18.ざまあ第三弾・花粉攻撃
早速王宮に行く、とテオは去っていった。
ノアがフレンに視線を合わせる。
「フレン、あの花束にはどんな意図があるのですか?」
「ミモザの花で、フリッツさまに花粉攻撃をするのよ。『王太子殿下に婚約破棄されたので、華麗にざまあいたしますわ!』に、嫌がらせの贈りものをする場面が出てきたもの。自分の邪悪さが恐ろしくなるわ」
「フリッツが花粉症だとは、聞いたことがありませんが……。ちなみにフレンは、ミモザの花言葉を知っていますか?」
「いいえ。恥ずかしながら、宝石や花に込められた意味には疎くて。貴族令嬢失格ね」
「そんなことはありませんよ。あなたはずっと、政治や経済、言語といった学問を身に着けるのに忙しかったのですから。それでも……。嫌がらせと分かっているのに、あなたが他の男に贈り物をするのを見るだけで、私は――。狭量な自分が、嫌になります」
そう零すノアの顔は、なぜかほんの少し、曇っていた。
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夕方、マリガとエスタに囲まれ、フリッツは王宮の遊戯室で煙草を吸っていた。
周囲には、チェスやボードゲームに興じる貴族男性たちがたむろしている。
フレンとの婚約時代は、女性の前で喫煙すべきではないと周囲に諭され、我慢したものだった。けれど、今は自由だ。
時折、マリガとエスタが煙を払うように顔の前で手を振っているが、フリッツの知ったことではない。
そのとき、執務室の扉が静かに開いた。現れたのは、テオだ。
「よう、テオ。いつになったら、レストランの給仕にみっともなく振られるところを見せてくれるんだ?」
「その女性には、拒まれたよ。そんなことより、フリッツに渡すものがある。……これだ」
テオは、背後に回していた手を前に出し、フリッツに向けて突きつける。その手には、黄色い花の束があった。
「なんだよ、男から花束なんてもらっても、嬉しくないぜ?」
「これは、ボクからではないよ。フレンからだ」
「またアイツかよ! 婚約破棄してやったというのに、なんでこんなにしつこいんだ」
フリッツは苛立ち紛れに、花束を床に叩きつけた。束が解け、黄色い花が床に散らばる。
はっと、貴族男性たちが息を飲む音が聞こえた。
テオは、くしゃりと顔を歪めると、床にしゃがみこみ、花束を一本ずつ拾う。
「……フリッツは、ミモザの花言葉を知らないのか」
「はあ? 男が、花言葉になんて興味を持つわけないだろう。そんなものを把握しているのは、女を追いかけ回しているお前くらいだよ、テオ」
「っつ……」
花を拾いながら、テオの肩が揺れた。
――なんだこいつ、泣いてるのか? 気持ち悪い奴だな。
フリッツは、テオを見下ろす。
突然、テオが叫んだ。
「ミモザの花言葉は、『希望』『あなたの幸せを祈る』だっ! フレン嬢は、フリッツにひどい扱いを受けても、お前の将来がよいものとなるよう、願っている。ボクは、片想いの相手に振られただけで、女の子全体に迷惑をかけたっていうのに!」
テオの訴えに、ゲームの手を止めた貴族たちが、こぞって自分を見つめるのをフリッツは感じた。貴族たちがざわめく。
「フレン嬢……。なんていじらしいんだ」
「こんなに純粋で、誠実な女性は他にいない」
「そんな女性をむげにするなんて……」
そして彼らは、ぼそりと零した。
「王太子殿下は、男の風上にも置けないな」
貴族たちの呟きが耳に入り、フリッツは彼らを睨んだ。
「お前たち、いい加減不敬だぞ! ここから出ていけ!」
フリッツの怒りに触れて、貴族たちはへこへこ謝ってくるだろう。
そう思ったのに、彼らは「言われなくとも」とぞろぞろ遊戯室を去っていった。
――なんだよ、皆フレンのことばかり持ち上げやがって。
フリッツは、フレンのことを思い出す。
あの女は、いつもそうだった。将来の王太子妃としての勉強に精を出し、周囲の関心をかっさらっていく。
王太子でありながら、フリッツはフレンの影に隠れているような気にさせられたものだ。
きらびやかな格好をしたい年頃だろうに、いつも地味なドレスを身に着けていたフレン。
だが、フレンの顔立ちが可憐であることを、フリッツは知っている。
――まさかフレンの奴、本当に俺のことが好きなのか……?
自分は決して出しゃばらずに、フリッツの悪友を通して、贈りものをしてくる。
視界の先で、マリガとエスタが互いの顔を見交わしているが、そんなことに頓着している余裕は、今のフリッツにはない。
フリッツは、テオが床から拾い集めたミモザの花を、おずおずと胸に抱いた。




