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16.貴様を捌く

 テオが、へらへらしながらフレンをデートに誘う。

 するとノアが一歩進み出た。ノアはテオの胸倉をつかむと、低い声で言う。


「貴様、ふざけるな。このまま剣の露にしてくれようか」


「ノア、わたしは大丈夫だから。お客さんが怖がっているわ」


「私が大丈夫ではないのです! 私以外の男が、フレンをデートに誘うなど……!」


 そう話したノアは、苛立ちを抑えるかのように、唇を引き結んだ。


 ――あら……? ノアったらまるで、さっきのわたしみたい。ノアも、胸がもやもやしているのかしら。


 フレンにとって正体不明なこの気持ちを、ノアもまた、持て余しているのだろうか。


 ――まさか、ね。


 それにしても、先ほどから客の視線が痛い。

 フレンはノアとテオを引きはがすと、食事の代金を払って外に出た。

 もちろん、二人も一緒だ。


「全くもう。少しは頭が冷えた?」


「……申し訳ありませんでした。みっともなく取り乱したばかりか、フレンに食事代を出させてしまうなんて」


「それは構わないわ。食事に行きたいとお願いしたのはわたしなのだもの」


 しかし、ノアは眉尻を下げてふるふるとかぶりを振る。


「このままでは、私の気が済みません。フレン、疲れていなければ、少し歩きませんか」


「ぜひ、そうしたいわ! ここしばらく、屋敷に閉じこもっていたから、窮屈に思っていたところなの」


「無理もありません。あなたは一週間近く、寝台から出られなかったのですから」


 フレンはテオに視線を移す。


「それではテオさん、ごきげんよう。もう女性に迷惑をかけてはいけませんよ」


 ノアと歩きだしたとき、「ちょっと待って!」とテオの声が追いかけてきた。

 フレンが振り返ると、テオが懇願するように、手を組んでいる。


「二人のぶらり歩きに、ボクも同行させてくれない? 邪魔はしないと誓うから」


 ノアが無言で、腰に佩いた細剣の柄に手をかける。


「だめよ、ノア。……テオさん、あなたにはフリッツさまを始めとするお友達がたくさんいるのに、なぜわたしたちと行動を共にしたがるのですか?」


「たまには、フリッツたち以外と遊びたいんだ。それに、アンガスとリオンが仲間から外れて、つまらないんだよ」


 テオの言葉に、フレンは顎に手を当てて考えた。

 アンガスとリオンが悪癖を改めたのは喜ばしい限りだ。一方で、二人がフリッツの元を離れた責任の一端は、自分にある気がする。


「では、一回だけ。ね、いいでしょう、ノア?」


「フレンが望むなら……」


 そう答えたノアだが、彼の表情は雄弁に「嫌」と告げている。


 ――今日のお散歩は、短く切り上げましょう。そうして後日、改めてノアを散策に誘えばいいんだわ。


「そ、それではどこに行きましょうか。ノア、おすすめの場所はある?」


 ノアはフレンを見るときだけ、眩しい笑顔を浮かべた。


「市場はいかがでしょうか。色々なものを売っていて、見ているだけでも楽しいですよ」


「行ってみたいわ! なんでも、たくさんの人がテントを張って、商売しているのでしょう?」


「よくご存じですね。フレンの好みに合うものがあるといいのですが」


 白い歯をのぞかせた彼は、テオを見ると、フン、と鼻を鳴らした。


「貴様は黙ってついてこい」


「はいはい。……ねえフレン嬢、ひとつだけ忠告。この男を選ぶのはやめたほうがいいよお。裏表が激しすぎる」


 テオの言葉に、フレンは苦笑した。


「テオさんったら、冗談はやめてください。ノアは優しい人ですよ」


「気づいてないの? この男が優しさを見せるのは、フレン嬢にだけなんだよ」



 長いやり取りを終え、三人で歩きだす。


 ノアによると、市場は王都を流れる川沿いにあるらしい。

 市街地を、まっすぐに進む。

 ここに住むのは、市民たちの中では比較的裕福で、官庁舎などで仕事をしている者が多いとノアが教えてくれた。


 今は昼過ぎ、仕事に出かけている者が多いのだろう。道に人通りはほとんどなかった。


 ――やっぱり、ひとけのないところには、黒鷲騎士がいないのね……。


 本来なら、王都の警邏も騎士の任務のはずなのだけれど。


 しばらくすると、フレンの頬を爽やかな風が撫でる。

 目の前に、王都の中心を流れる川が見えてきた。


 川沿いには、一定間隔で木が植えられており、葉が風に揺れている。そして、その手前。

 屋根だけの白いテントを張った店が、ずらりと並んでいた。


「すごいわ! これが市場なのね。ノア、テオさん、早く行きましょう!」


 フレンは、速足でテントへと向かう。


「端から見て行きましょうか。食料品を始めとして、様々なものを扱っているといいます」


 川下にあるいちばん端の店から、川上に向かって、歩きながら商品を眺める。

 小麦粉、野菜、果物……。


「そこの女の子! うちのリンゴ、すごく甘いわよ。おひとついかが?」


 突然、果物屋の女店主が声をかけてきた。店主といっても若い女性で、年齢は二十代前半ほど。


「女の子って、わたしのことですか?」


 フレンが自分を指すと、店主は「そうよ」とにっと笑った。


「あなた、とっても可愛いもの。今なら割引してあげるわよ」


 フレンが店主の元へ行くよりも早く、まるで吸い寄せられるかのように、ふわふわとテオが進み出る。


 テオは買ってもいないリンゴを店主の手から取ると、ためらう様子もなくかじった。


「本当だ、甘くてとってもおいしいなあ。でも、お姉さんの声も甘くてとっても綺麗だ。ねえお姉さん、お店が終わったらボクとデートしませんか」


「ちょっと、アンタなんで勝手にリンゴ食べてんのよ! デート? ふざけんじゃないわよ、あたしには好きな人がいるの!」


 フレンは慌てて、店主とテオの間に割り込んだ。


「店主さん、ごめんなさい! これ、リンゴの代金です。失礼しましたっ」


 テオを引きずって、次の店へ。

 パンに香辛料、魚……。


「いらっしゃい! うちの魚は新鮮よ。お望みなら捌いてあげるわ。すぐに料理にとりかかれるわよ!」


 十代後半ほどの少女が、華麗な手さばきで魚をおろしている。

 またもやテオが、店頭に立ち寄った。


「わあ、君の手つきにほれぼれするなあ。今度ボクに、包丁の使い方を教えてくれない? 二人きりで」


 少女が身を引く。


「なによこいつ……。気色悪いわ」


 途端に、ノアがテオの襟首を引っ張った。少女に向けてノアは言う。


「申し訳ありませんでした。こいつは連れて行きますので、どうかお許しを」


 そうして引きずってきたテオに、ノアはおどろおどろしい声で告げた。


「貴様を捌くぞ」


「ヒィっ」


 一瞬、ノアに怯えたように顔をこわばらせたものの、テオはすぐにへらへらした顔に戻る。


「さて、他に可愛い子はいないかなあ」


 はあ、とため息をついたフレンとノアである。

 次の店に、大柄な男たちが五名、たむろしているのを見て、フレンはおや、と思った。

 もう、ノアに教えられずとも分かる。私服だが、あれは黒鷲騎士たちだ。


「よう、姉ちゃん。この店の薬草、全部くれ」


「またあんたたち? 毎回買い占められたら、必要な人の元へ薬が届かなくなってしまうわ」


「まとめ買いしてもらえば、姉ちゃんの利益になるだろうが。売れ残りが出ないんだからよ。なに、薬草が要る奴には、俺らから譲ってやるさ」


 どうやらこの店は、薬草店のようだ。

 二十歳ほどの店主の女性は、騎士に詰め寄られて明らかに困っている。


「そういえば、フレンを診察した医師が言っていました。最近は薬の材料が手に入りにくく、高価になったと」


 呟くノアを、フレンは見上げた。


「そんなことがあったの? 知らなかったわ」


「ええ。フレンが眠っているときだったので。なぜ空気の悪い場所にあなたを連れて行ったのかと、医師にずいぶん叱られました」


「ごめんなさい……。わたしが意地を張って、賭場に居座ったのに。ノアはちゃんと止めてくれたわ」


「いいえ、やはり私の責任です。フレンをどんなものからも守ると誓ったのに」


 ノアと話している間にも、騎士たちは店主に詰め寄っている。

 ノアが騎士たちに視線を流した。


「彼らの会話からして、騎士たちは何度も薬草を買いあさっているようです。薬草の不足の原因は、騎士たちである可能性が高いでしょう。おそらく、薬草を手元に集めて、必要な者の元に高値で転売している」


「店主さんが困っているわ。とりあえず、止めないと」


 店に向かうフレンを、追い越していく者があった。


「お姉さん、大丈夫ですかあっ」


 その正体は、テオだ。ところが店主の前には、騎士たちがたむろしている。

 小柄なテオと騎士たちとでは、圧倒的な体格差があった。


「なんだ、お前は!」


「邪魔者は去れ!」


 テオが騎士に突き飛ばされ、尻もちをついたのを見て、フレンは騎士たちの元へずんずんと進んだ。


「フレン、いけません!」


 いいの、とフレンはノアを振り切る。テオを助け起こしたフレンは、騎士を見据えた。


「これ以上の横暴はおやめください。あなた方は、黒鷲騎士ですね?」


 正体を言い当てられるとは思っていなかったのだろう。

 五人の騎士たちは、忙しなく互いを見交わした。中でも体格のよい男が、口を開く。


「だったら、なんだっていうんだ。俺たちは非番だぜ。仕事のない日になにをしようと、勝手だろうが」


「薬草は、市民の命を守るものです。騎士が民の命をないがしろにするなど、許されることではありません」


「なんだと? この、小娘が――」


 騎士がフレンに向かって手を上げる。


 ――叩かれる……!


 そう思ったが、騎士の手はフレンに振り下ろされることはなかった。

 見上げれば、ノアが騎士の腕をつかんでいた。


 ノアは余裕の表情を崩さないが、騎士は歯を食いしばっている。

 ノアに取られた騎士の腕はぶるぶると震えているから、相当力が入っているのかもしれない。


「は、離せッ!」


「彼女に危害を加えないと誓えるか?」


「分かった、この娘にはなにもしない!」


 ノアがぱっと手を払うと、騎士がたたらを踏んだ。

 五人の騎士たちを、フレンは見渡す。


「あなたたちの行いは、王都騎士の名を汚しています。なぜこのような振る舞いをするのですか」


 フレンに手を上げようとした騎士が、歪んだ笑みを浮かべる。


「小娘、お前は勘違いしている。俺たちはな、王都でなにをしようが許されているんだよ」


「騎士団長殿、直々のお達しだからな」


 もうひとりの騎士の言葉に、フレンは違和感を覚えた。


 ――黒鷲騎士団の団長さんは、一か月ほど前から姿を見せなくなったと、街の人が言っていたわよね……。


 そして、黒鷲騎士団長は、民のことを気にかける人柄だったとも。


「……もしかして、あなた方の話す騎士団長とは、白鷺の騎士団長さんではありませんか……?」


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