33.騒動の顛末
謀反騒動からひと月が経った。
この日の夜、フレンはパーティーのために、王宮の大広間へと移動していた。
パーティーには、父である公爵に加え、王弟としての立場と姿を明かしたノアも招待されている。
ノアとは想いを確かめ合ったものの、婚約をしたわけではない。
ゆえに渋々、フレンは公爵をパートナーにしているのだった。
とはいえ、フレンとノアは互いを意識した衣装を身にまとっている。
フレンは、ノアの瞳の色に合わせた空色のドレスを。
ノアは珍しく騎士服を脱ぎ、黒の燕尾服を身につけている。ただし、タイの色はフレンの瞳と同じ緑だ。
フレンの髪は、結うことで長さをごまかすこともできたが、あえて肩まで流している。
貴族令嬢としては異例の髪形だが、髪を短くした経緯に、なんら恥ずべきことはない。
大広間に入ると、侍従が高らかに告げた。
「ノアレス王弟殿下、及びリース公爵と令嬢のおなり!」
ざわり、と貴族たちのざわめきで大広間の空気が揺れた。
「王弟殿下ですって?」
「あの金髪の方だわ。なんて格好いいのかしら……」
女性たちのため息が聞こえてくる。
次いで彼女たちは、フレンに視線を移すと悲鳴交じりの声を上げた。
「フレン嬢の髪、いったいどうされたのかしら。なんておいたわしいの」
「それが、先日の謀反のときに、王太子殿下を庇われた結果らしいわ。ご立派よね」
「フレン嬢を見ていると、なんだか短い髪も悪くないと思えてくるわ」
やがて貴族が揃うと、国王が演説を始めた。
「一か月前の事件で、諸君に心配をかけたことを詫びる。謀反の首謀者だった白鷺騎士団長は捕らえられ、裁判の結果、国外追放になった。団長に従った者や、王都で民に横暴を働いていた黒鷲騎士たちも、相応の罰を受けている。これを機に、両騎士団は再編されることになり、陣頭は元黒鷲騎士団長が執る。――謀反はこれにて、解決とする。今日は存分に、パーティーを楽しんでくれ」
貴族全員に、紫色の液体の入ったグラスがいきわたった。
もちろん、フレンの分もある。
「アーデル王国に、栄えあれ!」
国王の音頭で、貴族たちが一斉にグラスに口をつけた。パーティーの開始である。
「あっ、フレン! それはワインです……!」
ノアが制止してくるが、フレンも周囲にならって、ぶどうの香りのする液体を口に含んだ。
「うっ……」
――これが、本物のワイン……? すっごく、まずいわ……。
ワインは、全く甘くなかった。苦くて、渋い。
おまけに、ひと口飲んだだけで、くらりとめまいがした。
ノアが、フレンのグラスを取り上げると、何事か給仕に囁く。
給仕は、すぐに戻ってきた。ノアが給仕から受け取ったグラスを握らせてくる。
「どうぞ、フレン。こちらを」
「ありがとう……」
ワインと同じ色の液体を飲むと、みずみずしく甘いブドウの味がする。
「これは、ぶどうジュ――」
言いかけたフレンの唇を、ぴんとノアが人差し指で封じた。
「これがフレンの、ワインです」
舌に残った苦みを消そうと、ぶどうジュースを飲んでいると、「よう!」と明るい声がした。
歩いてきたのは、アンガスを始めとする五人だ。
「やっぱり、フレンにはワインが似合うな」
そう話すアンガスの手に、グラスはない。彼は本当に、飲酒をやめたようだ。
「皆さん! その節は、ありがとうございました」
フレンの誘拐騒動に始まり、謀反に至った夜以来、フレンは五人と話せていなかった。
フレンは明け方に帰宅してから数日間、疲労のせいで泥のように眠ってしまったし、リース公爵家は筆頭貴族として、また王弟ノアを受け入れた家として、騒動の収拾に奔走したからだ。
それでも五人と、フレンは手紙でやり取りをしていた。
「フレン嬢。誘拐されたとき、僕のブレスレットが役に立ったんすよね! 嬉しいっす!」
「この前、ボクが見守っていた薬草店の女の子が、ありがとうって言ってくれたんだ。フレン嬢のおかげだよ」
リオン、テオは話す。
マリガとエスタが、フレンの両腕に体を寄せてきた。
「指先の傷が治ってよかったわ。でもまだ爪が短いし、形がちょっといびつね。早く、あたくしを屋敷に招待しなさいな。綺麗に伸びるようにしてあげるから」
「いつになったら、爪紅を塗らせてくれるのです?」
フレンの周りに集まる五人を見た貴族たちの、会話が聞こえてくる。
「王太子殿下の悪友五人衆、なんだか毒気が抜けたような顔をしているわね」
「フレン嬢と、仲睦まじいこと」
「どうやら、行いを改めたみたいよ。悪い噂を全く聞かなくなったもの」
貴族たちの話が聞こえたのか、五人の表情はどこか得意げだ。
そのとき、フレンの前に立ちふさがる人物があった。
「フレン。お前の騎士、身分を隠していたらしいな。俺の叔父だろうが、そんなことは関係ない。男を侍らせるなんて、大した女だよ、お前は」
そう話したのはフリッツだ。なんだか、以前会ったときよりも全体的にぷにぷにしているように見える。
「聞き捨てならないな」
怒気を露わにしたノアを、フレンは制する。
フリッツが、再び口を開いた。
「そいつが騎士としてお前に仕えるのは、広い心で許してやるよ。だからフレン。お前は、もう一度俺と婚約しろ。あんなにしつこくしてきたんだ。好きなんだろ、俺のことが?」
フレンは、首をかたむけた。
「えっ? あれはただのざまあですよ。フリッツさまのことは、全然好きではありません」
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