17.ミモザの花言葉
フレンは不安から、手をきつく握り合わせた。王都に、騎士団長は二人しかいない。
「あなたたちの背後にいるのは、白鷺騎士団長なの……?」
騎士たちが、顔をこわばらせたのをフレンは見逃さなかった。
「万が一、そうだとしても、お前たちにはなにもできまい!」
「今日はもういい。薬草の在庫なら、まだたっぷりあるんだからな」
捨て台詞を残して、騎士たち五名が去っていく。
怯えた様子で立ち尽くす店主に、フレンは笑いかけた。
「大丈夫ですか? 怖い思いをされましたね」
女性店主は、フレンを見るとぽっと頬を染めた。
「大丈夫ですう。お姉さま」
店主の言葉に、フレンは目を瞬かせた。
「あのう……。わたしより、店主さんのほうが年上ですよね?」
「どうせ数歳の差なんだから、いいじゃないですか。あたし、岩みたいな男に言葉だけで立ち向かうあなたに、惚れちゃったみたい。だから、お姉さま」
「あ、ありがとうございます……」
困惑しながらも、フレンは店主に感謝を告げた。
するとテオが、お尻をさすりながら女性店主の前に立った。
「ねえ、フレンよりボクのほうが先に、君を助けようとしたんだよお。ほら、突き飛ばされてお尻だって打っちゃったんだから!」
「なによ、恩着せがましいわね。あんたなんか、お姉さまの足元にも及ばないわ!」
「そんなあ……」
しおれるテオから、フレンは店頭に並べられている薬草に目を移した。
フレンには、薬草の名前も、どんな効能があるのかも分からない。
けれどこれらは確かに、人の命を支えている。
「今日は、男性たちを退散させられました。でも、またあの人たちが来ないとも限りません。これでは、安心して商売できませんよね」
そうなんです、と女店主が頷いた。
ノアが口を開く。
「フレン、また公爵家の私兵に監視をさせるというのはどうですか?」
「それがいちばん確実だけれど……。もしも騎士たちに、市場を見張らせているのが公爵家の人間だと気付かれたら、争いは避けられないわ。商店街にも私兵を配置しているんだもの、屈強な男性があちこちに立っていたら目立ってしまうわ」
「確かにそうですね。どうしたものか……」
すると、「はい!」とテオが挙手をした。
「それなら、ボクが店を見守るよお。ボクは小柄だし、とても戦えるようには見えないから、警戒されないでしょ?」
「貴様が戦えないのは、真実だろうが」
ノアはテオに手厳しい。
「黒鷲騎士が来たら、公爵家に使いを出すよ。そのときは偶然を装って、助けに来てくれればいいじゃない」
フレンは、ぽんと手を打った。
「なるほど。それなら、もめ事は最小限に抑えられるかも。でも、テオさんが危ない目に遭うかもしれません」
「フレン嬢は、この店のことを心配しているんだよね。だったら、多少危険でも構わないよ」
テオの言葉に、フレンは首をかたむけた。
店の安全について話をしているのに、どうして自分の話題が出るのだろうか。
よく分からないなりに、フレンは女性店主に尋ねる。
「こちらのテオさんが、お店を気にかけてくれるそうですが、いかがですか」
「店のことを案じてくれるのは助かるわ。でも、テオといったわね、あたしはあんたになびかないわよ!」
テオは気分を害したふうもなく、首を縦に振った。
「それでいいよお。じゃあ、明日からここに来るね!」
女性店主にひらりと手を振って、テオは歩きだす。
「ねえフレン嬢、噴水広場に行かない? 市場を抜けた先にあるんだ」
振り返りざまに頼まれて、フレンは「はい」と返事をした。
ノアも、渋々といった様子でフレンについてくる。
やってきた噴水広場には、大勢の人がいた。
噴水には、女性をかたどった像がある。像が持つ壺から水があふれ出し、水盆へと降り注いでいた。
「ちょっと休憩しない? ベンチがあるんだ」
テオが示した先には、ちょうど三人が座れるほどのベンチがあった。
ベンチに座ろうとすると、すっとノアがフレンとテオの間に割り込んだ。
ノアを真ん中に、フレンは左、テオは右に腰かける。
「ねえ、フレン嬢の騎士。君がいると、フレン嬢と話しにくいんだけど」
「『女遊びのテオ』とフレンを、隣同士にするわけがないだろう。用事があるなら、さっさと話せ」
はいはい、とテオはため息をつく。彼はノア越しに、フレンに語りかけてきた。
「ねえフレン嬢。君は他の女の子たちと違って、ボクを罵倒しなかったよね。どうしてなの?」
うーん、とフレンは考え込んだ。女性に次々と声をかけるテオに、呆れているのは確かだ。でも――。
「テオさんが女の人にこだわるのには、なにか理由があるのではないかと思ったんです」
フレンは答えた。
テオはいつも、へらへらと笑っているが、その眼の奥に、寂しさを見たような気がしたのだ。
「フレン嬢にはかなわないなあ……」
テオの視線の先には、広場で憩う家族連れや、男女の姿があった。
テオは、再び口を開く。
「ボクはね、昔好きだった女の子に、手ひどく振られたんだ。彼女も乗り気だと思っていたのに、いきなりボクが贈ったものを目の前で捨てられてね。あとで聞いた話では、その子は高位貴族のぼんぼんに見初められたらしい」
「それは、辛かったですね……」
テオは、男爵家の子息だ。家格で比べられたら、高位貴族にはとてもではないが及ばないだろう。
「以降、ボクは本気で女の子に向き合うことをやめた。軽薄に振舞っていれば、傷つかずに済むから」
「テオさんの気持ち、分かる気がします。わたしももう、婚約に乗り気にはなれませんもの」
「でもフレン嬢は、フリッツのことを恨まなかったよね。公衆の面前で婚約破棄されてからも、フリッツのためにできることをやっている」
テオの言葉に、フレンは満面の笑みを浮かべた。
「フリッツさまのことを、憎く思う暇などないのです。わたしには、大いなる使命がありますから!」
「フレン嬢はすごいよ。ボクは君のようにはなれない」
フレンの言葉に感じ入ったように、テオが空を仰いだ。
「わたしは、そんなに大層な人間ではありません。わたしよりも、テオさんのほうが立派な人だと思います」
「どうしてそんなことが言えるの? ボクは社交界で悪名高い『女遊びのテオ』だよ」
「だって、あなたは傷ついても、人を嫌いにならなかった。それどころか、いつも誰かに笑いかけている。それは、素敵なことだと思います」
「フレン嬢……。ありがとう」
フレンもまた、空を見上げた。雲ひとつない青空が、どこまでも続いている。
「でもテオさん、薬草店の店主さんは、あなたのことを男性として慕ってはくれないかもしれません。それでもいいのですか」
「うん、構わないよ。想いが報われなくとも、自分のやるべきことをする。そう思えるようになったんだ」
「テオさん……。そんなに店主さんのことが……」
フレンは感じ入った。これぞ、無償の愛だ。
「いや、ボクが店を気にかけるのは、フレン嬢が心配していたからで……。ボクはフレン嬢のことが――」
ぼそぼそと低い声で、テオがなにやら呟いている。
テオの言葉を聞き返そうとすると、ノアがぴくりとこめかみを痙攣させた。
彼はテオに顔を向ける。
「ヒェッ……!」
テオが、悲鳴を上げた。
フレンの位置からは、ノアの顔が見えない。いったい、なにが起きているのだろうか。
「テオさん、先ほどのお話を、もう一度教えてもらえますか? うまく聞き取れなくて」
「イエ、なんでもないよ! ……とにかく、女の子にしつこくしたり、困らせたりするような行動はもうしないから!」
「それはよかったです」
ほっと肩を撫でおろしたフレンの視界に、広場の隅で屋台を出している花屋が映った。
花屋の前には、恋人同士だろうか。男女が一組。
「ねえ、たまにはあたしに花くらいプレゼントしてよ! あたし、黄色い花がいいわ」
女性の言葉に、男性が身を引く。
「勘弁してくれよ、俺は花粉症なんだ。黄色い花って、ミモザだろ? あれ、花粉がすごいんだぜ。へくちっ」
男性の言葉に、フレンは天啓を得た。
「テオさん、このあと王宮に行く用事はありますか?」
テオに問いかければ、彼は不思議そうに首を縦に振った。
「うん。フリッツに、明日から忙しくなるから、もう一緒に遊べないって伝えるつもりだけど」
テオの話を聞いて、フレンはぱっと立ち上がった。
「フレン、どこへ行くのですか? お供します」
「すぐそこの、お花屋さんまでよ。わたし、いいことを思いついたの!」
フレンは屋台へ向かうと、両腕で抱えるほど大量の、ミモザの花束を購入した。
ベンチへ戻り、それをテオに差し出す。
「テオさん、お願いします! これをフリッツさまに渡してもらえませんか。大事な贈りものなんです」
「ミモザ? フレン嬢、君はなんて……」
それきり黙ったテオは、フレンから花束を受け取るとなにかをこらえるように、唇を引き結んだ。
――なんて、の続きはなにかしら。きっと、ひどい女とか、いじわるな女とか、そんなところでしょうね。
そのとおりだ、とフレンは重々しく頷く。
テオは顔を引き締め、任せてくれ、と花束を抱きしめた。
あどけない顔立ちは変わらずとも、軽薄な態度や間延びした言葉遣いはなりをひそめ、彼が立派な男性になったことをフレンは感じた。
「任せて。フレン嬢の想いは、ボクが必ずフリッツに届ける!」




