリッツがフレン嬢との婚約を破棄したあと、王族との結婚ならよりどりみどりだと話したのは余だからな。公爵が矛を収めてくれるなら、好きにせよ」
ノアとの婚約話が、どんどん進んでいく。
フレンは声を上げた。
「あの! どうしてわたしを置き去りにして、お話がまとまっていくのですか!」
するとノアが、慌てた様子でフレンに視線を合わせた。
「フレンの言うとおりです。大切なのは、あなたの気持ちだ。私が婿になるのは、嫌ですか?」
「いいえ。本当は、とっても嬉しいわ……」
本当のところは、置いてけぼりにされるのが面白くなかっただけなのだ。
「ふむ。フレンも彼と同じ思いなら、婚約を許そう。ノア殿、公爵の婿ともなれば、これから忙しくなる。お望みなら、フレンの新たな専属騎士を雇おうか?」
「とんでもない! フレンの夫の座も、騎士の座も、誰にも渡しはしません」
プハッと公爵が笑った。
「なんとも欲張りな婿だな。フレン、ノア、おめでとう」
悔しそうに立ち尽くすフリッツの周りに、人はいない。
対照的に、フレンとノアを取り巻く貴族たちの拍手の音が、パーティー会場にこだました。




