11.勝ち負けの行方
「フ、フレン。思い切りましたね……」
フレンの行動に、ノアは少し戸惑っているようだ。
フレンに配られたカードは九と九。合計、十八。
――さっきと同じ数字だわ。これならまた、勝てるかしら……?
フレンがリオンを含め、テーブルにつく客たちを見回すと、皆にやにやしている。
ノアが囁いた。
「今回は難しいかもしれません。皆、瞳孔が開いています。おそらくいい手札が揃ったのでしょう」
それでは、フレンの手札である十八で勝つことは難しいだろう。
しかし、二十一を超えてはならないということは、一から三までのカードを引けなければ、問答無用で負けだ。
カードは十三まであるのだから、四以上のカードを引く確率が圧倒的に高い。
もしも十八の手札で二十一を超過したら、愚かだと笑われることは確実だった。
「ククッ。フレン嬢のチップは全部、僕がもらうっす!」
リオンが笑っている。
「もうカードを引く方はおられませんか? それでは――」
ディーラーが勝負を告げようとしたとき、フレンはぴっと挙手した。
「待ってください! もう一枚!」
カードを追加で受け取る。
フレンは自分の手札を確認しないまま、ディーラーの合図でカードをテーブルに広げた。
九のカードが二枚。そして――三のカード。
「おおっ、二十一の手札が揃いました! お嬢さんの勝ち!」
見れば、リオンは合計二十のカードを持って顎を落としている。
残りの二人の客は、どちらも十九のカードだ。
ずい、とディーラーがフレンに寄越したのは、とんでもない量のチップだった。
フレンのチップは、リオンの小山と比較にならないほど、うずたかく積まれている。
「まだっす! 僕は絶対に負けない!」
叫んだリオンの、目の色が変わった。茶の瞳の奥が、炎を宿したように異様な輝きを帯びている。
明らかに、普通の精神状態ではなかった。
「お前ら、うるせえよ」
「どっかへ行け」
残りの客二人にも叱られて、フレンはチップを回収すると、リオンを賭場の壁ぎわまで引っ張った。
「リオンさん、落ち着いて。これはただのゲームですもの。勝っても負けても、いいではありませんか」
「だめっす。ゲームだろうがなんだろうが、僕は勝たなきゃ、存在する価値がないんす!」
「じゃあ、一時休戦といきませんか。もうすぐ昼食の時間ですもの。なにか食べれば、きっと前向きな気分になりますよ」
賭場の奥にはカウンターがあって、そこで飲食物の提供をしているようだ。
フレンは、ノアとリオンの分も含めて、ぶどうジュースとソーセージを注文する。
「ところで、こいつはなんなんすか。フレン嬢の恋人っすか?」
リオンがノアを指す。
「いいえ、わたしの騎士なんです。とっても頼もしいんですよ」
「へえ。筆頭公爵家生まれのフレン嬢には、顔のいい騎士までいるんすか。これぞ、人生勝ち組ってやつですね」
すると、ノアからぎりりと歯ぎしりの音が聞こえてきた。
「勝ち組なものか! 貴様らのせいで、フレンは王太子に婚約を破棄され、幼少からの努力を否定され……。彼女がどんな気持ちで、今ここに立っていると思うんだ!」
悲痛なノアの声を聞きながら、フレンはソーセージをかじった。
――どんな気持ちって……。フリッツさまに、ざまあしてあげたいだけだけれど。
「はいはい。それで、その悲劇の令嬢が、僕になにを尋ねに来たんすか? まだ勝負は途中っすが、話くらいは聞いてやってもいいっすよ」
リオンの言葉に、フレンはぱっと顔を明るくした。
「では、賭場のお客さんの話を。最近、客層に変化はありませんでしたか」
フレンの質問に、リオンはわずかに眉を顰める。
「僕たちのテーブルの客もそうでしたが、がたいのいい男が増えたっすね。確か、四週間か、五週間くらい前からっす」
「やっぱり……」
リオンの話は、リース公爵家の私兵が教えてくれた情報と一致している。
「その体格のいい男の人たちの賭け方に、なにか特徴はないですか? 羽振りがいいとか、悪いとか」
「それなら、景気がいいなんてもんじゃないっすよ! 宵越しの金は持たないとばかりに、じゃぶじゃぶ金を賭けるんす。僕も民を相手に賭け事をしてきましたが、自分で稼いだ金では、とてもあんな賭け方はできないっすよ」
フレンはノアを仰ぐ。
「ノア、どう思う?」
ノアは、声を潜めて答えた。
「やはり黒鷲騎士たちが、民から巻き上げた金で賭け事をしていると考えていいでしょう」
そう話したノアは、リオンに尋ねる。
「男たちは、なにか話してはいなかったか? 複数で来店しているんだろう」
「賭場っすからねえ……。べらべら喋るやつはいないっす。でも、団長がどうとか、やりたい放題できるとか、そんな会話なら聞いたっすよ」
フレンは、ノアと視線を交わす。
――ここでも、騎士団長の話題が出るのね。白鷺と黒鷲、どちらの団長さんのことなのかは分からないけれど、きっと騎士たちの振る舞いと関係があるんだわ……。
フレンが考え込んでいると、リオンが血走った目を向けてきた。
「そんなことより、そろそろ勝負を再開するっす。負けたままでは僕、家に帰れないっすよ!」
「まあまあ、そうおっしゃらず。チップは全部差し上げますから――」
縋るようなリオンから顔を逸らしたとき、フレンの目にひとりの男の姿が映った。
体格のよいその男は、賭け事の行われているテーブルの後ろに立ち、だらりと垂らした右腕の先で、床を指さしていた。四本の指は握り込み、床を示しているのは人差し指だけ。
――あの人、なにをしているのかしら……。
さりげなく立っているようでいて、なにかを合図するような男の仕草に、違和感を覚える。
「くそっ、また負けた!」
まるでリオンのように騒いだのは、テーブルについている商人風の男だった。仕立てのよい衣服を着ており、いかにも裕福そうだ。
「ちょっとフレン嬢、聞いているっすか?」
食い下がるリオンを制し、フレンはテーブルの背後にいる男を見守る。
再び商人にカードが配られると、男は二本指で床を示した。
ちらり、とその指を見たのは、テーブルについて商人と勝負をしている大柄の男だ。
大柄の男は、二本指を見るなり、カードを引こうとしていた手をぴたりと止めた。
場に手札を出すと、商人がうなだれる。
「ねえノア、あれって……」
「怪しいですね。もう少し、監視してみましょう」
ノアと二人で、息をひそめて男を見つめ――。
「フレン嬢! 勝負っす! 僕と勝負!」
――ああもう……! これでは、見張っていることがばれてしまうわ!
フレンは、リオンに語りかけた。
「リオンさん、あのテーブル、なんだかおかしいんです。商人さんばかり負けて」
「フレン嬢だって、勝ちっぱなしじゃないですか。それだって充分おかしいっすよ」
「それだけではないんです。テーブルの後ろに立つ男の人が、指を一本にしたり、二本にしたり……」
途端に、リオンの顔つきが険しくなった。
フレンたちの視線の先で、商人たちにカードが配られる。
後ろの男が、指を一本にする。
テーブルに向かっている大柄な男は、背後をちらりと見たのち、カードを引いた。
結果、商人が三たび負ける。
「やはり、不正をしていますね。ディーラーにこっそり伝えておきましょう」
ノアが囁いたとき、リオンが大声を出した。
「いかさま発見っす~!」
「ちょっと、リオンさん」
フレンが制止しようとするが、リオンはつかつかとテーブルの後ろにいる男に向かって歩いて行く。
「アンタと、テーブルにいるでかい男! ずばり、共犯っすね?」
「なんだと! 証拠でもあるのか!」
リオンが、大男二人に挟まれる。
「片方が商人のカードを盗み見て合図を出し、もう片方が合図を見て、カードを引くかどうか決める。古典的な手じゃないっすか。ハイ、不正を見極めた僕の勝ちっ!」
「うるせえ!」
鈍い音がしたかと思うと、リオンが床に転がった。
彼の頬は赤くなっている。男のどちらかに、殴られたのだろう。
「リオンさんっ!」
リオンの元に駆け寄ろうとするより早く、ノアが飛び出した。
ノアは身を低くして、男のひとりに掌底を叩きこみ、もうひとりに回し蹴りをくらわせた。
たちまち二人の男は倒れ伏す。どうやら、気を失っているようだ。
「不正以前に、リオンへの暴力行為で、この男たちは賭場を出入り禁止になるでしょう。フレン、怪我はありませんか」
爽やかに笑むノアはそっちのけで、フレンはリオンを覗き込んだ。
「いてて……」
むくりと起き上がったリオンの鼻から、一筋の血が流れ落ちた。
「大変……! リオンさん、これを使ってください」
フレンから受け取ったハンカチを、リオンが鼻に当てる。
「とりあえず、休みましょう。どこかいい場所はないかしら」
「では、休憩室を借りませんか。こんな状況ですから、店も否とは言わないでしょう」
店にいた客の一部が、気絶している男二名を運び出していく。
どうやら、騎士仲間だったようだ。
気を利かせてくれたディーラーによって、フレンたちは休憩室へと案内された。
「僕、喧嘩でも負けたんすね……」
休憩室のソファに座るなり、リオンがうなだれた。鼻血は既に、止まっているようだ。
「落ち込まないでください。大柄の男性にも臆さず、不正を指摘するリオンさん、格好よかったですよ」
フレンはリオンの前にしゃがんで、彼を励ました。
本当は衆人環視の中、大声でいかさまだとはやし立てたり、それを見つけた自分が勝ちだと有頂天になったりしたことで、もめ事が拡大したようにも思うのだが、気にしないことにする。
「結局活躍したのは、フレン嬢の騎士じゃないっすか。カードゲームではフレン嬢に勝てない、力ではフレン嬢の騎士に勝てない。負けっぱなしの僕に、価値なんてないんすよ」




