12.リオンの贈りもの
フレンは、自分に価値がないと話すリオンのことが心配になった。
「リオンさん。あなたはどうして、そこまで勝ち負けにこだわるのですか? 勝負に関係なく、リオンさんは尊厳あるひとりの人間だということに変わりはないのに」
「そんな綺麗ごと、公爵の一人娘で、王太子の婚約者としてちやほやされてきたフレン嬢だから言えるんすよ。僕は伯爵家の三男坊という、中途半端な身の上なんす」
「伯爵家といえば、公爵、侯爵に続く名門です。それにリオンさんは、王太子であるフリッツさまの親友ではないですか。将来は約束されているようなものだと思いますけれど」
リオンは、力なくかぶりを振る。
「僕は、優秀な兄二人と、ずっと比べられてきたんす。勉強もだめ、運動もだめ。唯一のとりえといえば、勝負運の強さだったのに……」
嘆くリオンを痛ましく思っているフレンに、ノアが手を差し伸べてきた。
「どうぞ、フレンもソファに座ってください。足がしびれてしまいます」
「ありがとう。……ねえ、ノア。フリッツさまのお友達にも、様々な事情があるのね」
ノアに手を引かれ、リオンの隣に座る。
ノアは、リオンからぷいと顔を背けた。
「私は、めそめそしている男は嫌いです」
「全くもう、ノアったら……。男性でも女性でも、気弱になることはあるのよ。きっと」
ノアをたしなめたフレンは、リオンに向き直る。
「リオンさん。わたしは、勝負強さ以上に、あなたにはいいところがあると思いますよ」
「そんなもの、ないっすよ。どうせ適当なことを言って、僕を慰めようとしてるんでしょ?」
「いいえ。リオンさんのいいところ。それは、粘り強さだと思います。あなたは負けても負けても、立ち上がって次の勝負に立ち向かう。それって、すごいことだと思いますよ」
だからどうか、元気を出してほしい。そう告げると、俯いていたリオンが顔を上げた。
「本当に……?」
「ええ。リオンさんはそのままで大丈夫。もしも本当に勝負が必要になったときには、あなたが勝てるよう、わたしは応援します」
ああ、とリオンが深く息を吐いた。
「そんなふうに言ってもらえたのは、初めてっす。僕にも長所があったなんて……。それに、フリッツは僕が負けたときしか、喜んでくれないんす。僕の勝利を願ってくれるのは、フレン嬢だけっすよ」
気づくと、窓の外の日は傾いていた。
「フレン。そろそろ帰らないと、賭場に来ていることが使用人にばれてしまいます」
そうね、とフレンは立ち上がった。
「リオンさん、下町を出たところで馬車を待たせているんです。よろしければ、伯爵家のタウンハウスまでお送りしますよ」
「ありがたいっすけど、気持ちを整理するためにも歩いて帰るっす。フレン嬢。後日、ハンカチを返しがてら、公爵家へ伺ってもいいっすか?」
もちろんです、と返したフレンの思考が、悪女のものに切り替わった。
「あの……。もしも可能でしたら、フリッツさまのジャケットを一着、拝借してきてもらえませんか?」
「フリッツの部屋にはいつでも出入りできるんで、構わないっすけど……。勝手に婚約を破棄した男の上着になんて、なんの用があるんすか?」
「それは秘密です! 大事な使命のため、とだけ言っておきましょう」
「了解っす。このリオンにお任せあれ!」
フレンとリオンは、騎士たちのカモにされた商人にチップをプレゼントして、それぞれの家路についた。
賭場でのやり取りがあった二日後の午前、早速リオンが訪ねてきた。
使用人によって、来賓室に通されていたリオンは、フレンが姿を現すなり、綺麗に洗濯をしたハンカチと、光沢のあるグレーのジャケットを差し出してくる。
「フレン嬢、約束のものっす。このジャケットはフリッツのお気に入りなんで、一週間後に王宮で行われる茶会に着用する可能性が高いっすよ!」
「ありがとうございます! ふふっ、これでお役目を果たせるわ」
振り返れば、ノアも満足そうに微笑んでいる。
「それから、これもフレン嬢に」
リオンは、自らの左手首にはまっている金のブレスレットを外すと、フレンの手のひらに載せた。
「この腕輪は、リオンさんの大切なものではないんですか?」
彼はゲームのたびに、このブレスレットをじゃらじゃら鳴らしていたから、お守りにしているのだと思っていたのだ。
「うっす。このブレスレットは幸運を呼ぶといわれていて、以前賭博で勝ったときに、有り金はたいて買ったものっす。でも、僕には勝ち負けの他にいいところがある、ってフレン嬢が言ってくれたから。僕よりも、フリッツに大変な思いをさせられたフレン嬢に持っていてほしいんす」
「では、ありがたく。いただきますね」
派手でぎんぎらしたブレスレットをもらったことよりも、リオンの気持ちが嬉しかった。
リオンが笑顔で帰ったあと、フレンはすぐ自室にこもった。
「フレン。フリッツのジャケットを使ってなにをするつもりなのですか。あんな男の服なんて、気持ちが悪いでしょう」
ノアが語りかけてくる。
「この服には、大切な役目があるのよ。ずばり、フリッツさまへの、ざまあ第二弾に使うの!」
「なるほど、びりびりに引き裂いて送り返してやるのですね。それとも針を仕込んで、ジャケットを着た瞬間に、ぶすっとフリッツの体に刺さるようにしますか?」
「違うわ。もっと恥ずかしくて、屈辱的な仕掛けをするのよ。……ああ、わたしってなんて悪い女なの!」
小説『王太子殿下に婚約破棄されたので、華麗にざまあいたしますわ!』では、主人公の令嬢は王太子の服に傷をつけることで、ざまあをしていた。
けれどもフレンは、その上を行く嫌がらせを思いついたのだ。
早速、裁縫箱を持ってきて、ソファに腰かける。
「ノア、わたしは裁縫をするだけだから、お部屋に戻って休んでちょうだい。あなたはわたしの傍について、ずっとお仕事をしているんだもの」
「いいえ、どうかあなたの近くに。お邪魔なら、壁ぎわに控えておりますので」
「それでは立ちっぱなしになってしまうわ。せめて座って」
ノアを向かいのソファに座らせ、フレンはジャケットの背中側に、薄く下絵を描いた。意識したのは、躍動感だ。
「けほっ、こほっ」
賭場に行ってからというもの、喉の調子がおかしいが、気にしない。
「フレン、咳が出ていますね。体調が悪いですか?」
顔を上げれば、ノアが気づかわしそうにこちらを見ている。
「平気よ、ちょっとむせただけ」
――あの生き物といえば、やっぱり金糸よね!
フレンは金に輝く刺繍糸を取り上げると、針の穴に通した。
それから五日、フレンは自室で刺繍を続けた。
リオンによれば、二日後には王宮で茶会があるというから、少なくとも明日までには刺繍を仕上げなければならない。
――よし、ウロコも完成、翼も完成。あとは、目だけね。
とはいえ、目といえば生き物の命だ。まだ時間がかかるだろう。
ノアにはなるべく気づかれないようにしているが、咳は徐々にひどくなっているように感じる。
夕方になり、作業の手を止めたフレンは、立ち上がろうとしてひどいめまいに襲われた。
このままでは、目の前のテーブルに激突する。
そう思ったとき、フレンを抱き留める腕があった。
「フレン、大丈夫ですかっ!」
悲鳴のような声は、ノアのものだ。
平気、と答えようとしたフレンだが、それは咳で声にならなかった。
すぐに、ひゅうひゅうと喉の奥が鳴り始め、呼吸が苦しくなる。
ノアが、メイドを呼ぶためのベルをけたたましく揺らした。
「はい、どうされましたか……って、お嬢さま!」
「フレンが発作を起こした。すぐに、薬と医師を」
「はい、直ちに!」
ノアに軽々と抱き上げられ、フレンは寝台に連れていかれる。
メイドから紙の薬袋を受け取った彼は、それを開いて、フレンの顔に近づけた。
中には、粉末状の薬が入っている。
「フレン、苦しいでしょうが、ゆっくり息をしてこれを吸って。少しずつ、楽になりますから」
薬を吸い終わると、ノアが何事かをメイドに命じた。
メイドが持ってきたのは、大きなクッションだ。
ノアはクッションをフレンの背に差し込むと、寄りかからせてくれた。
「少し上体を起こしていたほうが、呼吸が楽だと聞きました。もう少しの辛抱ですよ」
「心配、しないで。これくらい、慣れているから……」
咳の合間に、フレンはノアに告げた。
彼のほうが、自分よりよっぽど苦しそうな顔をしていたからだ。
「喋ってはだめです。今は自分のことだけを考えてください」
呼吸を繰り返していると、ほんの少し、気管が広がった気がした。
徐々に、意識が遠くなっていく。
――どうして、ノアは発作を起こしたときの対処法を知っていたのかしら……。
疑問がよぎったものの、フレンは目を閉じた。




