24.奇妙なお茶会
フレンが奇抜なドレスに驚いていると、エスタが得意げに口の端を上げた。
「フレンはお洒落に興味がなかったから、きっと知らないのです。このドレスこそ、流行の最先端なのです!」
「教えてくださって、ありがとうございます。ちょっと変わったデザインですけれど、マリガさんとエスタさんがそう言うなら、今日はこのドレスを着ようかしら」
しげしげとドレスを眺めるフレンの横で、ノアが叫んだ。
「絶対にだめです!」
「どうしたの、ノア。そんなに大きな声を出して」
「フレン、騙されてはいけません。これは嫌がらせです。あなたが、こんなにひどいセンスのドレスを身に着けるなど、私は耐えられません!」
悲鳴を上げるように抗議するノアを、マリガとエスタが睨みつけた。
「コック騎士。あんたうるさいわよ。主の着るものに口を出すなんて、不敬にもほどがあるわ」
「マリガの言う通りなのです。フレンのために、せっかく仕立てたドレスを着てもらえなかったら、エスタ悲しいなあ」
エスタは、ぐすんと鼻をすする仕草をする。
――そうよね。マリガさんとエスタさん主催のお茶会なのだもの。二人の意向に沿うのがいちばんだわ。
「では、お二人の善意に甘えさせていただきます。……ノア、あなたが選んでくれたドレスは、また日を改めて身に着けるわ」
「フレン、彼女たちが持ってきたドレスは、決して善意からでは――」
食い下がるノアを、マリガがドン、と突き飛ばした。
「なにをする! 私に触れていいのはフレンだけだ」
気色ばむノアに物おじしたふうもなく、今度はエスタが彼の背を押す。
「専属騎士だかなんだか知らないですけど、女の子の着替えに立ち会うことはできないのです! さっさと出て行くのです!」
さすがのノアも、女性相手に強く出ることはできないのだろう。
「フレン、なにかあればすぐに呼んでください。部屋の近くに控えていますから」
「分かったわ。それではまたあとでね、ノア」
後ろ髪引かれる様子で、ノアは部屋から出て行った。
マリガとエスタが、腕まくりする。
「じゃあ、まずは下着以外、全部脱ぎなさい」
「えっ、ここで、ですか」
令嬢は寝室で、メイドに手伝われて着替えるのが普通である。
「今回は、貴族令嬢であるあたくしたちが自ら、ドレスを着付けてやるわ。感謝なさい」
「エスタたちの技術はすごいのですよ。任せるのです!」
分かりました、と、フレンは羞恥心を抑えながら服を脱いだ。
途端に、二人が目を丸くする。
「ちょっとフレン、あんたって、着痩せするタイプなのね。華奢なくせに、胸がなかなか……」
「コルセットをぎちぎちに締めてやろうと思ったのに。ウエストが細くて、コルセットいらずなのです……」
二人はなにやら、面白くなさそうな顔をしたが、コルセットを締め、パニエをつけてくれた。
上から、ピンクのドレスを被る。背中のリボンを結んでもらい、着付けは完了。
ちっ、とマリガから舌打ちが聞こえてきた。
「なによ。胸の部分をぶかぶかにしてやろうと思って、あえて大きく仕立てたのに。布が余るどころか、きついくらいじゃない。腹立つわね」
「マリガ、悔しがるのは早いのです。まだ、髪型と化粧があるのです。くしし」
フレンは二人に、椅子へ座らされた。
「あたくしが、髪をセットしてやるわ。ありがたく思いなさい」
マリガが鞄から取り出したのは、金属製の丸く細長い棒だった。
彼女はそれを、燭台の火で炙ると、フレンの髪に巻き付ける。
どうやら、カールをつけてくれているようだ。
マリガは同じ作業を何度も繰り返し、フレンの髪全体を巻く。
「これはね、古式ゆかしい伝統ある髪型なのよ。……時代遅れで、ださいとも言えるけれど」
マリガはそう話すが、手元に鏡がないので、どうなっているのかフレンには分からない。
「次は、エスタの番なのです! フレンに化粧をしてやるですよ」
エスタが、机にどんと化粧道具を置く。
「フレンは、清楚系の顔立ち……。そこにけばけばしいメイクをしたら、見るに堪えなくなるのです」
顔に白粉をはたかれ、目元には筆で線を引いているようだ。頬と口に紅を差されたのは、フレンにも分かった。
「できたのです! 派手派手で、どぎつい化粧!」
「これで準備は終わりですか? お二人とも、ありがとうございました!」
フレンは、部屋の隅にある姿見の前に立った。
「……これが、わたし?」
フレンはその場で立ちつくした。
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――フレン……。また、あの二人にいじめられていないだろうか。
ノアはいてもたってもいられずに、フレンの部屋の前をぐるぐると回っていた。
『できたのです!』
笑い含みの、エスタの声が聞こえてきて、ノアはたまらず部屋の扉をノックした。
「フレン、いかがでしょうか。支度はできましたか?」
すると、どうぞ入って、とフレンの可憐な応えがあった。
――ああ、フレンはどんなに痛ましい姿になっているのだろうか。
衝撃を覚悟して、部屋へ入る。
フレンは、部屋の中央に立っていた。
「あの……。どうかしら」
恥ずかしそうにするフレンを見て、ノアは胸に手を当てた。
――なんて、美しいんだ……。
センス最悪だと思っていたドレスのどぎついピンクは、フレンが着ると、まるで咲き初めの花びらのようだった。
フレンは肌が白く、顔色が悪いのではないかと、ノアはときおり心配になったものだった。だが今のフレンの頬は、まるで上気したように、健康的な色に染まっている。
目にはアイラインが施され、意志の強さを感じさせた。
唇は薔薇色だ。
髪は緩く縦に巻かれ、彼女の髪の豊かさが際立っている。
ノアには、マリガとエスタの意図が手に取るように分かった。
二人はフレンに、趣味の悪いドレスを着せ、髪は十年以上前に廃れた縦巻きにし、化粧はわざと濃くしたのだろう。しかしそのどれもが、フレンに似合っていた。
ノアはフレンの前へ行くと、身を屈めて彼女の手の甲にキスをした。
「とても、お綺麗です。素晴らしい主を持てて、私は幸せ者です」
頬をいっそう赤くして、フレンはノアからぷいと顔を逸らす。
その微笑ましい仕草に、フレンへの愛おしさが深まっていく。
****
マリガとエスタ、ノアとともに王宮へ。午前の空は雲ひとつなく、晴れ渡っている。
ノアはなぜか、兜をつけた全身鎧の格好に戻っていた。
マリガとエスタは、フリッツに頼んで王宮の庭園を借り受けたのだと話した。
庭園と一口にいっても、王宮の敷地は広い。
「お二人とも。どの場所で、お茶会をするのですか。生け垣の奥のガゼボですか? それともハーブ園かしら」
その二つなら、規模も小さいから、三人でのお茶会に適しているだろう。
そう思ったのに、彼女たちに連れてこられたのは、芝生が生えただけの広大な空間だった。庭園というよりも、ただの広場である。
「あのう……。貴族がたくさん立っているのですけれど」
広場には、男女様々な貴族たちが、なにかを取り巻くように立っている。
「そうよ。あたくしたちは今日、ここでお茶会をするの」
「わたし、マリガさんとエスタさんと、三人だけのお茶会だと思っていました」
「その認識で合っているのです。貴族たちは、エスタたちを見物するだけ。実際にお茶を飲むのはエスタたち三人なのです」
――大勢に見られながらのお茶会なんて、落ち着かないのに。どうして二人は、貴族たちを呼んだのかしら。
不思議に思いつつも、マリガとエスタについて行く。
マリガはいつもの、露出の多い赤いドレス、エスタは淡いピンクのドレスだ。
フレンが身にまとう、どぎついピンク色のドレスを着ている者など、見物人にすらいないが、今更気にしても仕方がないだろう。
振り返れば、カシャカシャと鎧の音を立てながら、ノアがフレンのあとを歩いている。
兜がこくりと縦に揺れて、顔が見えずとも、フレンにはノアが微笑んでくれたことが分かった。
先頭を行くマリガが近づくと、貴族たちの列が波のように割れた。
貴族たちの中心にあるのは、白いガーデンテーブルと椅子が三脚。
貴族たちは、このテーブルを囲んでいたのだ。
「さあ、座っていいわよ」
マリガに促され、フレンは貴族たちに一礼すると席に着いた。
ノアは、フレンの斜め後ろに立っている。
テーブルの傍に控えていたメイドが、テーブルに紅茶と、菓子を並べてくれた。
「さあ、お茶を飲むのです! ほら、早く!」
エスタがなぜか執拗に勧めてくるので、フレンはティーカップを持つと、紅茶を口に含んだ。
――これは、ずいぶんと渋いわね……。
それでも、幼い頃に苦い薬をたくさん飲まされたフレンにとっては、大したことではない。
むしろ、紅茶には免疫力を上げる効果があるとされているので、濃いほうが健康にいいかもしれない、とフレンは思った。
姿勢を正し、ティーカップをかたむけていると、周囲からざわざわと囁き交わす声が聞こえてきた。
「フレン嬢を見ろよ。すごく優雅に紅茶を飲むんだな」
「当たり前じゃない。彼女はつい最近まで、王太子殿下の婚約者だったのだから」
「それよりも、あのドレス。わたくしたちにはとても着こなせないけれど、フレン嬢が着ると綺麗ね。風にそよぐ青いレースが、妖精の羽のようだわ」
すると、マリガが睨みつけてきた。
――マリガさん、どうして怖い顔をしているのかしら。
貴族たちの会話は続く。
「フレン嬢の髪形、一昔前に流行ったものね。でも、こうやって見ると可愛いわ。今度のパーティーで、わたくしも真似をしようかしら」
「流行は巡ると言いますものね」
女性たちに続き、男性貴族がほう、と息をついた。
「今日のフレン嬢は、なんだか大人っぽいな。妖艶な美女って感じだ」
「本当にな。普段可憐なのに、今日はずいぶんとなまめかしい」
女性貴族が潜めた声は、風に乗ってフレンの耳に届いた。
「ねえ、どことは言いませんが、フレン嬢って、結構豊満でいらっしゃるのね」
「誇示することもできるのに、リボンで胸元を隠しているんだわ。控えめだこと」
気づけば、エスタが面白くなさそうに、唇を歪めている。
――エスタさんまで。なんだか不愉快そうだわ。
フレンは場の空気を和らげようと、二人を交互に見た。
「そういえばお二人とも、フリッツさまへのクッキーを預かってくださって、ありがとうござました。フリッツさまは食べてくれたでしょうか」
ええ、と答えたのはマリガだ。
「最初は、フレンの作ったものなんか食べられるか、と悪態をついていたわ。でも、一枚食べさせてやったら、美味いって目を見開いて。一瞬で平らげちゃったわ」
マリガの台詞に、フレンは顔を輝かせた。
「食べさせてあげたって……、あーんしたということですよね? ふふっ、クッキーは食べてもらえて、マリガさんとエスタさんはフリッツさまと仲がよくて。いいことづくめです」
フレンがにこにこしていると、口を開いたのはエスタだ。
「フリッツは、こうも言っていたのです。フレンは真面目に見えて、男を惑わす女だと」
「わたしが、ですか? どうしよう、誰かを困らせてしまったのかしら」
「困らせる、ではなく、惑わす、なのです! アンガスも、リオンも、テオも。フレンと関わった男は皆、フリッツの元を離れていったのです。きっと、フレンが唆したから。フレンは、アンガスたちの心の傷を癒してやった、真人間にしてやったと得意に思っているのです?」
フレンは、ふるふるとかぶりを振った。エスタの言葉の意味が分からない。
「わたしは、なにもしていませんけれど……。婚約破棄されたときも、皆さん五人がいれば、フリッツさまも立派な王太子になれるのではないかと思いましたもの。アンガスさんたちが行いを改めたなのなら、それは本人たちの覚悟の現れでしょう」
「そうやって、綺麗ごとばっかり……」
低く唸ったエスタは、いきなりばん、とテーブルを叩いた。
「フレンはどうせ、エスタたちのことを馬鹿にしているのですね? エスタたちの嫌がらせだって、さらっと受け流して、王太子にすり寄るしか能のない女だって、見下しているんでしょう!」




