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それでも時間はすすむ

第五章 それでも時間は進む


二十二歳になった。


ネクタイを締めるのにも慣れた。


朝六時に起きて、満員電車に揺られ、夜九時に会社を出る。


社会人三年目。


仕事は少しだけ楽しくなっていた。


後輩もできた。


給料も増えた。


大人になった。


そう思っていた。


だけど。


机の引き出しには、今でも折り紙が入っていた。


昼休み。


無意識に紙を折る。


気づけば鶴になっている。


「北村さんって器用ですよね。」


後輩が笑う。


「子どもの頃からだから。」


「誰かに教わったんですか?」


「……。」


誰だっただろう。


一瞬だけ、頭の奥が痛んだ。


誰かが笑っていた気がする。


病室。


白いカーテン。


夕日。


だけど、思い出せない。


「独学かな。」


そう答えると、胸の奥で何かが軋んだ。



その日の帰り道。


駅前で小さな折り紙展が開かれていた。


色とりどりの作品が並ぶ中、一羽の蝶が目に留まる。


青い蝶。


胸がざわつく。


「……綺麗。」


気づけば買っていた。


部屋へ帰り、机に飾る。


理由なんて分からない。


でも、捨てたくなかった。


その夜、夢を見た。


「ねぇ。」


誰かが笑っている。


「また折ってきて。」


声だけが聞こえる。


顔は霞んで見えない。


目が覚めると、頬が濡れていた。


どうして泣いているのか、自分でも分からなかった。



一方、その頃。


病室では。


「今日は雨だね。」


少女は窓を見つめながら呟いた。


十七歳のままの横顔。


窓辺には何百羽もの折り鶴。


少し色褪せた桜。


狐。


龍。


どれも埃をかぶっている。


「捨ててもいいですか?」


掃除に来た看護師が優しく聞く。


少女は首を横に振った。


「だめ。」


「でも、もう……。」


「また持ってきてくれるから。」


看護師は何も言えなかった。


その言葉を、何年前から聞いているのだろう。


少女は今日も、新しい折り紙を置く場所だけは空けていた。


まるで、明日にはそこへ新しい作品が飾られると信じているように。



夜。


少女は一冊のノートを開いた。


『七月十二日』


今日は雨。


君は雨が嫌いだったよね。


ちゃんと傘を持っていったかな。


社会人になってから、一度も会えてない。


でもね。


怒ってないよ。


君は優しいから。


きっと誰かのために頑張ってるんだよね。


だから私は待てる。


一年でも。


十年でも。


君が来るまで。


最後の一文を書き終えると、少女はノートを閉じた。


そして、窓辺の一羽の青い蝶へ視線を向ける。


あの日、君がくれた折り紙。


「約束、忘れてないよ。」


小さく微笑む。


その声は、誰にも届かなかった。

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