23.斬新なドレス
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「大分、指の赤みが消えましたね。水ぶくれができなくてよかった」
「あ、ありがとう……。もう、包帯はいらないわ。痛くないもの」
「軟膏が必要な間は、巻いておきましょう。薬が取れてしまいますから」
クッキー作りから三日後、フレンは自室でノアに、火傷の手当てを受けていた。
今は朝食を終えたばかり。
ソファに座ったフレンの目の前に、軟膏と包帯を持ったノアが跪いている。
火傷をしてからというもの、午前中にノアが包帯を替えてくれるというのが日課になっていた。
ノアの長い指が、フレンの火傷に包帯を巻いていく。
ただそれだけで、顔に熱が集中し、鼓動がうるさくなるのだ。
――わたし、最近おかしいわ。ノアの傍にいるだけで、どうしてこんなにどきどきするの……?
前から淡く感じることはあったが、薔薇のアーチの下でノアに抱きしめられてからというもの、フレンは体に異変を感じていた。
病気かとも思ったが、ただひとりの人物の前でだけ症状が出る病など、聞いたことがない。
「さあ、できましたよ」
フレンの指に、包帯を巻き終えたノアが言う。
ノアにお礼を伝えたフレンは、ぱっと彼の前から手を引っ込めた。
――このままノアの近くにいたら、きっとわたしの心臓の音が伝わってしまうわ。
落ち着かないフレンとは対照的に、ノアは空色の瞳で、静かにフレンを見上げてくる。
ノアは目を細めると、すっと立ち上がった。フレンに背を向け、窓ぎわへ向かう。
「フレン、あなたはこれからなにをしたいですか?」
「えっ……?」
どういう意味だろうか。フレンが首をかたむけていると、ノアが振り返った。
「フレンは、フリッツへのざまあをすべて、こなしました。ざまあによって、あのクズ――失礼、王太子にどんな影響があったのかは分かりません。ですがあなたはもう、自由なのですよ」
ノアが部屋の窓を開けると、レースのカーテンがひるがえった。
初夏の爽やかな風が、フレンの髪をそよがせた。
「わたしが、自由……」
ノアに告げられても、フレンの頭にはなにも浮かんでこなかった。
フレンは幼少の時分より、将来の王太子妃として勉強に邁進し、婚約破棄されてからは、フリッツへのざまあのために奔走してきた。
フレンの前にはいつだって、やるべきことが山積みで、そこに自分の意志など介在する余地がなかったのだ。
「わたしには、分からないわ……。もう良縁は望めないけれど、公爵家のためには、やはりどなたかの元へ嫁がなければならないのかしらね……」
フレンはもう十七歳だ。公爵家につり合う家柄の子息には、軒並み婚約者がいる。
国王や、父である公爵が勧める、まだ幼いフリッツの弟と婚約するのは論外だ。
フリッツのいる王室へ嫁ぐなど真っ平ごめんだし、幼い男の子の未来を奪うことはできない。
嫁ぎ先があるとしたら、年の離れた貴族の後妻になるか、好色で知られる隣国の王子の何十番目かの側妃になるか、そんなところだろう。
諦めの笑みを浮かべると、ノアがつかつかとフレンの前まで歩いてきた。
「すみません。いきなり言われても、困りますよね。……そうですね、まずは身近なところから考えてはどうでしょうか。食べたいものや、行ってみたいところ、会いたい人。なにか思いつきませんか?」
うーん、としばらく考えたフレンは、あっと声を上げた。
「マリガさんと、エスタさんとまたお話をしてみたいわ。わたしには、友だちといえる人がいないから。二人ともっと、仲良くなりたいの」
フリッツとの婚約時代、フレンはたびたび社交界に顔を出していた。
パーティーには同年代の令嬢もたくさんいて、よく挨拶したものだが、フレンは王太子の婚約者であり、アーデル王国の筆頭貴族である公爵家の娘だ。
フレンの不興を買うことを恐れてか、令嬢たちには遠巻きにされていたように思う。
アンガスにリオン、テオ。彼らとは仲良くなれたとは思うが、やはり女の子の友人が欲しかった。
ところがフレンの提案に、ノアはいかにも嫌そうな顔をした。
「それはやめておいたほうがいいかと……。やっと火傷が治ってきたというのに……」
「あら、火傷はマリガさんや、エスタさんのせいではないわ。でも、二人は普段、フリッツさまのところにいるのよね。どうやってお誘いしたらいいのかしら」
悩んでいると、部屋の扉がノックされる。どうぞ、と促すと、やってきたのは執事だ。
「お嬢さまに、お茶会の招待状が届きました。差出人は連名で、マリガとエスタと書いてあります。わたくしのほうから、お断りの返事を出しておきましょうか……?」
執事の言葉に、うんうん、とノアが頷いている。
どうやら執事も、クッキー作りのドタバタを二人のせいだと思っているらしい。
ノアと執事の言動もなんのその、フレンは嬉しさに手を握り合わせた。
「なんて素晴らしい巡り合わせなの……! もちろん、招待をお受けするわ。早速お返事を書くから、少し待っていてね」
フレンは文机に向かうと、お気に入りの便箋に、喜んで茶会に参加する旨を記すと、執事に手紙を託した。
「お茶会は明日ですって。ふふっ、楽しみね」
ノアに笑いかければ、彼は顔を引きつらせていた。
翌日の朝、フレンは茶会に着ていくドレスを選びかねていた。
もともと身を慎んできたから、華やかな衣装など持っていない。
加えて、日中に行われる茶会は、夜のパーティーより露出を抑え、装飾品も控える決まりがある。
「――でも、せっかくのお招きなのだもの。あまりに地味な服では、失礼になるわよね」
フレンとともに、衣装を吟味してくれていたノアが、一着のドレスを示した。
「これはどうでしょうか。詰襟で肌は見えませんし、淡い緑がフレンの瞳の色に似ていて、茶会によく映えると思います」
「そうね、緑のドレスにするわ。ありがとう、ノアってセンスがいいのね」
「あなたにはどの衣装が似合うか、一着ずつ想像しただけですよ。フレンは可憐なので、どのドレスも似合いますが、これからは少しずつ、明るい色味のものも増やしたいところですね」
ノアは楽しそうに、にこにこしている。
「ノアったら。わたしにはもう、華やかな場に行く機会はないのよ」
「それはどうでしょうか。公爵家の女当主ともなれば、パーティーで誰よりも輝かなければなりません。王妃も王女もいない今、フレンはアーデルでもっとも高貴な女性なのですから」
「高貴な女性が、嫁き遅れるはずがないでしょう。それにわたしは、女当主にはならないの!」
まったくもう、とノアを諭していると、部屋の外から「お待ちください!」と心底困り果てたような執事の声が聞こえた。
次いで、ばん、と自室の扉が爆ぜるように開く。
瞬きの間にノアがフレンの前に出て、腰に佩いた細剣に手を添えるのが見えた。
ところがすぐに、ノアは警戒の構えを解いた。代わりに、彼から盛大なため息が聞こえてくる。
ノアの背から部屋の入り口を窺えば、そこに立っていたのはマリガとエスタだった。
フレンはノアの背後から飛び出すと、二人に問いかける。
「お二人とも、なぜこちらに? お茶会は、昼過ぎに王宮の庭園で行われるのですよね?」
マリガがにたりと笑う。
「あんたは、暗い色のドレスばかり着ていたじゃない。茶会にふさわしいドレスなんて持っていないだろうから、あたくしたちがプレゼントしてあげるわ」
「それはありがたいのですが、今日着るものはもう決まっていて……」
フレンの控えめな反論に、エスタがくしし、と笑う。
「お茶会の時間は、午前に変更したのです。迷っている時間はないのです、さっさとエスタたちが用意したドレスに着替えるのです!」
「ごらんなさい。これが、あたくしたちがあんたに贈るドレスよ!」
マリガが、携えていた大荷物から布の塊を取り出す。
エスタがそれをぱぱっと広げた。
「こっ、これは……!」
ノアが、息を飲む音が聞こえる。
ドレスの色は、どぎついピンク色。スカート部分には、ピンクにはそぐわない水色のレースがびらびらと取り付けられていた。胸元には、大きな黄色いリボン。
「まあ! 斬新なドレスですね。今までに見たことがないわ」




