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春は少しだけ早く

第二章 春は少しだけ早く


「大学、受かった。」


病室の扉を開けると、真っ先に彼女へ報告した。


「おめでとう!」


まるで自分のことみたいに喜んでくれる。


「ありがとう。」


「どんな大学なの?」


「家から二時間くらいかな。」


「遠いね。」


「でも、毎週来るよ。」


そう言うと、彼女は少しだけ困ったように笑った。


「無理しなくていいよ。」


「無理じゃない。」


「だって約束したから。」


彼女は少し黙って、窓の外へ視線を向けた。


「……うん。」


その返事は、どこか寂しそうだった。



大学生活は、思っていたより忙しかった。


朝早く家を出て、夜遅く帰る。


課題。


アルバイト。


サークルに誘われ、断れずに入った。


気付けば、一週間なんてあっという間だった。


日曜日。


病院へ向かう電車に乗る。


「久しぶり。」


病室へ入ると、彼女は笑った。


「一週間ぶりなのに?」


「私には長かったから。」


そう言って笑う。


その言葉に、少しだけ胸が痛んだ。



夏。


「ごめん。」


電話越しに僕は言った。


「今週、バイト入っちゃって。」


『そっか。』


彼女はあっさり答えた。


『頑張ってね。』


「来週は絶対行く。」


『うん。』


電話はすぐ終わった。


バイトが終わった夜。


スマホを見る。


彼女との通話履歴。


メッセージは一件。


『体調、大丈夫だから安心してね。』


その一文だけだった。



秋。


病室へ行くと、窓辺に新しい折り紙が飾られていた。


「それ。」


「看護師さんに教えてもらったの。」


少しいびつな鶴。


羽は左右で大きさが違う。


折り目もずれている。


「下手でしょ?」


彼女は照れくさそうに笑う。


「ううん。」


僕はその鶴を手に取った。


「かわいい。」


「本当?」


「うん。」


彼女は嬉しそうに笑った。


その笑顔を見て、思った。


来週も来よう。


絶対に。



だけど、人の「絶対」は案外もろい。


冬になる頃には、会うのは月に二回になっていた。


「ごめん。」


「また?」


「レポートが……。」


「そっか。」


「本当にごめん。」


「ううん。」


彼女はいつもの笑顔で言う。


「君が元気なら、それでいいよ。」


その言葉に甘えてしまった。


僕は安心してしまった。


彼女は待っていてくれる。


来月でも。


その次でも。


そう思ってしまった。


そして僕は知らなかった。


病室の引き出しの中に、小さなノートがあることを。


そこには毎週、同じ言葉が書かれていた。


『今日も来なかった。』


『きっと忙しいんだ。』


『来週は会えるかな。』


『折り紙、また持ってきてくれるかな。』


誰にも見せるつもりのない、小さな日記。


その最後のページだけは、まだ白紙だった。

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