25.恋の自覚
マリガが椅子を蹴飛ばすように、立ち上がった。貴族たちに告げる。
「あんたたちだって、フレンばかり称賛するけど、それは最高位貴族の娘であるこの女に追従しているからでしょう? 見なさいよ、フレンはこんなにダサい服を着てんのよ! 笑いなさいよ!」
貴族のうちのひとりが、ぼそりと零した。
「そう言われてもな……。ドレスが似合っているのは事実だし……」
その言葉をきっかけに、貴族たちが堰を切ったように話し始める。
「身を引きながらも、王太子殿下の幸せを祈っているのは確かだしな」
「今だって、『魅惑の蝶』と『狙い系天然』になじられても、怒ることすらしないし」
そして貴族たちは、マリガとエスタをじろりと視線をやった。
「笑われるべきなのは、むしろ……」
「ひらひら男に群がって、今は王太子殿下の権力という蜜を吸っているのは……」
「男を惑わす女とは、お前たちのことだよ、『魅惑の蝶』に『狙い系天然』」
くすくす、と広場中に嘲笑が満ちた。
「やめてください!」
フレンは席を立つと、声を張り上げた。
「マリガさんとフレンさんは、わたしの大切な友人です。悪く言うことは、リース公爵の娘たるわたしが許しません」
ぴたりと、貴族たちが静かになった。
家名など持ち出したくはなかったが、マリガとエスタを守ることが先決だ。
「今日は、お招きしておりながらご無礼したことを、お詫び申し上げます。どうぞお引き取りください」
フレンは謝罪の意味を込めて、深く低いカーテシーをする。
「別に、フレン嬢を悪く思っているわけではありませんわ」
「わたくしたちを呼びつけたのは、マリガ嬢とエスタ嬢ですもの」
「これにて失礼するといたしましょう」
貴族たちが去ると、広場に残ったのはフレンにノア、マリガとエスタだけだ。
いつの間にか、メイドまでいなくなっている。
「マリガさん、座りませんか」
フレンは、立ち尽くすマリガに声をかけた。
脱力するように座るマリガを見て、フレンも椅子に腰かける。
エスタは、テーブルに拳を叩きつけた格好のまま、俯いていた。
「これでやっと、女の子三人のお茶会になりましたね」
フレンが微笑むと、マリガがぼそりと呟く。
「あんたのコック騎士はいるけどね」
「それは……、すみません」
フレンの謝罪に、エスタが顔を上げる。
「もう慣れたのです。フレン、さっきはエスタたちのために、貴族たちへ怒ってみせたのです?」
「友達が悪く言われたんですもの。当然でしょう?」
フッと笑ったのはマリガだ。
「友達? あたくしたちがあんたになにをしたか、分かっているの?」
「はい。ドレスをもらいました。髪を整えてくれて、お化粧もしてもらいました。こうやってお茶会にも誘ってもらって、わたし、お二人にもらってばかりです」
「違うわ、あたくしたちはあんたを貶めようとして、茶会に貴族たちを呼んだのよ。わざとあんたにみっともない格好をさせて、笑い者にしてやりたかったの」
「なのに、笑われたのはエスタたちだったのです。皮肉なのです」
フレンは二人を元気づけようと、明るい声を出した。
「大丈夫ですよ! これからいくらでも、挽回できます」
するとマリガが、フレンの気持ちを推し量るように、じっと見つめてきた。
「……ねえフレン。あんたは本当に、あたくしたちを見下しているの?」
フレンは首をかたむけた。
「そんなふうに思うはずがありません。なにかあったのですか」
「エスタたちは魔性の女だから。真面目なフレンは、エスタたちのことを馬鹿にしているだろうって……」
「まさか。お二人は、しっかり社交をこなしているだけではありませんか。わたしは積極的に貴族と交流できるほうではありませんでしたから、お二人はすごいです」
マリガが、自嘲するような笑みを浮かべる。
「あたくしたちが、何人もの男にちょっかいを出したり、色々貢がせたりしたのは本当なのよ」
「それは、なにか理由があったのではありませんか。例えば、真実の恋を探すためとか」
――恋を探した結果として、二人はフリッツさまと巡り合ったのかも。
そう思ったフレンだが、マリガとエスタは緩く首を横に振った。
「リース公爵家のお嬢さまには、理解できなくても仕方がないわ。あたくしもエスタも、辛うじて貴族の枠に引っかかっているような、貧乏な家の娘なの」
「アクセサリーどころか、ドレスさえまともに仕立てられなくて、エスタたちはパーティーに出るたびに、男の人に甘えて、おねだりをしてきたのです。そうしないと、社交会で生き残れなかったから」
ふう、とエスタがため息をつく。
「でも、あたくしたちが男と仲良くなるたびに、女からは蔑まれるようになったわ。王太子であるフリッツの横にいれば、貴族たちから侮蔑の視線を向けられることはなくなると思ったのに、なにも変わらなかった……」
嘆く二人を見て、フレンはぽん、と手を合わせた。
「では、これからはわたしと一緒に行動しましょう! なんといっても、わたしはフリッツさまへのざまあを成し遂げた悪女ですから。きっと皆、嫌われ者のわたしに注目します。お二人へのいじわるな視線なんて、どこかへ行ってしまいますよ」
我ながら、いい案だ。
ところが、マリガとエスタは顎を落とした。
「ざまあ……?」
「嫌われ者……?」
フレンは任せてください、と胸を叩いた。
「もう社交は辞めようと思っていましたが、お二人が出るパーティーには出席することにします。頑張らないと!」
拳を握ったとき、フレンの頭上に影が差した。
「ご歓談中、失礼します。日差しが強くなってきましたので」
見上げれば、ノアがフレンに日傘を差しかけてくれている。
「ノア、その傘はどこに持っていたの? 全身鎧の姿なのに」
「剣と一緒に、腰に佩いておりました。フレンが暑さで、体調を崩さないか心配でしたので」
以前のフレンだったら、大げさね、とノアの行動に呆れていただろう。
しかし、ノアへの正体不明の想いを持て余している今のフレンにとっては、彼の気遣いにどう対応していいのか分からなくなってしまう。
「あらまあ」
「フレンの顔が、赤くなっているですね」
なにやら、マリガとエスタが先ほどとは打って変わって、楽しそうな笑みを浮かべている。
「コック騎士、あたくしたちはこれから、フレンと大事な話をするわ。あんた、ちょっとどこかへ行っていなさい」
「お断りする。フレンを守ることが、私の役目なのだから」
表情を硬くするノアに、フレンは語りかけた。
「ノア、ここに危険はないわ。それにわたしも、女の子だけのお話をしてみたいの」
マリガとエスタが、フレンに加勢した。
「もう、あんたのお姫さまを傷つけることは二度としないわ」
「コック騎士は、馬車寄せで待っているのです」
なんとなくノアが、兜の奥からこの場を離れたくない、と懇願してくるような気配がする。
「ごめんねノア。お茶会が終わったら、わたしが馬車寄せに行くから」
「……分かりました。どうぞ、これを」
フレンに日傘を手渡し、ノアは去っていった。
待っていたと言わんばかりに、マリガが口を開く。
「ねえフレン。あんたコック騎士のことを、どう思っているの?」
「どうって……。わたしに仕えてくれている騎士ですけれど。彼には、本当に感謝しているんです」
「そういうことじゃ、ないのですよねえ……」
はあ、とエスタが空を見上げる。
「聞き方を変えるわ。あいつは、いつからあんたの専属騎士をやっているの?」
マリガに問われる。
「フリッツさまに、婚約破棄された直後からです。元々白鷺騎士だったのですけれど、今後はわたしだけを守りたいと言ってくれて」
「ふむふむ。一緒にいるようになったのは最近、と。フレンは初めから、ノアを見ると顔が赤くなっていたのです?」
「わたし、そんなにそんなに赤い顔をしていましたか……?」
いたたまれなくなって、フレンはテーブルの下で手を握り合わせた。
くすり、とマリガが笑う。
「それはもう。頬紅が負けるくらい真っ赤だったわ」
フレンは、先日の薔薇のアーチでの出来事を思い出す。
「こうなったのは多分、四日くらい前からです。でも、それより前からもときどき、体がおかしくなることがあって……」
「なるほど。続けなさい」
「体の異変は、どんどんひどくなっていくんです。気持ちもなんだか不安定で……。マリガさん、エスタさん。わたし、どうしちゃったんでしょうか」
真剣に尋ねているのに、マリガとエスタのにやにやは止まらない。
「その体と心の異変とやらを、早く教えるのです!」
「……ノアの傍にいると、胸がどきどきして、顔が熱くなる。彼と一緒にいるだけでとても嬉しいのに、なぜだか切なくなるんです。気恥ずかしくて、ノアの目をまっすぐに見られません」
マリガが、瞳をきらめかせた。
「どうしよう、話を聞いているだけで、ときめいてくるわ」
「エスタたちが求めていたのは、ただれた男女関係ではなく、こういう甘酸っぱい成分なのです!」
二人は、きゃあきゃあとはしゃいでいる。
「あのう……。わたし、本気で困っているんですよ」
わずかに唇を尖らせれば、マリガがぴし、と人差し指を突きつけてきた。
「じゃあ、友情の証として教えてやるわ。フレン、あんたは、コック騎士に恋をしているのよ!」
「わたしが、恋……?」
そのとき一陣の風が吹き、フレンの日傘が飛んでいった。
「エスタたちに、社交会に出入りしているのは恋を探しているからか、なんて聞いたくせに。真実の恋を見つけたのは、フレンのほうだったのです!」
「そんな……。わたし、どうしたらいいんですか?」
「あんたの想いを、コック騎士に伝えるのよ。自分から!」
「じゃあ早速、コック騎士の元へ向かうです。日傘は、エスタが取ってきてあげるですから!」
ここで、お茶会はお開きとなった。エスタのおかげで日傘を回収し、馬車寄せへ。
途中、視線を感じて周囲を見渡せば、離れたところに鎧を身にまとった男が立っていた。
――あれは、白鷺騎士団長さん……?
とはいえ、王宮に騎士団長がいるのは不自然なことではないし、フレンはノアのことで頭がいっぱいだった。
騎士団長の視線が、険しいものに感じられたものの、フレンは気にも留めなかった。




