22.最後のざまあ・お菓子で太らせ作戦
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フリッツは執務室のソファに、ごろりと横になっていた。
もう昼を過ぎたというのに、誰も遊びに来ない。
――どいつもこいつも、薄情だな。俺が散々、遊んでやったっていうのに。
煙草でも吸うか、と身を起こしたとき、扉が静かに開いた。
部屋に入ってきたのは、マリガとエスタだ。
「なんだよお前たち、遅かったじゃねえか。宝石を買いたいんじゃなかったのか?」
すると、いつも勝気な笑みを浮かべているマリガが真剣な顔で、両手のひらに収まるほどの籠を差し出してきた。
籠には、清楚なレースのリボンが巻かれている。
「フリッツ、あんたにプレゼントよ」
「大事なものなのです。開けてみてほしいのです」
エスタがマリガに同調する。
二人に妙な迫力を感じて、フリッツは籠を受け取ると、リボンを解いた。
籠の蓋を開けると、バターの香りとともに、綺麗に並んだクッキーが現れた。
「へえ。お前ら、俺のために菓子作りをしたってか? 珍しく殊勝じゃねえか」
マリガが首を横に振る。
「それを作ったのは、あたくしたちではないわ。フレンよ」
「早く食べてくださいなのです!」
二人の言葉に、フリッツはテーブルの上に籠を放った。
「あいつ、どんだけしつこいんだよ! 俺は食べないぞ。下剤でも仕込まれているかもしれないからな」
ハッ、と嗤えば、マリガが冷たい声を出した。
「あたくしたちも食べたけれど、体調に異変はないわ。それどころか……」
マリガが声を詰まらせる。
代わりに口を開いたのは、エスタだ。
「フレンは、小麦粉を頭からかぶっても、火傷しても、フリッツのためにクッキー作りをやめなかったのです。……涙ぐみながら」
「いつも、俺の隣で澄ましていたあいつが、そんなことで泣くはずないだろ。というか、なんで菓子作りで小麦粉まみれになったり、火傷したりするんだよ」
それは……、とマリガとエスタが、目を泳がせた。
「とにかく、つべこべ言わずに食べるのよ!」
命令口調のマリガに続き、エスタがひょいとクッキーを一枚手に取った。
「えいっ!」
エスタは、クッキーをフリッツの口に突っ込んだ。
その勢いは、到底あーんなどという生易しいものではない。
「グハッ……」
無理やり、口の中に押し込まれたクッキーを一生懸命咀嚼したフリッツだが、すぐに目を見張った。
「なんだこれ、美味い……」
「そうでしょう? フレンは、お菓子作りの天才なのですわ」
「バターを惜しげもなく使ったクッキーなのです!」
なぜだか、二人は誇らしそうに話す。
「お前ら、まさかフレンにほだされたんじゃないだろうな? あいつはしおらしく振る舞って、同情を誘ったに決まっている。内心では、お前らのことを見下しているだろうよ」
そう話しながらも、クッキーへ伸ばす手が止まらないフリッツである。
「なぜ、あたくしたちが侮られていると思うの?」
「エスタたち、馬鹿にされるようなことはしていないですよ?」
二人の問いに、フリッツは唇の端を吊り上げた。
「よく言うぜ。お前らは、社交会で魔性の女と呼ばれているだろう。うまいこと取り入って、王太子である俺の、将来の正妃にまでなったじゃないか。フレンは真面目一辺倒の女だからな。男にすり寄るお前たちを見て、陰で笑っていることだろうよ」
「あたくしたちが、魔性の女……?」
マリガが、かっと顔を赤くした。
エスタが唇を引き結ぶ。
しかしマリガもエスタも、なにも言い返すことはなかった。
二人は下級貴族の娘でありながら、その容姿と巧みな話術によって、多くの男を翻弄し、多額の金品を貢がせてきたのは真実なのだ。
「待てよ、フレンはアンガスにリオン、テオまで手なずけたんだ。あいつもお前たちと同じ、男を惑わす女なのかもな」
そこまで話してから、クッキーをもう一枚。
ところが籠に目をやれば、もう菓子はなくなっている。
――なんだよ、フレンの奴。プレゼントとか言いながら、ケチな枚数しか寄越さないじゃないか。
「まあいい。マリガ、エスタ。お前らは俺の傍にいろよ。悪いようにはしないからさ」
黙り込んだマリガは、赤い爪が食い込むほど、手を握りしめている。
「……フリッツがどういう男か、よく分かったわ。でも、フレンは……?」
「フレンの本性、見極めるです……!」
エスタがぼそりと呟いた。
二人はフリッツに背を向ける。
「おい、待てよ! 俺と出掛けたいんだろう?」
「今日はもう、帰るわ」
「じゃあねなのです」
彼女たちが去る直前、フリッツは尋ねた。
「なあ、このクッキーの名前はなんだ?」
「……ジャンブル」
いつも、幼子のように高い声で話すエスタが、低く告げて出て行った。
――悪し様には言ったが、こんなに美味なクッキーを贈ってくるんだ。やはり、フレンは俺のことが好きなんだな。
フリッツは呼び鈴を鳴らし、現れた侍従に命じた。
「料理長に伝えろ。ジャンブルというクッキーを、これから毎日作って、デザートに出せと」
かしこまりました、と侍従が深く礼をする。王族に向けての最敬礼だ。
――そう、俺は王太子だ。マリガにエスタ、そしてフレン。女を三人侍らせたって、誰も文句は言えないよな?




