14.ざまあ第二弾・ドラゴン刺繍
翌朝、ノアは付き添いをメイドたちに交代して、自室へ戻っていった。
熱は下がらず、着替えを済ませただけで、体はひどく怠い。
――でも、こんなことで使命を放り出すわけにはいかないわ。刺繍は今日中に仕上げないといけないのだもの。
メイドが止めてくるのも聞かず、フレンは寝台に上半身を起こすと、刺繍を再開した。
――伝説上の生き物だもの。目つきは鋭く、気高い雰囲気にしないと格好がつかないわ。
昼過ぎになると、ノアが部屋を訪ねてきた。
「フレン、調子はどうですか……っと、なにをやっているんです!」
「ご覧の通り、刺繍よ。明日はフリッツさまが出席する茶会があるのでしょう。このジャケットを茶会で着てもらうためには、すぐに完成させないと」
「いけません、早く横になってください。医師からも、くれぐれも安静にするように指示されているのですよ」
滔々と諭してくるノアには目もくれず、フレンは刺繍を続ける。
やっと目が完成して、フレンは刺繍糸をぱちん、と鋏で切った。
「できたわ……。ノア、これをリオンさんに渡してくれる……?」
「分かりました。そこまで無理をして、どのような刺繍をしたのですか」
フレンから受け取ったジャケットの背中部分を、ノアが広げる。
「こっ、これは……!」
「ふふっ。十歳前後の少年なら誰もが一度は憧れるという、ドラゴンを刺繍したのよ。フリッツさまがこれを着て茶会に参加したら、貴族たちはきっと呆れるわ。フリッツさまは子どものころから成長していないのね、って」
「いえ、嫌がらせにしては手が込みすぎているでしょう。このドラゴン、芸術的ですらあるのですが……」
「手を抜いたら、伝説の動物であるドラゴンに見えないもの……。わたしって、相当な悪女だわ……」
刺繍が完成して安堵した今、なんだか目が回る気がする。
「フ、フレン? しっかりしてください。フレンー!」
ノアが慌てる声を聞きながら、フレンは再び意識を失った。
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王宮で行われる茶会当日、フリッツはリオンに勧められたジャケットを身にまとった。
もともと気に入っていた服だったので、抵抗はなかったが、なぜリオンがこのジャケットにこだわったのか、意味が分からない。
右肘にマリガ、左肘でエスタの手を引き、フリッツは堂々と茶会に臨んだ。
「今日はよく集まってくれた。庭園の眺めと茶菓子を、存分に楽しんでくれ!」
フリッツが招待した貴族たちは、いくつものガーデンテーブルに別れ、席に着いている。
――俺自らが、テーブルを回ってやろう。下々の者にも気を配る俺。フッ、貴族たちは泣いてありがたがるだろうな。
ところが、フリッツが歩くたびに、貴族たちがなにやら囁き交わしている。
「王太子殿下のジャケット、素晴らしい刺繍だな」
「どこのお針子に頼んだのかしら。わたくしも依頼をしたいわ」
フリッツは眉をひそめた。
――なんの話だ? 今日の衣装に、飾りはついていないはずだが。
すると、マリガがフリッツの背後に回り込み、あっと声を上げた。
「フリッツ、その刺繍いいじゃない。派手で、あたくし好みだわ」
エスタもフリッツの背に視線をやって、きゃぴきゃぴとその場で跳びはねた。
「フリッツさまばっかり、ずるいのです。エスタはピンクドラゴンの刺繍がいいなあ」
――刺繍? ドラゴン? なんのことだ……?
フリッツは慌ててジャケットを脱いだ。背中部分を広げて、思わず叫ぶ。
「なんだこれっ!」
そこには、金糸銀糸を惜しげもなく使った刺繍が施されていた。
丸い枠の中に描かれているのは、ドラゴンだ。
ウロコの一枚一枚までが丁寧に刺繍されたドラゴンは、金の羽を広げている。
「リオン! お前、なんでこんなジャケットを俺に勧めたんだ!」
すると、フリッツの傍に控えていたリオンが、唇をわななかせた。
「こんな、なんて言わないでほしいっす! そのドラゴンは、フレン嬢が一針一針、心を込めて縫ったんすから!」
「またフレンかよ! 思春期男子が一時だけ通過する、ドラゴン趣味を刺繍するなんて、絶対に嫌がらせだろ!」
「嫌がらせのはずがないっす! フレン嬢は体調不良を押して刺繍に精を出し、今も高熱に苦しんでいるんすよ! それも全ては、フリッツのためっす!」
フリッツとリオンの話の成り行きを見守っていたらしい貴族たちが、ため息を落とす。
「まあ……。フレン嬢って、なんて健気なのかしら。自分を手ひどく捨てた男のために、こんなに繊細な刺繍をプレゼントするなんて」
「見ろよ、あのドラゴン。羽を広げて、今にも飛び立ちそうだ。金といえば、王家の象徴だろう。フレン嬢は殿下に、王位継承者として羽ばたいてもらいたかったんじゃないのか」
「自分が隣にいられなくとも、元婚約者の成功を祈る……。こんなに優しい女性は他にいないぜ」
中には、ぐすぐすと鼻をすすり、フレンに同情して涙する女性もいる。
「おいお前ら! フレンに騙されるんじゃないぞ。あいつは今頃、俺にドラゴンジャケットを着せて、ほくそ笑んでるに違いないんだ!」
フリッツが主張すると、貴族たちが睨みつけてきた。
「元婚約者の心遣いに、感謝するどころか、貶めるようなことを言うなんて」
「フレン嬢は今、臥せっているんだろう? 心配すらしないんだな」
そして彼ら、彼女らはぼそりと零す。
「王太子殿下……。最低な男」
これでは自分の分が悪い、と判断したフリッツは、どんとリオンを貴族たちの前に突き飛ばした。
「おい、ギャンブラーリオン。先日の賭けには勝ったのか?」
「いや、負けたっす」
フリッツは、ギャハハと笑った。
「またかよ。負けても負けても懲りないなんて、お前には本当にいいところがないよな」
「負けても、次の勝負に立ち向かう。勝負運なんかよりも、粘り強さが僕の長所っす。いいところがないなんて、誰にも言わせない!」
いつも卑屈に笑うだけだったリオンが、まっすぐに瞳を向けてくる。
「生意気な奴だな。そういえば、成金趣味のブレスレットはどうしたんだ? お前の唯一の財産だっていうのに、借金のカタにでも取られたか」
「あのブレスレットなら、フレン嬢に贈ったっす。幸運が舞い込むのなら、それは僕ではなく、フレン嬢であるべきだと思うから」
ふむ、と貴族たちが感心するような声を出した。
「リオンといえば、伯爵家の息子か。ギャンブル狂いと聞いていたが、まともなことを言うじゃないか」
「王太子殿下よりも、婚約を破棄されたフレン嬢の味方をする。誰にでもできることではないわ」
――くそっ……。どうして俺の思う通りにいかないんだ……?
歯噛みするフリッツの前で、リオンが高らかに告げる。
「フリッツと距離を置いたアンガスは正しかったっす。……さようなら、王太子殿下」
リオンが茶会から去っていったが、フリッツは頭を振って苛立ちを振り払った。
――まだだ。俺には、こいつらがいる。
両隣のマリガに、エスタ。この事態に意を介したふうもなく、女たちの間を漂っているテオ。
三人で騒げば、気分も晴れるだろう。




