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第六話 脚本炎上

魔導通信網に脚本が流出したのは、配役発表から二日後の朝のことだった。

エリスから緊急の伝書鳩が届いたのは、朝食の途中だ。

「先生、今すぐ魔導通信網をご確認ください」という内容だった。

エリスが「今すぐ」と書いてくることはめったにない。

嫌な予感を覚えながら魔導端末を開いた瞬間、最初に目に飛び込んできたのはトレンドの一位に輝く文字列だった。

 

「#氷薔薇映画化脚本流出」

 

端末を持ったまましばらく固まった。

固まったまま、朝食のパンがだんだん冷めていくのを感じた。

流出した脚本は第二稿のものらしかった。

婚約破棄シーンのミュージカル化、変顔推奨の注釈、滝修行シーン、そして「面白いおじさんが通りかかる(詳細は後で決める)」の一文まで、丸ごと魔導通信網に晒されていた。

反応は凄まじかった。

 

「婚約破棄シーンで歌うの???」

 

「変顔推奨って何? 原作に変顔の場面あったっけ??」

 

「面白いおじさんって誰? 原作に存在しない人物が確定しているの??」

 

「監督!!!!!!!!」

 

コメントが滝のように流れていく。

ほとんどが原作ファンの悲鳴だ。

私も同じ気持ちだが、今は書き込んでいる場合ではない。

そのとき、端末に一通の通信が届いた。

差出人はエリスだ。

 

「先生、落ち着いてください」

 

まだ何もしていない。

きっと彼女は、私がこれを見て何かしでかす前に止めようとしている。

エリスはそういう人だ。

急いで支度をして王都劇場へ向かうと、応接室に殿下とエリスが揃っていた。

殿下は、いつも通り落ち着いている。

流出の件について既に情報を整理しているのか、手元に資料がある。

 

「先生、大丈夫ですか」

 

「……大丈夫ではありませんが、来ました」

 

「状況をお伝えします。本日未明、何者かが脚本の第二稿を魔導通信網に投稿しました。現在王都劇場の広報が対応中ですが、すでに各所に転載されており、完全な削除は困難な状況です」

 

「流出元は……」

 

「調査中です」

 

淡々と説明してくれる殿下の声が、少しだけ頭を落ち着かせてくれた。

 

「トレンドはどうなっていますか」

 

「一位が継続しています。批判が大きい一方で、一部では『かえって面白そう』という声も出ています」

 

「……複雑ですね」

 

「複雑です」

 

そのとき扉が開き、バルト監督が入ってきた。

今日も元気だ。

それどころか、いつも以上に目が輝いている。

 

「聞きましたか! 流出してますよ! すごい話題量ですよ!」

 

「……監督、笑って言うことではないと思いますが」

 

「宣伝費ゼロで全国に脚本が届いたんですよ! こんな奇跡ないじゃないですか!」

 

「奇跡という言葉の使い方が違います」

 

「怒ってる声も多いけど、気になってる声も多い! 批判だろうが注目が多い方が観客は来るんですよ! これはチャンスです!」

 

「チャンスではありません」

 

監督が楽しそうにしているのに対し、私の頭痛は三錠分を確実に消費していた。

エリスが「落ち着いてください、先生」と囁く。

わかっている。

気になって端末を開くと、魔導通信網には様々な意見が溢れていた。

なかでも目を引いたのが、「黒猫伯爵」と名乗る謎の評論家の長文投稿だ。

フォロワー数が多く、毎回多くの人に読まれているらしい。

 

「今回の映画化について、私・黒猫伯爵が分析する。婚約破棄シーンのミュージカル化はおそらくアルフォード先生が自ら提案したものと見て間違いない。原作者の新しい挑戦と受け取るべきだ。滝修行シーンについても、原作第七章の王子の内面描写と対応しており、むしろ原作ファンなら歓迎すべき追加要素と言える」

 

全部間違っている。

むしろ正反対だ。

 

「黒猫伯爵また全部外してる」

 

「毎回逆を行く天才」

 

「ある意味信頼できる」

 

コメント欄がにぎわっていた。

そして炎上の中で一際目立つ投稿があった。

発信者は「原作ファンクラブ公式・会長セシリア」とある。

 

「『氷薔薇の公爵令嬢』映画化を心待ちにしていた私たちファンは、今この脚本の内容に打ちのめされています。婚約破棄シーンで歌が始まる?変顔推奨?面白いおじさん?これはアイリスの物語ではありません。アルフォード先生、私たちはあなたの作品を信じています。どうか戦ってください」

 

三行目あたりから目が熱くなってきた。

私が戦っているということは、誰にも言っていない。

それでも「戦ってください」と書いてくれている。

端末を置いた。

頭痛が酷い。

しかし感謝と悔しさと決意が混ざり合って、変な感情になっている。

 

「先生」

 

殿下の声が届く。

 

「今回の件について、王都劇場として正式なコメントを出します。脚本は現在調整中であり、原作の世界観を大切にしながら制作を進めている、という内容で」

 

「……それは本当のことですか」

 

問いかけてから、少し失礼だったかと思った。

殿下は表情を変えなかった。

 

「本当のことにするために取り組んでいます。先生と一緒に」

 

しばらく言葉が出なかった。

監督が「じゃあ僕も一言コメントしていいですか!」と言い始めたので、殿下が静かに「お控えください」と止めた。

完璧なタイミングだった。

その夜、魔導端末を確認すると、見知らぬアカウントから通信が来ていた。

発信者名:シャルロット・デュポン。

ライバルの婚約破棄小説作家だ。

以前から互いの存在は知っているが、直接連絡が来たのは初めてだった。

 

「先生の映画化の件、脚本を読みました。……これは同情します」

 

たった一文だった。

しかしその短さが、状況の深刻さを何より雄弁に語っていた。

苦笑しながら返信する。

 

「ありがとうございます。戦っています」

 

翌朝、魔導端末を開くと、黒猫伯爵が新しい考察を投稿していた。

 

「昨日の分析を一部訂正する。婚約破棄シーンのミュージカル化はアルフォード先生の提案ではなく、監督の独断と考えるのが妥当。なお滝修行シーンについては依然として原作第七章との対応が見られる」

 

滝修行は原作に存在しない。

第七章には滝も修行も一切出てこない。

半分だけ正解に近づいてはいる。

黒猫伯爵のことが少し心配になってきた。

端末を閉じ、今日の打ち合わせに備えて頭痛薬を二錠飲んだ。

セシリアの「戦ってください」という言葉を思い出す。

戦っている。

戦っているので、どうか安心してほしい。

ファンの声がある限り、帰るわけにはいかないのだ。











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