↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
33/36

32.夜明け

 フリッツに覆いかぶさったとき、なにかがフレンの耳の横を掠めていった。


「フレンッ!」


 悲鳴を上げたノアが、懐から取り出した短剣で、騎士団長の利き腕を払った。

 ギャッ、と団長が短く叫び、床に転がった。


 ノアは足をもつれさせながら、フレンの元まで駆けてくる。フリッツを押しのけると、フレンを抱き起こした。


「フレン、フレン……。しっかりしてください。怪我はっ?」


 フリッツに激突したせいで、視界がふわふわする。フレンはかぶりを振った。


 ――あら……? なんだか頭の右側だけ、軽い気がする……。


「フレン、髪が……」


 ノアの言葉に、フレンは自らの首元に手をやる。

 腰まであったはずの髪が、肩上の長さになっていた。


「首は? 耳は? 切れていませんか」


 ノアの長い指が、フレンの右側頭部から耳、首筋を撫でる。


「平気……。どこも痛くないわ」


 ぽたぽたと、フレンの頬に温かい雫が落ちてきた。

 見上げれば、フレンを抱えているノアの目から、涙があふれている。


「よかった……。あなたが致命傷を負ったのではないかと……」


「ノアは、本当に過保護ね。大丈夫だと言っているでしょう?」


 ところが、ノアの涙は止まらない。


「ですが、貴族令嬢の命たる髪が……。私が隙を作ったばかりに」


「いいのよ。むしろ、すっきりしたわ。この際だから、左側も切ってしまいましょう」


 フレンは、床に落ちていたナイフを拾い上げた。フリッツの命を狙い、騎士団長が投げたものだ。そのナイフで、残った髪を切断する。


「どう? 似合うかしら」


「左側と右側で、長さが違っていますよ。毛先もぎざぎざです」


「帰ったら、ノアが整えてくれる?」


「もちろんです。うんと可愛くしましょうね」


 どうやら、ノアの涙は止まったようだ。

 彼の頬に残る雫を、フレンは拭う。

 そのとき、すぐ近くから声が聞こえた。


「フレン。俺を守ってくれたんだな」


 すっかり存在を忘れていた。フリッツである。

 彼は、床で半身を起こしているフレンの傍らに、しゃがみ込んでいた。


「フリッツさま、お怪我はありませんでしたか?」


「ああ。お前が庇ってくれたおかげだ」


「それはよかったです。では、わたしたちはこれで」


 ノアに支えられながら、フレンは立ち上がる。一刻も早く、黒鷲の団長に加勢しなければ。


「フレン嬢。我らを守ってくれたこと、心から感謝する」

「お姉ちゃん、ありがとう」


 国王と、フリッツの弟たちが頭を下げてくる。


「いえいえ、臣下として、当然のことをしたまでです」


 そのとき、謁見の間の扉が勢いよく開いた。


 中へ入ってきたのは、黒鷲の団長を先頭に、白鷺と黒鷲の騎士たちだ。

 黒鷲騎士団長は、国王に向かって頭を下げる。


「陛下、謀反を鎮圧いたしました。白鷺、黒鷲両騎士団とも、互いが謀反人だと思い込み、衝突しておりました。団員に妄言を吹き込んだのは、白鷺騎士団長だそうです」


 黒鷲の団長の背後にいる両騎士団員たちが、国王に向かって膝をつく。


「白鷺騎士団長に踊らされ、騒ぎを起こしてしまいました。申し訳ありませんでしたっ」


 フレンはふと、黒鷲の団長と目が合う。

 彼はおちゃめなことに、フレンに片目をつむってみせた。




 あとを国王や黒鷲団長に託し、フレンは馬上に揺られていた。


 馬は、フレンの後ろにまたがるノアが操ってくれている。

 フレンはぼうっと空を眺めた。


 遠くの山なみから、わずかに日が顔を出し、深藍だった空に光を投げかけていく。

 まるで世界が、深い眠りから目覚めていくかのようだ。


「長い夜でしたね。あなたが無事で、本当によかった」


 背後から、ノアが語りかけてくる。


「ノアもお疲れさま。わたしを助けてくれて、ありがとう」


 そこまで話したとき、フレンはあっと声を上げた。


「ノアは王弟殿下なのだったわね。これまで、さんざん失礼をしてしまったのではないかしら。ごめんなさい――、いいえ、すみませんでした」


「フレン、どうか今まで通りの言葉遣いでお願いします。私があなたに仕える騎士であることに、変わりはないのですから。それに――」


「それに……?」


 フレンが聞き返すと、ノアの声に悲しみが混ざる。


「あなたによそよそしくされたら、また泣いてしまいそうです」


 ふっとフレンは笑んだ。


「ノアって、実は泣き虫だったの?」


「フレンに関してだけは、どうやらそのようですね」


「では、これまでと同じに。わたし、ノアの涙には弱いみたい」


 くすくすという二人分の笑い声が、早朝の空気に溶けていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。