31.最後の最後のざまあ
ノアの背から顔を起こすと、そこは公爵家のタウンハウスの前だった。
五人は、わざわざ屋敷から出て、フレンを待っていてくれたのだ。
「フレン、目が覚めましたか」
ノアが、わずかに振り向く。
「ええ。今の話は……?」
「――フレン。立てますか」
肯定の意を示すと、ノアがゆっくりと屈んで、フレンを下ろしてくれた。
彼は立ち上がると、いつものように、フレンに視線を合わせる。
「私は今から、王宮でなにが起こっているのか、確かめてきます。フレンは傷の手当てを受けて、ゆっくり休んで」
「そんな、危険だわ。さっき、謀反だと……」
「大丈夫。必ず、あなたの元に戻ります。私はフレンにふさわしい男になるために、もう王弟であることから逃げない」
ノアは、傍らの騎士団長となにやら囁き交わしている。
団長は、私兵のひとりから剣を借り受けていた。王宮へ急行するつもりなのだろう。
「フレン、さっさと屋敷に入るぞ」
「僕たちの活躍を、聞かせてあげるっす」
「休むのが先決だよ」
アンガス、リオン、テオが、フレンとノアを隔てるようにする。
「そうだわ、フレン。今日はあたくしたちと同じ寝台で寝ましょう」
「女の子が三人で寝られる寝台を、用意させるのです!」
マリガとエスタに、手を引かれた。
「……ごめんなさい、皆さん」
五人の視線が、フレンに集中する。
「わたしも、王宮に行かなくてはいけません。助けてくださって、本当にありがとうございました。ジャンブルもありますから、今日は泊まっていってくださいね」
フレンは、やんわりとマリガ、エスタの手をほどく。
――ノアはわたしのために、命をかけようとしている。
フレンは馬を連れた私兵の元へ行った。
「この子、ちょっと借りるわね」
「えっ……、お嬢さまっ?」
フレンはひらりと、馬にまたがった。
運動は得意でないが、乗馬だけは将来の王太子妃のたしなみとして、嫌というほど練習したのだ。
フレンは、馬上からノアに視線を落とす。
「ノア。わたしを置いていくことは、許さないわ」
「フ、フレン? どうかやめてください。あなたはもう、王家となんの関係もない。国に義理立てする必要などないのです!」
「あら。ノアと一緒に生きるなら、わたしは王家の親戚になるのよ。今わたしの手を取るなら、一緒に王宮まで連れて行ってあげるわ」
フレンは、ノアに手を差し伸べた。
ノアは、苦悩するように金髪を両手でわしゃわしゃとかきむしったあと、フレンの馬に乗ってくる。
「手綱は私が持ちます。全くもう……、私の姫は、おてんばが過ぎますね」
ちらりと振り返れば、団長も乗馬している。
「フレン、謀反が起きている王宮なんかに行って、なにをするつもりなんだ!」
アンガスはじめ、心配そうに眉を寄せる五人に、フレンは高らかに告げた。
「最後の最後の、ざまあをしてきます!」
ノアが勢いよく、手綱を引いた。
王宮前広場では、大勢の騎士が戦っていた。
かがり火が煌々と焚かれ、騎士の鎧の色が見分けられる。
ひとつは白銀の鎧、王宮を守る白鷺騎士団のものだ。
もうひとつの黒い鎧は、王都を守る黒鷲騎士団のもの。
両騎士団は、激しく剣を打ち合わせている。
広場の奥には、王宮が建つ。その壮麗な玄関は、開いていた。
「ここは俺に任せろ。必ず争いを止めてみせる!」
黒鷲の騎士団長が言う。
「そんな、団長さんおひとりでは……」
「俺は、黒鷲騎士たちの長だぞ? この場を収める義務がある。心配するな、団員になど負けないさ」
フレンが逡巡していると、ノアが低い声で話した。
「フレン、この場は団長に任せましょう。現場を指揮すべき白鷺の団長の姿が、見えません。これはおかしなことです」
「まさか……、白鷺団長の狙いは、王家……?」
国王たちが、危ない。
フレンは黒鷲の団長にあとを託すと、王宮へと走った。
国王以下、王家の者たちがいたのは、謁見の間だった。
国王に王太子フリッツ、そしてフリッツの幼い弟三人。彼らは謁見の間の奥、玉座付近に追い詰められていた。
国王たちの前に陣取るのは、白鷺騎士十人。そのうちのひとりの顔を見て、フレンはあっと声を上げそうになった。フレンに当て身をくらわせた男だ。
そして、先頭に立つのは白鷺騎士団長である。
「王都の民たちは、黒鷲騎士団の暴走を止められない王家に失望している。無能な王家の連中など、必要ない。粛清申し上げる」
団長の言葉に、国王は声を裏返しながら訴える。
「待て! 余は、黒鷲騎士団のことなど知らぬ!」
「国の長たる、国王が民の様子を把握できていない時点で、罪なのだよ!」
フリッツが弟たちを差し置いて、後ずさりした。
しかし、玉座にぶつかって、姿勢を崩す。
「団長の言うとおりだとしても、俺は悪くないだろう? 早く解放してくれ」
「王太子殿下。貴殿は国費を浪費して遊び惚け、リース公爵令嬢を虐げている。王族の中でもひときわ、評判が悪いのだよ。貴殿だけは特別に、処刑台へ送ってやろう」
「そんな! 俺は次期国王だぞ。好きに振舞ったとして、なにがいけない? 当然の権利だろう!」
「王太子、愚かなり。一番下の第四王子は、二歳になるのだったな。第四王子だけは生かしてやろう。お前たちの死後のことは、心配するな。我が王子の摂政となり、この国を盛り立ててやろう」
そのとき、ノアがフレンの耳に囁いた。
「フレン。あなたは柱の陰に隠れていて。大丈夫、すぐに終わらせます」
このままノアの隣にいても、足手まといになるだけだろう。仕方なく、フレンは謁見の間の隅にある、太い柱の陰に身を隠した。
ノアは、朗々と告げる。
「白鷺騎士団長と、反逆の騎士たちよ。私がお前たちの相手になろう」
団長と騎士たちが、一斉にノアを振り返った。
団長がにたりと笑った。
「ほう、ノアレス王弟か。自らを冷遇した国王一家が死んだとして、貴殿になんの問題がある?」
「私はとある方のしもべだ。王家の権威が失墜して、万一私に王位継承権が回ってきたら、迷惑でな」
「なるほど。王弟は幼少のころから文武ともに天才的で、現王たる兄の存在を霞ませるほどだったとか。王位継承争いを避けるために、貴殿は隠居したのだったな。ならば、我にとっても貴殿は脅威だ。よくここまでやってきてくれた。王弟の命も頂戴しよう」
ノアが、鞘から細剣を抜いた。
「お前たち、やれ」
団長が、ノアに向かって顎をしゃくる。
――ああ、ノア……!
ひやひやしたのも一瞬のこと、ノアを見守っていたフレンはぽかり、と口を開けた。
相手は精鋭で知られる白鷺騎士、それも十人もいるというのに、ノアは危なげなく騎士たちを倒していく。
騎士たちの得物は大剣だというのに、ノアの手にかかると、細剣は押し負けることがない。
目の前の騎士に一閃、背後から襲い掛かろうとする騎士に回し蹴りをくらわせ、男たちの意識を次々刈り取っていく。
団長が怒声を上げた。
「なにを手こずっておる! もうよい、お前たちは我の盾となれ。我が自ら、王弟を殺してくれるわ!」
団長の注意がノアに向かったのを悟って、フレンはそっと、国王たちの元へ向かった。
「お主は、リース公爵令嬢……?」
「フレンが、なんでここに?」
目を丸くする国王とフリッツへ、フレンは静かに、と唇に人差し指を当てた。
フレンは彼らの前に立つ。
――ノアが命をかけて、戦っているんだもの。わたしだって、役に立ってみせる!
とうとうノアは、十人の騎士を倒した。
どの騎士もうめき声をあげているから、命はあるようだ。
「騎士団長。覚悟せよ」
「若造になど、負けるか!」
ノアと騎士団長、二人の戦いは互角に見えた。
ノアが剣術に天与の才を持っていても、騎士団長とて、精鋭ぞろいの白鷺騎士たちの長なのだ。
やがて、二人の剣はつばぜり合いになった。
徐々に、ノアの細剣が騎士団長の大剣を押していく。筋力において、ノアは騎士団長を凌いでいるようだ。
――ノア、頑張ってっ……!
息をつめて見守るフレンの耳に、突然ぱりん、という儚い音が響いた。
――何が起こったの……?
見れば、ノアの細剣が途中で折れている。
騎士団長が、剣を振りかぶった。
――ノア……!
今から駆けつけても、間に合わない。それに、国王たちの守護を放り出すこともできなかった。
――もしもノアの身に、なにかあったら……。
絶望的な気持ちで眺めていると、ノアの体が一瞬沈んだ。
――まさか、剣で斬られて……。
体勢を崩したのかと思いきや、ノアは騎士団長の足を素早く払う。そのまま団長を担ぐと、磨き上げられた床に叩きつけた。
「私の特技が、剣術だけだと思うか? 侮ってもらっては困るな」
ノアが、騎士団長を見下ろす。
「クソッ……」
うずくまる団長から、ノアが王族の無事を確認するように、こちらへ視線を寄越した。
彼は目を丸くする。
「フレン……? なぜ、そんなところにっ!」
ノアの注意が逸れた一瞬の隙に、騎士団長は屈みこんだまま、なにかを投擲した。
「王太子! 貴様だけは殺してやる!」
フリッツの首に、なにかが吸い込まれていく。
「フリッツさま、危ない!」
フレンは、フリッツを突き飛ばす。
勢い余って転んだ彼の体に、覆いかぶさった。




