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約束の蝶

第七章 約束の蝶


「返事、聞かせてもらえますか?」


一週間後。


会社帰りの公園だった。


桜は散り始めていた。


佐倉さんは少し緊張した顔で立っている。


僕は小さく息を吸った。


「……お願いします。」


その言葉を口にした瞬間だった。


風が吹く。


一枚の青い紙が舞い上がる。


くるくると空を回り、僕の足元へ落ちた。


「折り紙……?」


蝶だった。


少しだけ羽の先を内側へ折る癖。


その折り方を見た瞬間。


胸の奥で、何かが弾けた。


「……っ!」


頭が割れるように痛い。


白い病室。


夕焼け。


笑い声。


「ねぇ。」


「また折ってきて。」


少女が笑う。


「約束だから。」


「毎週。」


「絶対。」


息が止まる。


「北村さん!?」


佐倉さんの声が遠く聞こえる。


僕はその場に膝をついた。


「僕は……。」


思い出した。


全部。


彼女の名前。


初めて手を繋いだ日。


告白した日。


病室で泣いた夜。


時間停止治療。


十七歳で止まった彼女。


「……僕は。」


震える声で呟く。


「何年……会ってない……?」


答えが出せなかった。


怖かった。


スマホを開く。


カレンダーを遡る。


最後に病院へ行った日。


八年前。


「嘘だ……。」


八年。


八年間。


彼女は十七歳のまま。


僕だけが二十五歳になっていた。


「嘘だ……。」


何度言っても現実は変わらない。


僕は約束を破った。


毎週会うと誓ったのに。


気づけば八年も経っていた。


「北村さん。」


佐倉さんが心配そうに肩へ手を置く。


「大丈夫ですか?」


僕はゆっくり顔を上げる。


涙で視界が滲んでいた。


「ごめんなさい。」


「え……?」


「付き合えません。」


「……。」


「僕には。」


喉が詰まる。


「会わなきゃいけない人がいる。」


その言葉だけを残して、僕は走り出した。


佐倉さんは追いかけなかった。


ただ小さく頭を下げて。


「……行ってらっしゃい。」


そう呟いた。



その夜。


部屋中を探した。


高校の卒業アルバム。


古い携帯電話。


病院の診察券。


手紙。


写真。


何もない。


彼女だけが、世界から切り取られたように残っていない。


あるのは一つだけ。


青い折り紙の蝶。


僕が十七歳の時に折った蝶だけだった。


裏返す。


そこには、小さな字で書かれていた。


『二十歳になった君へ。』


僕の記憶にはない文字だった。


震える手で、蝶をゆっくり開いていく。


折り目を壊さないように。


一つずつ。


一つずつ。


紙が元の一枚に戻っていく。


そして最後に現れたのは。


彼女の字だった。


『もし君がこれを読んでいるなら、きっと私は君に忘れられています。』


僕の涙が、一滴。


紙の上へ落ちた。

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